那須隊の番犬   作:遠野雪人

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 ヒロイン1人目です。


第3話 小南桐絵

 

 

 小南桐絵は騙されやすい。それは自他共に認める評価だ。

 

 ちょっとした冗談でも、真に迫ったものでも、後で思い返せばどうして信じてしまったのかと頭を抱える荒唐無稽なものでも、とかく人の言葉を鵜呑みにしやすい少女だった。

 それは素直な小南の気質故のことなのか、あるいは悪意とは無縁の環境に恵まれていたためなのか、――あるいは単に頭が悪いだけなのか。小南自身にも実はよくわかっていない。

 ただ、そんな彼女でも胡散臭いと思うことはあるのだ。疑うという気持ち自体は存在するのだ。

 それはたとえば、迅の言葉に唆されてC級隊員の訓練の様子を見に来ている、今のように。

 

 

 

 

 

「喜べ。何とお前に弟子ができるぞ」

 

 いつもの胡散臭い笑みを浮かべながら迅はそう言った。

 今日入隊する訓練生の一人が小南の弟子になる未来が見えた、と。

 

 サイドエフェクト、という能力がある。

 高いトリオン能力を持つ人間に発現する超感覚であり、言ってしまえば超能力のようなものだ。

 高いトリオン能力を持つ人間、と条件づけられている通り、現在確認されている発現者は極めて少ない。今でも研究が進められている能力だ。

 

 迅が所有するサイドエフェクトは未来予知と呼ばれている。

 その名の通り、少し先の未来を見ることのできる能力だ。

 一度目にしたことのある人間に限定される、確定していない未来は可能性でしかない、等々、条件こそあるものの、その信頼性は積み重ねてきた実績により保証されている。

 

 その迅の言葉であれば信憑性は高い。

 事実、小南自身何度も迅の予知に助けられている。十分に可能性のある話だろう。

 

 だが、その未来を実現させるか否かは別の話だ。

 先にも述べた通り、迅の未来予知は確定するまでは可能性の一つでしかない。

 極端な話、小南が入隊式に行かなければ、ほぼ迅が予知した未来は回避できることだろう。

 

 それに小南自身、弟子が欲しいとは欠片も思っていない。

 自分より弱い人間に興味はないし、人を育てるということにも魅力を感じない。はっきり言って行く必要性が見出せなかった。

 明らかに拒絶の意志を露わにする小南に、迅は笑ってこう言った。

 

「行く価値はあるさ。その出会いは、お前にとってもきっと良い出会いだ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 

 

 

 

「絶対騙されてる……騙されてる、わよね? うん、多分」

 

 壁に背をもたれさせながらぶつぶつと独り言を漏らす小南。その釣り目がちな瞳から放たれる視線は不機嫌な色を隠そうともせずに鋭く訓練生達を見回していた。

 小柄ではあるが、小南自身の容姿が整っていることもあり、放たれる威圧感に訓練生達は「何だあの先輩」と怯えきった表情で目を背けている。勿論小南は新米達の畏怖感情などどこ吹く風だ。

 その中で、小南は早くも自分の弟子になるであろう人物に目星をつけていた。

 

「あいつ、かしら。……というかあいつくらいしかいないわよね」

 

 ざっと訓練生達の訓練風景に目を通したが、どれもたいしたことはなかった。そも、対近界民(ネイバー)戦闘訓練で1分を切っている人間が5人もいない。

 所詮近界民(ネイバー)の動きをこちらの技術で再現させただけの、シミュレート上の動きしかできない相手に、入隊したばかりとはいえ1分を切れない人間を鍛えるつもりは小南にはない。

 小南が目をつけたのは、その中でも群を抜いて速い記録を残した少年だ。

 

「2秒……たいしたことないじゃない。あたしの弟子って言うから、どんなものかと思えば」

 

 期待外れ、とばかりに嘆息する。

 余談ではあるが、最近A級に入隊した人員の記録は4秒である。それを思えばむしろ称賛されて然るべき記録であり、事実彼の周りにはちょっとした人だかりができている。

 新記録を樹立して、嵐山隊長からも称賛されて、さぞや鼻高々とふんぞり返っているのだろう、と思いきや。何か様子がおかしい。

 

「……何で怯えているのかしら、あいつ」

 

 明らかに腰が引けている。興奮して顔を寄せる少年少女達とは対照的に、みるみるうちに少年の顔色が青ざめていく。見ていて気の毒になるほどだ。

 その変化を察したらしい嵐山隊長が人垣を散らしていく。声に従って、先程の少年が打ち立てた新記録の興奮冷めやらぬまま、訓練生達が次の訓練に移っていく。嵐山隊長もまた、労うように少年の肩をぽんと一つ叩いてその場を去って行く。

 後にはほっとした顔で胸を撫で下ろす少年だけが残された。

 

「何だったのかしら」

 

 首を傾げつつも、小南は壁から背を離して立ち上がった。

 いずれにせよ、少年が一人になった。これはチャンスだ。声をかけるべきタイミングを探していた小南にとってはこれ以上ない絶好の機会。疑問もその性根も、全ては直接話して確かめればいい。

 かくして、先程の動揺がまだ残っているのか、胸に手を当てて乱れた呼吸を整える少年の背後に小南は立った。

 

「ちょっと、あんた」

「ひっ!」

 

 ――ひっ?

 

 びくん、と目の前で少年の小柄な背中が跳ねる。

 おそるおそる、といった小動物を思わせる仕草で振り返った瞳が小南を捉えた瞬間、幽霊でも見たかのような明らかな恐怖の感情が滲み出す。

 

 ――別に、好かれようと思っていたわけじゃない。本当に弟子にしようとか思っていたわけでもない。

 

 とはいえ、初対面の人間から声をかけただけでここまで怯えられて、傷つかないでいられるほど無感情でいられるわけもなかった。

 

「何でそんなに怯えてるのよ。何もしないったら」

「あ、ああ……すみません。怒ってるように見えたので、何か怒らせるようなことをしてしまったかと」

「むしろあんたのその言葉にイラっときたわ」

 

 確かに目つきが鋭いと言われたことはあるが、だからといってフラットな状態で声をかけたにも関わらず怒っていると言われるのは心外だ。

 

 小南の言葉を受けて「すみません!」と慌てて頭を下げる少年。

 即座に頭を下げる姿勢には好感が持てるが、この少年はそれが少々いきすぎているように思える。

 どんな家庭環境で育てばこんな卑屈な性格になるのだろう、などと失礼なことを考えながら小南は腕を組む。

 

「ん? あんた……」

 

 ふと、何か既視感のようなものがかすめた気がして顔を上げた少年を見やる。

 

「あの……何か?」

 

 じろじろと無遠慮な視線を向けられ、顔色を赤らめたり青ざめさせたり、気の毒なほど挙動不審な様子で身じろぎする少年。その小柄な背丈と中性的な容姿も相まって、ほんのりと嗜虐心のような感情が顔を出す。――苦労してそれを追い払って、引き続き既視感の出所を探る。

 瞳にわずかにかかるくらいの、少し長めの黒髪。

 肌色は白く、実は少年ではなく少女なのではないかと疑ってしまうほど線が細い。

 

「やっぱり……あんたの顔、どこかで見たことがあるような気がする」

「はい?」

 

 変なことを言っている自覚はある。が、言葉にしてしまうとそれが既視感の出所としてもっともしっくりくるような気がした。

 鳩が豆鉄砲食らったような間の抜けた顔でこちらを見る少年の顔を見ながら、記憶を洗い出す。

 思い出すのに難儀するような顔だ、そう出会ったことのない人間なのだろうが――はて、誰だっただろうか。

 

「あ、ああ……なるほど。ええと、姉です」

「姉?」

 

 姉、とは、一体誰のことだろう。唐突に言われてもさっぱり理解できない。

 眉をひそめていると、慌てて少年が言葉を付け足した。

 

「すみません。ええと、志岐小夜子、知ってますか。那須隊のオペレーターの。アレの弟です」

「那須隊……ああ、あの子か」

 

 そこまで言われてようやくピントが合った。

 成程、オペレーターの子の弟か。それならすぐに思い出せなくても納得できる。

 しかし、そう言われて改めて見てみると……

 

「あんたたち双子なの?」

「双子じゃないんです。よく似てる、とは言われますけど」

「似てる、というか」

 

 あまり覚えているわけじゃないので何とも言えないが、少なくともあまり会ったことのない相手を思い出してしまうほどに似ていることは確かであり、またこの中性的な容姿だ。それなり以上に似ていることは間違いなかった。

 まあ、今はそれは置いておこう。

 あまり嬉しくはないのか、やや複雑そうな顔をしている少年の目を見ながら口を開く。

 

「あんた、名前は?」

「その、犬彦です。志岐犬彦」

 

 小南の視線から逃れるように顔を背けながら少年、犬彦が言った。

 半歩を踏み込むと、反応するように身をよじって遠ざかる。

 まるで人慣れしていない動物のような反応だった。

 

 ……めんどくさい奴ね。

 

 小南は段々腹が立ってきた。

 そも、迅に言われてここに来てこそいるが、小南には最初から弟子をとろうという気持ちはない。

 そんな小南に弟子ができるという話を聞いてどんな奴かと思い来てみれば、唯一可能性のありそうな訓練生がこんなていたらくだ。かといって今更他の訓練生を見極めに行く気は小南にはない。時間は有限であり、モチベーションには限界がある。犬彦が予知の通りの人間でないのであれば、ただ単に縁がなかったというだけのこと。

 

「准! 訓練室一つ貸しなさい」

 

 急に声を上げた小南にびくりと身をすくませる犬彦を視界の隅に捉えながら、嵐山に呼びかける。

 傍に寄ってきた嵐山は、小南と犬彦を交互に見ながら口を開く。

 

「桐絵? 珍しいな、どうしたんだ」

「ちょっとこいつの腕を見たいの。模擬戦させてちょうだい。すぐに終わるわ」

「いや、待ってくれ。彼は今日入隊したばかりで、トリガーだって訓練用のものだ。桐絵と戦わせるのは流石に荷が勝ちすぎるだろう」

「別に勝てるなんて思ってないわよ。言ったでしょ。腕を見たいだけって」

 

 ――ふと。困惑した様子で小南と嵐山を交互に見やる犬彦の視線に力がこもった気がした。

 確かめるように小南が目をやると逸らされてしまったが、もし先程の発言が気に障ったというのであれば、小南にとっては喜ばしい。そこまで男を捨てているようであれば本当にどうしようもない。

 

 とは言ってもな、と悩ましげに眉を寄せながら嵐山が犬彦を見やる。

 先程あんな風に弱った様子を見せられたばかりで、案じるところもあるのだろう。

 小南は嵐山を手招きすると、犬彦を置いて少し離れたところで顔を寄せた。

 

「迅が予知したのよ。あたしに弟子ができるって」

「迅が? それが彼なのか?」

「そこまではわからないけどね。見たところ一番見所ありそうだし、それで試そうと思ったわけ。……まあ、アレを見る限り望み薄みたいだけど」

「そんなことはないだろう。先程の記録を見ただろう? あの技量にあのトリオン量は久々に俺も驚いたよ。桐絵が弟子にとろうとするのもよくわかるさ」

「とろうとなんてしてないってば。勘違いしないでよね」

「すまない。……確かに、今この中でもっとも素質があるのは彼だ。桐絵が試そうとするのもわかる。だが、桐絵も気付いていると思うが、どうも彼は――人付き合いが苦手のように見える」

 

 人付き合いが苦手、ね。

 

 上手い言い方もあったものだ、と小南は肩をすくめる。

 どう見てもアレは苦手なんて生やさしい言葉で片付けて良いものじゃない。

 

「迅の予知もあることだし、訓練室は貸そう。だが模擬戦については彼が良いと言わなければ駄目だ。それでいいか?」

「ええ、あたしも無理強いして弟子をとろうとするほど暇じゃないし――まあ、さっきまでの様子を見るとあまり期待はできなさそうだけど」

「そうか? 俺の目には、中々根性のありそうな奴に見えたけどな」

「もし本気で言ってるんだとしたらあんたの目は節穴かガラス玉だわ」

 

 手厳しいな、と嵐山は笑って肩をすくめた。

 

 

 




 主人公の容姿はほぼ小夜子とそっくりです。

 他の隊員を知ってるかについてはちょっと考えましたが、戦闘員ならともかくオペレーター、それも小夜子レベルのコミュ障・引きこもりだとそも出歩くことが少ないかと。

 次は小南との模擬戦です。

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