魔竜転生アクノロギア 意図せず原作をブレイクするようです。ただし別のな!   作:前虎後狼

9 / 18
グートルーネちゃんの意思を尊重した結果。


相応しき罰、その悪に報いを

悪辣なる妃グリームヒルドは、英雄の栄誉こそを欲した。

 

 

 

ある時のことだ。ギューキ王治めるこの地を目指して、竜殺しの英雄シグルドがグラニに跨り向かってくるという報せを彼女は耳に挟んだ。

 

竜殺し。人間では到底行えない大偉業を成し遂げた、今の北欧において知らぬものなどない本物の英雄。

そんな彼が、この国を訪れると。

 

その報せにグリームヒルドは歓喜した。

もしシグルドを愛娘グートルーネの伴侶と出来れば、英雄が座す強国として名を連ね、自らも栄誉を手にできるのではと。

話に聞く悪竜の護りし黄金、それらを我が手にできるのではと。

幸いグートルーネもシグルドへ恋慕の情を抱いている。

もし叶うならば、シグルドのような者と夫婦(めおと)として結ばれたいと口々に零していたと、侍女たちの間でも(もっぱ)らの噂だ。

 

自分は英雄を迎え入れた国の妃として、そして娘は伴侶を得ることが出来る。まさに一石二鳥と言えた。

 

しかし気がかりなのは、もう1つの情報だ。

シグルドには既に定めた相手が居り、その相手は炎の館にて眠りについた戦乙女、ブリュンヒルデであると。

 

グリームヒルドは頭を悩ませた。

既にそう定めた者がいるシグルドが、簡単に矛先を変えるだろうか。

 

器量良く、礼儀作法も完璧で、料理だって振る舞える。どこに出しても恥ずかしくなく、むしろ神々を除いてその容姿は誰にも劣ることのない愛娘のグートルーネでも、既に心に決めた者がいるシグルドを落とす事は叶わない。

 

時既に遅し。

どのような男でも即座に籠絡できるだろう愛娘グートルーネ。

それはシグルドでも例外ではないだろうが、その愛は既に別の者へと向いている。

 

グリームヒルドの密かな企みは、始まる前に終わると思われた。

 

 

 

しかし、グリームヒルドは諦めなかった。

 

もしシグルドが、未だ婚姻を、夫婦の契りを結んでいないならば。

 

もしシグルドが、麗しの戦乙女、ブリュンヒルデに会わなければ。

 

 

 

もしも、シグルドがブリュンヒルデの事を忘れてしまったのならば。

 

 

 

そして、グリームヒルドの謀略は始まった。

 

まず初めに、シグルドがブリュンヒルデを忘れるための忘れ薬の作製に取り掛かかった。彼女は魔術の一端を少しばかり齧ったことがあり、その際に教えを乞うた魔術師から簡単なマジックアイテム──即ち、魔術礼装の作成法を記したメモ書きを渡されていた。

 

グリームヒルドは急ぎ必要となる材料を秘密裏に掻き集め、儀式を行う為の陣を城の倉庫に敷設した。

 

そうして、シグルドが訪れる直前に忘れ薬は完成し、計画の要石は揃った。

 

長旅で疲れたシグルドを労るという名目でグリームヒルドは応接間へとシグルドを招き、夫のギューキ王と共にシグルドを迎え入れた。

 

その際に、シグルドへと出した飲み物へと忘れ薬を混入させて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪辣なるグリームヒルドの姦計はここに相成った。

 

シグルドはブリュンヒルデを忘れ次第にグートルーネへと惹かれていき、ついに夫婦の契りを交わした。

最早、止められるものは無い。

 

気を良くしたグリームヒルドは続いてブリュンヒルデを、息子のグンナルの妻にする事を画策し、グンナルへと事のあらましを語った。

グンナルはそれを咎めるどころか、音に聞く戦乙女ブリュンヒルデを妻に出来ると聞くやいなや、グリームヒルドの姦計に乗った。

 

しかしブリュンヒルデは、自分と結婚するというなら試練を乗り越えて見せよと炎が燻る塔の中へ閉じこもった。

 

グンナルはこれに記憶を忘れ義兄弟の契りを交わしたシグルドを連れていくことを決め、今朝、求婚の旅へと出発した。

 

「そう、それでいい。それでいいのよグンナル」

 

シグルドが悪竜現象(ファヴニール)から奪ったという黄金の宝物の一部、トパーズが中心に嵌め込まれた、貪欲の輝きを放つ金の首飾りを手に取り、恍惚の笑みを携えていた。

シグルドが手にした悪竜が護りし黄金。

それは正に人間の欲望を物質化したかのようなギラギラとした輝きを放っている。見るものを魅了し、狂わせる魔性の宝物。

一体どれほどの人間がこれに惹かれ、どれほどの価値を付けるだろうか。

考えただけで笑いがくつくつと漏れだし、止まらない。

 

「全ては私の思うまま。栄光も、黄金も、そして幸福も······全て総て、ここにある」

 

娘と息子は伴侶を見つけ、その名誉は国を治めし王と女王のものとなる。

完璧だ。なにもかもが上手くいった。

最早だれにも、グリームヒルドを止められない。

 

 

 

 

 

 

 

「母上、少しよろしいでしょうか?」

 

母の居室に、控えめなノックが数度響く。

 

その声といい、ノック時の癖と言い、グリームヒルドに思い当たる人物は一人だけだった。

 

「入りなさい、グートルーネ」

 

「はい。失礼します母上」

 

扉が開くと、現れたのはつい先日シグルドと結ばれた愛娘。グートルーネがティーポットの乗った動く台を引いて扉を潜った。

 

「あら、珍しいわね。貴方がお茶を持って来るなんて」

 

「つい最近お茶の淹れ方を習いまして、折角なのでいの一番に母上へ振る舞おうかと」

 

「あらこの子ったら。そういうのは愛しのシグルドにでもあげれば良かったのに」

 

「もう、母上ったら」

 

薄く笑って揶揄う母と、気恥ずかしげに返す娘。

どこにでも居る普通の親子が交わす、ありふれた会話、ありふれた日常風景。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。いただくわね────あら、中々良いじゃない」

 

ほのかな香りを楽しみつつ、母は娘の淹れた初めての紅茶を喉に通して、ソレ(・・)を体内へと取り込んだ。

 

 

「───どうでしょうか、私の淹れたお茶は?」

 

グートルーネは薄く微笑んで、母へとそう聞いた。

美味しいかどうかでは無く、熱くなかったかでもなく。

どうだったかと、酷く抽象的な問いを。

 

「─────。」

 

もちろん、とても良かったと。グリームヒルドは娘の淹れた茶に対しての感想を述べようとした。述べようしたのだが──

 

「─────?、───────!」

 

何も、喋れない。

口を塞がれた訳でもないのに、何故か音を口から発せない。

まるで口の中の空気がなくなってしまったかのように。

 

この時、グリームヒルドは気づくべきだった。

グートルーネが浮かべていた微笑みがいつもの様な慈愛に満ちたものではなく。

 

まるで貼り付けたかのように冷たい、氷のような笑みだったことに。

 

 

 

 

「ご苦労だった、グートルーネよ」

 

親子のみの空間に、突如としてありえない第三者の声が響く。

 

「さて、貴様がグリームヒルドだな······?」

 

グリームヒルドはゆっくりと、この時代にはまだ無いブリキのおもちゃのようなぎこちない動きで声の方へと振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくも、よくも我が盟友より記憶を奪い、愛を引き裂いてくれたな·········!」

 

絶望が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段となんの違和感もない佇まいで母の下へ訪れたグートルーネは、全てを理解した上でソレを持ってきた茶の中へと混ぜ、実の母グリームヒルドへと飲ませた。

 

母が所有していた魔術礼装の作成法が書かれたものを、密かに母の部屋から持ち出していたのだ。

 

その中の一つに、声失くしの薬というものがある。

効果は実に単純。一時的に飲ませた対象の声を出せなくするというモノだ。

 

「そういう訳だ。煩く騒がれても面倒なのでな、このように封じさせてもらった」

 

「────!」

 

このままでは殺される···!

遅くも危機感を抱き始めたグリームヒルドはそれでも冷静に、なんとか状況を打開しようと周囲の観察に徹し始める。

 

廊下と部屋を隔てる扉の前には褐色の男が陣取っており、対面のソファにはグートルーネが険しい顔でこちらを見ている。扉の反対側には小窓が一つあり、頑張ればグリームヒルドでもなんとか潜れるだろう。しかしこの部屋があるのは城の最上階に近い部分。地上から数十メートルもある高さから飛び降りれば無事では済まない。むしろ死ぬ可能性の方が高い。

 

ならば音だ。

 

物質の破砕音を響かせて近くにいる侍女たちに危機を知らせる。

グリームヒルドの咄嗟に導き出した回答がこれだった。

 

それならぱすぐにでも、そう思い手元のカップに手を伸ばすが──

 

「そういえば言い忘れておりましたが、今この階には父も侍女たちも誰も居りません。父は兄グンナル達の見送りへ城を降り、残った侍女達にも母上と二人きりで話がしたいと言い含めております。ですので、物音を立てたところで意味はありません」

 

カチャ······とカップと受け皿が擦れあう音が一度だけ鳴り、再び沈黙へと戻った。

 

「だそうだ、憐れだな俗物。実の娘にまで見放されるとは」

 

憤怒を携えた形相をそのままに、男はグリームヒルドを嘲るように吐き捨てる。

 

「─────!?─────!!」

 

冷静さを保っていた精神も揺らぎ始め、少しずつ動揺が露わになっていく。

何故だ、どうしてと。そんな音にもならない声なき悲鳴は、この数十年手塩にかけて育ててきた娘へと、この母が策を弄したからこそ幸せを手にできたグートルーネへと浴びせられた。

 

「母上、事のあらましはアクノロギア様───そちらにいらっしゃる御仁からお聞きしました。シグルド様に忘れ薬を飲ませ、彼の愛する人の記憶を奪って、私と結ばれるように画したと」

 

「───!」

 

「母上、どうしてこのような事を?やはり富ですか?シグルド様の持つ黄金が、英雄を国に迎え入れる栄誉が欲しかったのですか?それとも、私の事を思っての事なのですか?」

 

娘の事を思っての事。そう聞かれれば、嘘になる。

微塵も考えなかった訳では無かったが、それよりも先に、黄金へと目が眩んだのだ。そこに母としての愛情もあるにはあったが、優先したのは自分の欲だった。

 

「────。」

 

「ふむ、欲望に溺れはしたものの、娘を思う心までは穢れてはいなかったか。まったく、これでは判決に困る。いっそ根底から悪だったのならば我もグートルーネも気兼ねなく罰を下せたというのに」

 

「あの、アクノロギア様」

 

「分かっているとも」

 

扉を塞ぐように立っていたアクノロギアが、一歩。グリームヒルドへと歩みを進める。

 

「───ッ!」

 

逃げなければ。本能が警鐘を打ち鳴らし、この場からの逃走を推し薦める。

しかし身体は脳の命令を受け付けない、動かない。

 

一歩、また一歩と距離をつめていき、やがて二人は手を伸ばせば届くまでの間合いまで接近した。

 

「さて、覚悟はできているな?」

 

あらゆるものを掴み、そして砕きうる魔竜の掌。

人間態とはいえ竜の体の際と何ら変わりない力を持った絶望の魔手が、王の妃たるグリームヒルドの頭蓋へ伸び、掌握する。

 

「────!!」

 

「クハハ、悦い表情(かお)だ。実に嬲りがいがありそうであるな」

 

「アクノロギア様!」

 

「なに、冗談だ」

 

数秒先の死を想像する。頭蓋を砕かれ、一瞬で終われたのならどれだけいいだろう。だがそれでは済まない。かの竜は憤怒している。火山が如き怒りを、ムスペルヘイムに座すという巨人王が如き炎熱の怒気を放っている。

それを鎮めるための、生贄を欲している。

 

ただ楽な死を与えるなど救い以外の何物でもない。

凌辱を、生まれし事を後悔させるほどの、尊厳と生への渇望の簒奪を。

 

あと少しで辿ることになる結末が、グリームヒルドの脳裏に描かれる。

 

「なに、恐れるな。グートルーネからの嘆願もあってな、貴様をこの場で殺す事はない」

 

共犯者が求める悪への恩赦は、されど、魔竜は憎むべきものへの怒りを忘れじ。

 

「死は与えぬ、しかし罰は与えなければならん。そうでなければ我が納得できん。故にこれより──」

 

しかして下す、魔竜は与える。愚かしきかの者へ救済(しょくざい)祝詞(のろい)を。

 

「貴様へ呪いを授けよう」

 

妃の頭蓋掴む竜の魔手に僅かな魔力が灯り、そして次の瞬間。

 

「────────ッ!?」

 

魔竜が有する魔なる奔流が、グリームヒルドへと流れ込んでいく。

脳を侵す未知なる熱が、グリームヒルドの意識を大きく掻き乱す。

苦しい、辛い、嫌だ、やめてくれ。

やがて身体中に広がる未知の熱はグリームヒルドを狂わせる。

あちこちを走る不快な感覚はまるで無理矢理縛られゆくようで、

 

まるで、魂を鷲掴まれたかのようだった。

 

「さて、どのような呪いを与えるべきか·········いや、決めたぞ」

 

その光景を、娘であるグートルーネは沈黙して見ていた。

顔は変わらずに氷のようであったが、勇気携えた少女の目は何かを堪えるかのように震え、揺れる水面のように潤んでいた。

 

決を下す。魔竜の名の下に、下されるべき判決を。

 

「悪辣なるも母の情を捨て去ることなきグリームヒルドよ、我が共犯者グートルーネの慈悲を汲み、相応しき呪いをこのアクノロギアが与える──

これよりの生涯、貴様は非業の死も零落も無く、人としての天寿を全うするだろう。しかして、貴様には今以上の栄華は訪れず、これ以上の富も名声も手にする事能わず。激動はなく、繁栄も衰退もなき、最も魂錆びる生を謳歌し、愛した者に置き去られる生涯を迎えるだろう。

 

心せよ、富を求めて愛を奪いし貴様には、貴様が紡ごうとした結末(ひげき)が相応しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事が終わった後、グリームヒルドは自室のベッドに横たえられ意識を失っていた。部屋にて意識保っている者は、下手人にして断罪者たる二人、アクノロギアとグートルーネの二人だった。

 

「では、我は手筈通りシグルド等を追う。貴様は我が伝えた通りに演じてみせるがいい」

 

「はい!」

 

全てはここで決まる。

北欧神話最大の悲恋劇を、誰もが笑うことの出来る喜劇へと変えるのだ。

 

「それとだ、シグルドが戻ってきた折にコレを······いや、シグルドの愛馬たるグラニへ渡せ。やつならばきっとこれの意図を理解出来るだろう」

 

「コレを······ですか?」

 

「然り、やつならば相応しき時にシグルドへと伝えられる。

ではなグートルーネ。貴様の一途な思いは、我が友シグルドを救うだろう。記憶を失いても、何よりも堅いあのシグルドを心惹かせた気高き女よ。息災を」

 

二つの存在が、北欧に激震を起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僅かに揺れる視界、 永遠の友にして愛馬たるグラニの背に跨り、義兄弟となったグンナルの求婚の旅の共として、シグルドは遥か千里を駆け抜けている。

目指すのは、グンナルの求婚相手の御座す塔。ブリュンヒルデの待つ炎の先へ。

 

「さぁ征くぞ!我が妻となるブリュンヒルデの下へ!!」

 

先頭を駆けるグンナルが叫び、共する者達は高らかに吼える。

 

「ブリュンヒルデ·········なんだ、当方は何故この名に、言語として表現出来ない感情の高鳴りを覚えるのだ············」

 

その隣にて、シグルドは先日の盟友が零した女の名を呟く。

 

その心に、謎の(しこ)りを残して。




アクノロギアの課した呪い。

それは、今後不幸に見舞われることも無いが、同時にこれ以上の幸福も手にすることは無い。
魂に激動無き、色彩の変わらぬ人生を約束された。

そしてその果てには、彼女の愛した者との別れが確約されている。

一つの愛を奪い、それに関わった全てを滅ぼした。

魔女に与えられたのは、正しき歴史において彼女が植え付けた悲劇の種。その結末の一端。
人を呪わば穴二つ、その意を身をもって知るがいい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。