古龍を描く狩人   作:ムラムリ

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クシャルダオラ 8

 マハワの武器、ライトボウガンは戻ってきていなかった。そしてまた、胴や腰回りのゼノ・ジーヴァの素材から作られた現状唯一無二の防具も、ひしゃげ、黒い棘が何本も突き刺さり、もう使い物にならなくなっていた。

 肉体は回復薬や秘薬で無理やり治した痕が沢山あったらしく、その影響か、マハワが寝ている場所のその近くに行くと時々唸り声が聞こえてきた。

 幸いにも、もう再起不可能という事は無いらしく、無理やり治して動かした体を正常にしていけばその内復帰できるだろうとの事だった。

 ただ、それは長くて数カ月、半年位掛かるかもしれないとの事だった。

 マハワの相棒、編纂者に何があったと聞いても、ボロボロの状態で逃げてきたところ、そこから応急処置、飛竜で逃げてきた事しか分からず、どうしてマハワ程の狩人がこんなボロボロな状態にまでされたのか、誰も分からなかった。

 傷は明らかにネルギガンテから受けたものだった。破壊された防具は明らかに純粋な暴力で破壊されており、それにはクシャルダオラのような暴風やテオ・テスカトルのような爆炎といった痕跡が一切が無かった。

 しかし、マハワはネルギガンテも一人で討伐した事のある狩人だった。ネルギガンテと遭ってしまったとしても、一方的に負けるなど考えづらかった。

 ……あの強いクシャルダオラのように、強いネルギガンテが龍結晶の地に来ているのだろうか?

 ヒノキはそう考えた。

 だとしたら、あのクシャルダオラはもうネルギガンテに捕食されてしまっているのか?

 体が少し、冷えた。

 調査は必須だったが、この新大陸でも有数の狩人であるマハワが倒れた今、行こうとする者は中々に居なかった。ヒノキだってそうだ。ヒノキ自身が考える限り、狩人としてマハワより優れている点など見当たらない。

 ただ、体がうずうずとしているのにも気付いていた。

 あのクシャルダオラは死んでしまったのだろうか。古龍を心配している部分が心のどこかに、しかし確固としてあるのに気付いていた。

 古龍を心配するという、それはなんと馬鹿げた事だろうと思う。ただ、死んで欲しくはないと思っている部分はあった。絵はまだ出来ていない。あの滲み出る迫力を、それに相反しているようでも裏付けているようでもあるあの穏やかな目を、描き切れていない。

 絵を完成させるには、やはりもう一度この目にあのクシャルダオラを焼きつけなければいけないと思っていた。ただのクシャルダオラではなく、今、龍結晶の地に居るクシャルダオラを。

 しかし、流石に今回ばかしはその欲求は理性に抑え込まれていた。死んでは元も子もない。マハワが意識不明でギリギリ生還した。何がどうなってそうなってしまったのかは分からないが、自分が下手を踏めば生還などは最期、夢物語になってしまう事は分かり切った事だった。

 

 自分程度の狩人が今の龍結晶の地には行くべきではない。

 そう結論付けたとしても、悶々としてしまうのは人の性というものだろう。そんな中、食事場の隅でぶちぶちと干し肉を千切って口の中で柔らかくしていると、隣に誰かが座ってきた。

 ソードマスターだった。

「行かぬか?」

 簡潔に、そう聞いてきた。

「……何故、俺を?」

「行きたそうにしていたからな。そんな顔をしていたのは、貴様だけだった」

「……。足手まといになるだけかもしれませんよ」

「必要なのは討伐ではない。あの場所で何が起きているのか、その調査のみだ」

 そう言って、ことり、と目の前に置かれたのは強走薬だった。テオ・テスカトルやネルギガンテと戦ってきた経験を持つソードマスターと言えども、今回は戦う事よりも逃げる事を優先するらしい。

「……」

 そうだとしても、干し肉の隣に置いた強走薬を受け取るか、簡単には決められなかった。

「それにだ。クシャルダオラと一対一で戦って負けたと言えど、貴様が実際足手まといにまでなるとは思わん。

 時間を稼ぐ事すら必要ない。見つからないように、ただ何が起きているかを観察しにいくだけだ」

 もし、見つかってしまったら。クシャルダオラならともかく、マハワをここまで追い詰めたネルギガンテと相対してしまったら。

「ネルギガンテの生態も多少は分かっている。此奴には閃光が効く」

 準備を周到に行えば、逃げる事も適う。ならば、何故自分を連れていく? その質問を聞く前に、ソードマスターは答えた。

「それに、その強いクシャルダオラ、ネルギガンテを実際に見ているのはマハワ以外に貴様しか居らんのだ。また、……何とは言えぬが、嫌な予感がするのだ。」

 誰だってビンビンとそれは感じているだろう。

 ただ、ソードマスターの感じるそれはきっと、より真実に近いものに見えた。

 そして、また、聞いてきた。

「来るか?」

 ヒノキは目の前にある強走薬を見つめた。

 命が惜しくない訳ではない。理性は未だに欲望に勝っている。

 ただ、理性はまた、こうも言っていた。自分が行かなければいけないのだと。自分が行かなければ気付けない事があるのだと。

 ヒノキの手は強走薬にゆっくりと伸びた。兜を被ったままのソードマスターはただ、じっと見ていた。

 掴もうとする手が何度か躊躇する。

 ……。深呼吸をした。

「嫌というのならば、無理には連れて行かぬ」

 ヒノキは答えた。

「今のは、自分なりの覚悟ですよ」

 そして、ヒノキはその強走薬を掴んだ。

「よし」

 

*****

 

 マハワは翌日になっても起きる気配を見せず、何も分からないままに二人は龍結晶の地へと降りた。二十日振りくらいか、と訪れてみるとそう変わりは無いように見えたが、辺りを見回してみると一か所、確実に違う場所があった。

 どのクシャルダオラも好んで縄張りとする、高台の頂上で竜巻が立ち上っていた。

「まず高台へと行く前に、広場を調査するか。ネルギガンテが居なければ、の話だがな」

「分かりました」

 ヒノキがスリンガーに閃光弾を装填するのに比べて、ソードマスターは光蟲を直接掴んでいた。

 ……使うときはそのまま握り潰すのだろう。

 わさわさと手足をばたつかせる光蟲を握りしめるのがシュールだと思っている内に、すぐに広場へと着く。

 様々なモンスターが訪れる場所ではあるが、この前来た時のように静かなままだった。

「……」

 数分、じっと待ってみてみるが、特に何の変化も無く、恐る恐る広場へと体を出す。

 何も起こらない。高台の方を見たり、ネルギガンテの縄張りの方を見ても、特に何も誰も居ない。

「高台に行きますか?」

「そうだな」

 直接高台へと行ける崖に降りている蔦は使わない。この視界が開けている場所で長時間蔦にしがみついているのは危険に思えた。

 この前のように迂回して高台の近くへと辿り着く。やや暗がりの場所から崖とまでの高さではない絶壁を蔦を掴んで登っていく。

 恐る恐る顔を出すと、そこにはクシャルダオラではなく、ネルギガンテが居た。

 じっと頂上のクシャルダオラが居る方を見ていて、幸いにもヒノキとソードマスターには気付かなかった。

 頭をひっこめて、ソードマスターが小さな声で聞いてきた。

「あれは、この前貴様がここで見たネルギガンテで間違い無いか?」

 ヒノキは記憶を引っ張り出してきて、その記憶の中のネルギガンテと比較しようと試みた。

 ただ、ネルギガンテは傷がすぐに再生するという特性上、大きさ以外に外見では何も比較出来るものが無い事に気付いた。

 少しの仕草で分かる程、観察してきた訳でも無い。あのクシャルダオラのように、強者の風格というものも持っていない。

「……大きさは変わらないと思います。ただ、それ以上はじっくりと観察してみないと分からないです」

 戦っている姿でも見れば分かるのだが……と思った。

 そう言えば、何故ネルギガンテがここに堂々と居るのだろう?

 これでは、あのクシャルダオラがネルギガンテにこの場所を明け渡したように思える。

 それは、あり得ない。

 その事をソードマスターに話すと、三つ巴になったのでは、とソードマスターが答えた。

 ただ、そうなったとしても疑問は残る。三つ巴になったとして、ネルギガンテだけがああ健全に居るものだろうか。あのクシャルダオラならば、マハワもネルギガンテも両方相手取ってあしらってしまうようにも思える。

 それは流石に買い被りかもしれないが、とにかく、ネルギガンテがあの場所に堂々と居る事に対する納得のいく仮説は幾ら考えようとも思い浮かばなかった。

 ばりばりと豪快に、生える棘を毛繕いのように繕う音が聞こえてくる。その様子はほん僅かにアイルーの仕草に似ているとか言うが、見る為に顔を出す無謀はしなかった。

 もう暫くして飛び立った音が聞こえた。

 少しだけ時間を置いて戻って来ない事を確認してから高台に出ると、至る所の地面が抉れ、まるで耕されたようになっているのに気付いた。

「派手な戦闘があったのは確かなようだ」

 ソードマスターはそう呟く。クシャルダオラは生きているものの手痛い敗北を味わったのは、確実なようだった。

 所々にクシャルダオラの鱗が剥がれ落ちているのも見つかった。

 一枚を手に取りそれから頂上に目を向ける。

「……」

 その様子を見て、ソードマスターが口を開いた。

「流石に危険過ぎる」

「分かってますよ」

 兜越しでも心配そうに自分を見ているのが分かる。流石にそんな事はしない、と鱗をポーチへと仕舞う時、ふと、違和感に気付いた。

 ……頂上の方を見上げた。

 竜巻が、いつの間にか収まっている。

 いつから? 分からない。

「……それにしても、一体何があったんだろうな」

 じゃり、じゃり、とゆっくりと高台を歩くソードマスターが聞いてきた。

 どれだけ暴れたらこんなにまで硬質な地面が砕かれるのだろう。

 抉れていない場所の方が多いまであり得る。

「クシャルダオラの方がよっぽど格上だったのだろう?」

「はい。前、この場でネルギガンテとクシャルダオラが戦った時は、クシャルダオラは無傷でネルギガンテを撃退しました」

「それから二十日も経たない内に、そのクシャルダオラを追い抜くほどの何かを身に着けた、とは思えない」

 ソードマスターが広場の方に身を伏せて近付いた。

 ヒノキもそれに続くと、ネルギガンテがガストドンを数匹、前足と口に咥えて縄張りへと戻っていくのが見えた。

「流石に古龍だけを喰らって生きていける訳ではないか」

 ソードマスターは、そう呟いた。

 ふと、風を感じて後ろを振り向いた。

 クシャルダオラが、目の前に居た。

「うわ……」

 驚いて声を上げる寸前、前足で縫い留められる。

「貴様ッ」

 そしてソードマスターが太刀を抜く寸前、僅かに自分を縫い留めた前足に体重が掛かった。

 ソードマスターが動けなくなる。一体、いつの間にここまで近付いて来ていた? 自分はともかく、ソードマスターも気付けない程に静かに?

 まるで、暗殺者のようだ。

 ただ、前足で縫い留められようとも、相変わらず殺意というものや敵意すらも大して感じなかった。

 更に言えば、こんなになっても命の危険すらも強く感じていなかった。

 クシャルダオラはソードマスターが動けないままでいるのを確認すると、ヒノキをうつ伏せにひっくり返した。

「……?」

 ぶちっ、と音がしたのは、新調したばかりのポーチが引き千切られる音だった。

 ごろごろと転がっていく中身を軽く物色すると、回復薬グレートや秘薬を的確に選び出して、瓶ごと口に入れていく。

 抑えつけられながら、ばりばりと瓶ごと噛み砕いて行く様を眺めていると、地に着いているもう片方の前足が目に入る。傷だらけで、その鋼の鱗の下から血が流れた痕も幾つかあった。

 抑えつけられた直後は驚いて分からなかったが、多分全身傷だらけなのだろう。

 回復薬も、ハチミツも、回復薬グレートも、秘薬も、いにしえの秘薬さえも全て食い尽くされ、けれどクシャルダオラはヒノキを離さなかった。

 いや、敵ならば殺されるのが当然か……と何となく思ったが、クシャルダオラにとってソードマスターはともかく、自分などは敵としても見なされていなかった事も思い出す。

 クシャルダオラは、今度はソードマスターをじっと見ていた。

 傷だらけの前足はそのままで、それは単純に傷を癒すのには自分の持っているだけの回復薬では到底足りないという事だった。

 肉体の差からしても至極当然だが。

 だからと言ってソードマスターは、ヒノキが人質に取られているからと言って、またクシャルダオラが敵意を見せていないからと言って、そう簡単に頷く狩人ではなかった。

「ヒノキを離してからだ」

 ポーチから秘薬を取り出すものの、距離を取り、クシャルダオラに告げた。

 それを聞いてか、しかしクシャルダオラは特に何も表情を変えずにヒノキに対してもう少し体重を掛けた。

「うっ、ぐっ……」

 新調し、前よりも頑丈なはずの防具がみしみしと音を立てる。

 敵意は無い。殺意も無い。それは虫けらを踏み潰すときに何も感じないのと同じだったのかと、今更ながらヒノキは思った。

 いや……このクシャルダオラはそうじゃない、そう信じたいだけだったのか俺は?

「ヒノキッ」

 その一瞬、ソードマスターがヒノキへと意識を重みを向けた瞬間、クシャルダオラは動いた。大きく開いた口、ヒノキへと思わず一歩踏み出したソードマスター。

 そのソードマスターの腕ごとばっくりとクシャルダオラが口に入れた。

「うおおおおおあああっ!!」

 クシャルダオラが口を離したとき、無くなっているのが手にあった秘薬だけだったとしても、ソードマスターは尻餅をついて動けなくなっていた。

 ソードマスターすら、幼子のように扱われている。

 クシャルダオラはヒノキから前足を離した。動けないソードマスターに向き直り、前足を悠々と上げた。

 そのソードマスターの口に入れられなかった方の腕が、咄嗟にクシャルダオラの前へ出された。

 握られている光るそれは光蟲、ぐしゃりと握り潰されると同時に、閃光が辺りを覆った。

「逃げるぞっ」

 咄嗟に腕で視界を覆ったヒノキをソードマスターが掴んで持ち上げる。ぐい、と引っ張り上げられ、背から手帳も落ちた。

 拾う暇もなく腕を掴まれたままに逃げる間、ヒノキは一度だけ後ろを振り向いた。

 クシャルダオラは目を開いて、自分とソードマスターの方をじっと見ていた。光蟲の閃光も咄嗟に目を瞑って回避していたらしく、落ち着きは何も崩されていない。

 敵意も、殺意も、相変わらず無かった。

 そして、その前足には古いタイプのポーチが引っかけられていた。

 前を向き直すとソードマスターのポーチは千切られていて、当のソードマスターはそれに全く気付いていなかった。




「ネルギガンテの生態も多少は分かっている。閃光弾と隠れ身の装衣も持っていく」
↓……ソードマスター、装衣使えないんだったな。
「ネルギガンテの生態も多少は分かっている。閃光弾を持っていく」
↓……ソードマスター、スリンガーも使えないんだったな。
「ネルギガンテの生態も多少は分かっている。此奴には閃光が効く」
そういう訳で光蟲を生で握り潰して貰いました。

閃光が効くって言っても、ダイブをリセット出来る、目が一定時間効かなくなる程度だけど、まあ探索だけならかなり有用でしょう。

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