やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「……え?」

 

 「……」

 

 消えてしまうくらい小さな声だが、確かに聞こえてきた疑問の言葉。でも、もう一度好きだと伝えることは出来なかった。

 ばさばさと家や木々を叩いているはずの雨の音さえ聞こえない。聞こえるのは、いつもより何倍も大きくて早い自分の心臓の音だけ。見慣れた景色の中にいるはずの自分は、今どこにいるのかさえもわからない。優子先輩だけをまっすぐ見つめていた。

 

 時間の感覚もなくなって、言葉にしてからどのくらいの時間が経ったのだろう。ただ俺を苛んだのは、好きだという自覚とか、言えて良かったという安心なんかではなくて、どうしてこんなことを言ってしまったんだという後悔だった。

 中学の頃までは、今考えれば本当に好きだったなんて事はない相手にちょっとのことで勘違いして、失敗すれば黒歴史が一つ増えたと傷つくだけだった。でも多分、この人相手にそうはいかないのだと思う。もしフラれてしまえば、築き上げてきた関係性は崩壊して、俺は黒歴史なんて言葉ではすまないくらい長く残る心残りができる。それは予感ではなくて確信だ。

 でも、どうせならばっさり捨てて欲しい。俺なんかでは無理だったと、そう言って欲しい。

 優子先輩はしどろもどろになりながら口を開いた。

 

 「あ、あのさ。その、今のって…そういうこと、なんだよね?」

 

 「……」

 

 「な、なんか言ってよ…」

 

 「…さ、さっきのは…その…」

 

 コンクールのときよりも逃げ出したい。このまま家に帰って、布団に顔を埋めてもがきたい。

 それが出来ないのは、優子先輩が俺の腕を掴んだからだった。

 

 「……」

 

 「…そういうことです」

 

 「…そう」

 

 ふいと顔を逸らす。もうこれ以上は見ていられない。恥ずかしそうに頬を真っ赤にしているのも、何故か目がうるうるとしているのも今の俺には十分すぎる刺激だった。

 

 「…あの、嬉しいよ」

 

 「え?」

 

 「っ!だ、だから嬉しかったって言ったの!……私もいつからとかはちゃんとわかんないけど気になってたって言うか、好きだったから…」

 

 半ば投げやりで叫ぶような嬉しかったという響きは、雨の音にかき消されることなく、俺の耳に十分すぎるほどしっかりと届いた。隣にいるんだから当たり前なのに、それがどうも上手く受け止めきれない。

 だからその受け皿を探すために、後半になるほど小さくなっていった言葉を一言も逃さないようにとじっと聞いた。

 

 「でも、私結構重たいと思う。誰か女子と仲良くしてたら嫉妬しちゃうし、最初に付き合った人とはずっと付き合いたいって思ってるし、甘えたいし甘やかしちゃうだろうし、たくさん会いたいしできるだけ一緒にいたいし…それでも、面倒くさくならない?」

 

 …なんか今、とんでもなく可愛いものを見た気がする。弱々しくなっていく俺を掴む手を離してはいけないと思った。

 

 「まあ、そういう一面も多少は知っています。それを踏まえて、俺は、その…好きだなって思ったんです」

 

 「…うん」

 

 「それに面倒くささなら俺だって負けてないですし」

 

 「確かに」

 

 「そこだけハッキリと……」

 

 否定して欲しかったわけではないけど、ちょっとくらい否定して欲しかった。

 

 「でも、私だってそれは知ってるし、そういうところも嫌いじゃない。面倒くさいなってなることもあるけど、可愛いなって思うこともある。

 だ、だからその……」

 

 だからその。もうここまで言ってくれたのなら、その先を言わなくてはいけないのはきっと俺だ。

 

 「…俺と、付き合ってくれますか?」

 

 「…はい」

 

 

 

 

 

 「じゃあこれから毎朝連絡してね?それで時間合わせて学校も一緒に行こう」

 

 「え?」

 

 「いやいや。『え?』って、付き合ったんだからその位いいでしょう?」

 

 人二人分。明らかに普段よりも遠い優子先輩は、傘の下から俺を見つめている。

 身長差もあって自然と上目使いになるのは今に始まったことでもないのに、慣れたはずの行動の一つ一つに数分前からドギマギしてしまう。乙女か。

 でもしょうがないよね。彼女が出来たの初めてだからテンパっちゃうよね。

 

 「まあ連絡するくらいなら構わないですけど……」

 

 「やった!あと、帰りも一緒に帰ろ。今まで通り校門で待ち合わせてさ。それからそれから」

 

 「ま、まだあるんですか?」

 

 「うん。夜も電話するでしょー?それにお昼も一緒に食べたいな?」

 

 多いな。何、この拘束。

 これに吹部の活動の時間合わせたら、俺の一日のほとんどの時間、優子先輩と一緒になっちゃうんだけど。俺のプライベート…。

 

 「……帰り待ち合わせ校門にして一緒に帰るとかはいいですけど、昼一緒に食べるのは嫌です」

 

 「がーん。なんでー?」

 

 「付き合ってるの、ばれないようにしたいじゃないですか?だから学校行くときも帰る時もせいぜい校門までにしましょう?」

 

 「そりゃ、皆に変に気を遣って欲しくないから、できるだけ学校の皆に自分からは言わないようにするけどさ」

 

 「自分たちから言わないのは勿論です。それどころか、付き合ってることがばれそうになったら誤魔化します。というか嘘吐いて、付き合ってないって言います」

 

 「…何よ。もしかして私と付き合ってるって言うのが皆に知られるの、嫌?」

 

 「いや、そうじゃなくて」

 

 むしろ迷惑被るのはこっちよりも優子先輩の方に違いない。

 顔面偏差値的に考えても、吹奏楽部内のカースト的に考えてもそれは明白だ。一番嫌なのは香織先輩を貶めたこともあって、部内で嫌われ者の地位を未だに確立している俺と付き合ってることで優子先輩が蔑視されること。それだけは何としても避けたい。

 

 「ほら。さっき優子先輩も言いましたけど、皆知ったら気を遣うから」

 

 「でも、ばれたならばれたでいいでしょう?悪いことしてるわけじゃないんだし」

 

 「悪いことしてなくても悪いことされるんですって。禁止です。絶対禁止」

 

 「むぅー」

 

 「だ、ダメですよ。そんな目で見ても、それだけは俺、絶対に徹底したいっす」

 

 「んぅー、意気地無しぃー!」

 

 頬を膨らませて、少しだけ目をうるうるとさせている。どれだけ可愛くったって、これだけは耐える!頑張れ、俺!

 

 「あ。もしかして、私のことをなんか心配してくれてるの?」

 

 「ま、まあ俺なんかと付き合ってるって周りに知られたら、色々……」

 

 「…そんなこと気にしなくていいのに。私は…普通に恋人したい、な?」

 

 「…ごふっ」

 

 「ねえ……は、…は…八幡」

 

 「……」

 

 「八幡……八幡……。あはは。なんか、恥ずかしいね?」

 

 か。か。かか。かわええええぇぇぇぇーーー!!

 もう何でも言うこと聞いちゃう!朝昼晩、三食一緒にご飯食べるし、朝起きて授業して練習して家帰って、その間ずっと電話する!ちょっと拘束されすぎかなって思ってたけど、もうなんでもする!

 

 「わかりました」

 

 「え?」

 

 「お昼も一緒に食べましょう。学校にも一緒に行きます」

 

 「え?う、嬉しいけど急すぎて怖い」

 

 「でも優子先輩、下の名前で呼ぶのだけは学校ではやめてください。学校では。学校では」

 

 「めちゃくちゃ学校では強調してる…。うん。分かったよ、は、八幡。……八幡」

 

 「………」

 

 何だか嬉しそうにはにかんで俺の名前を連呼している姿に思わず見惚れてしまっていた。赤く染まった頬に手を当てて、どこかふわふわしてる表情。

 恥ずかしそうに自分の名前を呼ばれるのって、こんなにドキドキするものなの?この感じ、もはやコンクールの時超えてるわ。

 だが、そんな自分の様子を俺に見られていることに気が付いた優子先輩はより一層顔を赤くして、それを傘で隠した。

 

 「きょ、今日はもうここまででいいから」

 

 「え?で、でも」

 

 「本当にここまで大丈夫!送ってくれてありがとう!そ、その…明日からもよろしく」

 

 「は、はい。よ、よろしくお願いします」

 

 「それじゃあ、また明日ね!」

 

 ああ。あれじゃあまた帰る頃にはびっしょりだ。大雨の中走って帰る優子先輩の後ろ姿は少しずつ遠くなっていく。その背中を見えなくなるまで見送って。

 

 「うううおおおおおぉぉぉ!」

 

 叫んだ。

 もうさっきからずっと叫びたかった。嬉しさと恥ずかしさと感動とこれからへの不安ととにかく色んな感情が混ざっている。気持ちが溢れ出て止まらないとはこういうことを言うのだろう。

 

 「うううああああぁぁぁ!」

 

 そして走った。走っていると、風で傘が全く差せていないが、どれだけびっしょりになっても関係ない。明日風邪を引いたっていいからとにかく叫びながら走りたかった。

 文化祭の熱に浮かされた訳ではないはずだけど、この台風の夜から、俺と吉川優子の交際は始まった。




作者のてにもつです。
ラブコメあるある。文化祭の予言は、何故か大体当たる。晴香の占い。

さて、今回の後書きでは更新について改めて書かせて頂きます。(今回の後書きは更新が通常に戻ったら消させて頂きます)
以前の中間報告で伝えていた通り、プライベートの方が試験が終わるまで忙しいので更新頻度を落とそうと思っていましたが、どうしても八幡の誕生日に合わせて一昨日の話を投稿したかったため、更新の頻度を落とすことはありませんでした笑
一昨日の話が八月八日だったのは、そこに合わせて更新のペース配分をしていたとかではなくて、たまたま気が付いてだったのですが、結果的に中々粋な投稿になったかなと。

そういう訳で本作の方なのですが、更新頻度を落とさなかった分のツケで、しばらくの間更新のペースを大きく落とさせて頂きます。
また、次話から新しい章なのですが、実は当初の予定だと次は球技大会編を挟もうと思っていました。しかし、今回の文化祭に続いてまたコメディーテイストな話を続けるのはどうかと言うことで、現在次章を大幅に書き換えている最中だと言うことも投稿しない理由としてあります。
ただ、折角書いた球技大会編ですので、この話はいつか番外篇に投稿しようかな。八幡と麗奈の絡みが中心の話ですね。

そしてそれとは別に、投稿したくてウズウズしていた番外篇を投稿します!二人が付き合ったからこそやっと投稿できる話です!
如何にこれを書き上げた当時(というか今も尚ですが)、僕がその作品にハマっていたかが題名の時点で分かるはず笑
少し長いのですが(後半はまだ書いている最中なので、近いうちに書き上げます)、是非読んで下さい!よろしくお願い致します。



最後に、いつも書き残していることですが、コメントを下さる方、評価を付けて下さっている方、お気に入り登録をして下さっている方。皆様にお礼を申し上げます。
先日、久しぶりにスマホで撮った写真を見ていたら、この作品を投稿し始めた当初のこの作品の評価を見ました。まだ作品を投稿して二週間くらいのだったかな。
今でこそ、この作品はありがたいことに評価は9を超えていて、またUA数もとんでもない数字だし、3000を超える人がお気に入りしてくれています。そんな本作ですが、投稿当初は評価も7切るか切らないか位でしたし、お気に入りも500いかずに伸び悩んでいた時期もありました。
僕は感想や送って下さったメッセージに返信をしているので、敢えてここで名前を出すことはしませんが、更新の度に感想を下さる方とか、まだ書き始めたばかりの頃から読んで下さっている方、僕の不手際で誤字脱字、文法表現の違和感を報告してくれる方、意外ときちんと把握してるんです。
勿論読んで下さっているだけで有難いですが、言葉や形にして本作を盛り上げて下さっている皆様に重ね重ねお礼を申し上げます。ありがとうございます。

てにもつ

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