隔たりを越えて…   作:神座(カムクラ)

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決意の巻
決別の物語


 

 

 大海原のど真ん中、世界唯一の交易ネコ、剣ニャン丸の船の上で青年ハンターキルトは羊皮紙を読み返す。

 

 

「知ってて村に伝えなかったって訳か…とするとやっぱりあの時尾行されてたな…」

 

 

「どうするのニャ?」

 

 

 オトモメラルーのラルグがヒゲを景気悪そうに垂らしながら訊ねればキルトはため息をついた。

 

 

「どうするもなにも見つかって捕獲依頼出されたんだ。仕方がない。」

 

 

「うニャ…」

 

 

「それに、わざわざ僕に隠すような真似をするんだ。アイシャさんが体張ってくれなかったら気づかなかった。」

 

 

 モガの村の看板娘、アイシャが依頼受け取りの際にーーどんな手を使ったのかは不明だがーーモガの村には、すなわちキルトには非公開とされていたナルガクルガ特殊個体捕獲の依頼書を入手していたのだ。彼女いわく、モガの村には非公開という局所的に規制がかかった依頼は前例がないのでむしろ気になって仕入れたとのこと。

 

 

「どうするのニャ?」

 

 

「さぁねぇ?まず依頼受けられるかどうかも問題だし。でもアイシャさんが言うにはもう失敗者が何人も出てるらしいから案外すぐ受けられるかもしれない。見張りがつくかもしれないけど、上手くいけば逃がせるかもしれない。」

 

 

 キルトはさらりと言ってのけたが依頼を受けた上でそれを無視するのは違反。場合によっては厳罰を受けることもあるし、目をつけられているだろうキルトがそれをやればただでは済まないだろう。勿論、相手が能動的にギルド管轄外へ逃げてしまったと認めさせれば別の話。

 

 

「依頼主は龍暦院研究部。ちょっとボロを出せばまずいけど、みすみす捕まえられてたまるか。生捕りにしてあいつらに差し出すくらいなら、殺しちゃったほうがマシだと思うね。まぁ、珍しい種だから多少は生き永らえると思うけど。」

 

 

 あくまで個人の価値観であるし、キルト一人ではどうにもならないことなので普段は見て見ぬふりをして自分はそうしないように避けてきた。けれど見知った相手がそうなると思うと我慢できなかった。

 

 

「うニャ…確かに良い気はしニャいけど…でもキルトさんならみんニャを説得できるんじゃ…」

 

 

「殺すなって?無理じゃないかな。龍暦院はあのことを知らないし、知らされることもないだろうし、研究対象としての飼育だと全身を固定されるんだ。生態行動は捕獲前の調査でデータを取るから動いてる必要はほとんどない。闘技場用の方が飼育環境は良いよ。もっとも、あれはあれでハンターの遊び道具にされちゃうんだけどね。」

 

 

 モガの村で「共存」を教えられて育ったキルトは研究者の好奇心で生き物を縛ったり娯楽として闘技場で戦わせることをとても嫌っていた。加えてキルトは1度やると決めたらやむを得ない事情でもない限り最後またやり通す性格だった。

 

 主人の身を案じるラルグは遠回しにやめさせようと試みたがタンジアの港に着く頃には諦めていた。ハンター資格を剥奪されたところでそもそもいつもはモガの村周辺でしか活動していないので問題ないと押し通されたのだった。

 

 

「ここで逃したところで他の誰かに狩られる可能性もある。でもそうならない可能性だってある。知っちゃった以上、ほっとけない。だから、」

 

 

 タンジアの酒場、依頼受付でアイシャが入手した依頼情報を記す羊皮紙をギルドマスター達に見せてそう言った。ちょうどギルドマスターと数人のギルドナイトがその依頼について協議していたところだった。

 

 

「どこでそれを手に入れた?」

 

 

 その場にいたギルドナイトがキルトに問う。

 

 

「ピンポイントで制限するなんて、やっぱり僕を監視してた訳ですか、師匠。」

 

 

 協議に加わっていたギルドナイトの1人はキルトの最初の師だった。

 

 

「お前のことだからきっと邪魔しにくるだろうと思って制限をかけたんだ。いったいどうやって…」

 

 

「で、終わったんですか?この依頼。」

 

 

 少しの沈黙が流れ、ギルドマスターが答えた。

 

 

「3組のG級ハンターチームを送ったが成功には至っておらん。死者も出とる。」

 

 

「なら話は早い。僕がやります。心配しなくてもちゃんと捕まえてくるよ。ただ、飼育責任者を僕にすることが条件。」

 

 

「馬鹿なことを言うな。なんの権限があってそんなことを言っている。」

 

 

「さぁ…朧月の権限、とでも言っておく?」

 

 

 横槍を入れた別のギルドナイトの言葉に、キルトはあの時竜人族から貰った赤石の首飾りを握りながらギルドマスターを見て答える。ギルドマスターは目を逸らした。

 

 

「勝算はあるのか。」

 

 

「ナルガクルガは苦手です。思い出補正があるからね。でも、ナルガクルガには負けない。まぁ今回は相手が相手だけど、それでも、あそこの"化け物"に比べちゃ可愛いもんだってことは分かる。そっちだって、正直僕に頼りたいんじゃないですか?僕に対してだけ隠蔽するってことは、あのナルガクルガが僕に懐いてることも知ってのことですよね。だからこそ僕に依頼を知って欲しくなかった。ここにいる全員、月迅竜と僕の件について知ってるんでしょう?」

 

 

 しばらくの間沈黙し、思考する。と言うのも、キルトが提示した条件は決して悪いものではなくむしろ頼みたいところだが、その例の出来事や日頃の言動が彼らの心を揺らしていた。かと言って計12人のG級ハンターが返り討ちにされている今、浮かぶ手立てもない。

 

 ギルドナイト2人が同行するという条件で受注が許可されキルトは水没林へと向かった。無論、捕獲する気は微塵も無かった。

 

 

 雨季真っ只中の水没林を3人と1匹が歩く。キルトが先導してそのすぐ後にラルグ、数十メートル後ろをキルトの師ともう1人のギルドナイトが尾行する。

 

 そしていつもの場所に行くとやはりいた。見慣れない傷跡ができているが、あのナルガクルガだ。

 

 

「ラルグは下がってて。」

 

 

「ニャ…」

 

 

 寝そべっていた白疾風ナルガクルガはキルトに気がつくと、待っていましたと言わんばかりに嬉しげな鳴き声をあげて駆け寄ろうとするが彼が太刀を抜いたのを見て立ち止まる。頭を下げても彼は静かな敵意を纏ってゆっくり歩み寄ってくる。

 

 

「逃げてね…」

 

 

 キルトはそう呟いて短く息を吐く。ナルガクルガの方も異変に気づいて警戒し始めた。それでもナルガクルガの方から仕掛けてくることはないだろう。キルトは立ち止まって数秒睨み合う。

 

 キルトは滑らかな動きでポーチから音爆弾を取り出して投げ、ナルガクルガが怯んだ隙に距離を一気に詰めると七星刀【天権】を振り上げナルガクルガの左腕を浅く切り裂いた。

 

 驚いたナルガクルガは横っ飛びに跳んで追撃から逃れる。そしてついにキルトを敵と認識してどこか悲しげな咆哮を上げると眼を紅く光らせた。その怒りはキルトに、キルトの防具【月光】に伝わり、それに呼応して防具が熱を持って主に力を与える。装備がナルガクルガの眼光のような光を帯びた。

 

 ナルガクルガが目にも止まらぬ速さで尻尾を振ると空気との摩擦で仄かに青みがかったの衝撃波がキルトに向かって飛んでいく。キルトはスライディングで避けるとぬかるんだ地面なのにもかかわらず流れるような動きで立ち上がり勢いを失うことなく懐に突っ込み、ナルガクルガは尻尾を激しく震わせ上方に棘を飛ばしながら後退、さらに真っ直ぐ棘を撃った。

 

 サイドステップで2回目に撃たれた棘の軌道から素早く抜けると降ってきた棘を見ることなく避けて再びスライディングして薙ぎ払われたナルガクルガの尻尾と衝撃波を交わす。

 

 横に跳びながら棘を飛ばしたナルガクルガはしっかり地面を掴んでキルトが棘をやり過ごした所へ切り返し鋭い刃翼を叩きつける。しかし感触はなく、同時にキルトがナルガクルガの視界から消えた。叩きつけてきた刃翼の裏側に周り死角に入ったのだ。今度は右腕に鋭い痛みを感じたナルガクルガは左に飛び退いて、流石の身のこなしで切り返し噛みつこうとすれば牙は宙を噛み突き出された太刀が耳をかする。飛び退きつつ棘を撃ってもキルトは横に転がって回避し、続けて放たれた真空刃も避け叩きつけられた刃翼をのけぞり太刀の腹をうまく使って受け流しながら斬り上げる。刃翼の裏に傷がついた。

 

 

「すごい…」

 

 

 見ていたギルドナイト達は彼らの動きになんとかついていこうと目を凝らす。少しずつ傷が増えていく白疾風もその速さは通常種のそれとは比べ物にならない。加えてキルトは人の身だ。いくら速くても白疾風はおろか普通のナルガクルガの足元にも及ばない。

 

 

 白疾風が棘を上に飛ばして回り込む。キルトはその場から動かない。白疾風は今からまでの戦い方からキルトが棘を避けて自分との距離を詰めると予想して棘が自分のすぐ近くに落ちるようにしていた。それを見切ったキルトは動かず様子をうかがった。棘はただ地面に刺さっただけだった。

 

 

 文字通り雷鳴の如き速さで熾烈な攻撃を繰り出す者、軌跡に鎌鼬を発生させるほどの速度で駆ける者。塔で何度も相見えたあの"化け物達"に比べれば、白疾風の攻撃はスローモーション同然だった。

 

 

 増えていく傷、攻撃は擦りもしない。ナルガクルガの怒りが焦りに変わり始める。しっかり動きを予測して狙い澄ましても霧のように消えて死角に入られ傷をつけられる。その戦い方はまさに月迅竜そのもの。

 

 

 ナルガクルガの息が乱れてくる。対してキルトはほとんど乱れていない。傷をつけられる度に走る鋭い痛み、すべての攻撃を避けられ反撃される無力感が精神にも疲れを与える。そして小さな傷が積み重なって、ナルガクルガは至るところから血を流し満身創痍となっていた。

 

 表情を一切変えぬままキルトが一歩踏み出す。ナルガクルガは唸りながら一歩下がって、すると尻尾の先で空気の流れの変化を感じ取った。

 

 ーーー後ろは崖。その下は雨季で増水した河。ナルガクルガは自分が誘導されていたことにようやく気がついた。

 

 生き延びるには逃げるしかない、という環境をようやく作り出したキルトはさらに一歩近づいた。この賢い竜はもう力の差をわかっているはずだ。待っていた者に裏切られた以上、ここにどうしても留まらなければならない理由も未練もない。生き延びることが優先される野生の考えからすれば、これ以上の消耗は無駄。

 

 成功を確信したキルトのわずかな余裕を、ナルガクルガは隙と判断した。

 

 ーーー竜だって心はある…

 

 渾身の力を込めて宙を一回転。間髪入れずにもう一回。尻尾が千切れるのではと思うくらいの勢いで地面に二度叩きつけ、大きな真空刃発生した。

 

 ナルガクルガはすぐに相手を確認した。不意だった分多少体勢を崩したキルトだがやはり完全に回避していた。しかし、そのことに絶望する前にナルガクルガは別の異変を感じ取った。飛ぶ間もなく、地面が崩れて落下した。

 

 

「やば………!!」

 

 

 キルトも地面が不自然に揺れて状況を理解したものの間に合わず、白疾風ナルガクルガと一緒に河へ落ちていった。

 

 雨季で緩んだ地盤が衝撃に耐えきれず、崩落したのだ。モガ育ちのキルトは上手く着水して難なく水面から顔を出すことができたが濁流に揉まれてなす術なく流されていき、主人を呼ぶオトモの声が虚しく響いた。

 

 

 

           最終話「決意の物語」へつづく。

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