やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 しまった。余計な事を言ってしまった。

 

 「……知ってたの?」

 

 「…まあ、ちょっと小耳に挟んで」

 

 「誰から?」

 

 「滝野先輩です」

 

 「ああ。あの変態か。余計な事か犯罪行為しかしないのね。あいつ」

 

 滝野先輩、ごめんなさい。フォローできないです。そして、流石吹奏楽部。もうクズ行為が広まっていた。滝野先輩の脳内メモリー以外のデータは全て消されたはずだ。

 

 「やっぱり本当だったんですね?」

 

 「本当だけど多分、友達とノリで告白することになっただけだよ。文化祭だし、浮かれてたんじゃない?」

 

 「……優子先輩は、その、振ったんですか?」

 

 「…ま、まぁ話したこともあんまりなかったし、普通に断ったよ。勘違いされたくないし、ちゃんと、断った」

 

 告白されたことを照れているのか、優子先輩は頬を染めながら髪の先を弄っている。雨を受けるための傘はぎゅっと握られていて、何か言いたいことを堪えているようにも見えた。

 優子先輩はちょくちょく告白されるくらい人気がある。塚本からその話を聞いたのはいつだっただろうか。あの時はここまでは引っかかることはなかったのに、今日は嫌に頭に引っかかる。

 何が引っかかるって俺がこの人と一緒にいてもいいのか、ということだ。男子からも人気があるだけでなく、俺なんかと距離をぐいっと詰めてきたような人である。だから当然ながら友人だって多い。

 そんな人が俺と一緒にいて、評判を落とす。誰かに影で何かを言われる。それは酷く堪えることだと今更ながらに思った。

 俺たちの間の静謐を打ち壊すように、突風が木々を揺らしている。その音で聞こえないくらいの小さな声で、優子先輩はぽしょりと呟いた。

 

 「……あ、あのさ、どうしてそんなこと聞くの?」

 

 「どうしてって……」

 

 どうしてなんだろう。その答えはわかっているのにわからない。喉が渇いて、唾を飲み込んだ。

 開いた口から言葉が出ることはなく、それを隠すために意味もなく傘を深く被る。そうして俺が戸惑ってる様子をじっと見て、優子先輩は一つ息を吐いた。

 

 「……ま、別にいいんだけどね。やっぱりそういうのって、気になるもんだし」

 

 「…はい」

 

 違う。そんな恋愛事のピンクな噂話に気を引かれたからなんて、そんな理由ではない。

 だけど、俺は優子先輩の作った逃げ道に甘えた。

 目を瞑る。ああ、冷たい風が熱を冷ましていく。冷静にさせてくれる。雨が降っていてよかった。

 

 「あーあ。今日は楽しかったなあ」

 

 「急ですね。北高祭ですか?」

 

 「北高祭もだけど、比企谷の家もさっきお邪魔させて貰ってるときに言った通り、本当に比企谷の家が面白かったの。皆で料理作ったのもだけど、かまくらめっちゃ可愛いし、小町ちゃんいい子だし。そ、それに…あんたのこともまたちょっと知れた気がするし」

 

 「それ、楽しかった理由になるんですか?」

 

 「なるよ。なるなる。こんなことしてるんだとか、こういう部屋で暮らしてるんだとかそういうの知れるのって楽しいよ」

 

 「なんか…ストーカーっぽくないですか?こわっ」

 

 「ちょっと引かないでよ!」

 

 まあわからなくはない。

 今やアイドルなんて私生活や交際関係どころか、何の服着てるかとか、どの交通機関使ってるかとかまで特定される時代だからな。他人のプライベートはやっぱり秘密だから面白いのものだ。

 

 「ねえねえ。千葉にいた頃はどんな生活送ってたの?」

 

 「千葉にいた頃って…………はぁ…」

 

 「いや、そのトラウマだらけの頃じゃなくて!ほら、前言ってたじゃん。トランペット教えてくれた人がいたって。その人とさ、どんな話とかしてたの?」

 

 「どんな話、か……。基本的にはトランペットの練習をしていましたね。でも、頭のいい人だったから――」

 

 

 

 

 

 「今日も雨だね。梅雨に入ってから雨ばっかり」

 

 「そうですね」

 

 「ここは一応、屋根がついてるから吹けることは吹けるけど、なんか憂鬱な気分で吹く気がなくなっちゃうよー」

 

 憂鬱。当時の俺は『流石は俺より四つ上の小学生。難しい言葉も、あと四年後には勉強するのか』なんて思っていたけれど、その言葉を小学生で学ぶことはなく、実際はただ陽乃ちゃんが頭が良かっただけだった。普通の小学生が使う言葉ではない。

 俺ら世代の一般人は中学生の頃、オタクになるための登竜門。世間を震撼させた人気SFアニメである某ハルヒさんの題名を通して、その言葉を知る人が多いのだと思っている。

 

 「八幡はさ、雨の日がよく似合うね」

 

 「なんで?」

 

 「ほら、よくここで私より早く来てるとき本、読んでるじゃん。それも小学二年生が読むようなレベルじゃないやつ。

 結構、それがしっくりくるっていうかさ。誰かと外で遊んだりしてるよりも一人でいる方が似合うんだよね。だから雨なら皆が外で遊べないから、一人で本を読んでる理由に少しはなるでしょ?」

 

 「でも俺、雨の日に傘さして帰るの嫌いなんだけど。それに友達欲しいよ。友達がいないから本を読んでるんだよ?」

 

 「あのねー、八幡。前も言ったけど、別に友達なんていなくたっていいんだよ?」

 

 「でも陽乃ちゃんは友達多いでしょ?よく友達に捕まってたって遅れてくるじゃん」

 

 「違う違う。好きで付き合ってるんじゃないし、付き合わなくてもやっていける。でもうまくやるために、楽にやっていくために付き合ってあげてるの」

 

 「…凄い上から目線だね。でも俺もいつかそんなこと言ってみたいよ」

 

 ここでふと冷静に考える。

 いや、これ俺も陽乃ちゃんに学校で同じように言われてるんじゃないの?『別の学校の二年生でクラスメイトに嫌われてる目が腐ったやつが、どうしてもトランペット教えてって五月蠅いから付き合ってあげてるの。だから今日は一緒に遊べないんだー。ごめんねー』みたいな。

 だとしたらちょっと寂しい。けど陽乃ちゃんは、いつも通り見透かしたように俺の先手を打ってみせた。

 

 「ふふ。大丈夫。八幡と一緒にいるのは面白いよ。それは本当。八幡は特別だからね。

腐った目をしてるから周りに誰もいないせいで、ちょっと考え方が変わってるというか、将来的に穿った考え方してるひねくれ者になりそうな感じはするけど、小学二年生とは思えないくらいよく物事考えられるし、周りのことよく見ているみたいだし」

 

 褒められているのに褒められている気がしない。でも、こんな言葉でも褒められることが絶望的なまでにない俺は少しだけ嬉しかった。

 そんな俺の反応を機敏に感じ取って、今度は少し叱責するように言葉を続けた。

 

 「でも、八幡。あと数年経って中学に上がったときとか、妙にそんな自分が特別なんじゃないかとか自信が出てきたり、周りがどうだとか多感的になって焦るかもしれないけど、あんまり変に意識し過ぎないこと。多分中学でやらかすと、高校になっても引きずるよ。私が知ってる限り、大人になっても引きずるからね。

 お姉さんからの忠告です」

 

 「そんな先の話されても…。それに陽乃ちゃんだってまだ六年生のくせに」

 

 「あー。その言い方、嫌なかんじー」

 

 「やめてよ、陽乃ちゃん!抱きついてこないで!」

 

 「うーん。嫌がる八幡は可愛いねぇー。アホ毛がぴこぴこなってるのも小動物的でキュート!お姉ちゃん、そういう生意気なところも嫌いじゃないぞ!」

 

 「俺はこうやって絡んでくる陽乃ちゃん、好きじゃない」

 

 「あはは。八幡と同い年の私の妹くらい可愛い!」

 

 「女の子と比べられてもなぁ」

 

 きっと陽乃ちゃんの妹も、こんな感じで明るくて友達多くて可愛くて人気者なんだろ。絶対似てないよ、俺とその子。

 

 「それで、さっきの話ってなんか根拠あるの?陽乃ちゃんの勘?」

 

 「違う違う。なんかのレポートに書いてあったの。

 将来、犯罪をする人の傾向って中学生時代の影響を受けた人が一番多いんだって。あと、子どもの頃に人格形成って完成するらしいけど、その人格形成も小学校高学年から中学生くらいまでの間でほとんど決まるらしいよ」

 

 「はぁ。難しそうなもの読んでるんだね」

 

 「たまたまね。どうやったら人が自分の思ってる通りに行動してくれるか、考えてたらそれにたどり着いたの」

 

 「何それ怖い」

 

 「でも八幡が面白いのは、そこなんだけどね。初対面の時もさ、次会ったときも他のみーんなだったらあんな感じで笑ったり、話振ったら警戒解いてくれるのに、八幡はむしろ警戒してたからさ」

 

 「違うよ。俺の場合は、その…」

 

 逆に普通に接してきたから警戒しただけなんだけど。何か裏があるんじゃないかって。

 実際、このときばかりは自分の疑い深い性格も信じられないもんじゃないって思った。だって陽乃ちゃん、結構裏あって怖いし。クラスメイト達のこと、明らかに見下してるし、なんか達観してるし。

 

 「ねえ、そろそろ練習しようよ?」

 

 「真面目なのはいいことだ。いいよ。昨日の続きから吹こっか?」

 

 「ううん。昨日のとこは家で出来るようになった」

 

 「え、結構難しい所なのに凄いね!じゃあお姉さんがなでなでして……」

 

 「それはもうさっきしたでしょ」

 

 「むー撫でたい…。まあいいや。じゃあ二人で合わせて吹いてみる?」

 

 「うん!」

 


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