K to I   作:パン de 恵比寿

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*CAUTION*
「早坂さんは明かしたい」シリーズとの繋がりはなく、設定は本編順守です。
シリアス少なめ、ギャグ多めの内容……になる予定


1話

 カラリと溶けた氷が音を鳴らす。

 

 香ばしい珈琲の香りと穏やかなBGMの流れる喫茶店内。テーブル席には制服姿のままの学生客などが集っては、思い思いに談笑に花を咲かせている。朗らかであれど騒がしすぎるわけでもない、素朴で長閑な、喫茶店が持つ特有の賑わい。

 

  ……だが、そんな空気とは一線を画すように窓際の一席……先ほど降り出した雨にしんしんと濡れ行く街並を一望できるその席だけは、張り詰めたような重い緊張感に包まれていた。

 

「……お、おい。誰か3番テーブルのグラス引きに行けよ」

「ムリっすよ、あんな今にも別れ話切り出しそうな空気に顔出せるわけないじゃないですか」

「何言ってんの、座ってるの女の子二人よ?」

「いや だから おっかないんでしょ!?」

「てか二人とも目ぇ怖っ!」

 

 厨房から顔を覗かせてはヒソヒソと話す店員たちの視線の先、窓際の席で向かい合う二人の少女。二人が二人とも、街ですれ違えば誰もが振り返るほど美しい容姿、柔らかな微笑を湛えアイスコーヒーを口に運ぶ様は、それだけでも『絵』になるというのに、伝わってくる雰囲気はどこか冷たい。

 

「……コーヒー。おかわり頂きますか?」

「……お願いします」

 

 笑顔とは裏腹にぎこちない会話。余所余所しい、というより どこか相手の出方を探り合っているような。

 

 再びカランと鳴る氷の音。残り少なくなってしまったグラスを口に、少女はちらりと、向かいに座るもう一人の少女へと目を向ける。

照明に輝く金糸のように美しい髪。瞼に覗く澄んだ空色の瞳。一挙一動、ふとした所作からも感じ取れてしまう気品と優雅さ。

 

 ああ。この人が、お兄ぃの……

 

 

 

「……それと。私の方が年下なんですから、敬語はいらないですよ。ハーサカさん」

 

 

 

 

 

 

『 K to I 』

 

 

 

 

 

 30分程前

 

 

 

 4車線の道路を隔て山脈のように連なる高層ビルの群々。東京随一とも評されるデパート街で一人、早坂愛は立ち尽くしていた。

浮かべる表情は不満の一言。手には大量の荷物を抱え、足元にまで持ちきれなかった紙袋をいくつにも並べている。

 

 開催まで残り数ヶ月となった秀知院学園文化祭……『奉心祭』に向けて買い揃えた備品の数々。飾り付け用の小物や来賓者に配る土産菓子、その他細々とした器具雑貨など。一つ一つは小さなそれらも、買い終えた頃には両手に溢れるほどの量となっていた。

 

 加えて、これらはあくまで「予備」。

 本当ならば、今日から2日後の日曜日、主人『四宮かぐや』と、その想い人である『白銀御行』の二人が、買いに訪れる予定だったものである。

 

 

 奉心祭ではクラスごとに出す催しに加え、生徒会が独自に行うイベントもある。毎年 校舎の何処かに設置する宝玉のオブジェクト作成など、多忙繁忙を極めるそれら企画は、白銀会長を船頭に着々と進められ、その一環として、物品の調達を行う「買い出し係」が求められた。

 

 しかし、平日は皆それぞれのクラスでの準備もあり、休日返上で出向かねばならない買い出し。加えて荷物の量も予想されるため、誰もこんな面倒な役を引き受けたがりはしなかった。

 

 ………と云うのはあくまで表の話。

 奉心祭実行委員という大義名分のもと、休日の街を二人きりで買い出し(デート)に行ける……そんな絶好の機会を、件の二人がみすみす逃す筈がない。

 かくして行われた、もはや恒例ともいえる生徒会主催ゲーム。交錯する二人の思惑に、かの混沌の権化が加わったことで、どのような筆舌に尽くしがたい こうどなたたかい が繰り広げられたかは知る由もないが、二人の天才は見事、買い出し役を請け負った(かちとった)のだった。

 

 

 それが一週間前の出来事。以来、かぐや様はといえば、毎夜のごとく鏡前に立っては、デートに着ていく服を熟考し。その度唸ったり赤くなったりと情緒不安定ぶりに磨きがかかるものだから、付き合わされる早坂としては、いい加減 勘弁して欲しいと辟易する思いだった。

 

 

 しかし、哀しいかな。いかに才気あふれる二人であろうとも、天災までは操ることはできない。

 秋時の天気が移ろいやすいこの季節。加えて太平洋上に発生した台風が何を思ったか、サイクロイドばりの軌道で都心に突っ込んできたものだから、休日の買い出しは文字通り雲行きが怪しくなってきた。

 予報を見る限りでは、どの程度の嵐になるかはまだ分からない。軌道によっては暴風域外に逸れる可能性もある。が、それでも万が一に備えて動いておくのが、四宮家侍従たる早坂の勤め。買い出しが中止になった際を備え、必要なものを代わりに揃えに来たのだった。

 

 もちろん、全ては内緒事。あれほど楽しみにされているかぐや様の手前、中止の可能性などを示唆して、機嫌を損なわれでもしたら たまったものではない。

 二人が買う予定のものを秘密裏に調査し。抜群の演技力を駆使しては、周囲に一切の疑念を抱かせぬまま仮病による早退をもぎ取り。本来なら半日はかかるであろう買い出しまでも、3時間以内に済ませてしまった。

 

 買い出しそのものは面倒と思いながらも、自身の仕事ぶりには満足している早坂。

 

 では、何故こんなにも不満げなのか。

 

 

「本当にかぐや様は……っ」

 

 囁くようような声から滲み出る怒り。

 買い出しを終え、デパートの前の大通りで迎えの車を待っていた早坂。

 そこへかかってきた一本の電話。

 

 ーーー曰く、車のタイヤに穴が空けられており、迎えを出せないのだと。

 

 

 ……犯人は分かっている。というか一人しか考えられない。

 文化祭というカップルのできやすいこの時期。大方、余計な虫がたからぬようにと、また白銀会長と相合傘で一緒に帰ろうとでも試みたのだろうが、送迎を拒否したいからって、いい加減 車一台を潰すのはホントにやめてほしい。おかげで本当に必要だった私が足を失い、こうして立ち往生をくらう羽目になっている。

 

 完璧に仕事を終えて、いざ帰ろうとしていた早坂にしてみればこれ以上ない横槍。誰のためを思って買い出しに来たかを考えれば、なお感じが悪い。

 

 送迎の車が無理ならば、タクシーはどうかと乗り場を訪れてみたが、下り坂の天気のせいだろう、既に大勢の待ち客が列を成していた。自分と同じように大量の荷物を抱えた主婦、待ち順と腕時計とを忙しなく見交わすスーツ姿のサラリーマン、etc…。車にありつけるまでは、まだまだ時間がかかりそうである。

 

 

「はぁ……」

 

 小さく、けれど重いため息を零す早坂。

 自分はいったい何をしているのだろうと、徒労に疲れた心が虚しさを呟く。

 

 今ごろ学園の皆は、奉心祭という一年に一度というイベントに向け、気炎万丈と勇み励んでいることだろう。共に協力し。知恵を出し合い。時に馬鹿騒ぎなんかもして……。長いようで短い青春の時間を、懸命に楽しんでいる。

 ……こうして仕事に時間を浪費している私とは大違い。

 

 紙袋のなかに覗く、色鮮やかな布や紙材、装飾品の数々。せめてもと、コレらの品が奉心祭で役立つ姿を想像し、心を慰める。

 

 私が買うときはただ淡々と。時間に追われるまま店を回るだけだったが、かぐや様と御行君の二人が訪れるときは、きっと違う。

 一緒に選ぶなかで意見を出し合ったり。仮装品をつけた姿を互いに見せたり。

 ……あの二人が買い出しだけで満足するはずがない。一緒にランチをして、買い出しとは全く関係のない、何気なく目に留まった露店なんかにも足を運んで。

 その様は、側から見れば間違うことなき『デート』ーーー

 

 

(……帰ったら雨乞いの方法調べよ。)

 

 密かに胸に誓う早坂。

 他意はない。今日の労力を無為にしないため。コレらの物品を無駄にしないため、だ。決して従者を大事にしない主人への嫉しさからの仕返しなどでは……

 

 

 

「あー……もう」

 パタパタと。まるで背信に罰を与えるかのごとく、とうとう降りだした雨に空を睨む早坂。

 降り始めにしてはヤケに大きな雨粒。時間をおかず本降りになるのは明白だった。人を呪わば穴二つ、というが紙袋に穴が開いてしまうのは勘弁願いたい。既に満杯にまで入っている中身は、袋が破ければ途端に地面へと散乱してしまうだろう。

 

 

 急いでデパートの中へと戻ろうとする早坂だったがその両手は既に荷物で塞がり、一度足元に置いてしまったま荷物を再び抱え直すのは、流石の彼女にも困難だった。それでも泣き言一つこぼさず、一人荷物と格闘しているとーーー

 

 

「あのーーー手伝いましょうか?」

 

 不意に背中からかかった鈴のような声。

 振り返る視界に映りこむ白銀の髪。心配そうに覗きこむ、何処か見慣れた青い瞳。

 

 

 少女ーーー白銀圭と出会ったのは、まさにそんな時であった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

「さっきはありがとう。運ぶの手伝ってもらって」

「いいえ……。そうすべきと思ったことを、したまでですから」

 

 数分後。2人は一旦荷物をロッカーへと預け、最寄りの喫茶店へと訪れていた。益々と強くなって来た雨足。四宮邸の運転手がタイヤの修理を終え迎えに来るまでの約一時間、雨宿りも兼ねて、圭をお茶へと誘ったのだ。

 助けて貰ったお礼……そして微かな打算も。

 

 

「それじゃあ、圭ちゃんも文化祭の買い出しに来たんだ」

「はい。でも今日は下見です。この辺りには、あまり買い物に来たことがなかったので」

 

 そう言って取り出した近隣デパートの案内書(パンフレット)。そこには今日まわって調べたであろう、営業時間や各所で購入するもの、移動スケジュールなどが綿密に書き込まれていた。

 

(やっぱり……似ている)

 

 コーヒーの苦味を舌に溶かしながら、向かいに座る少女を改めて見つめる。

 よく見知った面影を残す少女は、やはり兄妹というべきか、放つ雰囲気もどこか似ていて……先ほど助けてくれた事もそう。ふとした仕草に感じる真面目さや誠実さは、初対面であるにも不思議と安心感を覚えるものだった。

 仕事上、疑いの目ばかりを人に向けてしまう早坂にとって、それがどれほど珍しいことかは、彼女自身が一番よく理解していた。

 

 ーーけれども

 

 

「………」

「………」

 

 先ほどから漂うこの空気。会話のパスも3回以上続いた試しがない。友人とその妹さんという、遠くもなければ近くもない微妙な間柄に、互いに緊張するのもわかる。だが二人とも、別に人見知りというわけでもない。早坂ともなれば、初対面の相手に向ける顔、被るべき仮面などは幾つにも持ち合わせている筈。

 

 しかし、ある疑問。ある危惧が、早坂に取るべき仮面を迷わせていた。

 

(ーーーこの子は、いったいどこまで知っているのだろう。)

 

 そう。問題は、彼女があの白銀会長の妹さんであるということ。

 圭が『ハーサカ』という女性に抱く人物像……。

 単なる兄の友人にすぎないのか。

 フィリス女学院に通い、学業の傍らバイトでメイドをやっている一女学生としてなのか。

 ーーーまさか、数々の仮面を使い分ける、四宮家専属の近従……なんてことまで、知られてはいまいか。

 

 会長が他人の秘密を易々(ペラペラ)と喋るような軽薄な人間だとは思わない……。だが相手は会長の実の妹。世界で最も白銀御行を知る者、といっても過言ではない人物。我が家という憩いの場、ふとした油断に秘密をポロリと話してしまうことも、無いとは言いきれない。

 

 街で初めに話しかけて来た時、圭はすでに私が『ハーサカ』であることを知っていた。

 先日、対象Fが四宮邸にお泊まりに来た際、テレビ電話越しにチラリと圭の姿が見えた気がしたが、それは相手からも同じだったのだろう。妹から嫌われている。と言うのが御行本人の談であったが、電話越しに聞こえてきた御行と圭のやりとり、遠慮のないドタバタぶりを見る限りでは、聴くほど険悪な仲、という訳でもないようだった。

 (ハーサカ)のことに興味深々という風だった圭。御行くんから、幾らか話を聞く機会もあっただろう。

 

 ーーーもしここで。

 彼女が抱く人物像とは異なる『ハーサカ』を演じてしまったら……それで不審を抱かれるくらいならばまだいい。

 既にソレが演技だと知っている……知られてしまっている彼女に、なお『ハーサカ』の姿を演じてみせたとしよう。

 

 やたらハイテンションに。

 

 清楚ビッチのごとくキャピキャピと。

 

 

 

 ーーー滑稽なこと この上ないし、助けて貰った相手に失礼すぎる。

 妹への不敬。下がりきった評価は、兄である御行にまで伝わりかねない。

 

 

(No……!プライド的にそれはNo……!)

 

 人知れず戦慄を胸に、瞳に力を込める早坂。

 一見、優雅にコーヒーを口元に運びながらも、その目は常に圭の一挙一動を見逃さない。

 

 早坂が持つ類い希なる人心掌握術は、卓越した観察眼にこそある。その人がどんな行動を取るか、どんな思考パターンに陥りやすいか。累積されたデータにより編み出された行動予測は、それ故に抜群の精度を誇り、相手の心理をもいとも容易く誘導できてしまう。……だが、知り合って間もない者。未だ情報が少ない者に対しては効果が薄く……だからこそ「対象F」のような予想も予測も出来ない理外の存在は、まさに天敵となり得る。

 

 圭については、白銀会長の身辺調査を行うなかで、ある程度の情報は得ているものの、中等部という物理的に離れた距離、またかぐや様との接触もまだ少ないことから、情報収集が満足に為されていなかった。

 

 今は目の前に座る等身大の彼女こそが、何より有力なデータ源。

 私のことはどう理解しているのか。

 四宮の家についてはどこまで知っているのか。さりげない会話や仕草の中から情報を抜き出さなければならない。

 

 確かに難しい……だが同時にチャンスでもある。

 私生活についてはまだまだガードが硬く、ラップの件然り、不用意に手を出せば思いもよらぬ惨劇を浴びせられかねない白銀御行という男。もしここで妹さんとの関係を築けたならば、彼という人間をより深く知る、何よりの糸口となる。

 

 将を射んと欲すればまず馬を射よ。打算とはつまりそういうこと。

 密かな決意を胸に、早坂はより一層目を尖らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーだが、それは向かいに座る圭もまた同じであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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