「人いすぎで震えが止まらない。ねえやっぱ帰ろう?」
「休日の朝に何期待してんだお前は。歩き始めて5分も経ってねえぞ」
「そもそもなんで休みの日にわざわざ出かけようと考えるのかがわからない。休日はゴロゴロするための日であって本来出かける日ではないはずなのに……!」
「引きこもりに何言っても無駄かもしれんが、休みの日は本来出かける日だからな」
「……うう、心なしか犬彦の言葉が3割増しで冷たい気がする」
当たり前だ馬鹿め、と鼻を鳴らす。
小夜子と2人、連れ立って向かう先は那須先輩の家だ。
翌日に会う約束を控えた状態で徹ゲーと洒落込もうとした馬鹿を正座で叱り倒し、説教する時間も勿体ないとばかりに即布団に潜り込んだのが深夜の3時。ギリギリまで寝てられる小夜子と違って犬彦は洗濯だの朝食だのでほとんど寝られなかったのだ。口も悪くなろうというもの。
瞼は重く、青空の向こうから降り注ぐ陽光が目に痛い。
目の下に隈が出来ているのは確実であり、コンディションは最悪。小夜子ではないが、もうそのまま反故にして引き返した方がいいのではないかと思うくらいだ。
それでも重い足を進めているのは、約束を守るという人としての道義は当然だが、
――珍しいからな。こいつが外に出ようとするなんて。
小夜子は極度の異性恐怖症である。特に年上の男性に対しては顔を合わせるどころか同じ空間にいるのもつらい有様で、本来外を出歩くことさえ難しい。日常生活に必要なもののほとんどはネット通販で揃え、那須先輩達との触れ合いでさえパソコン通信で済ませている始末。唯一顔を合わせるのはランク戦の時のみと、本当にどうしてボーダーに入れたのかさっぱりわからない。
そんな小夜子のことだから今日もてっきり犬彦だけで向かうことになるだろうと思っていたのだが、今朝になってなんと同行を申し出てきたのだ。
熱はないか疑ってしまったのはご愛敬としても、これは良い傾向と不調を押してここまで歩いてきているわけである。
――まあ、これが果たして良い結果に繋がるのかどうかは微妙だろうけども。
季節は初夏、そろそろ梅雨が見えてきたかというところ。
シャツの上から半袖のパーカーを羽織る犬彦の背中には、そこまで長くもないパーカーの裾に上半身を潜り込ませようと奮闘する小夜子がくっついている。
意味はわかるし、その無駄な執念も理解できる。今更のことだ。
昔から出かける時はいつもこんな感じだったし、目立つからやめろと散々注意もしてきた。それでも頑として聞かないものだから、今では小夜子と出かける時にはどんなに熱くても上着を1枚羽織る習慣がついてしまったほどだった。
当然、小夜子の克服を考えれば上着を着ていかないことも勿論考えた。
だがそうなればどうなるかなど火を見るより明らかだったため、結局いつものこのパターンだ。
無理矢理言うなら自分から外に出ると言い出しただけまだマシ、というところ。
しかし、周囲の生暖かい視線がすれ違うたびに突き刺さるこの状況。
誠に遺憾なことに――誠に、遺憾なことに。小夜子と犬彦の身長はほとんど同じだ。こんな風に無理矢理潜り込もうとすれば必然歩きにくいことこの上ないと思うのだが、小夜子はもう慣れたと言って気にも留めない。
それはまあ外出するたびに同じことを繰り返していれば流石に慣れもするだろうな、と背後のダメな姉にため息を吐く。
そのため息に何を悟ったのだろうか。
ぷるぷると小動物のように震えながら歩く小夜子がどこか拗ねたような声でこう言った。
「……これで身長差があれば色々と楽になったのにナー」
「今お前は俺の逆鱗に触れた……! この野郎離れろダメヒッキーめ!」
「わあああごめんなさいごめんなさい謝るから裾だけはとらないで――!」
歩くこと十数分。
小夜子の案内の元、ついに那須家に到着した犬彦は開口一番こう言った。
「匂い立つような女の空気に震える。よし帰ろうか」
「あれ何かデジャヴ――じゃないね、うん! ていうか流石にそれはド変態すぎるから止めようか!」
「馬鹿言うなお前には感じ取れないのか? この百合の花園に迷い込んじゃったみたいな濃密な香りが。俺にはもう香りが女体化するレベルにまで感じ取れてしまって、だから、うん、帰りたい」
「ちょっといい空気吸い過ぎだね犬彦!」
心なし煤けた犬彦の背中から小夜子が突っ込む。
休日に他人の家で、男と服の中に潜り込んだ女の2人組が口論している様に通行人からの視線がちらちらと。――後日噂になることは避けられない光景がそこにあった。
「いやいや、そもそも女どころか男友達の家にさえ行ったことないのにいきなり女先輩の家とかハードル高すぎだって。常識的に考えよ? 勇者がひのきのぼう持って魔王の城に攻め込むみたいなも」
「ポチッとな」
「聞けよ人の話!」
「『絶対押すなよ!』と言われた気がした」
「言ってることとやってることが違う……! このコミュ障め!」
「むしろ空気を読んだ結果だと思う……っていうか犬彦の話聞いてたら多分夕方までここで話してることになると思うしむしろ英断」
「ため息! ため息吐きやがったぞこのくっつき虫!」
「くっつき虫チガウ。ワタシアナタノ良心。コノママ回レ右シタラアナタ魔法使いマッシグラオーケー?」
「オラァ!」
「あ――!! りょ、良心が! 犬彦の良心が今風前の灯火……!」
「……いや、いつまで遊んでんのよあんたら」
インターホン越しに響く呆れた声。
突如響いた女性の声に思わずびくんと背筋が反り返った。
「あ、くま先輩」
「『あ、くま先輩』じゃないわよまったく。インターホン鳴らしたくせにいつまで経っても反応ないから何してんのかと思ったら……漫才するためにわざわざこんなとこまで来たの?」
「私、犬彦となら全国狙えると思うんですよ」
「はいはい言ってなさい。んで、そっちが弟くんね」
水を向けられたことにどきりとする。インターホン越しなので相手の表情まではわからないが、紛れもなく視線がこちらを向いたことに思わず生唾を呑む。
「どうです? 何か感想を一言」
「あー……最初聞いた時は冗談かと思ってたけど。色んな意味であんたの言った通りだったわね」
でしょう? と小夜子は何故かドヤ顔を決めているが、それを聞いた犬彦は思わず口を衝いて飛び出しそうになった疑問を呑み込んだ。
おい。何を言ったんだ、どんな話をしてるんだお前ッ……!
「というかいい加減中入りなさいよあんた達。そのままそこに突っ立っていられたらどんな噂が立つかわかりゃしないわ」
「だってさ。ほら犬彦、ハリーハリー」
「お、おう……」
未だに葛藤がある犬彦ではあったが、事ここに至り回れ右する選択肢などありはしない。
覚悟を決めて玄関を潜る。
玄関は無人。廊下の奥から甘い香りが漂ってくる。菓子やクリームを連想する香りだ。
示し合わせたように背中から剥がれる小夜子を連れ、廊下の奥の部屋へと向かう。
――うん?
ふと、鼻先に別の香りが漂った。
パーティを思わせる甘い香りとは別物、異質な匂いだ。
それが何だったか、記憶から引っ張り出すよりも早く犬彦の手は部屋の扉を開き――それをするだけの余裕がなかったとも言う――直後に響いた小さな破裂音にかき消された。
「犬彦くん、ボーダー入隊おめでとー!」
女性の声で告げられる歓迎の声。
それが意味するところは灰色の青春時代を送っている犬彦にも流石にわかった。
恐らくは小夜子も巻き込んでの、犬彦の入隊を祝うためのサプライズだったのだと。
だが――感情や意志を無視して犬彦の意識は暗転する。
ガチガチに緊張していたところへ突然の破裂音と衝撃。加えて――ようやく行き着いた先程の疑問への解答。濃厚に漂う“火薬臭”。
あらゆる情報が一度に襲いかかり、犬彦の身体はばたりと盛大な音を立てて廊下に沈んだ。
――意識がゆっくりと浮き上がる。賑やかな声が耳に届いた。
「――いや、ほんとこうなるならこうなるって事前に言っておきなさいよあんた」
「本当ですよー! 心臓止まるかと思いました!」
「いやいや、だから何度も言ってるじゃないですか。流石に私もこうなるとは思ってなかったんですってば。せいぜい腰が抜ける程度だと思ってたんですけどねえ……軟弱な奴!」
「こらさよちゃん、そんなこと言っちゃ駄目よ」
「そもそもここに来るまで弟くんの背中に隠れてたあんたが言えることじゃないでしょうに」
「……まあ訪ねる前から背筋ガッチガチだったんで、『あ、これはヤバイ』って思ってたところはあったんですけども」
「止めなさいよあんた。鬼か」
「それにしても、本当によく似てますね。双子じゃないんですよね?」
「年違うでしょ。あとあんまりそのこと言わないであげて。何だかんだ気にしてるみたいだから」
「おお、小夜子先輩が姉っぽい……」
「私が姉らしくないみたいな言い方はやめてもらおうか!」
「ふふ、そうよね。だってさよちゃん、今日珍しく参加したのだって――」
「な、那須先輩! それは秘密! 秘密です!」
……何か恥ずかしいことを言われている気がして起き上がる。
意識は未だぼんやりとしているが、これ以上続けさせてはいけない気がした。主に犬彦の羞恥心ゲージ的な意味で。
「あ、気がついたみたいですよ!」
呻き声とともに上半身を持ち上げる犬彦に、子犬のように明るく無防備に近づいてくる小柄な姿。
「うおおおおおおおお!?」
子犬であればまだいい。
だがそれが幼くも女性の声であると認識したその瞬間、犬彦は寝かされていたソファの端まで弾かれるように後ずさった。
当然、そんな反応をされて傷つかない子供がいるわけがない。
帽子を被った――部屋の中なのに――少女は悄然と肩を落として頭を下げる。
「あ、その、ごめんね? 私、つい嬉しくなっちゃって……」
「え? あ、いやいや違います違いますそういうことじゃなくって!」
「本当に言うとおりだから気にしなくていいよ茜。言ったでしょ、私の男版って」
「その説明ホントやめてくれないかなあ!」
呻き声とともにそう抗弁するが、状況証拠的に有罪確定なのでその語気は弱い。
涙目で首を振る犬彦に、思わずといった様子で声を上げたのは黒髪の女性だ。
「うわー今の反応とかホントそっくりね。小夜子がもう1人いるみたいな気分になってくるわ」
「くまちゃん」
「ああごめん。あまりにも、だからついね。体調はどう? 結構派手に倒れたけど」
――唐突だが。小夜子の異性恐怖症は年上に対する反応がより顕著である。
とはいうものの、見た目に左右されない、というわけではない。ボディビルダーのような年下と線の細い少年のような年上。どちらをより恐れるかということについては論ずるまでもなく理解できることだろう。
そして小夜子ほどではないものの、犬彦の異性に対する反応についてもまた、小夜子と同じ傾向が見られる。
つまり何が言いたいかというと、同じ年上であってもより女性らしい声と見た目の方が抵抗は強い。
そこへいくと黒髪の女性はシャツとジーンズというこの中では一番ラフであり、女性らしいと言われれば首を傾げる見た目でありながら、とある一部分を押し上げる豊かな山脈がそれさえも色香に変えている。
結論として、犬彦は一気にテンパった。
「だだだ大丈夫です。コブとかもできてないし」
挙動不審な犬彦に眉をひそめるものの、そう、と頷く黒髪の女性。
変な追求が飛んでくる様子もなく、乗り切れたことに胸を撫で下ろした。
「まあ、犬彦くんは大丈夫でしょうね。むしろ下敷きになった小夜子のが変な声出してたわ」
「ゴフゥって言ってましたね。小夜子先輩大丈夫でしたか?」
「そんな声出す人が大丈夫だと思うてか! 見てよこの私の痛々しいおでこを!」
ほら!と長い前髪をかきわけて額を晒す小夜子。
周りの反応は「はいはい」と流していたり、「小夜子先輩、ホント肌真っ白ですね!」とズレた感想をしていたり様々だが、深刻な空気は見られない。
思わずほっと息を吐いた。
「ああ……なら良かった、本当に」
「何が良いのか。姉を下敷きにしたことへの反省が見られないんだけど」
「ああ悪い。もし床とか傷つけちゃってたりしたらどうしようって思ってたからさ」
「あのくま先輩。私の弟が姉の無事より人ん家の床の心配してるんですけど」
「いや、どう考えても自業自得でしょ。あんたの日頃の行いが透けて見えるわー」
ちくせう、と低い声で呟いた小夜子の頭がテーブルに沈んだ。
くすくす、と抑えきれないといった様子の笑い声。
犬彦が寝かされていた対面のソファに座る女性が、肩を揺らして笑っていた。
「何だか新鮮ね。さよちゃんのそんなに活き活きとした姿、初めて見た気がするわ」
「そ、そうですか? いつもと変わらないですよ」
「そうねえ。いつものあんたはもっとダウナーな感じだもの。ランク戦前でもないのに珍しく顔出したり、珍しいこともあったものね」
「むしろこっちが小夜子先輩の素なんですかね? だったら私は断然今の方がいいと思います!」
「……あの、すみません。そろそろ限界なんでやめてくれませんか、ホント」
あと茜はあとでグーパンチの刑ね、と言いつつ、俯き気味の顔は耳まで真っ赤だ。相当恥ずかしいのだろう。怒り顔や沈んだ顔もレアだが、照れ顔というのは志岐家においてもほとんどなかった。それくらい珍しい光景だ。
「でも、この機会にもっと素の自分をさらけ出してもいいと思うの。せっかく同じチームになれたんだし、私達ももっとさよちゃんと仲良くなりたいもの」
「……別に、隠してたりしたわけじゃないんですけど……善処はしてみます」
ぼそぼそと、しかしはっきりと口にする小夜子。それを見守る周囲の面々にも笑みが浮かんでいる。それだけでも那須チームの絆の固さが見て取れる。
犬彦は――先程までは悪戯な笑みを、そして今は優しい笑みを浮かべる那須を見ていた。
――深窓の令嬢、という表現がこれほどピタリと当てはまる人を他に知らない。
整った容姿。触れれば折れてしまいそうな華奢な肩。物静かで儚げな空気と相まって、まるで1枚の絵画を眺めているような錯覚を抱かせる。
どこからどう見ても強そうには見えない。後方で戦局を見守る指揮官が良いところだろう。
だが犬彦は知っている。
七色の軌道に変化する弾を自在に操り、敵を翻弄する那須の姿を。あまりにも優雅で強かな彼女の姿を。
強くて綺麗で、そして優しい――憧れるなという方が無理な話だった。
「――犬彦? おーい」
は、と我に返る。
慌てて周囲を見回すと、不思議そうにこちらを見る4人分の視線。
「どうしたのよ犬彦。ぼうっとしちゃって」
「え、は、えっと! ごめんなさい何の話だったですか!?」
「テンパりすぎでしょ……顔会わせたばかりだし、自己紹介しようって話」
「あ、ああ勿論やろうすぐやろう今すぐやろう!!」
「いかん、犬彦が壊れた」
アチャー、と額に手を当てて目を伏せる小夜子が逆の手で「ていっ」と額にチョップを当ててくれる。たいした痛みでもないのに何となく落ち着いてしまったのは慣れのせいか。
直前まで考えていたことの恥ずかしさもあり、この時の犬彦はこの場を何としてでも流して乗り切ることしか考えていなかった。
だから気付かなかった。
「――ほほう」
面白そうなモノを見つけた、とばかりに目を光らせた黒髪の女性の眼光に。
話の流れで自己紹介、と言う形になったものの、実はそれそのものにはあまり意味はなかった。
そもそも、小夜子のチームメンバーである。すでに全員、小夜子の口から教えてもらっており、顔もばっちりだ。
那須隊リーダー、那須玲先輩。
黒髪の女性が熊谷友子先輩で、帽子の少女が日浦茜先輩。
それに我が姉、志岐小夜子を加えた4人のガールズチーム。それが那須隊である。
「――し志岐犬彦です宜しうお願いしましゅ」
「え? 何だって?」
真顔で尋ねてきた小夜子の額を小突いた。
――いやいや無理無理。こんな空間で落ち着いて話せとか絶対に無理だから……。
言い訳を並べ立てるものの、次から次へと湧き上がる恥ずかしさは消えるはずもなく。顔を両手で覆って耳まで真っ赤に染めた犬彦は今すぐここから消え去りたい気持ちでいっぱいだった。
微笑ましそうに見守ってくれる周囲の視線が――というか那須先輩だ――ちくちく痛い。
「犬彦くんていくつだっけ?」
「じゅ、14です」
「14というと、小夜子の2つ下か」
「は、初めての後輩……! 何でも聞いてくださいね! 私頑張りますから!」
両手を合わせて感激している様子の日浦先輩。
よほど嬉しいのだろう。目をきらきらと輝かせて身を乗り出してくるが、苦笑いとともに腰が引けてしまうのはどうしようもない。
「2人暮らしだっけ? 小夜子と」
「は、はい。半月くらい前から」
「家事とか全部やってるって聞いたけど、本当なの?」
「はい、何とか……」
「その年で全部とか、凄いのね」
「い、いえ! 俺なんて全然、たいしたことないですよ」
「凄いですよ! 私なんてお母さんに任せっきりだし」
「というか、普通はそうじゃない? 洗濯とか掃除とか、多少の手伝いをすることはあっても、ね。姉弟2人暮らしなら勿論だけど、誰かがやってくれるわけじゃないものね」
「その上、学校通いながらですもんね。大変じゃないんですか?」
「は、はあ。でも、もう慣れてしまったので」
「半月で? もしかして家にいた時にもやってたの?」
「流石にそこまでは……で、でも、要領とかは掴めたんで」
「凄いのね、器用というか何というか。……で、そろそろ何かコメントしたら? 小夜子」
にやにやと楽しそうな笑みを浮かべて熊谷先輩が話を振る。
全員の視線が1つに集まる――気まずそうにあらぬ方を見やり、苦々しい顔をしている小夜子の姿。
誰とも目線を合わせないようにしながら、震えまくりの声で小夜子は言った。
「ど、どうですか? これが私の自慢の弟ですよ」
「ええそうね。あんた、初めて会った時には死人みたいな青白い肌していたことをよく覚えているけれど、今は別人のように健康的な色してるものね。相当弟くんが頑張っているみたいね?」
「ぐ……て、手伝ってますし。私だって、少しくらいは」
「だそうだけど。どうなの犬彦くん、その辺は」
「あー……まあ、流石に何もやってないわけじゃ、ない、と思います」
――自分が散らかしたゲーム機だの食器だの服だのは流石に片付けさせているし、間違ってはいないはずだ、うん。
姉の体裁もあるのだろうし、ここは見栄を張らせてやろうとそう答えたのだが、犬彦の歯切れの悪い返答では隠し通すことはできなかったらしい。
「ああ……そういうこと」みたいな納得の視線が三方から小夜子に突き刺さり、何やらこちらに必死に念を送っていた小夜子が全てを諦めたようにくずおれた。
「ブルータス、お前もか……」
「アホなこと言ってないで、あんたこの機会にちょっと見直した方がいいんじゃないの?」
「ふふ、そうね。1人でやると大変かもしれないけれど、犬彦くんがいるんだもの。2人仲良くやるのも楽しそうじゃない」
「うう、那須先輩まで……やっぱり来るんじゃなかった」
萎れた花のように肩を落とす様を見ると、流石に罪悪感も湧いてくる――否、ちらちらと俯けて目線を隠した前髪越しに周囲の様子を窺っている。意外と余裕がありそうだ。
実際、手伝ってほしいかと言われれば、どちらでもいい、というのが正直なところだった。
手伝ってもらって楽になりたい気持ちよりも、小夜子に手伝いをさせてどうなるか、という不安の方が大きい。包丁を持たせて料理などさせようものなら、ずっとはらはらしながら小夜子の手元を眺めることになりそうだ。
それを思えば、このままでも別に問題はない、というのが犬彦の偽らざる気持ちである。が、勿論本人にやる気があるのであればそれを拒むつもりはない。
もっとも、やる気を出させるのが一番難しい、ということもわかっているため、結局は何も変わることはないのだろう。
水と塩昆布だけで生活を続けていた根性は伊達ではないのだ。
伏線バラマキつつ次回へ続く。
切りどころが中途半端なのはすみません、仕様です。
そのまま繋げても良かったんですが、総計16000文字の話を1話として投稿すると見てる方も疲れると思ったので……。
その代わり、次の投稿は早めにします。
今日の昼か、夕方くらいには突っ込む予定ですのでしばしお待ちを。