「…隊長の様子、変ー…」
「ルル~、元気出してよ~」
四人を乗せたヘリは本部から北へと進路を取り、移動中のアラガミを待ち伏せる地点を目指して飛行していた。
今回四人が相手をするアラガミは、他の任務を遂行していた本部のゴッドイーターを、突如襲ったアラガミである。
ここでいう突如というのは、本部のゴッドイーターにとってであり、本部の思惑通りに事が進んでいれば、動かなくて済んでいたであろう四人にとってではない。
結果としてその通りにはならなかった本部の筋書きでは、通常任務を遂行中の本部のゴッドイーターに例のアラガミをぶつけ、あわよくばそのまま討伐して貰おうといったものだった。
つまり、緊急任務と事前に銘を打っておきながら、事後調査任務に変わっていた可能性もあったという事である。
上手くいかなかった時の為の保険…大事な役割ではあるが、表舞台に立つ事の出来ない部隊の役割とは、専らそういうものだった。
簡単に言えば、前始末に後始末、といったところだろうか。
よく言えば他の部隊の為の支援であり、お膳立てであり、悪く言えば全自動お尻拭き機である。
だが、一つ勘違いしてはいけない事がある。
第零部隊は、他の部隊に対しては補助や支援をするだけであり、直接救援に向かったりはしないという事である。
あくまで、前始末と後始末なのである。
たとえ、その部隊がアラガミに捕喰されて全滅していたとしても。
「…何か、今日は嫌な予感するー…」
そう、ミミが呟いた。
「そうだね~…」
四人の中で唯一返事を返したナナは、ミミとともに言い知れない不安感とでもいう謎の感覚を、そよ風のように感じていた。
その内、ヘリがゆっくりと降下を始め、徐々に揚力を手放していく。
辿り着いたらしいその地点が、前もって決められていた合流地点だった。
ヘリと操縦士の安全を考慮し、地上15m程度の高さで降下を止めると、ヘリは四人が降りるのを滞空して待つ。
「ほら~、隊長~?着いたよ~」
普段ぼーっとしている事が多いナナの方が声を掛けると、隊長は今の今まで気付いていなかったかのように顔を上げた。
「あ…あぁ…」
そこに浮かんでいたのは、何事かを考えているとも、何も考えていないとも取れそうな、浮かない顔だった。
おまえは何を言っているんだ。
どうやら皆、隊長の指示を待っているらしく、顔を上げて初めてその事に気が付いた隊長は、慌てて指示を出す。
「い、行くぞ!」
そして、隊員の返事を聞かない内に飛び出すと、隊長は思わず懐かしむくらい久しぶりに、着地に失敗した。
人型の穴を地面に開けて、そのまま気を失ってしまった隊長を寝かせると、仕方なくミミは二人に提案する。
「…ミミが看てるから、二人は先行っててー」
仕方なくである。
しかし、その提案はとても理に適っていた。
何故かというと、まず隊長を除いた三人の中で的確な判断を下す事の出来る、いわゆる副隊長的ポジションを務められるのはナナである。
よって、隊長とミミもしくはルル、ナナとルルもしくはミミという風に分けた方が、指揮系統が安定する。
次に、移動速度が随一なのは、ミミである。
より正確に言うと、ミミ>隊長>ナナ>ルルの順である。
したがって、ルルが残ってしまうと、最悪ミミとナナだけでアラガミの相手をする事態になりかねない。
だからこそ、この三人で別れるならば、ミミが残った方がいいのである。
高速艦と低速艦の組み合わせは、出来る限り止めた方がいいという考えと同じものである。
史実でも、ゲームでも。
そんなミミの提案に、二人は特に争う事もなく同意した。
「お願いね~」
「…では、先に行ってますわね」
そう言うと、普段なら中々見られない組み合わせの二人は、目標地点を目指して移動を開始した。
そんな二人の後ろ姿を見送り、ミミは隊長へと視線を移す。
「………」
ヘリの中でも極めて稀にしか目撃する事が出来ない隊長の寝顔が、そこにはあった。
墜落の際についた土や掠り傷が、その額や頬に張り付いていて、どこか先住民族的戦化粧のような雰囲気を醸し出している。
それを、ポケットから取り出したハンカチで拭き取ると、ミミは悪戯っぽい笑みを浮かべ、まじまじと隊長の寝顔を鑑賞し始めた。
「えへへー…隊長の寝顔ー…」
白色の肌でも、黄色の肌でも、黒色の肌でもない褐色の肌は、まるで太陽の光をその身に帯びているかのようだった。
「………っ」
ぷにぷにと、吸い込まれるように頬を指でつつく。
年上とは思えないほどの弾力性と、想像通りの心地よい温かさに、ミミは隊長の頬をつつく事を強いられている気分に陥ってしまう。
ぷにぷにと、ぷにぷにと、止められない止まらない。
「…って、こんな事してる場合じゃないよ……隊長ー、隊長ー?」
はっと、かっぱとえびせんの魔力的なものから我を取り戻したミミは、未だに目を覚まさない隊長の肩をとんとんと叩き始めた。
寝ている人を起こす時は、体を揺らしたり布団を剥いだりするより、肩を叩いた方が確実な気がする。
「…ん……んん…?…」
その例に漏れず、ミミの肩叩きによって、隊長の声が静かに口元から零れた。
「隊長ー、目が覚めたー?」
隊長がすごい勢いで地面に減り込んだ時は、小一時間くらい目を覚まさないのではとミミは思ったものだが、その心配は杞憂に終わりそうだった。
「……君は……どこかで会った事が、あっただろうか…?」
たっぷり五秒、ミミの時間が止まる。
「……………」
どうやら、ミミの心配が杞憂に終わる代わりに、それは予想の斜め上を駆け上がって行くような事態へと姿を変えてしまったらしい。
「……………え、えー…?」
俗に言う、記憶喪失という奴だった。
「えっと…私はエインという。倒れていたところを助けてくれて、とても感謝している。ありがとう」
では私はこれでと、踵を返して立ち去りかねない隊長の腕を無言で掴み、ミミは困惑していた。
それもその筈。
まさか、まさかまさかまさか、あの隊長が軽い記憶喪失になっていようとは、ミミは夢にも思わなかったのである。
だがしかし、不幸中の幸いと言うべきか、「ここはどこ?私は誰?」という記憶喪失テンプレ台詞が飛び出して来なかっただけ、まだましだった。
もし、このテンプレ台詞がミミに直撃していたとしたら、おろおろする隊長を完全に放置して、ルルとナナを追い掛けていたかも知れない。
「…ま、待って…!置いて行かないでー!」
そこで、ミミは取り敢えず隊長を引き留める事にした。
どうやら、見たところ自分の格好に違和感を覚えているような様子もなく、神機を持っていない事に危機感を覚えている素振りもなく、ミミの事を覚えている感じもないようで、ミミは気付いた時には泣きそうな顔になっていた。
このまま二度と思い出さないのではと、嫌な予感をひしひしと感じていた。
そんなミミを見て、隊長の顔が疑問から納得へと移り変わり、ミミの頭にゆっくりと手を載せる。
そして、人に安心感を与えるであろう柔和な笑みを浮かべ、隊長は言った。
「…可哀想に、迷子になってしまったんだな。安心してくれ。この辺りの地理は、大体把握している。確か、近くに居住区があった筈だ。そこまで案内しよう」
ザ・勘違い。
隊長は、記憶喪失になっても隊長のままだった。
「うえー…!違うのー…!」
隊長にただの迷子だと思われている事に、さらにショックを受け、ミミは隊長の腕で涙を拭く。
そして、こうなったらとっておきの切り札をと、虎の子のナナの名前を出す事にする。
さすがの記憶喪失とあっても、隊長がナナの名前に反応しない訳がないと高を括った為である。
その結果、
「隊長と一緒に、ナナのところに行かないといけないのー…!」
隊長は全く状況が飲み込めていない様子で、首を傾げた。
「?…誰と間違えているのかは知らないが…私は、隊長ではないよ?それとも、隊長という人を探しているのかな?」
たっぷり五秒、ミミの時間が止まった。
「……………」
隊長の言葉を頭の中で反芻・分析・解析し、ようやくその意味を理解する。
そうして、ミミは泣きそうな顔から一変して、酷く絶望した顔になった。
「え……?」
多少の記憶喪失があったとしても、ナナの名前を出せば分かってくれるだろうとミミは思っていたのだが、その思惑は外れたのである。
それどころか、隊長は隊長でもないと言うのだから、第零部隊に配属されて一年程度の関係性しか持たないミミでは、もはや手の打ちようはなかった。
軽い記憶喪失だろうと軽んじていたのが悪かったのか、そもそも自分が残ったのが悪かったのかと、ミミは取り返しのつかない事をしてしまったかのように落ち込む。
「だ、大丈夫か?どこか、具合が悪いのか?」
そんなミミを気遣うように、隊長は何となくミミの背中をさすった。
「…大丈夫ー…大丈夫だけどー…もう、どうしたらいいのか…ミミ、分かんない…」
隊長は、どうやら相当に堪えているらしいミミの手を引くと、取り敢えず落ち着ける場所がないかと周囲を見渡し、偶然近くにあった木に移動し始めた。
その頃、ルルとナナはというと、隊長とミミから数km離れた地点で、例のアラガミの姿を捕捉していた。
「思ったより近くまで移動して来てたんだね~…」
ヘリから見た時は見えなかったのにと、ナナは不満げに呟く。
その顔は、少し赤くなっていた。
ナナとは違う理由で赤面しているルルは、そんな事よりと、アラガミを指差して文句を言う。
「何ですの、あの破廉恥極まりないアラガミは…!!」
ルルの言う通り、かなり破廉恥なアラガミが、二人の視線の先にいた。
その破廉恥さは恐らく、隊長をしてハヤとククとルーキーを問答無用で撤退させるほどであり、「アラガミだから破廉恥じゃないもん!」という文言が通じないレベルの破廉恥さだった。
いや、アラガミでなくとも十分に破廉恥ではあるが。
つまりルルは、こんなアラガミがいる所為でククが一緒に来られなかったのだと、顔を真っ赤にして憤慨しているのだった。
「…おっきいね~」
ナナの呟き通り、そのアラガミは色々と、本当に大きかった。
そのアラガミは、半径20m大のステージに高さ10mほどの天井を持った、メリーゴーランドを大きくしてそのままアラガミに変えたような姿をしていた。
しかし、メリーゴーランドにありがちな馬や馬車などはなく、代わりに柱状のコクーンメイデンのようなアラガミ達が、悲痛な表情でステージと天井を支えている。
そして、そのステージの中心にいる、鉄格子で囲われた上にアイマスクを着けられ、両手両足を縛られて吊り下げられた半裸の豊穣の女神のようなものが、このアラガミの心臓であるらしかった。
「…あ~、少し浮いてるんだ~」
よく見ると、ステージの土台部分が少しだけ地面から浮いており、それにより移動を可能にしているらしい。
「そんな事はどうだって良いのですわ…!あんな破廉恥、隊長の手を煩わせるまでもありません…!先手必勝で、一撃必殺を、あの下品な女に叩き込んでやれば良いのです…!!」
今すぐにでも飛び出して行きそうなルルを片手で制すと、ナナは神機を取り出して構えた。
「少し落ち着きなよ~。闇雲に突撃するのは自殺行為だよ~?」
既に神機を構えて飛び出す一歩手前だったルルは、何だかんだで合わせてくれようとしているナナの方を見て、突っ込みを入れる。
「銃剣突撃の国の方に言われるとは、面白いジョークですわね」
これはひどい。
「それで勝てちゃうんだも~ん。真似しちゃダメだよ~?」
しかし、それを笑顔で受け流すと、ナナは銃形態のアサルトをアラガミの柱に向ける。
そして、ナナが弾幕を張ると同時に、ルルは破廉恥アラガミに向かって駆け出していた。
フィールドがアラガミの一部とか、専用フィールドみたいでやってみたい気持ちがあります。
少し修正…の、筈でしたが!気に入らなかったので戻しました。
すみません…