4話までは毎日投稿予定なので、期待に応えられるよう頑張ります。
そんなこんなで、瞬く間にその日はやってきた。
ボーダー入隊日。周囲を見渡せば犬彦と同じ白い制服を着込んだ少年少女が浮き足立った様子で和気藹々としている。
対して犬彦はと言えば、顔なじみの知り合いがいるわけでもなく、椅子に座って黙々とスマホを弄っている。こういう時、普通に考えれば家族が来るものだろうが、父母は普通に仕事でこれず、唯一来れそうな小夜子は引きこもり。
「典型的なぼっちそのものじゃないですかやだー」
「地味にぐさりと来るからやめてそれ」
「言ってて私も悲しくなってきた。もうこの話は止めるさー」
チャットでぽちぽちと小夜子と会話しながら時間を潰す。あいつはこの時間仕事とかないんだろうかと聞いたら、今日はオフですとどや顔スタンプが送られてきて軽くイラッとした。
「それにしても……今更だけど本当に良かったの? 私みたいにスカウトとかで入る選択もあったわけだけど」
「いいんだよ別に。何も急いで上に上がる理由があるわけでもないし……それに」
「それに?」
「一足飛びで上に上がるとか、ズルしてるみたいで男らしくない」
返答には一瞬の間が開いた。続けて送られていたメッセージは「勿体ない」。
「折角の楽して上がれるチャンスをどうしてフイにしちゃうかなあ」
「右も左もわからない状況でいきなり上位の仲間入りしても勝手がわからなくてオタオタするのが関の山だろ。まずは操作感に慣れるのが重要」
「ゲーム脳はこれだから」
「ブーメラン乙」
いつも通りのやりとりに思わず頬を緩ませながらメッセージを打つ。
何だかんだで緊張していたのだろうか、強張っていた背筋から力が抜けていくのを感じた。
「そうやって意地張ったせいで余計な苦労を買う羽目になるかもしれないのに。お金だってC級とB級じゃ随分違うんだよ?」
「言っておくが、俺が稼いだお金はビタ一文お前には渡さないからな」
「共有財産でしょー? 今の生活費のいくらが私のお給金から出されてると思ってるのさあ」
「確かに小夜子の財布のひもを握っているのは俺だ。……だがいつ俺がお前に俺の金を渡すと言った?」
「なん…だと…?」
愕然とした表情のスタンプが送信されてくる。
現在犬彦達の生活費をまかなっているのは両親の仕送りと小夜子の給金、ということになっている。
――だがこれは小夜子には伝えていないが、実際は仕送り分だけで生活費は賄えているのだ。
曰く、「まだ成人してもいない子供に生活費を払わせるほど落ちぶれちゃいない」という両親の厚意によって。
だからといって小夜子に財布を握らせたままだとどうなるかはすでに証明済みであるため、両親にも口止めをお願いして内緒にしている。
勿論小夜子のお給金はほとんど全額貯金させ、毎月決まった金額をお小遣いという形で手渡しているのだ。
お父さんよりよっぽど父親らしい、とは、そんな犬彦の姿を見た母親の談。
「そういえば、那須先輩達が犬彦に会いたいって言ってたよ」
「えっ」
「そりゃ、私の弟だもの。話はしてたし、気になるのも仕方ないんじゃない?」
「アッ、ハイ。そうですね」
「ウチの弟がモテモテで姉の私も鼻が高い」
「心にもないこと言うのやめてくれませんかねえ」
ポチポチと打ち込む犬彦の表情は内心の葛藤を表すかのように渋面を形作っていく。
会いたくないわけではない。むしろ会いたい。姉のチームメイトであり、犬彦にとっての“憧れ”だ。会いたくないわけがない。
ひとまず、探りを入れてみることにする。
「俺のこと何て説明してるんだ?」
「犬彦だったら私のこと何て説明する?」
「重度のコミュ障でヒッキーな駄目姉貴」
「よくわかった。当日私からのサポートはいらないってことね」
いや、だって本当のことだし……と脊髄反射で打ち込みそうになったが、ここで本当にへそを曲げられてしまっては後が怖い。土下座のスタンプを送っておくことにする。内弁慶め。
まあ、所詮弟の紹介だ。さして踏み込んだ紹介などしていないだろうし、期待されている、と考えるのも自意識過剰と言える。気にするほどのことでもないか。
「どこまで話せばいいか咄嗟に判断できなかったので、私に似てますと答えておいたよ」
「最悪の答えじゃねーか!」
「くま先輩の『お、おう……』と何とも言えない顔が印象的でした!」
「でした!じゃねーよ! 明らかにやらかしてんじゃねーか!」
「那須先輩は『面白そう。会ってみたいな』だって」
「あああああもうこのクソ姉貴いいいいいい」
思わず顔を両手で覆って伏せる。憎らしいやら恥ずかしいやら、今の犬彦の表情はきっと人様にはとても見せられないものになってるはずだ。ここが衆目に晒された場所でなければごろごろと悶絶したい気分だった。
そんな犬彦の百面相など露知らず――あるいは、わかってやっているのか――やり遂げた表情で汗を拭う小夜子似のイラストがスタンプで送られてくる。この姉どうしてくれようか。
「案ずるな。きちんとフォローは入れてあるとも」
「信用できないし安心もできないんだが? あと何だその謎キャラは」
「というか、どれだけ飾っても結局のところ犬彦に問題があるのは事実なのだし、それ以上何も言えないと思う」
「……ぐぬぬ」
ふざけまくっていたと思えば急にまともなことを……実際その通りなので何も言えない。
「本当にそれ以上は踏み込んだこと話してないけど、どうする? 前もってちらっとでも説明しておいた方がいい?」
「……いや、いい。それはあんまりにも情けなさ過ぎる」
まだ会ってもいない人にいきなり気を遣わせる必要なんてない。男の子には張るべき意地というものがあるのだ。
「きちんと会って話をしてから、説明する」
「骨は拾ってあげるさー」
「助かる」
ふとスマホから顔を上げると徐々に喧噪が静まり始めていた。そろそろ入隊式が始まるようだ。
そろそろ切り上げる旨を打ち込もうとしたところ、スマホが震えて受信を知らせる。
「犬彦なら、すぐに上に上がってこれるよ」
……本当にこの姉は、いつもは駄目駄目なくせに、たまに姉らしいことを言う。
照れ隠しなのか、一拍の間を置いて続いたメッセージは「何せ私の弟だからね!」。
思いがけず姉らしいことをした姉に倣って、犬彦も素直に送ることにした。
「ありがとよ」
「早く上がってきて私を楽にさせろー」
すぐさまいつも通りの反応を返してきた姉に苦笑を返してスマホの電源を落とした。
驚愕の事実が発覚した。
入隊式が終わり、すぐさま訓練を始めるということで、犬彦達はまず
犬彦は
最も、犬彦の場合、すでに自分が目指す目標を決めていたためにどちらにせよこちらを選んだことだったろうが、それは今は置いておこう。
「君達の左手の甲を見てくれ。数字が見えるだろう? それは各自が選んだトリガーをどれだけ使いこなしているかを示す数字だ」
嵐山隊隊長嵐山准。自己紹介もしていたが、嵐山隊はボーダーの広報担当を務めておりメディアにも出演することが多いことからその名前はよく知っていた。落ち着いた物腰とはきはきとした口調は、成程確かにこういったことに向いている、と思わせるものがあった。
「ほとんどの者は1000からのスタートだが、仮入隊期間に高い素質を認められた者は、ポイントが上乗せされているはずだ」
そう。仮入隊期間。実は犬彦も参加していたのだ。とは言ってもたいしたことをやっていたわけじゃない。正式入隊日を迎えるまでの間、教養を受けたり、トリガーの操作訓練や訓練室で仮想
それでも今日がスタートである新米隊員と比べればいくらかはリードしているはずだが、嵐山は高い素質を認められた者は、と言った。
耳に聞こえてくる声を拾えば、大幅にポイントを加算されて喜んでいる者も、逆に思ったよりもポイントが加算されておらずがっかりしている者もいた。
そして、今。犬彦の左手には、3500の数字が輝いている。
思わずさっと袖口を引いて数字を隠した犬彦を誰が責められようか。
嵐山に言わせれば、期待されている。それ自体は嬉しい。確かに訓練は真面目に取り組んでいたし評価をされるのも嬉しいことだ。
だが先程聞いた話では、B級に上がるための必要ポイントは4000。あとたったの500ポイントで上がれてしまうではないか。
「一足飛びで上に上がるとか、ズルしてるみたいで男らしくない。……キリッ」
脳内で小夜子が犬彦の台詞を反芻してどや顔を決めた。
怨みはまったくないが、何か激しく嗜虐心を刺激されたのであとでリアルに報復することを心に決める。
ここは逆に考えよう、と犬彦は思考のリセットにかかる。
確かに想定とは随分違った形になってしまったが、元々上に上がるつもりではあったのだ。予期せぬ形でそれが短くなってしまったが、他の連中と比べて仮入隊期間という下積みもある。だから決してズルではない。
それに、ポイントを稼ぐための手段の一つであるランク戦における勝利では、よりポイントの高い相手に勝てばそれだけ増えるポイントが多いという。
これだけのポイントを持っている訓練生は滅多にいないことだろうし、つまり犬彦自身がラスボス。
そう考えれば男的に割と燃えるシチュエーションではあった。
よしメンタルリセット成功……!と内心で拳を固めていると、いつの間にか説明が終わっていた。
どうやら仮入隊期間でもやった対
気を取り直し、部屋に向かう訓練生の列に混ざるように犬彦も足を進めた。
次回、戦闘訓練。
ついでに1人目のヒロインが登場します。タグも追加します。