魔竜転生アクノロギア 意図せず原作をブレイクするようです。ただし別のな! 作:前虎後狼
筆者としてはとても面白い物ばかりと思うが、何故だろう?
気のせいかもしれないけど、最近は特に異常な気がする。
ブリュンヒルデの誘拐。
試練の最中に起きた特大のハプニングに勇士達は慌て、グンナル率いる試練へ挑まんとした者達は一度、国へと戻った。
あの竜と戦うならばそれ相応の装備を整える必要があると。
しかしその帰還は、怯えて逃げ帰ったただの敗走となんら変わりなかった。
「かの竜を打ち倒し、ブリュンヒルデを救い出す!俺に付いてくる者は剣を取れ!」
グンナルが剣を掲げて、勇士達へもう一度激を飛ばす。
それに応じる勇気あるものは、居なかった。
あの竜を目にして、真っ先に浮かんだのは己の死だった。
何をやっても意味をなさない。足掻いたところで容易く潰される。
そんな恐ろしき怪物を相手にするだけの勇気を、彼らは容易くへし折られた。
屈した勇士達を見る、民たちの恐れを孕んだ瞳。
国中の民がこの場に集い、倒れる男達の介抱に務める。
それだけの恐怖を味わったのかと戦慄して、彼等の帰還を心の内で讃える。
「どうした!?お前達の勇気とはその程度のものなのか!?」
誰も立ち上がろうとはしない。
そもそもとして、グンナルは人望が小さかった事もこれに起因している。
これといって嫌われているという事実は無いが、同時に忠誠を受けるほどの人徳も持ち合わせていなかった。
それを差し引いたとしても、絶望へを具現化したかのような恐ろしき竜相手では、こうなるのも無理は無かった。
「·········」
その隣に立つシグルドは険しい面持ちのまま、情報の整理に徹する。
ロギアがブリュンヒルデを攫った訳とは、その理由は。
(ロギア······お前は)
六日目の夜、ロギアが憤怒を露わにしてシグルドに詰め寄ったあの日。
あの時のロギアは、自分を思ってあれだけの怒気を放っていたのか。
頭が上がらない思いだ。
「な、なぁシグルド······」
縋るような思いで詰め寄るグンナルに、シグルドは冷たい眼差しを向ける。
「お前は付いてきてくれるよな?なんたって俺たち義兄弟だもんな?今こそ竜殺しの出番だもんな?なあ······?」
義兄弟の契りを交わしたグンナル。ブリュンヒルデを我が物にしようとする、姦計弄したグリームヒルドの子。
蚊の鳴くような弱々しい声で、グンナルは最後の希望に縋り付こうとする。
「なあ頼むよ······じゃないと──」
「それは許されません。グンナル兄様」
多くの人々が集まっている
雑多の人波の中を悠然と進む、凛とした風格を漂わせし少女は、今姿を現した。
「グンナル兄様、試練はまだ続いております。その試練に、他の力を頼りにする心積りで挑むおつもりですか?」
「グートルーネ······?」
魔竜の共犯者、姫君グートルーネ。
彼女は与えられし役を演じ、最後の仕上げにかかる。
「グンナル兄様。貴方はかの戦乙女ブリュンヒルデ様への求婚の試練、炎を越えて直接相対する事を条件としたこの試練を、自らが越えられぬからと挑むことをやめ、シグルド様に自分に扮して変わりに挑戦するよう命じた。違いありませんね?」
「な───何を言っているグートルーネ!?この俺に泥を塗るつもりか!?」
「質問しているのはこちらです。私を糾弾して強引に話を変えようとしても無駄ですよ。とはいえ、グンナル兄様が試練をシグルド様に任せたというのは、既に分かりきっている事ですので構いませんが」
「姫様!それはいったいどういう!?」
「今言った通りです。我が兄グンナルは試練を越えられぬと悟り、しかしブリュンヒルデ様との婚姻をものにしたいと願った兄様はシグルド様に命じたのです。俺に姿を変えて、炎を越えブリュンヒルデへ求婚せよと」
「言いがかりはよせ!!いったいどういうつもりだグートルーネ!!」
グートルーネの浮かべる表情はいつものような穏やかなものではなく、為政者として、国を治める責任を持った王のように厳格な風格を醸し出す厳かな面持ちだ。
普段の姫を知る者達からすれば、余りにもギャップの激しい姿。
そんな姫はまるで全て見てきたとでも言わんばかりに不義を働いた実の兄グンナルを責め、この場に集う全ての者達の視線を一箇所に集めている。
「第一、どうしてそんな分かりきったかのように言えるのだ!?仮に俺が不義を働いたとして、どうしてそれがお前に分かる!?」
「分かりきったかのようなではなく、既に分かりきっているのです。先程も言った筈ですが」
狼狽するグンナルを一瞥し、グートルーネは台本の通りに登場人物の台詞を読み進めた。
「私がそれを知っている理由、簡単ですよ。私グートルーネは先程、大神オーディンより神託を受け、事の全てをお聞きしました」
民衆達の間でざわめきが起こり出す。
大神オーディンからの神託。北欧の最高神から直々に賜った、神のお言葉。
それが何を告げ何を引き起こすのか、民衆達の不安を駆りたてる。
グートルーネが一言、静粛にと口を動かしただけで人々の口に戸が立てられる。続けて、グートルーネは話を次へと進めた。
「心してお聞きください。これより私が、大神オーディンより賜った言伝を一言一句違えずに読み上げます。どうかお聴き逃しのないように」
そして始まる、グートルーネの一人語り。
「大神はこう言っておられました。『試練に臨みし者グンナル。貴様の取った選択は我の最も嫌う臆病者のそれである。己に足りぬ力を他より借りるという考えは容認できる。しかし貴様は武も振るわず、優れた智も輝かず、自らには不可能と挑戦もせずに諦め嘆いた挙句、その成果のみを手にするべく他の者に試練を肩代わりさせるなど言語道断。我はその行いに失望したぞ』」
大神より賜った神のお言葉。それはもちろん、アクノロギアが考え彼女が実行した、盛大な大嘘である。
「『我は怒りを抑えられぬ。このような事で我が娘も同然であるブリュンヒルデを妻に迎えようなどと、片腹痛い。故に我は、さらなる試練を与える事にした』」
シグルドとブリュンヒルデを妨げる最後の壁、卑劣なるグンナルの意思を完膚なきまでに叩き壊すために。
「『我が遣わせた魔竜にブリュンヒルデを攫わせた。真にブリュンヒルデを欲し、愛するというのなら、この魔竜を打倒しその五体で以てブリュンヒルデを抱きとめよ。この試練を乗り越えたならば、ブリュンヒルデを妻とする事を許す』───以上です」
したり顔で騙り切ったグートルーネは浅く息を吐く。
アクノロギアが用意した台本。それはオーディンの名を騙り乱入したアクノロギアを神の使いと勘違いさせた、壮大過ぎる自作自演だった。
その企みを確実にさせたのは、蝶よ花よと育てられた姫グートルーネの存在だった。
彼女のとる挙動、あたかも真実のように見せかける語り口。
偽り語る姫君の言ノ葉は、静聴する民衆の心へと溶け込んでいく。
今この時、世界を舞台にした最古の舞台演劇が繰り広げられ、それを織り成す演者が偽を真にするべく謳いあげた。
その真偽は、誰にも分かりはしない。
「兄様、以上のようにかの大神は大変お怒りです。しかし大神は罰を与えず、これをさらなる試練と定めました。未だにブリュンヒルデ様を諦めないというのなら──証明してください、貴方自身の力で以て。シグルド様のお力を借りる事は、何があっても許しません」
ガシャンと、鎧が地に崩れ落ちる音が響く。
試練に挑まんとし、代役を立てたグンナルが膝を突いた音だった。
大神の怒りを買った。偽りの大神宣言はグンナルに、酷く絶望を齎した。
恐怖に打ち震えるグンナルを一瞥した後、グートルーネは隣で直立不動を保つシグルドへ歩みを進めて。
「そして、私もまた許されざる罪人です」
頭を深く、夫であったシグルドに下げた。
断罪を待つ咎人のように、その素っ首をさらけ出して。
「どうか聞いて下さい、シグルド様。そして民達よ。私の行いし愚行を、その全容を」
これより先はアクノロギアの台本にもなかった、グートルーネの即興劇。義理堅きシグルドに最後の後押しをするべく、彼女が臨みし──
「告白します───私は、罪を犯しました」
最後に裁かれるべき、己の断罪を。
「私は、許されざる大罪を犯しました。自分の幸福を手に入れるために、他者からそれを奪ってまで」
姫は罪咎の詩を奏でた。
躊躇いを残した英雄を、後ろ髪引かれることなく送り出すために。
「私はシグルド様に恋をしました。決して届かない過ぎた願いでしたが、叶うならば結ばれたいと、浅はかにも思ってしまった」
それは彼女なりの覚悟だ。
戦地に赴く戦士ではない彼女には、簡単に死を決める覚悟など決めようがないから。
「シグルド様には、既に愛した人がいました。私では到底敵わないほどに強く気高いお人に、私のような者には入り込む余地などないくらいに」
同時にそれは、後悔の詩でもあった。
「それでも未練がましく、シグルド様を欲しいと願った私は愚かしくも、決して許されぬ無体を働いたのです。この国へ来訪なさったシグルド様にあろう事か、ある特定の記憶を忘却させる妙薬を盛ったのです」
母が犯してしまった罪、それすらもグートルーネは背負い込んだ。
母は仮にも国を治める者であり、国を護る義務がある。
ここで母の罪が明らかになり民達から糾弾されてしまえば、父ギューキ王はそれを鎮められないだろう。
それだけは避けたかった。国を支える者なくば、繁栄などありえない。
グートルーネはそれを理解し、背負う必要のないものまで背負ったのだ。
無論、そこまでの覚悟を決めたのはなにも国を思ってのことだけでは無い。
図らずも幸せを奪ってしまったことに対する負い目が、たとえ非が無かろうとも知らずうちに罪を犯したことに対する後悔から来る責任を感じたからだ。
何故ならグートルーネには分かってしまうのだ。自分がブリュンヒルデの立場であったなら、それが世界が何度滅んでも尚消えぬ絶望に近しいからと理解出来たからだ。
「結果として、私はシグルド様と結ばれる事が出来ました。そうして得た幸せはとても輝かしくて、同時に──辛くもありました。彼から真なる愛を奪ってまで得た幸せを謳歌して、恥ずかしくないのかと」
「グートルーネ······」
グートルーネの零す懺悔を、シグルドは静かに聞いていた。
この一週間記憶を失い彼女を愛したシグルドにとって、グートルーネは偽りの相手。されど、そこには確かに真なる愛があった。
グリームヒルドに嵌められたとはいえ、彼女に自然と惹かれて行ったのは自分自身だ。彼女と結ばれようと思ったのも、シグルド自身の意思だった。
シグルドは気付いている。自分を嵌めたのはグリームヒルドであって彼女ではないと。しかし彼女は、母の犯した咎さえも自身の罪として受け入れた。
シグルド自身が擁護しようとするのは簡単だが、それをする事は憚られた。
何故なら、彼女の瞳には覚悟の炎が燃えていたからだ。
どれだけ罪を背負ってでも国を守り、そしてシグルドに真なる愛を取り戻して欲しいと願う、気高き女の覚悟があったからだ。
それをいったい、誰が止められようか。
「そして──」
グートルーネは裾から一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、婚姻の契りを交わした夜に、シグルドと名を書きあった誓いの証。
現代で言う婚姻届のような役割持つ、結婚の証明だった。
グートルーネはその婚姻の証の上部を両手で摘む。
最後の仕上げを、覚悟の証を示す為に。
「───っ」
やはり、それを破るのは躊躇われる。
当然だ、今ある幸福を自分から投げ出す行いをしようとしている。
それを成してしまえば、もう二度と引き戻せない段階にまで行き着いてしまった。
恐怖は、やはりある。
しかし、後悔は無い。
そうすることで、愛した者が真に幸せを手に出来るなら。
「さようなら·········!」
小さく呟いた悲しみに満ちた訣別の言葉と共に、手に在った誓いの証を破り捨てる。
ビリビリと恋が引き裂かれる音がした。
幸福を、自ら打ち捨てた。
周囲が息を呑む。
せっかく成った結婚を、自ら破り捨てた姫の姿に。
「これで、婚姻は破棄されました。私には何かしらの罰が下されるでしょうね·········シグルド様、これで貴方はもう何者にも縛られません」
「グートルーネ······おまえ!」
崩れ落ちていたグンナルがグートルーネへと駆け出した。
胸ぐらを掴みあげ、絶叫を上げた。
「分かってるのか!?今自分が何をしたのかを!!」
「勿論分かっています。しかしそれがどうしましたか?」
「······っ!」
「兄様、私は耐えられないのです······愛した人に嘘をつき続けるという事が───それに、真なる愛を奪ってまでして、私はシグルド様に愛されようとは思いません」
彼女は既に決意したのだ。好きだった人を諦めることを。
それは実の兄であっても、止めることなどできない。
「シグルド様、貴方を謀った私の最後の願いを、聞き届けてくださいますか?」
深い悲しみを悟らせぬよう努める彼女は、やはり薄く笑っていた。
その笑顔の裏に、嘆く本心をひた隠して。
「ブリュンヒルデ様を攫いし恐ろしき魔竜を打ち倒し、その身に真なる愛を取り戻してください。それだけが、かつて貴方と結ばれた愚かな女の最後の願いです」
さあ行け、行ってしまえ。行ってくれなければ、きっともう耐えきることなんてできないから。
「英雄よ、我が願いに応えよ!」
お願いだから、行って。
私の恋に、諦めをつけさせて。
「───承諾した、姫グートルーネ。その願い、このシグルドが応えよう」
彼女の眼前にて跪き、しかと拝命する竜殺し。
それを見て、グートルーネはやはり、
人波を掻き分けて、シグルドは友グラニの待つ場所まで駆け出した。
後ろ髪ひかれることなく、躊躇すること無く。
それが、彼女の最後の望みならば。
斯くして、英雄は決戦に臨む。友と愛した女の待つ場所へと。
そしてそれを、グートルーネは眩いものを見るように目を細め、遠くへと消えていく背中を見送った。
──あぁでも、出来ることならば。
「─────行ってらっしゃいませ、シグルド様。私の、たった一人の英雄」
貴方の愛する人として、
喧騒が蘇りつつある広場より離れ、シグルドはグラニの待つ馬小屋へと駆け込んだ。愛する者、ブリュンヒルデを取り戻すために。
「グラニ!どうか当方に力を貸してくれ!」
友シグルドの到着を迎えるグラニ。灰色の神馬の瞳にはようやく来たかとでも言いたげな呆れ半分の色が見えた。
「グラニ?それは何だ?」
シグルドはすぐ様グラニへ跨ろうとしたその際に、グラニが咥えている物へと注視する。
「これは、
何故こんな物をと思考するが、シグルドはそれの違和感に気づいた。
それは手記だった。牛の皮に刻まれた文字の羅列は、このように読むことが出来た。
『ヒンダルフィヨルの山頂、お前達の運命の場にて待つ』
それが誰が認めたものなのか、シグルドは直ぐに理解出来た。
「ロギア·········お前と言うやつは」
思えば、トールの来襲から一度別れた後に再会した六日目の夜、あの時もあの魔竜は、自分達を思って何度も訴えてくれたのだろう。
運命に敗れさろうとしていたシグルドを、運命に屈しようとしていたブリュンヒルデを、かの魔竜は救いあげた。
「ロギア、お前のような友を持てたこと、当方は誇りに思う」
目的の場所は判明した。ならば後は、全ての決着をつけるだけ。シグルドは約束の地へ赴くべくグラニの背に跨り──
「待てシグルド!」
その前に、後方からの引き止める声を聞いて、振り向く。
「なあシグルド、待ってくれよ······これは俺の試練だぜ······?ブリュンヒルデを妻にするための、俺に与えられたソレなんだよ······」
追ってきたのは、義兄弟の契りを交わしたグートルーネの兄、グンナルだ。
シグルドはグンナルという男の事を、多少なりとも認めていた。
武技に優れていた訳では無い、智に豊んでいた訳でもない。しかしグンナルは、大局を見極めるだけの優れた眼を持っていた。
物事を俯瞰し、落ち着いて判断を下すだけの冷静さを持ち合わせていた。
それがどうだ?今の彼はまるで生まれたての小鹿のように不安定だ。
グートルーネが騙りし、大神を怒らせたという言葉がグンナルに焦燥をもたらしているのだ。
「なぁシグルド、俺にはもうコレしか無いんだ·········試練を恐れて退いた臆病者だなんて吹聴されちまう。俺がブリュンヒルデを妻に迎えなきゃ、証をたてなきゃならねぇんだよ·········それにさ、グートルーネだって悲しむだろ?アイツはああ言ってるけど本心は」
「グンナルよ、当方は貴殿の願いに応えられない」
追い詰められた彼は縋る思いでシグルドにしがみついた。
しかしそれを、シグルドは確固たる意思で払い除ける。
グートルーネの想いだって承知している。しかし、だからこそ行かねばならないのだ。
「当方はブリュンヒルデを愛している。この愛を永遠に貫き続けるだろう。これは義務や予言の是非から来るものでは無い。当方がそのように望み、そうしたいと自らの意思に従った故の解答だ」
姦計に嵌められたが故に記憶を失い、誓いを違えるという不義を働いた。
他者の悪意あった故のそれとはいえ、シグルドは己の不甲斐なさを恥じた。
なにより、ほんの数日ではあったが互いに互いを愛し、その愛を諦めてまでも自分を送り出してくれたグートルーネに示しがつかない。
「当方はもう二度と、我が愛を違える事は無い。グンナル、たとえ義兄弟の契りを交わしたお前であっても、俺はブリュンヒルデを渡したりなどしない。俺はもう、ブリュンヒルデを離しはしない」
もう二度と、彼女を裏切りたくはない。
「さらばだ、グンナル。恐らくは、もう二度と相見えることは無いだろう」
シグルドとグンナル。二人の距離は永遠に開かれた。
もう二度と、お互いの運命が交わることは無いだろう。
魔剣用意。
さあ、終幕まであと少し