SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】   作:カサノリ

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久しぶりの投稿となってしまいましたが、お楽しみいただけると幸いです。


仲・間

「パワードとグレート。国産以外のウルトラマンを見るのは初めてだったけど、イケる……」

 

「パワードの怪獣アレンジ好きだなぁ……。平成のリメイク怪獣とも違ってスタイリッシュだし、それでいて初代の雰囲気も壊してないし」

 

「あー、わかるわー。たださ、あのもっさりアクションはどうよ?」

 

「え? ああいうのが普通じゃないの?」

 

「なわけねえって! よしっ! このウルトラ初心者にガイア見せるぞ、ガイア!! グリッドマンには投げの鬼になってもらう!!」

 

「ていうか、ウルトラシリーズ初心者に見せるのがパワードとグレートって、チョイスがおかしいだろ……」

 

「うっ!? ……いや、なんかBOX開封してなかったし、せっかくだからさ。……さて、ガイアのボックスは。……げ、マジかよ忘れてくるとか。

 わり、ちょっと走って取ってくる」

 

「内海、別に今日じゃなくても」

 

「いーや、こういうのは思い立ったらなんとやら! 任せとけ、イダテンラン並みに早く帰ってくるからよ」

 

「夜の道でケムール人と間違えられないようにな」

 

「うっせえよ!?」

 

 本当に迷惑にならないのだろうか。そんな不安と騒々しさを残して、内海が部屋を走り去っていく。本人の物言いとは違って、運動下手そうな腕を大きく振ったフォームは、ケムール人にそっくりだった。

 

 夜の街であのスローな変な走りをしている内海を想像すると、自然と笑みがこぼれてしまう。

 

 ああ、ほんといつ以来だろうか。

 

 一週間前、ボラーの家で目が覚めて、その後はぐずぐずと打ちのめされたり、戦ったり。そんな日々の中で、あの子のことだけじゃなくて、好きな特撮の話をして笑ってられるなんて。 

 

(……ほんと、ボックス持ってるとか羨ましいな。俺も家が見つかったら持ってそうだけど)

 

 よっぽど金を貯めないと、学生の身分だと手が出しずらい代物だが、喉から手が出るほど欲しい。それがBD-BOX。俺もオタクの端くれとして、少ない金を貯めて買ったのではないだろうか。

 

 なんでもなく、ウルトラオタクらしいのんびりとした時間。そんなことを考えられることに、心が安らいで仕方なかった。

 

(これだから、オタクってやつは)

 

 漏れた苦笑いは自分と、内海のこと。

 

 あのジャンクショップでの宣言通り、内海は俺と響裕太を連れて、すぐさま徹夜鑑賞会を開始してくれた。場所は響の家。今は一時的に一人暮らしだということで、響は快く貸してくれた。友人だろう内海はともかく、初対面の俺まで許可してくれるなんて人が良すぎて心配になる。

 

 そうして、男子三人が小さな部屋に集まってウルトラマングレートとパワードを鑑賞。全部を見るのは大変なので、第一話と内海が選んだエピソードを抜粋した。

 

 そうして話すたび、彼と気が合うこと、気が合うこと。同じようにウルトラマンが好きで、怪獣が好きで、ヒーローが好き。会話が止まることもなかった。きっと、そんな友人は記憶を失う前も多くなかったと思う。同年代のウルトラ好きなんて、マイナーに違いないから。

 

 一方で、もう一人。この家の家主である人の良いヒーロー少年はというと――。

 

 俺は横でぼんやりとパワードの戦いを鑑賞している響を見る。

 

 そう、『ぼんやり』って言葉が合う。声を張り上げて叫んだり、誰かに殴りかかるとか、そんな物騒な行動が結びつかない穏やかな人間。そして、やっぱり、あの強いグリッドマンになるなんて、にわかには信じがたかった。

 

 けれど、

 

(逆に、こういう奴だからこそ、グリッドマンになったのかもな……)

 

 ムサシとか、我夢とか、ニュージェネ組とか。特に平成シリーズになってからは、人が良すぎたり、一見すると戦いに向かないタイプもウルトラマンに選ばれている。きっと、力だけじゃ何かが足りなくて、そういう『強さ』を彼らは持っていたのだろう。

 

 だから、俺は響に聞きたくなった。

 

 どうして、響はグリッドマンになったのか。どうして、そんなに強くなれたのか。ボラーは強くなるためと言ってこの場所へと連れてきてくれた。まだ、その方法は分からないが、響からなら、それが分かる気がして。

 

 恐る恐ると。内海と違って響はウルトラマンも詳しくなさそうだから、話しかけるのにはちょっとためらいがあった。

 

「あのさ、響は……」

 

「あ、うん。えっと、リュウタ、でいいんだよね?」

 

「ああ、リュウタでいいよ。なんか、苗字は嫌いだから。……その、いきなりなんだけど響がグリッドマンなんだよな?」

 

 すると、響はどこか困った様な表情で頭をかいた。

 

「グリッドマンというか、なっちゃったというか……。ほんとは、俺もあんまり分かってないんだ。記憶喪失になったと思ったら、グリッドマンに呼ばれて、変身して。あとはドタバタして、こんな調子」

 

 謙遜とかではなくて、響は本気でそう言っている。というか、聞き捨てならない一言があるのだが。

 

「響も記憶喪失か……」

 

「”も”って。じゃあ、リュウタも?」

 

 無言でうなずく。いよいよもってギネス記録を狙える。この街に何人記憶喪失がいるのだろうか。そう呟くと、響は困ったように苦笑いをした。どこか、ほっとしたような表情はお互いに。やっぱり、記憶喪失みたいに奇妙なことでも、共通点があれば話の種になるのだろう。

 

「あはは……。グリッドマンも記憶が無いっていうから、あり得るよ。じゃあ、この数日とか、大変だったでしょ?」

 

「身体はボロボロだったし、シグマはとりついてるし、知り合いも家も分からないし、金はないしで」

 

 あの子のことを考えていないと、頭がおかしくなりそうだった。

 

「でも、響の方はすごいよな。記憶なくても、内海とも仲良くできてるし、家も見つけられたなんて」

 

「それはたまたまなんだ。六花が居合わせてくれたから。そうじゃなかったら、今頃はリュウタみたいになっててもおかしくなかった」

 

「六花って、あの女の子?」

 

「うん、クラスメイトなんだけど、色々と助けてくれて」

 

 ほー、クラスメイト、ね。

 

 名前出した時の響の顔が気になる。もう少し仲良くなったら聞いてみるか。あの子も、あの店であった時は少しとっつきにくそうなタイプに見えたけれど、やさしい子なのかもしれない。

 

 その後、四十分くらいだろうか。体感ではもっと長いくらい。内海がいつまでたっても帰ってこないので、その間に、響とは色々と話をすることができた。

 

 記憶喪失のことだけじゃなくてグリッドマンとシグマについても。二人とも、アクセプターの形は同じ。なのに、宝石の色が違うとか。あんなに外見がそっくりなのに、色が違うのはどうしてだろうか、とか。変身した時の体の動かし方とか。

 

 そう簡単に強くなる方法は分からなかったけれど、この世界で多分、二人だけの全く同じ境遇。そんな響とお互いやグリッドマンのことを話せることは、楽しかった。

 

 改めて驚いたことは、グリッドマンへの変身には、あの『ジャンク』というパソコンが必要ということ。あんな現代の化石のようなパソコンとは、グリッドマンもマニアックな。

 

「リュウタの場合は『アクセスフラッシュ』って言えばいいだけなんだよね。……怪獣出てきてからジャンクに行くの大変だから、羨ましいな」

 

「いやいや、それを言ったら響はグリッドマンが体を動かしてくれるんだろ? 俺の場合、自分で動かないといけないから、すごいやりにくいんだ」

 

「それも、どうだろ? グリッドマンになっているときは、ちょっと頭の中がふわふわしてるし。それよりもリュウタみたいにちゃんと体動かしたいよ」

 

「……まあ、お互い、無いものねだりしても仕方ないか」

 

「あはは……。そうだね。あとは、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 

「ん?」

 

 俺は素直に頷きを返す。ここまで、響に尋ねてばかりだから、彼の方から聞きたいことがあるのなら答えてやりたい。答えられるものだったらだけど。

 

 すると、響は少し迷うようにして、口を開く。

 

「リュウタは、どうして戦ってるの?」

 

 口調は顔と同じでぼんやりと。

 

 中身はわりとズバリと。

 

「……」

 

 さっきまで、響は普通の優しい奴だと考えていたのに。こうやって真っ直ぐに話題に切り込んでくるのは、ちょっと主人公らしいと思えた。

 

 さあ、どうするか。俺はちょっと黙ってから、結局、言うことに決める。いきなり問われて戸惑ったが、隠すことでもない。むしろ、グリッドマンにも知ってもらえた方が、何か教えてもらえるかもしれなかった。

 

「その……。最初は、理由なんてなかったんだ。いきなり怪獣とか、シグマとか言われても、訳わかんなかったし。怖くて、逃げたり、諦めたり。

 ……一度は戦ってみたけれど。結局、響の……、グリットマンのこともあの時、見捨てたし」

 

「そんな! 俺は気にしてないよ。怪獣相手に戦うなんて、俺だってグリッドマンがいてくれないと、きっとできないし」

 

「……ありがとう。でも、今は。大切な人がいるんだ。女の子で、ほんとはその子のことも、良くは覚えていないんだけど。それでも、あの子がこの街に生きていて、守ることができるなら。……怪獣とだって戦える。

 だから、それが今の理由」

 

 それは自分の気持ちを固めるように。

 

 少し強く言い切る。半日前に逃げ出した自分を信用はしていなくて、この後は二度と逃げることなんて許されないから。響を通して、グリッドマンにも宣言するように。

 

「……」

 

 そう言って、響から返ってきたのは、しばしの無言だった。

 

 もしかしなくても、ちょっと引かれているんじゃないかって思い、横目で恐る恐る彼を伺う。巨人になって戦う理由が一人の女の子のためって、普通の感性からしたらどうだろうと思うし、響みたいに立派に戦ってきた身からすれば、思う所あるんじゃないか。

 

 しかし、予想に反して、響はただ驚いたように目を見開いていた。

 

「……やっぱり、ウルトラマンらしくない理由だったかな?」

 

 実際にはグリッドマンだけど。

 

 尋ねると、響は我に返ったように目の色を変えて、首を横に振る。

 

「あ、ごめん。そういうわけじゃなくて……。

 俺にもよくわからないんだけど、リュウタの言葉聞いてたら、何だか不思議な感じがして」

 

 響はそう言って、画面へと視線を向けながら、小さく呟くように。テレビの中、砂嵐に向かって光弾を放っているグレートを挟む形で。瞬く光が増えるごとに、響はすっと視線を下に逸らしていった。

 

「……えっと」

 

 言いよどむ響。それは、自分でも理由を探しているような様子だった。

 

 けれど――。

 

「俺の時は……。これは、俺にしかできないことだって思ったんだ。今、怪獣を止められるのが俺だけなら――」

 

 響の言葉に、俺は不思議と息が詰まる。

 

 目の前の響は何も変わっていない。穏やかで、真剣に問いかけに答えようとしてくれる人の好さそうな人間のまま。その下に力なく下げられた眼。眼だけが、不思議な光を宿したように感じた。

 

「なら、これが、俺の『やるべきこと』なんだって」

 

 穏やかに、確信をもって言う響。彼の眼は、どこか先ほどとは違うものを感じる。あんなに優しそうな風貌だったのに、この時は番組のヒーローだと確信できるほど。

 

 それは俺とは違っていた。俺は彼の言うような、みんなを守るためとか使命感では動けない。あの子のために戦うことは、きっと何よりも大切で、それを間違っているとは思わない。

 

 ……でも、その気持ちは、胸に残るヒーローと比べると自分勝手にも思えてしまう。そんな俺と比べると、響はなんて。

 

「すごいな……」

 

 口から出た言葉は、本音だ。

 

 対して、響は少し照れたように頬を掻くと、苦笑いを浮かべて首をゆっくりと振るのだ。

 

「でも、リュウタの理由を聞いたら、『それだけ』じゃないって気がしたんだ。俺もまだ思い出せないけど、戦う理由はそれだけだったのかなって。……俺はあの時、何を見て――」

 

 土を踏みしめるグレートが映る中、響の言葉を聞き取ることはできない。響は何かに気が付いたような、目を白黒させるというか、思い出すたびに頬を赤くしたりするような。さっきの理由を呟いた時と違って、青春する普通の高校生に見える仕草。

 

 けど、話に置いていかれて、そんな姿を見ているのは少しむず痒く感じてしまい、俺は自分の話を進めてしまう。

 

「……あのさ」

 

「あ、ごめん」

 

「いや。……昨日、俺はその子と会ったんだ。ツツジ台高校、だと思う。そこで、教室に立ってた。確か、響もツツジ台高校に通ってんだろ? その子のこと、知ってるかなって」

 

「同じクラスとかなら、分かるかもしれないけど……」

 

 俺は少し息をのみ込み、あの子のことを思い出しながら、口にしていく。

 

「髪の長さはこのくらいで」

 

「うん」

 

「えっと、たぶん、ひいき目ナシに可愛くて、背は小さめ」

 

「雰囲気は六花と似てる感じ?」

 

 それは、だいぶ違う。宝多さんは、かなりサバサバしている印象だったし。一方で、あの子の場合は。

 

「……雰囲気は柔らかい感じ。あと、パーカー羽織ってて。……胸も」

 

 うん、その、いや。それは目立っていたけれど、何だか口にするのは気恥ずかしい。

 

 あまり、ヒントになるかもわからない特徴。それぐらいしか彼女のことを知らないのは、胸が痛むほどつらくて。もしかしなくても分からないだろうと半ば思っていたが――。

 

 

 

「新条さんかな? 新条、アカネさん」

 

 

 

 その名前は、すっと胸に落ちていった。

 

「新条、」

 

 ああ、それは。

 

「アカネ、さん」

 

 なんて素敵な名前なんだろう。

 

 あの子の輪郭に、姿に、その名前はぴたりとあてはまって。

 

「……アカネさん」

 

 名前を、この口で形作れることが嬉しかった。

 

 その子だ。間違いない。新条アカネさん。もう、あの子じゃない。アカネさんだ。

 

 今思い出した。きっと、俺たちは出会ったことがある。これだけ名前を聞いただけで、好きな気持ちが溢れていくんだ。どこかで何かないと嘘だろう。そうじゃなければ本格的にストーカーだが、流石にそれはないと確信はあった。

 

 幸いなことは、響はアカネさんと同じクラスだということ。なら、

 

「もっと教えてくれないかな、その、アカ――」

 

 

 

「よーっし! 戻ったぞ!! ガイア見ようぜ、ガイア!!」

 

 

 

 内海……。

 

「ん? どうした?」

 

「いや、なんでもない」

 

 大声をあげて、勢いよく部屋に戻った内海へと半目を向ける。けれど、彼は気づいてもいないのか。ドンとでかいBD-BOXを机に置いてとぼけた顔をしていた。

 

 いざ聞こうとしたときに、なんてタイミングの悪い。

 

 会って数時間だし、その割には気が合うことも分かるし、たぶん、良い友達になれるとも確信しているけど、内海は空気を読まない時があるようだ。店で出会ったときも、そうだったし。

 

 ただ、響にせよ、内海にせよ、アカネさんのことを尋ねるのは、後でもできる。ほんとは、一瞬も我慢できないけれど、いきなり根掘り葉掘り聞くのは、二人にも、何よりアカネさんにも失礼な気がしていた。

 

 なので、俺は気を取り直し、内海からガイアのBDを受け取り、品定めを始める。少し前のめりになりすぎていたし、切り替えないと。変に血が上るのは俺の悪いところだ。

 

 さて、残り時間もそうないだろうし、ガイアで観るとするならば……。

 

「グリッドマンを投げの鬼にするなら、ミーモス回だな。あのやりすぎ感は逆に惚れ惚れする」

 

「分かってんなー。

 ただ、赤と青のグリッドマンにはスプリームの戦い方も似合うけど、せっかくのガイアだろ? シグマっていうか、リュウタもアグル見て勉強した方が良いんじゃねえの?」

 

「元祖青トラマンか」

 

 海の戦士らしく、流れる様に華麗な戦闘スタイル。それに、光り輝く剣を使いこなすクールなライバル。彼の存在が、後のウルトラシリーズに与えた影響も大きい。昔の俺だって、すごく憧れただろうし。ガイアを見るたびに、そんな好きだという感情が戻ってくる。

 

 とはいえ、

 

「……どうやったら、ああなれるんだろ」

 

 何度だって考えてしまう。アグルでなくても、ウルトラマンみたいにまともに怪獣と戦えるようになりたい。けれど、昨日のあの惨状を見ると、それは遠い道のりに思えてしまった。だからだろう、

 

「ほう、強くなりたいのか。ならばリュウタ」

 

「……ん?」

 

 妙に芝居がかった様子の内海に背中を叩かれる。

 

「俺にいい考えがある」

 

 

 

 そんな会話があった数日後、街から少し離れたところにある木々の茂った公園の中で、

 

「うぅつぅみぃいいいいいいい!!!!!」

 

 俺は馬鹿みたいな提案をしてくれた友人へと怨嗟の声をあげていた。

 

 奴は友達だ。友達でウルトラオタク仲間だ。記憶喪失の怪しい俺でも、遊びに誘ってくれた恩人だ。この数日でも色々と助けてくれた。

 

 だが、それとこれは別の問題。奴が放課後を迎えたら、ぜってえに倍返しにしてやるという確固たる決意。しかし、そんな感情は長続きしない、

 

「遅いぞ、リュウタ!!!」

 

「このっ、また!!」

 

 背後から迫ってきた巨大な影。

 

 ダイナマイトが爆発したような大きな音に、舞い上がる土と埃。

 

 昔の特撮現場はこんな命がけの現場だったのだろうと実感を持ってしまう様な惨状。俺はさながら、爆発の中で懸命に動く着ぐるみのようだ。特撮黎明期を支えたスーツアクターの皆さんに対する感謝を感じているのは、きっとテンションがおかしくなっているから。

 

 そんな背後からの一撃を間一髪で、前へと転がり躱すと、芝生に開いたクレーターが見えてしまう。土どころか、その奥の固い岩まで捲れあがり、芝生は焦げて、ぶすぶすと煙まで。

 

 ほんと、どんな馬鹿力しているんだ。パンチだぞ、パンチ。マジもんの宇宙人かよ。ああ、異世界人だったな、そういえば。

 

 心の中で焦りと文句を溢れさせながら、俺は大男を見上げた。ゴーレムのような巨大な肩幅と、そこから延びる大木のような腕。さらにその先に着いた、見るからに殺意に溢れる鋼鉄のスパイク付きグローブ。

 

 変人たちの中で一番の常識人だと思っていたマックスが、非常識な鬼コーチと化していた。

 

「どうしたリュウタ! そんな事では強くなれないぞ!!」

 

「強くなる前に死んじまうだろ!!?」

 

「これがこの世界の『特訓』のはずだ!!」

 

「それはレオの世界の話だ!! ……って!?」

 

「さあ、立て!!! かかってこい!!!!」

 

「ああ、もう!!!」

 

 殴りかかってみろだなんていうが、その前に一発で殺されそうな拳を何とかしてから言え。躱すのが精いっぱいだ。なんだ、その、殺意むき出しのグローブは。俺の頭よりもスパイクがでかいぞ。

 

 今は逃げるしかない俺が選んだのは、有利なフィールドに引き込むこと。大きなマックスには木々が生い茂るフィールドは苦手だと考え、林の中へと走り込む。その間をすり抜けるように距離を少し離せば、奇襲もできるはず。

 

 だが、注意を向けなければいけないのは、マックスだけじゃなかった。

 

「……まずっ!?」

 

 背筋を走ったびりびりという危機感に、背を屈める。

 

 瞬間、宙に舞った髪先が身体から離れるのを感じた。それだけじゃ済まず、俺の真横にある太い木が両断される。

 

 そのあんまりな光景を見て、俺はただ一度、大きく息をのみ込んだ。

 

 マジで切れるとか、聞いてないんだが。

 

「訓練は、本気、でないと、役に立たない……」

 

 ブツブツという怪しい呟き。

 

 木を両断したのは、時代錯誤のスーツ風根暗侍男。新世紀中学生最後の一人で、一番の外見的不審者であるサムライ・キャリバーもまた、俺を追い詰める鬼コーチ。

 

 何故その猫背で動けるのだろう。刀だって、長さを見たら鞘から抜くのもできないのに。

 

 林の中はマックスに不利な場所だろうが、キャリバーにとっては関係は無いようだった。木々の間を猫のように飛び回り、距離を詰めては刀を振るう。しかも、彼が近づいてきたときだけに聞こえるのは、 

 

「……ワンダバダ。……ワンダバダ」

 

 なんて不気味な低音のワンダバ。

 

 こんな心が躍らないBGMは聞いたことがなかった。

 

「その歌はなんなんだよ!?」

 

「……これが、特訓の、音楽だと、聞い、た」

 

「内海ー!!!!」

 

 あの馬鹿野郎!! 変人どもになんてウルトラシリーズを伝えたんだ。一挙手一投足ごとにツッコみが増えていくばかりじゃないか。そして、今度は。

 

「……フンッ!!!」

 

「!!?」

 

 後ろから木々をなぎ倒し迫る、ダンプカーのマックス。上から横から切り裂き魔キャリバー。そして逃げ惑うのは、今はただの人間でしかない無力な俺。

 

「逃げるな!! 立ち向かって来いリュウタ!!」

 

「止めてください隊長!! 死んでしまいます!!」

 

「私はマックスだ!!」

 

『その台詞はウルトラマンレオだな。リュウタ、私も少しはウルトラシリーズを覚えたぞ』

 

 シグマは呑気なこと言わないでくれ! 気が散る!! 自慢すんな!!

 

 

 

 この光景を誰かが見ていたら、公園でなんて阿保な事を、と思うだろう。間違いない。俺だって思っている。めちゃくちゃ思っている。これをノリノリとやっている新世紀中学生は残らずアホだらけだ。

 

 いくら『特訓』と言っても、修行法もなく、理論的なトレーニングもなく逃げ回るだけ。これじゃあこちらがあえなく露と消えるしかない。

 

 そして、それを数日も続けてきた俺もアホの仲間に違いなかった。

 

 汗水を垂らしながら、俺は自信満々に胸を張っていた内海の顔を思い出す。

 

『ヒーローが強くなる方法は、一つ。特訓だ!』

 

 そんな風に意気揚々とぶち上げた内海へと、俺は一瞬納得をした。

 

 それはそうだ。特訓が必要だ。これまでの戦いで、俺はまともに動くことができていない。そんな状態から、あの子を守れるくらい、怪獣に勝てるように強くならなくちゃいけない。

 

 特に、あの黒い奴はまだ倒れていないのだから。今度はグリッドマンの足手まといにならないくらいに。必ず、アイツを倒せるように。

 

 だから、内海に特訓案があるというのなら喜んで乗ってやろうと思っていた。

 

 だが、現実はこれである。蓋を開けてみると、加減を知らない新世紀中学生に追い回されるばかり。隙をみて一撃でも喰らわせてやろうとしたけれど、変身もしていない生身じゃ無理もある。

 

 そして……、

 

「ひー、ひー……」

 

「おーい、生きてっかー?」

 

「死んでは、いない、な」

 

「いや、死んでたら問題でしょ」

 

 俺を見下ろしながらめいめい勝手なことを言い続けるボラー達に、俺は目だけで抗議の意思を伝えた。もう、声を出す気力もない。足は棒のようで、腰はがくがくと震えている。

 

「むぅ、少しやりすぎたか」

 

「少しじゃ、ねえよ……!!」

 

「おい、こいつまだ元気そうだぞ。マックス、キャリバー、もうワンセットやってやれ」

 

「ほんと勘弁してくれって!!」

 

 これ以上やったら、もう一度記憶喪失になってしまう。

 

 あんまりにも情けない哀願に呆れたのか、俺はようやくと少しの休憩を得ることができたのだった。

 

 

 

「まあ、ふっつーの少年は不満みたいだけど、この方法もあながち間違っちゃいねえよ」

 

「……っていうと?」

 

 ベンチに座りながら、水筒を口に運ぶ。中身はなぜかタピオカミルクティー。宝多さんのママさん、あの喫茶店の店主が作ってくれたものだ。ありがたい差し入れだけど、疲れてべたついた喉には、ミルクティーもタピオカも絡みついて仕方ない。そんな何となく気が休まらない状況の中、ベンチで足を汲み据わっているボラーが言いだす。

 

「戦う時、お前はシグマの体。で、グリッドマンと違って、自分だけの意思で戦ってる」

 

「ああ、そうだけど」

 

「そこが、勘違いなんだっての。自分の意思が表に出ているからって、シグマも一緒にいるってことに気づいてねー」

 

「……どういう?」

 

 ボラーの言っていることが分からなかった。

 

 すると、ボラーはまたぴしりとデコピンを返してくる。これが地味に痛い。

 

「『アクセスフラッシュ』は心と体を一つにするって意味だ。お前がどんなに体を動かしているつもりでも、その裏にはシグマも存在してる。

 だけど、お前が戦いを知らないど素人なせいで、シグマがどれだけ裏でサポートをしても応えられてねえんだよ。だから、お前は体が重いし、力も全然引き出せない」

 

 なので、まず直すべきは、その意思のバラつきだという。

 

(確かに、考えてみると)

 

 初戦の時は、シグマに教えられながら、力を込めて怪獣に蹴りを放った。あの時、曲がりなりにもシグマと俺の目的は一致していたし、そうすれば戦う方法も頭に浮かび、体も動くようになった。

 

 二度目、あの黒いアイツの時。俺はだいぶ頭に血が上っていたけれど、戦う目的は一致していて、途中からは自然と光る剣をつくれるほどに体を操れた。

 

「あれは、シグマが……」

 

「そ! お前が戦えるようにサポートしてくれてたってことだよ。そっからお前がまともに戦う方法も分かってくんだろ?」

 

「俺と、シグマの意思を合わせること」

 

 シグマの体と、俺の意思がまぜこぜになっているのが、あの巨人の姿。そのアンバランスさが上手く動けなかった理由。だとすれば、俺たちの意思をちゃんと合わせれば、もっと戦えるし、シグマの力を俺が受け取ることができる。

 

「……ん? でも、この特訓に何の意味が?」

 

「例えばだ、リュウタ。君は戦おうと思ったことが何度ある? この人生の中で、本気でだ」

 

 そこまで丁寧に教えなくてもよー、なんて不機嫌そうなボラーの代わりにマックスが尋ねてくる。俺は少し考えるが、指折りする必要もなかった。

 

「……二度だけ。メカ怪獣と、黒いヤツの時だけ」

 

 元々が記憶喪失で、知識は借り物のような感覚しかない。その中で敵意とか、誰かを倒そうなんて思えたのはあの時だけだった。

 

『……リュウタの境遇を考えると、それは仕方がない。ただ、私も記憶は朧げであるが、戦う意思と力の使い方は分かっている』

 

「……そこが、俺とシグマの違い」

 

「歴戦の戦士であろうシグマと、君が同じ戦う意思を持てるはずがない。グリッドマンと裕太の場合もそうだ。戦いのときはグリッドマンの意思が優位にあるが、裕太が迷えばグリッドマンも力を発揮できない」

 

 だから、その差を埋めるためには。

 

「どんなシチュエーションでもいいが、戦った経験を増やすこと。そうすれば、アクセスフラッシュをした時に、シグマに近い戦意を持てる。それが君とシグマの繋がりを深め、力を発揮する下地となるはずだ」

 

「だから、お前はがむしゃらに向かってきて、素直にぼこぼこになればいいんだよ」

 

 マックスたちを仮想敵に、巨大な相手でもひるまず戦えるようになれば、シグマの力を引き出して、巨人になった時でも戦えるようになる。

 

 ボラーの物言いはともかくとして、話を聞いていると納得できてきた。

 

(……でも)

 

 少しだけ疑問がわく。

 

 あの時、黒いアイツと戦ったとき。俺はシグマの意思なんて考えずに、がむしゃらに戦おうとした。確かに戦うという共通の意思はあったかもしれないけれど、気持ちが一致していたなんて口が裂けても言えない。彼らの説明が合っているのなら、もっと動けなくてもおかしくなかったのに。

 

(……なんで、あんなに自由に動かせたんだろう? シグマがサポートを頑張ってくれていたのか?)

 

 心の奥底で沸いた、何でもない疑い。

 

 もしかしたら、何か気が付いていないことが、まだあるんじゃないか。

 

 けれど、今は考える時間がなかった。

 

「ってことで、特訓に戻るぞー。めんどくせーけど、足手まといからは卒業してもらわないと困るからな」

 

「……マックスとキャリバーは、もうちょっと手心を加えてくれると嬉しい、です」

 

「善処しよう」

 

「善処じゃなくて、約束してほしい……。って、電話か」

 

 ベンチに置いていたバッグの中、マックスに以前貰った古い携帯電話が鳴りだす。BGMはTake me higher。一日の初めに聞くと、無条件で勇気が出る曲だ。

 

 携帯を取り出すと発信元は響から。何だろうか、今日の夕飯の買い出しは済ましているし、帰りが遅くなるとかそんな要件かもしれない。

 

「居候してんだから、裕太の用事を優先しろよー」

 

「言われなくても分かってるって。……もしもし、響か?」

 

『おい! リュウタか!?』

 

 けれど、電話から聞こえてきたのは、俺をこのめちゃくちゃな特訓へと突き落としてくれた内海の声だった。何やら興奮気味にわめいているが、俺だって内海には言いたいことがある。なので、まずは文句をつけてやろうと考え、

 

「うつみー、オマエのおかげでとんでもない目に――」

 

『リュウタ!! 新条が合コンするってよ!!!』

 

「……ぇ?」

 

 瞬間、俺の目の前は真っ暗になった。




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