「皆、揃っているか?」
(…き、緊張するなぁ…)
ウイーンと、別に国名という訳ではない音を立てて、自動ドアが開く。
…ここは、フェンリル本部でも特別な者しか立ち入りを許可されない、その名の通り特別棟という。
その、ごく一部の者しか入れないこの棟に、第零部隊はあった。
地下一階には、専属のオペレーターとドクター、メカニック、サポーターが常駐しており、第零部隊の隊員が極力外に出なくていい様に便宜を図っている。
地下二階には、作戦会議室と出撃用の出入口、専用ヘリポートがあり、任務がある場合はここに隊員が集まっている。
地下三階には、隊員の居住スペースと食堂が用意されている。
地下四階には、射撃訓練場、近接訓練場、総合訓練場が設置されている。
そして、今二人がいるのは、地下二階の作戦会議室だった。
「隊長、ルルとククがいねえよ」
そう言って、不機嫌そうな男の声が二人を迎えた。
机に腰掛けている男は、隊長と呼んだ女性の後ろを、金魚のフンのようにくっついて入ってきた彼に気が付くと、値踏みするように鋭い視線を向ける。
「そうか。ありがとうハヤ。他にいないのは誰だ?」
男の返答に礼を言うと、どうやらこの部隊の隊長らしい女性は、わざわざ出欠の確認を隊員に求めた。
隊長から返答を求められ、一隊員である男が答えたとなれば、さすがに他の隊員も無視する訳にはいかず、少し面倒臭そうにではあるが、答える。
「ミミ、ナナ見てなーい」
椅子に腰掛けて机に体を投げ出している少女は、隊長の方に顔だけ向けて、その後ろにいた彼に興味深げな視線を送る。
「ナナはまた寝坊か。全く…ありがとうミツミ」
隊長が少女にそう言うと、少女の顔がむっとなった。
「隊長ー、ミミはミミだからー!」
どうやら、本名なのか何なのか、ミツミと呼ばれた事が気に入らなかったらしく、少女は隊長に抗議の声を上げる。
「あぁ、そうだったな。すまないミツミ」
「ミーミー!」
そんな、微笑ましい少女と困惑する隊長の掛け合いを見て、彼は危うく鋭い視線を受け止めそうになりながら、複雑な心境に陥っていた。
(…こ、これが、暗部…?)
事前に聞いていた情報とイメージに若干の差異があった所為で、彼の中での第零部隊は、自由人の巣窟という印象に傾いてしまった。
「…すまないな。ここの皆は何と言うか…自由人ばかりでな」
彼が口を開けたまま自分を見ている事に気付いた隊長は、申し訳なさそうにそう言った。
「い、いえ、もしエリートみたいな人ばっかりだったら、どうしようって思ってたくらいで…!」
どうやら彼は、エリート気質な人が苦手らしい…いや、もしかすると、逆に好きかも知れないが。
彼は、どちらとも知れない曖昧な空気を醸しながら、とにかく隊長に非はないという事を伝えようとする。
それが功を奏したのか、それともダイスの女神様が微笑んだのか、申し訳なさが払拭された隊長の口から、決定的な言葉が発せられる。
「ふふふっ…それは良かった。まぁ、彼ら彼女ら…と、今日は集まりが悪かったな。彼女らは自由人に見えるが、腕の方は本物だ。我々はこの部隊に入った時点で、およそ中尉以上の実力が約束されているのだから」
自分がハヤと呼んだ男の事を失念してしまっているのか、それとも自由人というカテゴリには当てはまらないという意味なのか、隊長は男がいないような口振りをした。
「…隊長、オレいるぜ、オレ」
そして、彼はそことは異なる部分に着目し、また、どうしようもない事をやってしまったかのように戦慄し、どこか焦りを隠せない様子で疑問を口にする。
「…あ、あああ、あの!…ちゅちゅ、中尉以上の実力、というのは…?」
その様子に目聡く気が付いた隊長は、何故かアピールをする男の声には耳聡くない隊長は、何かに思い当った様に、彼に質問を返した。
「…言葉の通りだが。ところで、差し支えなければ、ここに来る以前の、君の階級を教えて貰ってもいいかな?」
…彼と隊長の間を、一陣の風が流れた。
いや、室内だが。
隊長の穏やかな雰囲気が風に流された事に気付いた少女と、自分のアピールも風に流された事に気付いた男は、動揺する彼へと視線を向ける。
彼は、自分に視線が集中している事に、この上なく逃げ出したい気持ちに支配されながらも、本能とでも言うのか、絶対に逃げられないボス戦のような壁を背中に感じ、恐る恐る自分の階級を述べた。
「…ぼ、僕の、僕の階級は――」
「――えぇ、はい…は?何ですって?……分かりました。えぇ。了解しました。はい…では」
隊長は、本部の人事の全てを取り仕切っている長…つまり、フェンリル本部は勿論の事、フェンリルにおける全ての頂点に君臨する大層な御方との緊急通信を終えると、深い深い溜め息を吐いた。
すっと、青い顔をして沈み込んでいる彼に向き直る。
「…全く、あの御方ときたら…どうしたものか…」
色々と聞きたい事はあるが、それらの一因を担っているという負い目から何も聞き出せない彼に代わって、少女が声を上げた。
「隊長ー、つまりどういう事ー?ミミ、分かんなーい」
(…僕も分かんなーい…)
少女が代わりに声を上げてくれたお陰で、少しだけ気が楽になったのか、彼は心の声を発せるくらいには元気になった。
すると、隊長は彼のそんな様子に気付いて、少し申し訳なく思ったのか、かいつまんで説明する事にする。
「…どうやら、予想外の差し迫った事情により、急遽彼をここに配属する事に決まったらしい」
非常に分かりやすく、それでいて曖昧に、文字通りかいつまんだ説明だった。
「ふーん。ミミがここに来たの、部隊長の時だったけどー。つまりー、君は新人って事ー?」
部隊長、という思いもよらない単語に、彼は驚きを隠せなかった。
どう見積もっても少女は彼より年下であり、体格に至っては比べるまでもない。
そんな少女が、彼よりも遥か高みに上っているのである。
驚きなど、隠せる筈もなかった。
「は、はい…」
彼のそんな反応に思うところがあったのか、少女は悪戯っぽく笑い声を上げた。
「…きゃははっ!初任務で死んじゃうかもだねー!カワイソー!」
「っ!?」
酷く残酷な一言に、ショックを受けた彼の目が見開かれる。
…それとは対照に、隊長の目がぴくっと眇められる。
すると、隊長の些細な変化に気付けなかったのか、男は少女に続くように彼に詰め寄った。
「おいっ!」
「はいっ!」
条件反射的速度で素早く返事をする彼に、男は唸るように脅しに掛かる。
「役に立ったら助けてやるが、誤射しやがったら殺してやる…!」
ごくりと、彼の喉が悲痛な叫びを上げた。
…その時、遂に隊長が動いた。
「二人共、止めないか。彼は我々、第零部隊の一員であり、仲間だ。その仲間を貶めようとするのなら…」
悪戯っぽい笑顔を浮かべた少女と、恐怖心を煽る形相をした男と、追い詰められた兎の様に震える彼の視線が、隊長の真摯な言葉に引き込まれる。
…と思いきや、空気は一気に氷点下。
その場にいる全員の視線を強引に、引き摺り回した挙句に地面に叩き付ける勢いで力一杯鷲掴みにすると、貫禄・威圧・殺気ともに申し分のない死刑宣告が行われる。
「私に喧嘩を売るくらいの…覚悟を決めろ…?」
こうして、彼の入隊は、滞りなく、執行されたのだった。