ついに(ようやく)B級ランク戦スタートです。
第18話 B級ランク戦ROUND1 VS吉里隊・間宮隊
「あ、那須先輩! こっちです、ここ!」
観覧室に入ると声が聞こえた。
呼ばれるままに視線を向けると、明るい笑顔で茜が手を振っている。
「くまちゃん、茜ちゃん。ごめんね、遅くなっちゃって」
「大丈夫よ、今から始まるところだから。間に合ってるわ」
「良かった。最初の試合は、やっぱり直に応援したいものね」
「作戦室には行かなくて良かったですかね? そのまま真っ直ぐに来ちゃいましたけど」
「うん。犬彦くんの場合、私達が行くと返って緊張させちゃうと思うの。だから今日は、ここから」
「あー、でしょうね。試合前のあの子がどんな感じかわかんないけど、変に気負わせるよりは小夜子に任せていつもの感じにした方がいいと思うわ」
「最初の試合って緊張しますもんね。私もすっごく緊張しましたし……うう、言ってたらなんだか私まで緊張してきました」
「なんであんたが緊張してんの。……それより、どう? 玲。師匠としての見立ては。あの子結局1人だけど、大丈夫なの?」
「うん。私が結局教えられたのは基礎的なことだけだったけれど……教わったことをしっかり出しきれば大丈夫だと思うよ。犬彦くんなら」
「師匠のお墨付き、ね。ならまあ今日は安心して見てられるのかしら」
「そう、ね。だからどちらかといえば、引っかかるとするなら技術より別のところなのよね」
「別のところ?」
「えっ」
驚愕の声が聞こえた。
見ると、携帯を取り出した茜が青い顔をして固まっている。
「茜? どうかした?」
「その、今小夜子先輩からメッセージが来たんですけど、これ」
『ヤバいかも』
「何が!?」
「メッセージ送っても返事ないですし……! ど、どうしましょう? 今からでも行った方がいいんですかね?」
「いや、あたしらが言っても混乱させるだけなんじゃない……? 下手に混乱させるよりはもう小夜子に任せた方がいいと思うんだけど」
「うん、私もくまちゃんに賛成かな。お姉さんなんだし、さよちゃんなら私達よりも上手く犬彦くんを立ち直らせられると思う。……それに」
「それに?」
「犬彦くんも男の子だもの。きっと大丈夫」
「双葉、ここにいたの」
観覧室でモニタを眺めていると、後方から声が聞こえた。
「あ、加古さん。お疲れ様です」
頭を下げると、歩み寄ってきた加古がそっと黒江の隣に座った。
少し意外だった。黒江はともかく、加古はこのランク戦にはそんなに興味がないものだと思っていたから。
「早いのね。ランク戦が始まるまではまだ随分時間があるはずだけど?」
「そうなんですけど、なんだかその、落ち着かなくて。どうせ他にやることもないですし」
「あら、だったら激励にでも行けば良かったじゃない。作戦室の場所は聞いてるんでしょう?」
「う……いえ、先輩の場合、下手に女性が行くと逆効果な気もしますし。最初の試合ですから、変に気負わせるのもどうかと思ったんですけど」
「気まずい?」
「いえ、その、……はい。あんなことがあったばかりで、どんな顔して話せばいいのかわからなくて」
ズバリ聞いてきた加古に、観念して頷いた。
あら、とむしろ意外そうな面持ちで加古が言う。
「普段通りでいいと思うけれど。1週間、短いようだけれど、随分と仲良くしていたんでしょう?」
「それはそうなんですけど、顔を見た時に普段通りにできる自信がなかったので。今回は、ちょっと」
「初心ねえ。……まあどちらかといえば、真に驚きなのは1週間でこれだけ懐かせたあの子なんでしょうけど」
「? 加古さん?」
声が聞き取れなくて聞き返すも、加古は頭を振るだけだった。
「何でもないわ。それより、双葉としてはどう見てるの? 今回のランク戦」
「問題ないと思います」
「言い切るのね。彼、1人だけど、集中的に攻撃されたら流石に厳しいんじゃない?」
「全員で一斉にかかられたら厳しいかもしれませんけど、そういう状況になるとも思えませんし、問題ないかと。相手チームの対戦ログも確認しましたが先輩の敵ではないと思います」
「わざわざ確認したの? 双葉が戦うわけでもないのに」
「……時間あったので。それだけです」
「ふふ、そう」
笑われた。
何もかも見透かされている気がしたので、咳払いをして話を変える。
「ただ……1つだけ、気になることがありまして」
「何かしら?」
「相手のチームに、女性が1人いるんですよね」
男らしくあることを目指す犬彦だが、その実情は真逆に等しいことはもはや少しでも付き合いのある面々には周知の事実になりかけている。
中性的な容姿はもとより、器用で綺麗好き、家庭的なスキルに優れている。その性格こそ勝負好きで負けず嫌いと男らしいところもあるものの、肝心なところで抜けていたり、プレッシャーに弱かったりと未だ成熟しているとは言い難い。それも、成人もしていない少年なのだから無理もないことではあるのだけれど。
「犬彦、大丈夫?」
シャワーを済ませ、息を整える犬彦に小夜子が問いかけるも、色の良い返事は返ってこない。そもそも、見た目からしてすでに青い顔をしている時点でお察しではあった。
さて、試合の前に、人は如何にして過ごしているべきなのか。
試合でもっとも怖いのは緊張して普段通りの実力が出せないことである。試合の時にベストな状態でいられるよう、準備運動をしたりして身体を解したり、楽な体勢でイメージトレーニングをしたりして緊張を取り除く。それが一般的だろう。
だがしかしこの姉弟の場合、その経験がまずない。故に最初に話し合って決めたのは、試合前の緊張を取り除く儀式の模索である。
今回は記念すべきその1回目。
何がいいか話し合った末、身体を動かすのだからと選んだのがジョギングであった。
しかし、どうやらこれはハズレだったらしい。そういう判断を下さざるをえなかった。
「ヤバい、吐きそう」
「ドストレートな表現だね犬彦。いや本当に大丈夫? 顔真っ青だよ?」
「そんな顔色の人が大丈夫だと思うの? お前の住んでる星は火星か何か?」
「あーあー、私が初めてここ来た時みたいな顔しちゃってまあ。ちなみに参考情報なんだけど、この顔の後5分もしないうちに吐いたよ私」
「いらねえ……! その参考情報死ぬほどいらねえ……! 何で今付け足したのその情報。おかげで今割と喉元までせり上がってきてるんだけど」
「バケツならここに用意してあるよ、ほら」
「なんでそんなところだけ準備万端なんだよ……何、わざわざそのために準備しておいたのそれ?」
「だって犬彦だし……」
「否定させてくれよ頼むから!」
くそう、と振り上げる拳が力なく落ちる。
口元に当てた手は片時も離れようとはしなかった。
「本番前のジョギング作戦はあんま効果なかったみたいね」
「緊張しないように、って考えたまでは良かったと思うし、実際身体は解れたんだけどなあ……そもそも俺たちが致命的に体育会系に向いてないことを思い出すべきだったな」
「身体動かすより普段通りでいることを心がけた方が良さそうだね。瞑想でもする?」
「ただでさえ緊張と不安で吐きそうなのに瞑想なんてできると思うの?」
「うん、吐き気にブーストかけるだけだね。……でも犬彦、逆に考えてみたらどうかな?」
「逆に?」
「そう。吐き気を止めるんじゃなく、吐いちゃってもいいさと考えればいいじゃない! 胃の中スッキリで逆に身体が軽くなるかもよ?」
「こいつ他人事だと思ってなんていい笑顔で言いやがる……! 第一そうすると、お前はゲロ臭い部屋でオペレートする必要が出てくるわけなんだがいいのか?」
「よし、この作戦はなかったことにしよう」
「手のひらクルックルじゃねーか」
手を叩いて切り替える小夜子に犬彦の半目が突き刺さるが、フットワークの軽さが自分の長所と考えている小夜子にはほとんど意味のないものだ。
――ううん、あんまり効果なさそうだね。
普段通りの会話を心がけて緊張を取り除こうと試みているものの、イマイチ効果が薄そうというのが小夜子の所感だった。
側から見れば特に問題なく会話を続けているように見えるが、顔色は未だ悪く、血の巡りが悪いのか落ち着かない様子で手を揉み合わせている。受け答えにもいつもよりネガティブな色が濃い。この辺りの観察力は流石姉弟というところだった。
小夜子は、この戦いで犬彦が負けるとは思っていない。
少なくともスペック的には他を圧倒しており多少の緊張など物ともしない……と考えてはいるのだけれど。緊張と不安で押し潰されそうになっている弟を見ていると不安が伝染してくるのがよくわかる。
『半年間で、A級まで上がること』
唯一つ。それが小夜子がオペレーターとして力を貸すにあたって犬彦に課した条件だ。
他の条件は何もない。誰か新しい人を入れてもいいし、何回負けたっていい。
犬彦は素直にこの条件を呑んだ。半年という期限についてはやはり微妙な顔をしていたけれど、徒に期限を延ばしても意味がないことはきっと2人とも理解していた。小夜子はこの条件については妥当だと判断しているし、犬彦もきっとそうだろう。
すでに賽は投げられている。
犬彦が負ければ、その分小夜子の理想には近づく。それは確かだ。
けれど、だからといって最愛の弟が実力も出せずに負けるのを見るのが嬉しいはずもない。どうせ負けるのなら、それは緊張や不安による躓きではなく、実力差に押し潰される形であってほしい。
残り時間はあとわずか。
この短い時間で、小夜子は犬彦を平常心に戻す必要がある。
「とう」
思い立ったら即行動。
唐突に背中に抱きついてきた小夜子を、犬彦は抵抗もできずに受け入れる。
「……重い」
「いやいや、余計な肉のついてない私が重いわけないでしょ。お、必要な肉もついてないとか考えたのはこの頭かな? うん?」
「いやなんだよその理不尽な言いがかりはよ……」
「なかなか普段通りにならないみたいだから、実力行使しようかと思って。どこかのツボ押したら何とかなったりしないかな」
「そう言いながら執拗にハゲになるツボ連打するのやめろよ」
「16連打くらいしたら隠しモード発生したりしない? 無敵感漂う犬彦とか超見たいんだけど」
「やーめーろー」
ぺたぺたと頭に触れる小夜子と、それを振り落とそうと頭を振る犬彦。さらさらとした黒髪が左右に揺れる。
「――那須先輩が見にきてるよ」
動きが、止まった。
「小南先輩は珍しく解説につくって言ってたし、きっと黒江ちゃんも見にきてる。光ちゃんは今日は生憎と防衛任務入ってて無理だけど、残念がってた」
「……わかってる。気持ちは、絶対勝つって叫んでるんだよ。だけど」
「うんうん。身体がついてこないんでしょ? まあ無理もないね。私達にはこういう経験がそもそもなかったし。――肉親以外の誰かに、本当に期待されることが」
皆には本当にお世話になってばかり。だからこそ、期待に応えたいと強く思う。その気持ちばかりが空回りして、身体とチグハグになってしまっている。
こればかりは意志1つでどうにかなるものじゃない。今までに似たような経験がないのであれば尚更だ。
本人がどうにかできるならそれが一番いいけれど、それができないというのであれば――それをなんとかするのは、志岐隊オペレーターであり、経験者であり、姉である小夜子の仕事だ。
「提案なんだけど、最初の動きは全部私に任せてくれないかな?」
「最初?」
「うん。移動も何もかも、全部私の指示通りに動いて。犬彦としては不本意かもしれないけど、今のままだと万が一があるかもしれないしね」
「……否定は、できないけどさ。いいのか? それは」
「野暮なことは言いっこなし。確かに那須隊としての犬彦が見てみたいのは事実だけど、かと言って負けるのが見たいわけじゃないんだよ。こんなところで足踏みされても困るんだから、早く上がっておいで?」
笑みを浮かべて小夜子が告げる。
その提案は、犬彦にとってはやはり素直に飲み込みにくいもののようだったけれど、幸いなことに犬彦は自身の現状をよく理解していたし、理が通った話に意地を張るほど我が強くなかった。
ややして、犬彦は諦めたように頷いた。
『ボーダーの皆さんこんばんは! B級ランク戦新シーズン、初日・夜の部が間もなく始まります! 本日の実況は私海老名隊・武富桜子と、解説役として素敵なゲストをお呼びしております! 玉狛第一の小南先輩と、嵐山隊の嵐山隊長です!』
『どうぞよろしく』
『よろしく……って、今更だけど本当にあたしがいていいのこれ。たいした解説なんてできないわよ?』
『勿論ですとも! 聞くところによると小南先輩は今回デビュー戦となる志岐隊隊長の師匠とのことですので、むしろそちらの視点からお話しを伺えればと思ってます!』
『あーそういう』
『えー、本人はこう口にしてますけど、話が来た時には一も二もなく飛びついていたので気合いは十分だと思います』
『ちょっ、准! 勝手なこと言わないでよ、飛びついてなんてないったら!』
『嵐山先輩には主に戦略面のお話しを伺いたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いします』
『ええ、こちらこそ。精いっぱい頑張りますので宜しくお願いします』
『あたしを無視して話を進めるなーっ!』
『さて、本日の対戦組み合わせは吉里隊、間宮隊、そして志岐隊の3チームです。初参加の志岐隊は戦闘員の志岐隊長、オペレーターに志岐隊長のお姉さんでもある志岐小夜子さんを据えた姉弟チーム! なんと計2名の最小構成のチームです!』
『2人チームというのはB級上がりたてのチームにはそう珍しくはありませんが、他のチームが戦闘員3人ずつであることを考えると不利なのは否めないと思います。小南さんはその辺りどう考えてますか?』
『ぐぬぬ……、問題ないわよ。1ヶ月だけど、その間ずっとあたしがみっちりしごいたんだから。普通にやれば負けはしないわ』
『強気な発言が飛び出しましたね! 師匠からの太鼓判となれば、これは嵐が吹き荒れそうです!』
『それより、私としては小夜子が普通にオペレーターやってることの方が気になるんだけど。あの子那須隊のオペレーターでしょ? 兼任なんてできるの?』
『条件付きですが可能です! もっとも、基本的には専任のオペレーターを見つけることがほとんどなので私も初めて見ました!』
『ランク戦が被った場合はどうなるの?』
『その辺は長いので割愛します! 志岐隊が勝ち上がってくれば自ずとそういった状況になると思いますので、その時説明しますね』
『ああ、ごめん。そうね、もう始まる時間だわ』
『その通りです! なんだかんだでもう間もなく転送時間! ステージはもっともオーソドックスな『市街地A』に決定されたようですが、お2人ともいかがですか?』
『家屋が立ち並ぶ、クセの少ない標準的な住宅街ですね。他の隊に対して有利を取るというよりは、凝った作戦のない真っ向勝負を選んだ印象を受けます』
『まあ、普通にやれば負けないはずだから、特徴のあるステージを嫌ったんじゃないかしら。ゴリ押しする気ね、あいつ』
『師匠の発言に強い自信が伺えます! さて、各員転送が始まりました! 最初は各員ある程度の間隔を空けてバラバラに配置されます! そして志岐隊長が即座にバッグワームを起動! ……おっと? 小南先輩、私の記憶が確かなら、確か志岐隊長は眼鏡をしていなかったと思うんですけど』
『……あのバカ、何やってんの』
――甘い匂いが漂っている。
転送されてすぐに、小夜子から鋭い指示が飛んだ。
『犬彦、まずバッグワーム着て。んでそこの建物の陰に隠れようか』
「お、おう。……なあ小夜子、それより俺はこの眼鏡の意味を教えて欲しいんだが……」
トリオン体に換装したところ、何故かついてきた眼鏡のフレームに触れながら呟く。
トリオン体のデザインはある程度自由に変えられるそうだが、手を加えた覚えは犬彦にはない。
となれば小夜子の仕業に間違いはないのだが、元々の視力は悪くなく、そもそもトリオン体に生身の視力が関係あるはずもない。それなのにわざわざ眼鏡をつけた理由は何なのだろうか?
言われた通りに隠れながら訝しげに尋ねると、よくぞ聞いてくれました、と得意げに鼻を鳴らしながら小夜子が言った。
『それじゃあお披露目しようか。これが私が夜なべして作った秘密兵器その1!』
ポチッとな、という古典的な声とともに、レンズに半透明の映像が浮かび上がる。
「何だこれ」
一言で言うなら、ゲーム画面のフレームである。レンズの端それぞれにマップや制限時間、装備しているトリガーからご丁寧に名前まで表れている。
『緊張を取り除くにはまず普段の環境作りから、と思って視界をFPS風にしてみました。どう? 凄くない?』
「おお……」
確かに、レンズ越しに映る視界はもはやゲームのそれである。手を振ったり、小夜子のレクチャーに従って画面の操作をしていると、まるで自分がゲームの世界に入ったような錯覚に陥る。
謎の技術に感嘆していると、さて、と小夜子が仕切り直しの声を上げた。
『感動するのはその辺にして、早速最初の仕事をしようか。とりあえずここにバイパー打ち込んで?』
くるくる、と手にしたマーカーで囲った場所は、とある隊員の場所である。
それは2人で事前に話していた目標である。が、思わず苦い顔を浮かべてしまうのはどうしようもなかった。
「……口から心臓飛び出そうなんだが。大丈夫かなあ」
『2回、多くても3回で仕留めなよ。プレッシャーかけるつもりはないけど狙いがバレちゃダメだし、応援来られたら詰むんだから』
「簡単に言ってくれるなあ」
『数並べればいいだけなんだからいけるいける。真正面からなら回避2割なんだから、ほらはよはよ』
「ぐ……わかった、わかったっての」
渋々と構える。
呼吸を1つ。大仰なほど大きく息を吐いて、身体を解す。
プレッシャーはある。
けれど小夜子の秘密兵器が効いているのか、震えはだいぶマシになった。
――行くぞ……行くぞ。
「バイパー」
バッグワームを解く。
呼びかけとともに、広げた両の手に巨大なトリオンキューブが生まれた。
『デカっ! 何ですかアレ!』
『デカいですねえ。一度見たことがありますけど、やはり規格外の一言ですね』
『あんな大きいの見たのいつぶりでしょう……ともあれ、志岐隊長、バッグワーム解除からのバイパー射出! 大きく弧を描いて襲いかかるその先には――吉里隊の月見隊員!』
『予想通りすぎるわね』
『合流前の隙をつかれましたね。他の隊員がサポートに入るには少し時間が必要でしょう』
『月見隊員、回避ではなくシールドを選択しました! 流石に真っ正面からの襲撃ですからね、奇襲にはならなかったようです! きっちりガードしています!』
『それでもシールドがほぼ半壊している辺り、志岐隊長のトリオン能力の高さがよくわかりますね』
『ですね。しかしここはきっちり防いだようで、たいしたダメージには――』
『まだよ』
『え? あーっと、これは!2撃目! いや、この量はむしろ第2波と表現すべきか! 角度を変えた一斉射撃が次々とシールドの隙間から月見隊員を襲う! 月見隊員、懸命に防ごうとするもこれは――ここで月見隊員が
『上手いですね。合流に向かう月見隊員の正面からバイパーを当てて足を止め、続く第2波で角度をつけての包囲射撃。こうなってしまうと他所からのサポートなしでは反撃に転じられません。ここしかない、という絶妙なタイミングでの襲撃でした』
『タイミングはともかく……妙に数が多いというか、バタついてる気がするんだけど。絶対何かトラブルあったわねアイツ』
『しかし、志岐隊長の今の襲撃には何か、上手く言えませんが執念のようなものを感じましたね。絶対に落とすと決めていたかのような』
『確かに、思い返せばバッグワームを起動した後の動きは全て月見隊員を落とすためだけに組まれていたように思います。射程ギリギリまで距離を詰めてから一気に攻めに出る様子はとても場当たり的なものとは思えませんでしたね』
『実は月見隊員より近い位置に間宮隊の秦隊員がいたんですよね。ですがそちらには目もくれずに月見隊員に向かったのも気になるところです。これらの意見を踏まえて、小南先輩如何ですか?』
『まあ、本人から口止めされなかったから言うけど。異性恐怖症なのよ、あいつ』
『異性、恐怖症?』
『ざっくり言うと女の子が苦手なの。触れるのは絶対ダメだし見るのも話すのもダメね。慣れれば多少は良くなるみたいだけど、まあ初めてだと普通にポンコツになるでしょうね』
『意外な弱点! ということは、つまり?』
『今回の組み合わせの中で、あいつの唯一の不安要素が女性隊員のあの子だった。実力差は確かでしょうけど、それでも拭いきれない不安はあった。でも今それが取り除かれて、残っているのは男性隊員ばかり。だから多分、一気に動くわよ。だってもうあいつを止めるものがないもの』
「くそっ、やられた!」
舌打ち混じりに叫んだのは、吉里隊隊長である。
動き出すのは合流してからというのは最初に決めていた。
だからこそ互いの位置を確認して脇目も振らずに合流したというのに、すでに欠員が出てしまった。まだ5分と経っていないのに、だ。
『ごめん、失敗した!』
通信が入った。落とされた月見からだ。
確かに真っ先に落とされたのは痛いが、だからといって攻める気にはならない。
「何、気にすんな」
「ああ。間宮隊も合流を優先してたし、転送位置は悪くなかった。合流を優先したのは悪くなかったはずなんだ」
「どちらかというと、今回は相手が悪かったな。ソロだからって好き勝手しやがって」
「間宮隊も合流してる。狙われたのは運みたいなもんだが、状況が変わったぞ」
「状況?」
もう1人の隊員、北添が尋ねる。
それぞれのチームが無事合流を果たしたなら、互いに牽制し合うか、あるいは圧倒的に人数不利な志岐隊に攻撃が集中する可能性が高い。
しかし今の攻撃でこちらに欠員が出た。
ということはつまり、どちらがより与し易いか明確になったということ。
『警告! 志岐隊長がこっちに向かってる! それも、凄い速度で!』
――ああくそ、そりゃそうなるよなあ!
悪態を吐いた。
月見を落とした攻撃の様子からそのトリオン能力の高さはよくわかった。紛れもなく化け物。
というより――そんな場所はもうどこにも存在しない。
別の場所。
合流を果たした間宮隊隊長が率直な感想を零した。
「凄まじいの一言だな。何だアレ、砲撃か?」
「バイパー、なんだよな。言ってて自信なくなるんだが」
「あんな高威力のハウンドがあるなら是非使わせてもらいたいもんだけどな。残念だがそういうわけじゃあないらしい」
全員がハウンドを使う
自身らが同じようにバイパーを使ったところであれほどの威力も距離も出るとは思えない。よしんば届いたとしてもシールドに防がれて終わりだろう。
奇しくも、時を同じくして間宮隊も志岐隊長の危険性に気付いた。集団ではなく、サシでやり合った場合にはどうあがいても勝てはしないだろうことも。
「さて、どうする隊長? 奴さんは完全に吉里隊を狙うことにしたみたいだが」
マップを見れば、合流を果たした吉里隊に接近していく志岐隊長のマークがある。まずその速度が桁違いだ。まともにやり合うのは危険すぎる、という思いを新たにする。
「ここで構えて奴さんを待つか? フルハウンドならそう避けられることもないと思うが」
それも悪くはない。
吉里隊が志岐隊長を止められるかはわからないが、もし仮に止められなかったのであれば万全の体制で迎え撃つ必要がある。
しかし、それで止められるかという点についても疑問符がついた。
3人がかりでのハウンド攻撃がそうそう防がれるとは思わないが、何しろ基本スペックが段違いの相手である。慎重になって損はない。
故に、選択は1つだ。
「――いや、今が好機だ。移動するぞ」
首を傾げる隊員らを連れて、間宮隊は移動を開始した。
『さて、各隊今合流しました! 合流の必要のない志岐隊長はそのまま吉里隊を追撃することにした様子ですが、速い速い! エンジンでもついてるのか、物凄い速度で接近していきます!』
『いや、速いですね。B級上がりたての隊員だとトリオン体での活動に慣れてないことから動きがぎこちなくなるか、あるいは普通の身体能力しか出せないことが多いんですが、志岐隊長にはそれがない。それもすべて小南師匠の教えによるものだと思われますが、如何ですか?』
『……動きが固い。後で反省会ね』
『師匠が厳しい! 志岐隊長の苦労が偲ばれます! 志岐隊長頑張って! ――さて、吉里隊・志岐隊の動きを受けて間宮隊も動くことにしたようです。志岐隊長の後方から追いかけているようですが、これは志岐隊長に狙いを定めたということでしょうか?』
『これは恐らく、どちらも狙ってますね。良い動きをしていると思います』
『というと?』
『志岐隊長が吉里隊に狙いを定めたので2つの隊がぶつかるのは確定ですが、そこに乱入してしまうと、集合体ではなく個人で動いている志岐隊長が有利です。状況は混乱を極めて、損をする展開になりかねません』
『確かに、言われてみると間宮隊は付かず離れずの距離を保っているように見えますね。しかしだとすると、待ち構えて寄ってきたところを反撃した方がいいのでは? 間宮隊には全員同時にハウンドを撃ち放つ『
『確かに待ち構えることにもメリットはありますが、同時に勝ち残った方に時間を与えるデメリットもあります。何より、志岐隊長のトリガー構成がまだ割れてない。激戦は必至でしょうが、仮に未知数の志岐隊長が少ない消耗で生き残った場合を考えると、攻めに出る選択は悪くないと思います。間宮隊の狙いは、決着がつくタイミングで割り込んで漁夫の利を狙うことでしょう。混乱した状況、決着がついたことによる気の緩み。狙いどころのタイミングですからね』
『なるほど、間宮隊はすでに詰めの構想を練っているわけですね』
『狙われた形になった吉里隊は不幸でしたが、ここが踏ん張りどころですね。志岐隊長は確かに優れていますが、人数差があります。撃破すれば、中距離
『ということです! 各隊、ここが勝負所! 吉里隊・志岐隊の衝突をきっかけにして、一気に状況が動きそうです!』
『サラマンダーよりずっとはやーい!!』
「トラウマはやめろォ!」
『モニタ越しの疾走感に口が滑っちゃった。てへぺろ』
「コイツまったく反省してねえ!」
悪態をつく犬彦を他所に、どうどう、と気にもしていない小夜子が更に煽る。
『さーてと、敵さんも良い具合に釣れたみたいだけど。どう犬彦、そろそろ緊張解けた?』
「この野郎……まあ、これだけ動いてるし、多少はマシになってきたはずだろ、うん」
落ち着かなさそうに手を握ったり解いたりしながら犬彦が言った。
不安だなあ、と小夜子がため息をつく。
『そんなんで大丈夫? そろそろ接敵するよ?』
「感覚的にもう少しだとは思うんだけどなあ……そんなこと言ってもやるしかねえし。今更退けないだろこれ」
『むしろそんな不安そうなのにどうしてそんなに速度出せるのか。パルクールだっけ? アレの選手になれるんじゃないの犬彦』
ステージは市街地A、オーソドックスな住宅街である。
舗装された道路が均等に広がっているためにそちらを行けば勿論速いが、吉里隊はアサルトライフル状の銃を持つ
そんな場所でどうすれば速度を出せるのか。
犬彦の結論は、最短距離を真っ直ぐに、である。
脇道、庭先、はたまた窓枠を飛び越えて屋内さえも突っ切っていく。猿の如き敏捷さでするすると住宅街を抜けていく犬彦に小夜子は目を白黒させていた。
しかし、意外そうに褒めそやす小夜子に応じる犬彦の声は素っ気ないものだ。
「小南との訓練」
『察した。犬彦、後で美味しいものご馳走してあげるからね……』
ホロリと零れる涙を拭って小夜子が言った。
中にはどこで役に立つのかわからないものもあったけれど、なんだかんだで血肉になっているのがわかるので頭ごなしに否定できないのがつらいところである。
『間宮隊はH-bからE-iに移動中。距離とって来てる辺り狙い通りかな』
「決着つく辺りで割り込んでくる、か」
『多分ね。欲を言えばどっちかアタッカーが良かったねえ。経験積みたかったでしょ』
「開幕直後に爆散させた人間が何か言ってますね……」
『女の子だからね、仕方ないね。さて衝突まであと10秒ってとこかな。準備はいい?』
「準備はいいが、本当に大丈夫かこの作戦。セオリー外れてて不安しかないんだけど」
『犬彦、犬彦。――リアルとゲームは違うんだよ?』
「うっわクソムカつく!! やってやるよコンチクショウ!」
垣根を飛び越えて路上に出る。
射程距離内。空気が変わったことを肌で感じる。
『シールド』
「撃てェ!」
脇道から飛び出してきた吉里隊の狙撃。
小夜子の合図で張ったシールドに断続的な振動が伝わる。
――いや、確かにログで確認してはいたけどさ。違和感凄すぎるわコレ。
驚愕の面持ちで犬彦はその光景を見る。
シューティングゲームの類では、建物や障害物などの陰に隠れての銃撃戦が基本だった。
偶然遭遇した場合など当てはまらない状況も存在するものの、すぐに身を隠すのが基本で、姿を晒し続けるなどありえない。
吉里隊の2人は、犬彦が射程距離に入るなり両脇から姿を晒して一斉射撃を続けている。腰だめに構えたまま。姿を隠すことなく。
その手のゲームにどっぷりな犬彦にとっては自殺志願と取られても仕方のない暴挙ではあったが、小夜子の言うとおりこのランク戦にその常識は当てはまらない。2人の眼前に縦長に展開されたシールドが身を隠す盾となっているからだ。
ある程度自由な範囲で張ることのできるシールドの存在があるから、
普通であれば的にしかならないような横並びも、互いが互いをフォローできる構えになりうる。
「役に立つこともあるけど、役に立たないこともあるな、ゲームのセオリー。ようやく実感したわ」
『でしょ? 私も最初カルチャーギャップ凄かったなあ』
しみじみと頷き合う姉弟。
銃撃を浴びながら呑気な会話ができるのはこの姉弟の平常運転であるのと同時に、眼前に張ったシールドに一向に割れる気配がないためだ。
「何だコイツ、シールド硬すぎだろ!」
困惑に顔を歪めながらの叫び。
それもそのはず、2人がかりで銃撃しているにもかかわらずシールドにはヒビ1つ入らない。
『俺ツエエエエエエエ』
「変な鳴き声やめてくれる?」
『あまりに酷い状況につい』
「割れないなら退くのもあるかなと思ったけど、そんな気配もないな」
『そりゃ、犬彦レベルのトリオン能力なんて今までに見たことないもの。二宮さんが凄かったけど、吉里隊が戦ってるはずもないし。割れないシールドってのがそもそも信じられないんでしょ』
「本当に割れないのか?」
『いや、割れるよ。要は分散してるから威力が足りないのであって、一点に集中させれば普通のトリオン能力でも――』
「ポイントを集中させろ! 散らしていたらコイツのシールドは破れない!」
「あっ」
姉弟の声が重なった。
途端、銃撃が重なるシールドの中央から軋む音が響き始める。
「ヤバいヤバいヤバい言ってたら割れ始めたじゃねーかどうすんだオイ!」
『大丈夫だ、問題ない』
「それダメなやつのセリフー!!」
絶叫する犬彦を他所に、小夜子の声は大丈夫大丈夫、と呑気なものだ。
『射撃を集中させるってことはそれだけ神経を使うんだよね。つまりそれだけ他のことに注意が疎かになるんだよなあ――メテオラ』
反射的に動けたのは、姉弟の呼吸というやつだった。
シールドの陰から放つ一条の閃光。
咄嗟に速度にステータスを振れたのは僥倖という他なかった。
視認はできたことだろう。しかし回避する余裕はない。
吉里隊の2人がシールドを一点に集めるのが見えたが、それでいい。
この距離だと万が一があるし、求めたのは全てを破壊する無差別さではなく、詰めの一手である。
着弾。閃光、爆音、振動。
何故か刺すような香りが鼻をついた。
「どわぁっ!」
流石の炸裂弾。製造理念が違うだけあって少ないトリオンでも破壊力が段違いである。
ダメージは全て2人がかりのシールドでガードされたようだが、衝撃までは殺しきれなかったようだ。
バランスが崩れ、大きく吹っ飛ばされる。
――吉里隊は今混乱の只中にいる。
一点に集中していたところへの急な反撃。
メテオラによる派手な爆発。
崩れた体勢はすぐに戻せても、動揺まで収まるわけではない。
故に、つけ込むべきは今。
「っ、いないっ!?」
舞い上がった土煙が晴れた先に敵はおらず。視界に敵の姿を求めて探す、その隙を。
「バイパー」
背後から狙い撃つ。
シールドを張る隙も与えない速度重視の弾丸の雨がガラ空きの背中に突き刺さった。
これで吉里隊の2人が
『来たよ』
「ハウンド!」
そこへ狙い澄ましたかのように響く間宮隊の声。
近隣の屋根の上から、角度をつけたハウンドの雨が3人同時に放たれる。
『犬彦』
「ああ、やっとだ」
ここへ来るまでの全力ダッシュ。そして2人を落として、ようやくスイッチが入った。
今までどこか遠かった身体の感覚と意識が繋がる。
震えが止まった。
勝負所にして、ようやく訓練の成果を正しく発揮できる機会を得る。
大きく弧を描いて落ちてくる様子はさながら流星群のようだ。まともに食らえばひとたまりもないことはこの幻想的な光景を見れば容易に想像がつく。
防ぐのは悪手だ。
フルガードであればトリオン性能に物を言わせて防ぎきることができるかもしれないが、足が止まる。反撃に転じる間もなく雨霰と続けられることだろう。
――速度が遅い。威力重視か。
散々見せてきた強大なトリオン性能が効いているらしい。普通の威力ではシールドを破れないと見て他を犠牲にしたようだった。
故に判断をしてからの反応が間に合う。
犬彦は後方に大きく跳んだ。
3人から距離を開けると、必然降り注ぐ流星群が犬彦に引き寄せられて軌道を変える。正面から、あるいは側面から。上空からの弾丸はほぼ殺した。
『誘導弾の弱点その1。障害物に弱い』
「エスクード」
地面に手を添えて呟く。
犬彦の前方、大通りの路面から数枚の分厚い壁が迫り上がった。
着弾。空気を震わせる音の大合唱が肌に響く。
威力重視にしただけあって端から削れていくのが伝わってくるが、エスクードの最大の利点はシールドのように張り続ける必要がなく、生成した時点で持ち主の制御を離れることである。
故に、両の手が空き、反撃の余裕が生まれる。
両手を広げて犬彦は告げた。
「
高速で接近し、2人がかりのシールド2枚を喰い破って尚吹き飛ばす暴力の化身のような弾丸――メテオラ。
それが今、エスクードを盾にした志岐隊長から射出された。
3人それぞれに狙い撃たれたのはまだいい。
問題なのはその数だ。
「冗談だろ……ッ!」
巨大なトリオンキューブから別れた無数の弾丸が真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
――あんな数食らったらひとたまりもねえぞ!
速度は先程とあまり変わらない。分散させた分、1発の威力は先程吉里隊に向けられたほどのものではないはずだ。
しかし何をおいてもそのトリオン能力の高さである。とても甘く見られるようなものではない。
「フルガード!」
指示を出すと同時、自身もまた前方に向けてシールドを張り、重ね合わせる。
メイン・サブ両方のトリガーを使うことから追撃は途切れてしまうが、防御力は格段に上がる。兎にも角にもあのメテオラの群れを凌ぎ切らなくては話にならない。
衝突に備えて体勢を低くした、その瞬間。閃光が瞬いた。
「は――」
衝撃。脱力。アナウンスの音を遠く聞いた。
『トリオン漏出過多。
まさか、そんな。ありえない。
だってシールドは2枚とも破られずにそこにあって、そもそも激突さえ未だにしていないのに。
驚愕、動揺。見下ろしてみればそこには映画で見るチーズのような穴だらけの身体があって、何らかの攻撃を食らったことを証明している。
崩れ落ちる身体が、同じように穴だらけになって沈む間宮隊全員の姿を捉えた。
全員が、同時に撃墜されている。
それもシールドはやはりそのまま残っていて、前方からあの凶悪なメテオラを食らった様子はない。
思い出すのは、一瞬の閃光。
「まさか――」
その声を最後に、間宮隊全員が
勝因・圧倒的スペック差。あと下位チームということで経験で差がつけられなかったのが痛かったかなと。
各隊の思惑とか考えるのが楽しくて思ったより長くなってしまいました。
ついでにどのように犬彦を倒すか考えるのが意外と楽しかったので、次はもっと苦しめようと思います(ゲス顔
マンガと違って、文章だと視点が切り替わりすぎるとわかりにくくなってしまうので、ポイントを絞って描写・適宜解説、という形にしましたが如何でしたでしょうか。
ついでに意識して地の文も削りました。今回はさらっと流すつもりだったのもありますが、あんまり長くなるとテンポ悪くなると思いましたので。
原作の感じに近づけようと色々と試行錯誤している段階ですが、宜しければこれらについても意見・感想等お待ちしてます。
今回もまた小ネタみたいなのを活動報告で書いておく予定です。
次はROUND1の締めと、各人の反応。