「ミカンってさ、私に直してほしいところとかある?」
「へ?」
なんともなしに気になった私は、唐突にミカンに尋ねた。
リビングのソファで私を膝枕していたミカンは、目をぱちくりさせてこちらを見下ろしている。凛々しい整った顔立ちが呆けている様子、しかもローアングル。レア物だ。
私の髪を撫でていた手が止まってしまったので、自らミカンの手を掴んで撫で撫でを強制的に再開させる。我に返ったミカンは苦笑しながら、わしゃわしゃと強めに撫で回してくれた。
「どうした、急に」
「いや、なんとなく気になって……まぁないとは思うけど」
「あるぞ」
「だよね……んえ? あるの!?」
予想外の回答に今度は私が目を丸くしてしまう。
さらりと回答され、一瞬都合のいいように聞き取ってしまった。人間の脳とは不思議なものだ。
狼狽える私を見ておかしそうに笑いながら、ミカンは指を折って淡々と私に抱いている不満を述べ始めた。
「取り敢えず、週一の制限が意味ないくらい酒飲み過ぎ」
常日頃から言われていることだ。改善しなければと内心思ってはいるものの、お酒の魔力に打ち勝てる見込みは今のところない……。
それでも心配をかけていることは重々承知しているため、素直に申し訳なさを表情に出す。
それを見下ろして私の髪の毛を撫でながらも、ミカンは間髪を容れずに追撃を畳み掛けてくる。
「あと普段は潰れるくせに、たまに酔ったままヤる時連戦しすぎ」
「えっ」
初耳かもしれない。そもそもある程度酔うとその後の記憶は曖昧なので、十中八九酔い潰れて寝ているものだと思っていた。
しかし今のミカンの言い方からすると、私は酔ったままミカンを襲って抱き潰して、あまつさえ記憶を飛ばしているということになる。
「まさか……覚えてないのか?」
先ほどの短く漏れた私の感嘆詞を聞き逃さなかったミカンは、目を細めて私をじとりと睨みつける。「ままままさか」と震える声で否定した私は、「ほ、他には?」と話題を逸らすために続きを促した。
ミカンは疑いの目を解かず、呆れたように小さく溜息だけ吐いた。
「あとは……風呂上がる前に排水溝の髪の毛とってほしい。何回も言ってるけど」
「う……ごめんなさい」
「部屋の片付けも、下手というかそもそもしないよな。物散らかしすぎ」
「本当にごめんなさい」
次から次へと出てくる文句に私は半ば泣きそうになっていた。それもこれも、すべて身に覚えがありすぎるからである。
耳が痛すぎて迂闊に質問してしまったことを後悔する反面、訊いておいてよかったとも思っている。
ここでつらつら不満が出てくるということは、かなりミカンの心労になってるということだろうから。
いい加減己を律して、改善していかなければならない。
「ミカン、私これからちゃんと気をつけ――」
「あと……」
「あ、まだあるの……」
私の意気込みを流すかのように追い討ちをかけるミカン。
しかし、何故かその頬は紅潮していた。私が不思議に思っていると、ミカンは私の頬にそっと手を沿わせて、優しく揉みながらぼそりと呟いた。
「私の寝顔とか寝てる写真を、スマホの秘蔵フォルダに保存してるの……恥ずかしいからやめてほしい」
それを理解するのに、私は数秒を要した。フリーズした脳が動き始めると、一気に冷や汗が吹き出すと同時に顔が熱く赤くなるのが分かった。
「なななななんで知ってるの!?」
それはミカンにさえ内緒にしていたはずの、パスワードをかけたフォルダの名前も『仕事関係』にして隠蔽していた、まさしく"秘蔵フォルダ"だ。
決して漏らさずに数年間蓄えたミカンの寝相、寝顔、寝巻きがはだけて顕になったお腹。それらが秘密裏に保存されているフォルダの存在を、何故、ミカンが知っているのだろうか。
冷や汗をだらだらと流す私を見て、ミカンは察したのだろう。呆れたような照れたような顔で、溜息を吐きながら教えてくれた。
「先週林檎が酔った時、自分から暴露してたぞ」
「――まったく、記憶にございません……」
今度こそ、ミカンの顔は明らかに呆れていた。
私は恥ずかしさと申し訳なさでもういっぱいいいっぱいだった。それに、嫌われてしまうんじゃないかという不安に襲われていた。
ぎゅっとミカンのお腹に抱きつき、私は滲み出る涙を目尻に溜めて、その大好きな
「ちゃんと直すから、嫌いにならないで……」
心の底からの祈りだったが、私の必死の思いに反してミカンは目をぱちくりさせたあと、「バカだなぁ」と笑い飛ばしてしまった。
「その程度で嫌いになるなら、私は林檎に生涯を捧げてないよ」
「〜〜っ!! 大好き!!」
あまりの寛大さに、私は思わずミカンのお腹に勢いよく抱きついた。苦しそうな短い悲鳴を漏らしつつも、私を抱きとめて髪の毛をわしゃわしゃと撫で回してくれる。
「でも、なるべく直してな」
「はい!」
私が元気よく返事をすると、ミカンはまた吹き出して大きく笑った。
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