那須隊の番犬   作:遠野雪人

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 お待たせしました、防衛任務編ラストです。


第23話 香取葉子

 

 

 

 

 

 それは、例えるならサソリが1番近いだろうか。

 厚みのある小判のような胴体に、蜘蛛の足のような節足がいくつもついている。それのサイズも虫と同じくらいであれば脅威になどなりはしないが、自動車並みのサイズが迫ってくるとなるとそのスケールの違いに圧倒される。

 

「……なんというか、こんなゲームあったよなあ」

 

 ボロボロの街並みを背景に、3体のモールモッドが徘徊する様を眺めながら呟く。

 

 もっとも、いつもならその軽口に返ってくる声が今はない。

 そのことがなんだか無性に寂しかった。

 

 そして、いい加減現実と向き合わなければならない――終始無言を貫く香取先輩と。

 

 今までは急時でなかったために会話がなくても問題はなかったが、事この期に及んで、部下である犬彦が指示を仰がないなどありえないし、上司である香取先輩が指示を出さないのもありえない。

 モールモッド3体を確認したことはすでに染井先輩が上に報告してくれているものの、現場は現場で連携を取る必要がある。

 どう対応するか、せめて方針くらいは決めておく必要があると犬彦は判断して口を開いた。

 

「あの」

「あんたはその辺で突っ立ってなさい。アタシ1人でやるから」

「え、――は?」

 

 返事など待ちもしない。

 犬彦の困惑を他所に香取先輩はそれだけを言い捨ててモールモッド3体に躍り掛かった。

 

「あの、ちょっと! ……ああもうなんなんだあの先輩は!」

 

 確かに防衛任務は今回が初めてだし、勝手がわからないことから足手まといであることも認める。が、流石にあの対応はどうなのだろう、と苛立ちさえ覚えながら吐き捨てた。

 

 となると、犬彦はもう更に上の上司に確認を取るしかない。

 犬彦は当真先輩に通信を取った。

 

「当真先輩、聞こえますか?」

『聞いてるし見てたよ。……まあわかってはいたが、もうちょっと仲良くやれんものかね。取りまとめるの俺なんだぜ?』

「いや、わかってますけど、取りつく島もないんですよあの人……」

 

 通信越しのため息にこちらもため息で返したくなるのを我慢して、素直に頭を下げる。リーダーとしての苦労もわかるし、犬彦の方に原因があるのも事実だ。

 

『ま、今更言っても仕方ねえ。お前、モールモッドなんとかできるか?』

「訓練の時はなんとかなってたので大丈夫……だと思います」

 

 近界民(ネイバー)というのは人型を除くと、往々にして役割というものがデザインされているのが見出せる。このモールモッドはその中でも戦闘用とされている近界民(ネイバー)だ。

 現在はボーダーで集積された過去のデータからシミュレーター上で再現が可能であり、隊員達はそれらへの教養や訓練を受けている。

 

 犬彦も同様で、モールモッドについてはB級に上がってから始めたばかりであるものの、トリオン能力によるゴリ押しで何とかなっている。

 いけると判断して頷いた。

 

『なら、お前が手近な奴1体の気を引いてやれ。あいつもああ言ってるが、流石に3体同時に相手取るのは面倒だろ』

「……あー、連携はもう諦めるわけですね。切り離してそれぞれで戦うと」

『形だけでも仲直りできるんならそれでいいが、明らかにそうじゃねーだろお前ら。ならいっそ2つに分けて別々にした方がお前らにとっても俺にとってもやりやすい。だろ?』

「ですね。それでお願いします」

 

 近界民(ネイバー)が攻めてきているこの状況で唯一の敵が味方というのは本当に頭が痛かったが、今更どうにもならない。ならば仕事を分けてしまおう、という提案は合理的だったし、それしかないようにも思えた。

 

 あとは、犬彦次第。

 犬彦は咄嗟に隠れた建物の影から現在の戦闘状況を確認する。

 

 大通りにみっしりと3体のモールモッドが集い、鎌のようなブレードを振り回している。

 追い回されている香取先輩は、1人で戦うと豪語しただけあって軽やかに立ち回り、手にした銃でモールモッド達にいくつもの弾痕を刻んでいる。

 しかし如何せん数が多く、致命傷を与えられていない。恐らくは精確に狙撃するよりも回避にリソースを割かれてしまってそれがままならない状態なのだ。

 

 犬彦はそれを見て、怒りを覚えたり、蔑んだりはしない。貶めたいわけではなく、ただ不思議なだけだ。――その私情は、協力して事に当たることを放棄してまで優先されることなのか、と。

 

「どんだけ嫌われてるんだよ俺……」

 

 独りごちつつ、トリオンキューブを展開。

 ひゅう、と当真先輩の口笛が響いた。

 

 狙うは右端のモールモッド。

 今だと香取先輩との立ち位置が近く、巻き込む危険性があるため、ひとまずは引き離すことを優先して出力を抑える。

 

 発射した。

 那須先輩と訓練を始めてから久々のストック方式でのバイパー。その手頃さに感動さえ覚えた。

 

 ――使いこなせばこれでもいける気がするなあ。

 

 などと思っていると着弾した。

 3発が近界民(ネイバー)の甲羅のような外殻を砕き、2発が触角を砕いて更に前進する。――明らかに調整をミスっていた。

 

 しまったと息を呑んだ瞬間、視界の先で1つの動きが生まれる。

 

 バキン、と煉瓦を叩き合わせて砕いたような音が響く。

 直進していたバイパーが砕かれ、それを視線もやることなく叩き落とした香取先輩の右手の拳銃トリガーが粉微塵に砕かれた。

 

 ――おいおい、今どうやって悟ったんだよあの先輩……!

 

 内心で感嘆の声を上げると、鋭い目が犬彦を射抜いた。

 

「どっちの味方してんのよあんたはっ!!」

「す、すみません!」

 

 こればかりは犬彦が悪い。

 意外と緊張していたからだとか、手が滑ったとか、言い訳も口にできずに平謝りである。

 

「邪魔すんなって言ってるでしょ! どっかその辺で寝てなさい!」

「いや、そうは言いますけど……!」

 

 失態の後だけに素直に頷きたくなるも、そうもいかない。

 放ったバイパーによってすでに2体のモールモッドがこちらに寄ってきている。貫通したバイパーがもう1体に着弾したのだろう。

 

 流石に棒立ちになっている理由などありはしない。クソ、と悪態を吐きながらトリオンキューブを浮かべた。

 

 場所は大通りであり、彼我を遮る障害物が少ない。

 攻撃する分には射線を遮るものがなく有利だが、守る分には身を隠すものがなく明確に不利だ。

 

 とはいえ、嘆いていても始まらない。

 後退しつつ片側に攻撃を集中しようとしたところで、1体のモールモッドの“目”が弾け飛んだ。

 

『いいねえ。3発撃つだけで焼肉たあ、やる気も出るってもんよ』

「……どうして素直に頭を下げさせてくれないんですかねえ、この先輩は」

 

 撃たれたモールモッドは一瞬全身を震わせた後、糸でも切れたかのように崩れ落ちる。

 たったの1発で正確に急所を射抜いたのだ。移動し、外殻に覆われた敵を。

 

『そこは素直になれよ、後輩。いや、さっきもか。お前訓練では倒せてたって割に全然ダメダメじゃねーかよ』

「うぐぅ……! ち、ちょっと手元が狂っただけですってば!」

『練習で成果を出せない奴は本番でも出せないって言うよなあ?』

「ああ言えばこう言う……! わかりましたよやればいいんでしょう!」

 

 ヤケクソ気味に叫び、トリオンキューブからバイパーを残ったモールモッドへ発射。

 人数差さえ覆ったのならもう苦戦することなどありえない。ただつるべ打ちにするのみである。

 

 巨大なトリオンキューブが細かく分かれ、マシンガンのように殺到する。

 軌道さえ設定しない。向かい撃つ形で、最短距離を一直線に。威力にステータスを振った弾丸の雨がモールモッドを穴だらけにした。

 

『30点だな』

「あまり聞きたくないですけど、内訳は?」

『ん? あー、トリオンキューブがデカい。29点』

「それほほ技術点ゼロじゃないですか!」

『バッカお前、角度もつけずに撃ったバイパーで何をどう評価しろっつーんだよ。アステロイドのがもっと上手くできるじゃねーか』

「間違いじゃないですけど! 間違いじゃないですけども!」

 

 まったく同じことを、撃っている犬彦自身も思っていたのでぐうの音も出ない。

 まして一撃で正確に急所を射抜く当真先輩の絶技を見た後なのだから尚更である。

 

「いや、でもよく考えたら才能だけで100点のうち30点ももぎとれた俺って割と凄いのでは……?」

『上限1万点くらいだぞバーカ』

「アンタどんだけ俺のこと嫌いなんですか!」

 

 そんなやり取りをしていると、不意に音が生まれた。

 

「警報?」

 

 近隣に近界民(ネイバー)が現れたことを告げるアナウンス。先程も聞いたものだ。

 

「染井先輩?」

『当真先輩、(ゲート)がもう1つ開きました』

 

 オープンチャンネルによる染井先輩の警告に緊張が走る。

 しかし応じる声は呑気なもので、

 

『場所は?』

『今度は遠いですね。そこから東に200メートルほどです』

『ったく忙しねえな。誰か呼んでるんじゃねえか?』

「誰のことを言ってるんですかねえ」

 

 誰だろうなあ、と笑う当真先輩の声に青筋を立てつつ、手近な石垣に手をかけて屋根の上へ飛び移る。

 

 言われた方角に視線をやると、宙に黒い穴が空いていた。

 周囲にヒビを走らせながら規模を広げていくその(ゲート)の向こうから、追い立てられたゴキブリのように這い出してくる近界民(ネイバー)の姿が見える。

 

「視認しました。……5体もいますよ、今度は大所帯ですね」

 

 現れたのはまたしてもモールモッド。

 まだこちらの姿は確認していないようだが、時間の問題だろう。

 

『さて、どうすっかね』

 

 言葉の割に緊張感のない呟きを漏らす当真先輩。

 ここで先程の失態を取り戻すとばかりに、犬彦もまた思考する。

 

 何はなくとも、脅威なのはその数である。

 対するこちらは前線に出られるのが犬彦と香取先輩の2人で、香取先輩は未だ最初のモールモッドの対応に追われている。

 

 とすると、今前線に出られるのは犬彦のみであるわけだが、流石に5体ものモールモッドを正面から相手するのはいくら当真先輩のサポートを受けても厳しいだろう。まして犬彦のポジションは中距離射程の射手(シューター)であり、前に出てがっぷり組み合うスタイルではない。回避の技術であればそれなりに自信はついてきたものの、5体ものモールモッドを相手にして囲まれるようなことは避けたいし、先程の失態を考えると満足に実力を発揮できるかという点にも疑問が残る。

 

 そこまで考えて、犬彦は口を開いた。

 

「当真先輩、1つ案が浮かんだんですけどいいですか」

『言ってみな』

「はい。今だと前に出られるのが俺しかいないので、このままあそこまで行くのはちょっと無理があると思います。当真先輩のサポートがあっても、捌き切れるかわかりませんし」

『ほう。俺の腕をナメきっていることはよくわかったが、後でお仕置きするだけで許してやる。んで? それでお前はどうしようってんだ?』

 

 不穏な台詞を努めて無視して、だからですね、と声を続けた。

 

「アレをこっちに呼びましょう。こっちからちょっかいをかけて注意を引いて、寄ってきた奴から順に叩く。それがベストだと思うんですけど」

『……ちょっかいをかけるのは簡単だが、一斉にこっちに来たらどうする? そのプランだと横に並んでも失敗じゃねえか』

「俺、今日はエスクードを持ってきてるんですよ。横に広がりそうな奴はエスクードで物理的に軌道を遮って、順番にこっちまで来させればいいんじゃないですか」

 

 できない、とは思わない。

 エスクードの射程距離は基本25メートルくらいだが、犬彦のトリオン能力はそれを優に超えている。ましてモールラッドをこちらへ呼び寄せるのだから余裕で射程圏内だ。

 

 そして都合のいいことに、ここは住宅街の真っ只中である。

 障害物は多く、エスクードで道を制限するのも難しくはない。

 

『いや、それはな――』

 

 何かを言いかけた当真先輩の声を、遮るものがあった。

 

「ホントムカつく」

 

 零れた声に心臓を掴まれた気分になる。

 今更、犬彦はこれがオープンチャンネルであり、全員に聞こえていることを思い出した。

 

「当真先輩、あとよろしく」

 

 その一言を呟くなり、香取先輩は対峙していたモールモッドからあっという間に距離を取って新しく現れた集団へ向かっていく。

 

 すでに通信は切られており、それ以上何かを言う様子もない。視線をやることもなく駆けていくところから、犬彦が口にした作戦を呑むつもりがないのは火を見るより明らかだった。

 

『――手ェ抜いてやがったな。まったく』

 

 やれやれ、とぼやく。

 置いていかれた犬彦は、ただ途方に暮れた顔で尋ねるしかない。

 

「……俺、何か間違ってましたか?」

 

 犬彦とて気付いている。犬彦が良かれと思って口にした策は、確実に香取先輩の逆鱗に触れたのだろうことを。

 けれど、何が触れたのかについては皆目見当がつかなかった。

 

『それは俺の口からは言えねえな』

 

 縋るような一言が、ばっさり切り捨てられた。

 

『検討はつくが、俺が何か言うようなことじゃねえし、今口にしたところで何かが変わるわけでもねえ。だが、そうだな。1つだけフォローしといてやるが、口を出したこと自体は間違っちゃいねえよ。その積極性は褒められるべきもんだ』

「こんな結果になったのに、ですか?」

『失敗しない奴なんていやしねえよ』

 

 軽い調子で告げる。その言葉が今はありがたい。

 

『とはいえ、だ。あの調子じゃお前をあっちに向かわせるわけにもいかねえし、お前はこっちの奴の相手してろ。あっちの5体は俺達でなんとかする』

 

 ……色々、言いたいことはあった。

 初の防衛任務でこの失態。取り戻したいという感情はある。けれど、同時にこの場の理がどちらにあるかなど言われるまでもなくわかっていた。フォローしてくれている当真先輩の負担を、これ以上増やすなどできるはずもなかった。

 

 犬彦にできることは、ただ苦い顔で頷くことだけだった。

 

 

 

 

 日も落ちた頃、次の当番の者が来て引き継ぎをする。

 どこで何があった、どんな対応をした、気になったことはあるか、などといったことを報告する。

 

 話しながら、振り返る。

 結局2回目に開いた(ゲート)が最後で、それ以降は何もなかった。

 警戒区域を見回っても特に異変はなく、引き継ぐようなこともない。

 

 犬彦の失態も、終わってみればさして影響はなかった。

 すべて当真先輩と香取先輩がなんとかしてしまったからだ。

 

 だからこそ焦る。犬彦のしたことと言えば足を引っ張っただけで、何一つ成し遂げられていない。

 この上失態の意味さえ理解できなかったとなれば、今回の任務は犬彦にとって本当に意味がなかったことになってしまう。

 

 故に、踏み込んだ。

 

「香取先輩、さっきはすみませんでした」

 

 引き継ぎに使っていた部屋を後にして、廊下。

 解散の流れになったところで、行き先に滑り込んだ。

 

 あからさまに鬱陶しげな視線が刺さるが、腹に力を込めて耐えた。

 

「邪魔なんだけど。どいてくれない?」

「いえ、香取先輩には色々とご迷惑をかけてしまいましたし、謝りたいと思ってるんですよ」

「どうせ何が悪かったのかもわかってないんでしょ? 中身のない謝罪なんてされても鬱陶しいだけだわ」

 

 食いついた、と内心で拳を握る。

 何の反応もなくガン無視で立ち去られる可能性もあったし、それをされたら本当にどうしようもないところだった。

 

 もっとも、犬彦にとってはこちらの方が精神的にキツい展開であるのもまた事実なのだが。

 努めて平静を装って言葉を続けた。

 

「ってことは、中身のある謝罪なら受け取ってもらえるってことですか?」

「空気も読めないの? 謝罪がそもそもいらないって言ってんの」

「じゃあ、せめて教えてください。何がそんなに先輩の気に障ったんですか?」

「ハ、なんでもかんでも聞けば教えてもらえるなんて、おめでたい頭してるのねあんた」

「……いや、その。せめてそれだけ、ですね」

「知らないし、あんたに教えるつもりもない」

 

 取りつく島もない、とはまさにこのこと。

 どれだけ頭を下げても、丁寧な言葉を心がけても、まるで響いていないかのように香取先輩は仏頂面でこちらを拒絶し続ける。ここまで強く当たってくる人は犬彦の人生でもそうはお目にかかれなかった。

 

 犬彦としては、せめてどうにかして理由だけでも聞き出したいところだった。

 初の防衛任務は散々という結果。それはもう仕方のないこととして諦めがつく。だがその理由さえわからずじまいでは何の糧にもなりはしない。

 

 どうすればいいのか、あれこれと引き留める言葉を頭の中でこねくり回していると、いい加減焦れた様子の香取先輩が前に出た。

 

「ああもうしつこいわね。もういいからそこどきなさいよ」

「――っっつ!」

 

 押し退けようとして伸ばしてきた手。

 それが、古い記憶を呼び起こした。

 

 咄嗟に払いのける。後ずさる。じとりと嫌な汗が背中を濡らした。

 

 しん、と寸時静まり返る。

 遠巻きに見守っていた染井先輩も、当真先輩も、振り払われた香取先輩さえ目を丸くして動きを止めた。

 

 最初に再起動したのは、不機嫌そうに目を細めた香取先輩。

 

「……異性恐怖症、だっけ? この程度の触れ合いで顔真っ青にするような奴が、軽い気持ちで入ってくるんじゃないわよ。邪魔なだけだわ」

 

 冷たく言って、荒い息をつく犬彦を尻目に今度こそ横を通り過ぎていく。

 

「……俺は、間違っていたとは思っていません」

 

 力を込めて背中に告げる。

 香取先輩がその足を止めた。

 

「他に選択肢があったかもしれないというならわかります。極限状態ではなかったし、俺の言ったことよりもっと上手くやれた作戦があったというなら納得はできます。でも頭ごなしに否定されて、馬鹿にされるほどだったとはどうしても思えません」

 

 奥手で、異性恐怖症の犬彦をして、流石に今の言い草はカチンときた。

 

 “軽い気持ち”。

 確かに、代々受け継がれてきたものだとか、壮大な因縁だとか、そういう重い理由なんてない。

 だがよく知りもしない他人から、まして争点と関係のないことで馬鹿にされる謂れなどないはずだ。

 

 要は、譲れないラインの話である。

 香取先輩は今そのラインを踏み越えた。ならば戦争するしかない。

 

「俺はただ納得したいだけです。馬鹿にするなら俺が間違っていたというだけの理由をください。……ここまで強く言っておいて、まさか気に入らないからなんて理由だけで貶していたわけじゃないでしょう?」

 

 意図的に挑発する。

 その甲斐あって、ついに香取先輩が振り向いた。

 

 美人が凄むと迫力があるという。

 キツい印象こそあるものの整った顔立ちの香取先輩が睨んでくる様子に、その言葉を強く実感した。

 

「……たとえば、あんたが引っ越しとかの理由で、住んでいた家を離れたとする」

 

 腕を組んで、静かに語り出す。

 

 香取先輩は印象と違って声を荒げることはしなかった。しかしだからこそ、沸々と滾る苛立ちや憤りが圧を伴って喉を締め上げるのだ。

 

「日々を過ごした場所だもの。どこで遊んだだの、どこで寝ただの、思い出くらいあるわよね? 何年も過ごした場所だから、愛着だってある。離れたら名残惜しいと思うくらいにはね」

「え、っと」

「――そして、それを踏み潰されたとする」

 

 言葉は、もはや刃のそれと変わりなかった。

 

「何の感慨もなく、住んでいた家が、道端の小石でも蹴るような呆気なさで。跡形もなく踏み潰されたとして、あんたはそれを許せると思うの?」

「……ち、ちょっと待ってください。まさか、あそこの住宅街のことを言ってるんですか?」

 

 香取先輩の言及が何を指すのかは明白だった。

 

 あの時、犬彦たちと新たに現れたモールモッドの間には住宅街が広がっていた。家々が密集しており、確かに犬彦の作戦をそのまま実行したならいくらかの家の倒壊は免れなかったことだろう。

 しかし、だ。

 

「あの辺は警戒区域で、ボーダーが買い取った場所のはずです。人もいませんし、上からも壊してもいいって説明があったじゃないですか」

「勘違いしてるんじゃないわよ。壊してもいい、じゃなくて、壊れてもいい、よ。故意と過失の区別もつかないの?」

「いや、だとしても……」

「だとしてももかかしもないの。だからあんたは甘ったれたガキだってのよ」

 

 失笑。冷たい視線が犬彦を射抜く。

 

「あんたのそれは、“3分制限の巨人ヒーロー”と一緒よ。敵を倒すためだからってお構いなしに暴れて、後のことは知りませんってね。確かにあんたの言うとおり、あそこはもう捨てられた場所で、人が住むことなんてない。戦いで壊れてしまうのも、それはそれで仕方のないことだわ。だけど、それを見た世間の人々は何を思うかしら」

 

 何もかもが人の目に止まるわけではない。

 警戒区域の中であれば、戦闘中の行動の全てが見えるわけではないし、誰にも気付かれずひっそりと終わることもあるだろう。

 

 だけれど、結果は残る。

 壊された街という、その結果は絶対に消えない。

 香取先輩の言うところの、『住んでいた思い出の残る家』が。

 

「こんな場所だもの。ただでさえ、市民は近界民(ネイバー)にいつ襲われるとも知れない不安や不満を抱えているのよ。ニュースとか見てればわかるでしょうけど、それがボーダーに向けられることだってある。説明を求められることも勿論ね。そんな時、あんたが今日しようとしたことの説明を求められて、答えられるの? 『市民の皆さんを守るために、皆さんの家を犠牲にしました』って?」

「それ、は」

「ああ、あんたの理屈だと、『壊してもいいと上が言っていたから壊しました』ってなるのかしら。後のことは知らない、後は上にお任せします。……とんだヒーローね」

 

 言葉もなく俯く犬彦を、香取先輩がせせら笑う。

 

「葉子」

 

 くい、と染井先輩が香取先輩の袖を引っ張った。

 香取先輩はそちらを見やると、不機嫌そうに舌打ちをして、今度こそ背を向けて立ち去っていく。

 

「ヒーローを気取るのは勝手だけど、街が更地になるまで戦うって言うなら、あんたはヒーローじゃない。ただの怪獣よ」

 

 去り際の言葉が、耳にこびりついて離れなかった。

 

 

 

「よう、お疲れさん」

「……あ、当真先輩。まだいたんですか」

「帰り時逃したんだよ。ったく勝手におっぱじめやがって」

「ああ、それは、その。すみません。というか、それも、ですね。作戦のこととか、変なこと言ってすみませんでした」

「やめろやめろ。お前がしおらしくしてるとサブイボ立ってくるわ」

「わかりました。じゃあやめにしますね」

「切り替え早すぎんだろ」

 

 かわいくねえ奴め、と当真先輩が口の端を釣り上げた。

 

「それにしてもアレだな、マゾなのか? お前」

「急に何言い出すんですか」

「わざとだろ、アレ。何が間違ってたかなんて、他の奴に聞けばいくらでもわかったことだろ。それを1番の地雷を敢えて踏みに行ってまで確認するなんて、そういう趣味があるのかと思ってな」

「……別に、そんなんじゃないです。人の考えてることなんて、その人にしかわからないじゃないですか。だから誰かに聞くよりも、直接聞いた方が早いだろうって、そう思っただけです。それに、こんなことで逃げるなんて男らしくないでしょうし……そうでしょう?」

「それで凹んでちゃ世話ねえな」

「凹んで……は、ないですよ、多分」

「ふーん。ほーう」

「……なんですか」

 

「さっきも言ったが、失敗は別に悪いことじゃねえぞ。入って1ヶ月の奴が失敗しねえ方がおかしい。それに個人的に言や、ビビって前に出ねえ奴のが嫌いだね。そういう奴は成長しねえからな」

「失敗なんて、しないに越したことないと思いますけど」

「だが、お前はそうやって成長してきた。違うか?」

「わかったようなこと言いますね」

「違うなら、あんなヘマした後にあいつに聞くような馬鹿はしねえよ」

 

 ぐうの音も出ない。

 笑おうとしたが、口から漏れたのは乾いた笑い声だけだった。

 

「……ま、せいぜい悩めよ。若い奴はそうやって成長するもんだ」

「さっきから思ってましたけど、当真先輩口ぶりが親父臭いですよ」

「お前がガキなだけだよ、馬鹿め」

 

 そういうもの、だろうか。

 当真先輩も高校生だったはずだが、同年代や1つ2つ上の先輩が皆こうであるのなら本当にそう思えてきてしまいそうだった。

 

 お疲れさん、と言って立ち去ろうとした当真先輩だったが、ふと思い出したような仕草で声をかけてきた。

 

「そういやお前、週末暇か?」

「週末? ええ、まあ」

「何呆けたツラしてんだよ。焼肉の話、忘れたわけじゃねえだろ?」

「……ああ、はい。そんな話もありましたね」

 

 尻拭い3回で焼肉1回。

 襲撃は2回だけだったが、その実多くの面で迷惑をかけてしまっている。

 

 なんでこんなタイミングで、とは思うけれど、実際フォローもしてもらっている。

 ここは奢るのが筋か、などと考えていると、

 

「約束通り奢ってやるから付き合えよ。タダ飯なら文句ねえだろ?」

「……え? いや、尻拭い3回ですよね? 俺が奢るんじゃないんですか」

「馬鹿、俺が拭ってやったのは最初に現れた奴1回だけじゃねえか。他はやってねえよ」

「いやいや、結局2回目なんて全部やってもらったわけですし……」

「それは俺が自分の仕事しただけだからノーカンだ」

「いやいやいや……」

 

 強く言い切られるが、気が咎める、なんてものではない。

 何もできず、挙句迷惑をかけた先輩に奢られるなんて、犬彦の価値観では到底許されるものではなかった。

 

 言い募る犬彦に、当真先輩は1つ肩をすくめてこう言った。

 

「お前、明日ランク戦だろ?」

「え? そうですけど」

「んじゃ、それで勝て。そうすりゃ戦勝祝いになる。だろ?」

「なんて無茶苦茶な……」

「ええいうじうじと。男らしくねえぞ」

「ぐっ」

 

 痛いところを突かれた、と顔をしかめる。

 当真先輩が笑って言った。

 

「あんま難しく考えんなよ。ヘマしようが何しようが、結局は楽しんだもん勝ちってな」

 

 

 

「葉子、流石に言い過ぎよ」

 

 廊下を歩きながら釘を刺すも、香取は不機嫌そうに柳眉を逆立てて吐き捨てた。

 

「現実見えてないガキ見るとイライラすんのよ。仕方ないじゃない」

「わかっているけれどね。葉子の場合、言わなくてもいいことまで口にするんだもの」

 

 長年の付き合いというもので、この少女がどういう性格であるかということは理解している。こうして苦言を呈したことも1度や2度ではないし、言って聞かないことも身に染みてわかっている。

 しかし、自分たちより年下の少年にああまで厳しい言葉を投げかけるところを見せられると、流石に少しくらいは口を出したくもなるというものだった。

 

「別にいいでしょ。いずれ誰かに言われることを今言っただけなんだから。それより、華こそやけにあいつの肩持つじゃない」

「別に。子供に対してあそこまでムキになる必要はないって思っただけ」

「アタシは、別に間違ったことは言ってないわよ」

「葉子の言い分にどうこう言うつもりはないわ。むしろ、葉子があそこまで考えていたことがちょっと意外だったくらい」

「どういう意味よそれ!」

 

 声を荒げて噛みつく。

 それをさらりと無視して、染井が呟いた。

 

「……ただ、そうね。あの子、逃げなかったから」

「何が?」

「私は今回のことについて特に何か、あの子に教えてあげるつもりはなかった。そんな義理はなかったし、それは他の人の役目だと思っていたから。でも、あの子は敢えて葉子に聞く道を選んだ。多分、あの子にとって1番つらく厳しい道をね」

「だから気に入ったって?」

「そういうわけじゃないけれど。私の見立てとは違っていたから、驚いただけ」

 

 犬彦のデータを調べた時、染井はチグハグだな、という印象を抱いた。

 

 異性恐怖症。そういう病を患っていながら、2人の女性の師匠を持っていること。

 程度が軽いのかとか、何か他に事情はあるのかとも考えたが、いずれにせよあまり強い印象はなかった。

 

 しかし、昨日の会話。そしてついさっきのやり取りを見ていると、バラバラだったピースが揃い始めるのを感じていた。

『成長したい』。それが真実なら、随分愚直な少年だな、と思った。

 

「華は妙にあいつのこと買ってるみたいだけど、アタシにはそうは思えないわね。ただの馬鹿なガキでしょ?」

「そうね。何も考えず、ただ1番わかりやすい道を選んだだけかもしれないけれど。もし、違っていたとしたら」

 

 明日は大変かもしれない。

 そう呟こうとした染井の言葉を打ち消すように、鼻で笑って香取が言った。

 

「カンケーないわね。立ち塞がるなら踏み潰す。それだけよ」

 

 

 

 

 

 ――各端末に送信された組み合わせから抜粋。

 

 

 

 B級ランク戦、2日目・夜の部

 

 ROUND2

 

 志岐隊・香取隊・荒船隊

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 香取は多少強化している自覚がありますけど、作中の描写的に天才肌っぽいのでこのくらいのポテンシャルはあるのかなとも思います。

 犬彦との感覚の違いを表現するのが一番難しかった! それが今回遅れた理由の大部分ですが、それぞれ支えるキャラがいたので何とかなった感じです。
 MVPは当真先輩。あんたすげえよ……! こんなチーム任されたら自分なら投げる(確信
 ちなみに、最後のやりとりは意図して地の文削りました。

 というわけで、次はようやくROUND2です。
 こっちまでは流石に手が回らなかったので少しお待ちを。
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