やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「なんか帰りにこの公園に寄って帰るの久しぶりじゃない?」

 

 「そうっすね」

 

 公園で駄弁るだけの時間がなかったのは、関西大会を意識していたからかもしれない。特に夏休みの間は長い練習時間に加えて、朝早くの朝練にも参加して疲れていたし、こうして学校が始まっても、放課後という限られた時間は常に何かざわざわとした焦燥に追われている。

 優子先輩は俺の自転車の籠に鞄を置いたまま、ピンクの派手な財布だけ取り出して自販機へ向かって行った。俺もそれについていく。

 

 「何飲む?奢ってあげよう。私はファンタにしよーっと」

 

 じゃらじゃらと小銭をかき回しているのは十円を探しているからだろう。俺、お会計をするときとか小銭出せるだけ出したい派なんだよな。だから小銭入れに千円以上小銭が入ってることは絶対にない。重たいし、こういう時探すのめんどいし。

 

 「じゃあ俺はおしるこでいいです」

 

 「この時期におしるこなんてないわよ!ほら!」

 

 指ささなくてもないことなんてわかってますよ。

 自分の財布から小銭を取り出して、自販機に投入していく。味はオレンジ味しかないから、これでいいんだよな?

 

 「はい、どうぞ」

 

 「えー。いいのに」

 

 「一応これって先輩を慰める会なんでしょう?」

 

 「うー……。ありがと」

 

 自分の分は無難にコーラでいいか。赤い缶の下のボタンを押して、ボトンと落ちてきた冷たい缶を取り出す。

 普段はベンチに座ることが多いけれど、今日の優子先輩はブランコへ向かって行った。誰も座らずにゆらゆらと風に押されるブランコの影は、太陽でぐーっと伸びている。

 

 「ブランコやろうよ?」

 

 「え、ブランコやるって何ですか?」

 

 「靴飛ばしとかしなかった?あと立ちこぎとか。

小学生の頃は立ちこぎして勢いつけて誰が一番高いところまで揺らせるのか競うの好きだったけど、流石に今はスカートだから出来ないか」

 

 幼い頃の優子先輩がブランコで遊ぶ姿は容易に想像できた。今と変わらずリボンを頭につけて砂場遊びしたり、かくれんぼしたり。外で元気に飛び回ってそうだけど、意外と家でお絵かきとか人形遊びをしてるのも頭の中では様になっている。

 

 「俺は靴飛ばしならめちゃくちゃ上手いですよ。オーソドックスな一人遊びは大体熟練です」

 

 「ふーん。やってみなさいよ?」

 

 「でも制服着ながらブランコで遊ぶとか、なんかあれじゃないですか?」

 

 「いいじゃんいいじゃん。たまにはさ」

 

 「まあいいですけど…」

 

 まだ空けていない買ったばかりの冷たいコーラをブランコの脇に置いて、ブランコをこぎ始める。おお。この風を切る感じ、気持ちいい。

 

 「嫌がってたくせに、すっごい楽しそうじゃん」

 

 「なんか、いくつになっても久しぶりだからか意外と楽しいかも…」

 

 優子先輩の視線を感じながら、ある程度勢いが付いてきたところで靴を放り飛ばす。跳べっ!

 空を舞って、地面に落ちた俺の靴は白い砂埃を立たせて落ちた。大分遠くまで跳んだことの達成感と、帰ったら母さんに見つからないうちに綺麗にしないといけないという事実がせめぎ合っているがもう遅い。

 

 「うわ!うっま!めっちゃ跳んだじゃない!?」

 

 「靴を飛ばすタイミングと、そこで飛ばすために足をいつから動かしているか。どれだけ飛ばせるかは、その二つで大きく変わります。小学生が遊びでやるには中々奥が深くて、マスターするのには苦労しましたよ」

 

 「ちょっと舐めてたわ。凄いね」

 

 「そりゃ学校が終わった後とか、一人で外で遊んでて下手くそだったら目も当てられないくらい惨めですからね。他にも鉄棒とかだって、誰もいないときを見計らって練習してましたよ」

 

 「…理由は相変わらずあれだけど……。あ、待ってよ」

 

 ブランコの揺れが落ち着くのを待って、取りに行こうとすると優子先輩に止められた。俺のコーラと同じように空けていない缶を俺に渡して、優子先輩はスカートの生地をしっかりブランコと自分で挟み込んで座った。

 

 「おし。負けた方が靴取り行く係ね!」

 

 「え、優子先輩やるんですか?」

 

 「だって楽しそうだし」

 

 それにしたって、立ちこぎがスカートだから出来ないって言ってたけど勢いつけて漕いだら同じようにパンツ見えちゃうんじゃないだろうか…。

 

 「あは。やっぱり久しぶりだと楽しい!ヤバいね、この風受ける感じ!」

 

 ヤバいですね。優子先輩の伸ばしたり曲げたりする足が。

 しかもさらにヤバいのが、絶対に見えそうで何故か見えないパンツだよな。正面からなら見えるのかもしれないけど横からだと、ちょうどスカートひらりした瞬間に足が動いてちょうど見えない。

 晒されている真っ白な太ももと、不可侵領域のエッチさがたまらんとです。あざとい!

 優子先輩は俺が目で追っているのはブランコとか、風に吹かれる金色のカーテンみたいになってるふわふわの髪じゃなくて、あなたの綺麗な足だって事に気が付いているんですかね?顔に熱が集まるのがわかった。

 

 「よし、行くよ!えい!」

 

 ひょろひょろと跳んでいく靴は俺の靴より大分手前に落ちた。

 

 「…全然跳びませんでしたね」

 

 「く、悔しい…!」

 

 よろよろと段々止まるブランコ。一体俺は何を見させられていたのだ。靴飛ばしなのか

それとも太ももか。太ももだな。

 未だに足から目を離せずにいる俺を余所に、優子先輩は負けたものはしょうがないとか言いながらブランコを靴を飛ばしていない左足で止めた。

 

 「すぐに取ってくるから、もう一回勝負よ!」

 

 「え、まだやるんですか?」

 

 「そりゃ負けたまま終わるの悔しいじゃない。とりあえず取ってくる!」

 

 靴下を汚さないようにと、片足でぴょんぴょんと跳んでいく優子先輩。一緒にふわりふわり上下するスカートの下に白い何かが見えて、俺は咄嗟に目を逸らした。

 ……ダメだ。やっぱりこれ以上は靴飛ばしは禁止。厳禁。

 

 

 

 

 

 「今日のみぞれのオーボエ、凄かったね」

 

 外はもう暗くなっていた。住宅街をたまに通り過ぎる車のヘッドライトはすでに付いてるし、俺たちのいる公園も人工の光が照らしている。

 ブランコに座って炭酸を飲みながら、腹減ったななんて思っていたときに優子先輩は唐突に鎧塚先輩の話を始めた。

 

 「みぞれの世界には、常に希美しかいなくって、誰もその代わりになんてなれなかった。そのことを今日思い知ったよ」

 

 「…確かに鎧塚先輩の演奏があそこまで変わるとは思っていなかったです」

 

 「あれが私たちが知ってたみぞれの演奏だよ。まあ、今日はあの頃よりも絶好調って感じだったけど」

 

 小さくゆらゆらとブランコを動かして、優子先輩は空を見上げていた。夜空には星が二つだけ並んでいる。

 

 「……」

 

 「…優子先輩?」

 

 「あのさ、嫌な話してもいい?」

 

 「へ?」

 

 「嫌いにならないで欲しいの」

 

 「なんすかその前置き。内容にもよりますよ」

 

 「じゃ、じゃあこの話はなかったことに…」

 

 下から見上げるように俺を見ていた優子先輩だったが、ブランコと一緒にぴたっと動きを止めてしまった。無言の時間を埋めるように風が吹く。

 

 「……はぁ。嘘です。

 これまでの人生で関わってきた大半の人間は嫌ってきたから、並大抵のことじゃ嫌いになんてなりません」

 

 「………」

 

 辞めて。そんな本気の同情の視線を向けないで。

 

 「別に良いでしょう。それでなんですか?嫌な話って」

 

 「私はさ、ずっと羨ましかったんだ。希美のこと」

 

 「羨ましい?」

 

 「うん。前も言ったけど、私はトランペットを始めた理由、誰かがきっかけとかそういうの何もないし、高校に入ったときも中学の時から何となく続けてたからだから。勿論、香織先輩が去年残ろうって言ってくれたのは嬉しかったんだけどね。

 だからみぞれとか、それに夏紀も比企谷も。みんな誰か吹奏楽を始めたきっかけになった人がいて、今もその人のために吹いてるとか行動するって言うのがよくわかんない」

 

 「でも、優子先輩には香織先輩がいるでしょう?香織先輩のために頑張ってたじゃないですか?」

 

 「香織先輩のことは大好きだよ。マジエンジェルだし。

 でも私が香織先輩に吹いて欲しいのは香織先輩の為じゃなくて、自分の為なの。それは比企谷だって知ってるでしょ?それに香織先輩にはほら、あすか先輩がいるし…。

 それにみぞれとか見てると私の香織先輩への感情とは違う気がする。少なくとも、希美が去年部活を辞めた後に、初めてみぞれに希美との話を聞いたときはそう思ったよ。希美は私にとって特別なんだって。

 それをみぞれが珍しく、はっきりとそう言ったから思ったのかもな。私も誰かの特別になりたい。それで認められたいって凄く強く思ったの」

 

 特別になりたい。その言葉は数ヶ月前に高坂の口から聞いた言葉と全く同じだ。全く同じだけど、全く異なる。

 

 「だから私は決めたんだ。私がみぞれにとっての希美になってみせるって。

 勿論、みぞれは友達だし大好きなんだけどね。でも、狡いこともいっぱいどこかで考えてた」

 

 「狡いなんて…」

 

 「ううん。狡いの。

 みぞれと希美がまた会って欲しくなかったのも、みぞれがトラウマだからってだけじゃなくて私は何をしたって希美にはなれないし、勝てないんだって知るのが怖かったから。

 さっきも本当はみぞれの本心を聞きたくなかった。きっと、みぞれにとって私との一年間よりも、今日の希美との三分間の方が大事だし価値あるものだったんだなって思ったし、認めちゃったもん。

 一瞬でみぞれを取られたみたいで、悔しかった。希美には敵わないんだなって、悔しかった……」

 

 「……」

 

 「あーあ。やっぱり、希美は凄いんだよ。

 みぞれだけじゃなくて、夏紀が北宇治の吹部に入部したきっかけにもなっていて。それだけじゃない。私と同じ南中の子達が入部したのは、希美がやるからって人が多かったって話は前もしたでしょう?

 ……私は、誰の特別にもなれないのに……希美は」

 

 泣きそうになりながら話している先輩に、そんなことないですよ、なんて言葉は出てこなかった。

 この人は、勘違いしてる。

 

 「先輩は傘木先輩にはなれないんですよ」

 

 「…うん」

 

 「確かに、俺も今日の鎧塚先輩を見て、改めてきっかけになった人って特別なんだなって思いました」

 

 「……」

 

 「だけど、羨むことは何もない。劣等感なんて筋違いです。先輩は間違えてます」

 

 誰かの特別になるのに、優子先輩は傘木先輩になる必要なんてなかった。そもそも全く同じ人間になるなんて出来るわけがない。

 優子先輩の顔を見て、自分らしくないことを考えては、それが次から次へと言葉になって出てきた。止めようとしても止まらない。

 

 「傘木先輩がいなくなった後の一年間、鎧塚先輩の傍にいたのは優子先輩です。

打算があったのかもしれないですし、人間的な狡さや汚い考えがあったのかもしれないですけど、それでも誰かが憂いているときに、傍でずっと寄り添って支えていた。

 それを優しさと言うはずです。けっして狡いとか、打算的なんて言葉だけで片付かない。

 そしてそれは傘木先輩が出来なかったことです。優子先輩にしか出来なかった。してこなかった」

 

 『あの子は嫉妬してたんじゃない?』

 

 俺は傘木先輩という人間のことをよく知らない。だからどうして鎧塚先輩に声をかけずに辞めていったのか、その理由が嫉妬だったのかはわからないけれど。

 

 『希美ちゃんがいなくなった後は優子ちゃんをずっと保険にしていた』

 

 結果的に傷ついた鎧塚先輩の傍にいたのは優子先輩だ。だから、その関係が保険という言葉で捉えられるものだったとしても。

 

 「きっと鎧塚先輩にとって優子先輩はただの友人じゃなくて、特別だったと思います。

……鎧塚先輩の一年間に、ちゃんと優子先輩はいたはずです」

 

 「…ふふ」

 

 優子先輩は寂しく笑った。それを見て、熱くなっていた自分に気が付いて、はっと冷静になる。顔が熱い。

 

 「……でも結局、私は希美には敵わない。もしみぞれにとって私が特別だって、一番は結局希美でしょ?」

 

 「それは、そうかもしれないですけど…」

 

 独占欲。負けず嫌い。承認欲求。㷀然。

 寂しさの裏に隠れる、垣間見える感情はそのどれしもがぴたりとは合わない気がした。

 

 「ありがとう。慰めてくれて」

 

 「……優子先輩は、一番になりたいんですか?」

 

 「…うん。誰かにとっての特別の中の特別になりたい」

 

 やっぱり同じのかもしれない。

誰よりもトランペットが上手くなりたい高坂と、誰よりも誰かに認められたい優子先輩。 二人が目指す特別は同じだ。スペシャルではなくて、オンリーワン。そしてやっぱりそれは、きっと難しい。

 俺たちを照らすのは人工の白くて安っぽい照明。月と星は、ただ見守っているだけだった。

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