SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】   作:カサノリ

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再・戦

 きっかけはふとしたことだった。

 

 あの子との、奇跡みたいな一日が明けて、そういえば、なんて。

 

 響の出かけている間、居候らしく、部屋の掃除をして、買い物に行って、この後は不審者たちに追われるのだとストレッチをしながら開いた、あのいけ好かない大学生たちのチャンネル。

 

 昨日聞くところによると、新条さんはオフ会を抜け出してきたというから、そのことを動画でネタにしているかもと心配になったのだ。ああいう連中は私生活を晒して当然と聞くし、彼女のことであることないこと喋っていたら、こちらも出るとこに出てやるぞ、なんて冗談半分、本気半分の軽い気持ち。

 

 けれど、

 

「……シグマ」

 

『これは……』

 

 いない間は使っていいと言ってくれた、響のパソコンを見つめて、呟く。冗談なんて気持ちは吹き飛んで、ジワリと、額に冷や汗が伝ってきたのが分かった。

 

 もう、画面の向こうには誰もいない。

 

 チャラチャラした大学生も、陳腐な私室のセットも、騒がしい声も、何もかも。「チャンネルが見つかりません」なんて数個の文字だけを残して、鬱陶しいほどの存在感を振りまいていた『Arcadia』が消え去っていた。

 

 動画サイトを離れて、検索をかけてみる。未成年を連れまわしたことがばれて取っ捕まったとか、アカウントを潰されたなんて理由だったらざまあみろと笑えたのに、そんな理由も見つからなかった。SNSにも、ホームページにも、彼等の名前一つさえ見つけることができない。

 

 一分と、二分と、十分と。ページをめくるクリック音だけが早くなっていき、

 

「……っ!!」

 

 パソコンを閉じ、数少ない私服のジャケットを羽織ると、俺は慌てて部屋を飛び出した。向かう場所は決まっていて、することは明らか。

 

 こんなことは普通じゃない。昨日まで生きていた、この世界に存在していた人間が記録も残さずに、元からいなかったように消えてしまうなんて。

 

 そんなことを起こせるモノは唯一つ。

 

(また、怪獣かよ……!!)

 

 息を乱し駆けていく霧の街。その奥で不気味な笑い声が聞こえた気がした。

 

 

 

 大急ぎでみんなを呼び出し、汗みどろになりながら『絢』へとたどり着いた時、内海達は普通にくつろいでいた。最初からここに来ていたのだろう。新世紀中学生たちも同じ。宝多さんだけが、そんな彼らに呆れ顔を浮かべている。

 

 そんなところへと、汗水たらした俺が倒れ込むように来たもんだから、内海は顔をしかめながら尋ねてきた。

 

「? どうしたよ、リュウタ? 呼び出したと思ったら、そんなヒッポリトみたいな顔して」

 

「誰がヒッポリトだ!? 赤くねえし、あんなに口とか伸びてねえだろ!!」

 

「いやー、お前、相当真っ赤だぞ。鏡見てみろよ……」

 

「ほんと、ちょっとは空気よめ!?」

 

 これだからウルトラオタクは! なんて、自分にもストレートに突き刺さる暴言を内心で吐き出しながら、俺は携帯を内海達へと突き出す。当然、そこに示していたのは消え去った彼らのチャンネル。

 

「これって、昨日の連中のチャンネル……」

 

「……え、なんで知ってるの?」

 

「別に後をつけていたとかじゃ!?」

 

「裕太!? そういうのは黙っとけって!?」

 

「……マジ? 尾行していたとか、ほんとにキモいんですけど……」

 

「り、六花……。あれ、でも……」

 

「……おい、これって」

 

 最初は年頃の高校生らしく、女子の一言に一喜一憂していた響たちが、次第に言葉を失くしていく。各々が自分のスマホで事態を把握した時には、口を開く奴は誰もいなかった。

 

 和やかな喫茶店の中で、重苦しい空気だけが流れて、

 

 

 

「……なんで?」

 

 

 

 宝多さんが呆然と零し、皆の視線が彼女へと向かった。

 

『六花、君は彼らと親しかったのか?』

 

 店の奥に置かれたジャンクから、グリッドマンが声を飛ばしてくる。それに対して、宝多さんは直ぐに小さく首を振った。否定の合図に、淡々とした言葉。けれど、顔色は少し青ざめて見えた。

 

「……別に、よく知ってるわけじゃないし。どちらかって言えば、ちょっと変な人たちだったし。でも、昨日会ったばかりで、元気だった人なのに、なんでこんな……」

 

 俺も内海も宝多さんに何も言えなかった。響だけが半歩、彼女に近づいて、気遣う視線を送る。

 

 彼女の気持ちが分かるなんて、俺には言えない。今はそもそも知り合いが少ないし、誰かと遊んだ経験もごくわずか。新条さんだったり、内海達だったら別としても、他人が死んだからって、同じように悲しめるとは思えない。

 

 けど、そんなセンチメンタルな気持ちに浸っている時間はなかった。

 

 考えるのは、宝多さんの言葉。

 

 『なんで』

 

 そう、なんで、だ。

 

 こんな何万人もの人が暮らす街の中で、彼等だけがピンポイントで消え去ったのか。しかも、こんな、昨日の今日のタイミングで。

 

 この間のように、怪獣が大暴れしていたら、誰かが気づいていたはずだ。なぜか、他の人は怪獣に関する記憶が消えてしまうが、俺達は、その影響を受けたりはしない。

 

 ということは、今回、怪獣は気づかれないように、『Arcadia』だけを襲ったことになる。

 

 だから、なんで。

 

 怪獣らしく暴れればいいのに、そんな面倒なことを怪獣がしたのだろうか。その答えは内海も、響も、俺も、半ば想像がついていた。ボラーが椅子に背を持たれさせながら、言う。

 

「やっぱ、いるんだろ、黒幕」

 

 精一杯の悪態を吐き捨てるよう。

 

 俺たちは慌てて、新世紀中学生を見る。視線が集まったのは、外見はともかく、中身は一番まともなマックス。彼も大きな頭を縦に動かして肯定を返してきた。ヴィットも、珍しくスマホを下げて真剣な目を向けている。キャリバーは……、きっと、それが当然だと思っていたのだろうか、机に顎を乗せたまま、どこともなく視線を漂わせていた。

 

 黒幕。

 

 宇宙人だか、異世界人だかも分からない。もしかしたら、人間かもしれない。

 

 だが、何者であろうとも、怪獣を操って、街を襲わせている、怪獣使いが街にいるのだと、彼等は確信していた。

 

「これまでの怪獣は明らかにグリッドマンに対抗して力を増していった。加えて、あの黒い怪獣。ヤツは確かに、グリッドマンを倒すためだけに生まれたと言っていた。つまり、」

 

「……グリッドマンを倒すために、怪獣を操っている奴がいる。いや、それだけじゃねえ。作っている奴がいるんだな。ヤプール並みに悪どい黒幕が……ってアイタっ!?」

 

「ヤプールって誰だよ! ヤプールって! 分かる言葉使えって!!」

 

「まあ、内海のオタク発言は置いといても。俺とシグマが乱入した時も、機械の怪獣の二体目が妙にタイミングよく現れてた。あの怪獣が自然発生したとか、そういうのはあり得ないと思う」

 

 リアルな出来事にウルトラ知識を持ち出すのは一瞬前の内海みたいだが、伏井出ケイとか、愛染社長とか、怪獣を召喚する能力を誰かが持っていると考えた方が説明はつく。

 

 ただ、そうだとして、

 

「ねえ、待ってよ……!」

 

 宝多さんが切羽詰まったように声を上げる。

 

「六花……」

 

「ワケわかんないんだけど……。何なの、黒幕って? 誰かが、あんな怪獣操って、問川達を殺したってこと? それで、次はあの人たちも? そんなの、そんな偶然って……」

 

 ありえない。

 

(……そうだよな)

 

 問川という子はキャリバーたちからしか聞いていないが、響が初めてグリッドマンになった日、怪獣によって、クラスの女の子たちが殺されたという。俺が初めて戦った、機械の怪獣の時も、響たちのクラス担任が怪獣に追われていたとグリッドマンが言っている。

 

 そして、あの大学生たち。これまでは辛うじて無差別に街を壊していたと言えなくもないが、こんなにピンポイントに、よりにもよって宝多さん達が関わった翌日に殺されてしまったなんて。

 

 自意識過剰と笑うことはできない。偶然でなく、意図して彼らが狙われたと考える方が自然だ。

 

「あの雨の日も、そうだった……」

 

 黒い怪獣に悔しいほどの完敗を喫した日。

 

 俺が我を忘れる前に、あの怪獣が何をしていたか忘れることはできない。

 

『リュウタ、考えがあるのか?』

 

 シグマがアクセプター越しに、皆にも聞こえるように。俺は軽く首を振って応じてから、ゆっくりと声を出した。

 

「宝多さんが言っているみたいに、これが偶然じゃないとしたら。怪獣使いには狙いがあったってことだろ?」

 

 まだ、ただの推測だけど。

 

「俺、見たんだ。グリッドマンがやられた後、あの黒い怪獣は女の子を狙っているみたいに、ツツジ台高校へ向かって行ったのを。街とか、逃げている人間には目もくれないで、一直線に」

 

 殺されたクラスメートたち。狙われたクラスの担任。そして、昨日も、『あの子』は消えた大学生たちといた。

 

「おいおい。ちょっと待てよ、リュウタ。その女の子って……」

 

 血相を変えた内海へと、俺はうなずく。

 

「新条アカネさん。怪獣はあの子を狙っているんだと思う」

 

 

 

「ねえー、アレクシスー」

 

『なんだい、アカネ君』

 

「みんなが心配してくれるのって、ちょっとは嬉しいけど。それが勘違いだったら笑えてきちゃうよねー」

 

 暗い、怪獣とごみばかりの部屋の中。耐えきれないとばかりに、アカネはスマホを投げ捨てると、腹を抱えて笑い出した。

 

 けらけらけらけら。

 

 ほそりとした足をじたばたとさせて、スカートが翻るのも特に気にせず、可笑しいという感情に従うまま。床に転がったスマホには、彼女の『親友』である六花からいくつものメッセージが届いていた。

 

『アカネ、無事なの!?』

 

『見たらすぐ返事して!!』

 

『絶対に家から出ちゃダメだから!!』

 

 どれもこれも、アカネを心配した、焦り顔が伝わってくる文章。自分が無造作に投げ捨てたスマホの画面を思い出し、アカネは、口元に手を当てて、含み笑いを押さえようとして、やっぱり無理で吹き出し、笑ってしまう。

 

「あー、もー、六花は可愛いなー! あんなにクールぶってるのに、めちゃくちゃ構いたがりなんて!」

 

 思い浮かべるのは、クラスで、ドライな今どきJKを演じている六花の姿だ。本当は誰よりも情に厚くて、面倒見もいいお人好し。そんな彼女が冷静の仮面を脱ぎ捨てて、こんなメッセージを送ってきている。

 

 きっと、盛大な勘違いをしているのだろう。

 

 六花だけじゃない。ご丁寧に、内海と裕太までラインを送ってきている。あの二人なんて普段は女子にラインも送れないヘタレなのに。三人が奏でる通知音の喧騒は、怪獣の鳴き声のようにアカネには感じられるほどだった。

 

 内容は六花と似たり寄ったりの注意喚起。送られてきたタイミング的に、みんなで作戦会議でもして、見当違いな結論を出たのだろう。

 

 だから、アカネは愉快でしょうがない。

 

「バカだよねー! 怪獣を作ってるのも、襲わせてるのも私なのに。六花も響君も、私が狙われてるって勘違いしてる♪」

 

『フフフ、それもこれも、君の日ごろの行いが良かったからさ』

 

「やっぱり? 面倒でも学校行ってた甲斐があったよー」

 

 完璧美少女が、神様で怪獣使いだなんて、誰も思いつかなかったに違いない。そんな勘違いをしてしまう、どこか抜けた六花だからこそ。

 

 

 

「ほんとバカだなー。自分も狙われてたのに、外に出ちゃうなんて♪」

 

 

 

 アカネは体を起こして、パソコンの光を瞳に灯す。そこにはとある景色が映し出されていた。

 

 瓦礫と土埃にまみれた街。つい数分前は人と笑顔で溢れていた場所が、怪獣に襲われている。そこに倒れ込んでいるのは、彼女もよく知るクラスメート三人組。

 

 六花となみこ、はっす。

 

 確かに、彼等の推論は盛大な勘違いではあるが、一部だけ正解も混じっていた。ターゲットは他にもいて、それは、昨日の同行者だということ。

 

 アカネの思い通りに動かなかった『親友』と、気持ちの悪い男達と引き合わせた愚図な『クラスメート』。

 

 優先順位はArcadiaより低かったとしても、アカネは彼女たちにも不満を積み重ねていた。怪獣を向かわせるのも当然のことだ。

 

 絢での会議の後、六花がなみこ達の存在も思い出し、急いで合流したのと同時に、怪獣の襲撃が始まってしまっていた。

 

 アカネはなんでもなく呟く。

 

「ま、六花は殺さなくてもいいけど」

 

 六花はいないと退屈だ。けれど、自分を不愉快にさせたのだから、腹の虫がおさまる程度には痛い目を見てもらわないといけない。うまく死なないで、ボロボロ程度ならちょうどいいか、なんて。

 

 そんな歪んだ心に従う様に、アカネの作りだした怪獣『ゴングリー改』が小さい影を追い回していく。

 

 造ったアカネ自身が、悪寒を感じるほどの醜悪で殺意むき出しの触手。怪獣は体からそれを生やして、彼女たちの周りの車や建物を破壊していく。

 

『だが、良いのかいアカネ君? せっかくステルス性能の怪獣を用意したのに。霧も、透明化も使わないなんて』

 

 アレクシスが不思議そうに尋ねた。

 

 怪獣の動きはすぐに彼女たちを殺そうというよりも、いたぶって、恐怖を味合わせるもの。そのせいで、怪獣が出現して既に五分ほど経っても、六花たちはかすり傷しか負っていない。

 

 このままでは、彼女たちを殺す前に邪魔者が現れる。

 

 だが、アカネにとってはそれでもよかった。

 

「んー。まあ、本命はもう殺しちゃったからね。それに、ずっと隠れてるのも、逃げてるみたいで嫌じゃん」

 

『君の拘りは時々、理解が難しいねえ』

 

「アレクシスもちょっとはウルトラシリーズ見なきゃだよー。 ……あっ! ほら、来た来た!!」

 

 アカネが目を見開いてパソコンへかじりつく。決定的瞬間を見逃さないよう、子供のように。

 

 彼女の見つめる中、再び躓いて、地面に転がった六花たちへと最期が迫る。前方は崩れ落ちたビル片が転がり、逃げ場はない。はっすは足を挫いたのか、立ち上がることもできず、六花たちが助け起こそうとするも、焦りから上手くいかない。ついに、恐怖に顔をゆがめて、抱き合い、目をつぶった三人へと迫った触手が――、

 

 彼女たちを傷つけることは、なかった。

 

「やーっぱりきたね。グリッドマンと」

 

 眩しいほどの光が一筋。次の瞬間、憎い巨人が六花たちを庇う様に触手を背で受けていた。六花を見つめる、グリッドマンの顔は常になく優し気で、壊れ物を扱う様に彼女たちをそっと手に載せ、離れた場所へと避難させる。

 

 怪獣が奇声を浴びながら、その背中を触手で八つ裂きにしようとし、またも失敗した。

 

「ヒーロー君♪」

 

 アカネのはしゃぐ声。画面の中に、青いグリッドマンもどきもやってくる。跳び蹴りを浴びせ、怪獣を吹っ飛ばすことでグリッドマンを庇いながら。

 

 アカネは椅子に体を沈めながら、目を輝かせる。

 

 ロボットと合体したり、倒したと思ったら復活したり、やることなすこと、アカネを苛立たせることばかり。そんなグリッドマンを倒したい気持ちは強いけれど、本質的には邪魔者だ。

 

 それよりも、興味があるのは、弱く、情けないヒーローの偽物の方。怪獣好きな、あの不思議な感触の男の子が変身する巨人。

 

 ビルの屋上に六花たちを避難させたグリッドマンと共に、青い巨人も恐る恐ると構えを取る。二大ヒーローの競演なんて言葉が頭をよぎる景色。

 

 なのに、

 

「殺されないように、頑張ってねー」

 

 らしくもなく口から洩れるのは、からかい混じりでも応援の言葉。青いヒーローを見つめるアカネには、どこか嬉しそうな感情が覗いていた。 

 

 

 

 変身は三回目。

 

 慣れたかと言えば、そんなことはない。怪獣を見て、自分なりに気持ちを固めての戦場で、周りを考える余裕もなかったこれまでと比べると、かなり落ち着くことができている。だからだろうか、妙な感傷までついてきた。

 

 街が、ジオラマみたいだ。

 

 霧と、街を囲むように並んだ怪獣たちのせいで、地平線も、その先も見えない。世界はこの街だけ。そんな錯覚すら覚えてしまう。遠くだけでなくて、周りもそう。身体がビルに少しこすれると、コンクリが砂糖菓子みたいにぽろぽろとはがれて、小枝みたいな鉄筋がむき出しになる。

 

 アリの巣みたいな窓の奥に、慌てて逃げ出すスーツ姿を確認しなければ、特撮セットとしか思えない。

 

(ああ、これはダメだ……)

 

 妙な全能感があった。

 

 街も人も、簡単に壊せてしまえる、なんて。誰も自分を止める者はいない。世界は全部思うがまま。そんな興奮と濁った欲求が臓腑の奥から湧き上がってきてしまうほど。

 

 イーヴィルティガ、いや、マサキ・ケイゴが感じたのも、こんな感情だったのだろうか。これを味わってしまうと、ひとしきり暴れてしまいたくなるのも、頷けてしまう。

 

 だから、思い浮かべるのは、ひたすらにあの子のことだった。

 

「あの子を、守るために……」

 

 例え、ジオラマみたいな街でも、この街はあの子が住んでいる街だ。友達と笑って、日々を暮らしている場所だ。あの子にとって大切な場所なら、それを守ることに何のためらいもない。

 

 だから、下手ながらも腰だめに、両手を前に構える。余計なことを考える暇があったら、目の前の敵を倒す方法を少しでも。

 

 眼前に見据えた怪獣は、これまでの恐竜モチーフから打って変わった虫型だった。俺が知っている怪獣の中だと、ツインテールみたいなシルエット。

 

 大きな口が足のすぐ上、股の部分にあって、そこから伸びる身体に無数の触手。ツインテールは、まんま海老みたいで、食べたらおいしそうなんて意見もあるが、こいつの場合は、ムカデみたいで、食欲はわかない。そして、触手が。

 

「すっげえ凶悪な形……」

 

『人間はひとたまりもないだろうな……』

 

 触手にはびっしりと人サイズの棘が敷き詰められていて、目を凝らすと、その奥にパクパクと蠢く無数の口。そこから黄緑やら赤やらのガスがひっきりなしに噴射されていた。

 

 本体はオーソドックスなのに、触手だけはスペースビーストも真っ青な有様である。

 

 人に巻き付いて、くし刺しにして、ガスやらなにやらを吹きかけて、無数の口で貪り食う。宝多さんと、友達だろう女の子も、触手に触られていたらたちまちスプラッタだっただろう。あの連中も、これに襲われたのだろうか。嫌いな彼等であろうとも、死に様を想像したら同情の一つもしたくなってしまう。

 

 そして、

 

(こいつが新条さんも狙っているなら……!!)

 

 正直に言えば、カッコよくはなくても、デザインは感心してしまう怪獣だ。テレビで観れば、好きにならなくても、夢で襲われたり、変な印象が残りそうな秀逸なデザイン。怪獣好きとしてはポイント高い。

 

 それでも、新条さんを狙うなら、こいつはただの敵。恐くなんてなく、力が湧いてくる。

 

 その気持ちに合わせるように、足に力を籠める。ああいう、中距離が得意そうなやつは、距離を詰めて殴り倒すのが『らしい』。

 

 前方に立ったグリッドマンと軽く頷きを交わす。グリッドマンが先に突撃してくれるなら、サポートするように動く。二人で戦う場合の打ち合わせも、ある程度はできていたから。

 

 だから、グリッドマンと共に、足を踏み出して――。

 

『行くぞ、リュウタ! ……っ、なに!?』

 

 シグマの困惑の声。

 

 虚を突くように、飛び込んできたのは、忘れがたい声だった。

 

 

 

『グリッドマンッ!!!!!』

 

 

 

 あの騒がしく、憎たらしく、ここであったが百年目とばかりに怒りがこめられた声。

 

 ああ、まさかほんとに出てくるとは。

 

 だから、俺は虫怪獣から方向を転換する。グリッドマンを横合いから斬りつけてきた『ヤツ』の爪。それを遮るように、俺の腕をぶつけ合わせた。

 

 衝突と、衝撃。

 

 びりびりと痺れが奔って、足もじりじりと下がる。けれど、それだけで済んだ。

 

「……ハハッ」

 

『また、オマエかッ! ニセモノ!!』

 

「ああ、俺だよ!!」

 

 前回とは違う。多少は通用した。あの追い回されているだけの特訓も無意味じゃない。思った通りに体が動かせている。その達成感に血を巡らせながら、敵の爪を振りほどき、構えを強く。

 

 対するは黒い物真似怪獣。忘れもしない、俺の腹を抉って、あの子を狙った怨敵。前回はグリッドマンにやられて、ぼろぼろになっていたくせに、今は傷一つもない。いつか倒すと、決意していた相手だった。

 

 一方、ヤツからすれば俺なんて眼中にない。

 

『チッ! グリッドマン! 俺と戦え!!』

 

 黒野郎は、俺を無視して、グリッドマンへと向かおうとする。だが、グリッドマンは虫怪獣の触手を引きちぎらんと引っ張っている最中であり、その声に反応もしなかった。

 

 そんなグリッドマンにいら立ちを募らせた黒野郎が、グリッドマンに向けて走り、爪を振り下ろそうとする。だが、そんなことはさせない。再びインターセプト。サッカーでバックスがするように、間に入り、爪へと左手を掲げる。

 

 意識を集中。表面を覆うように青いエネルギーのバリアを作って、また、ぶつかり合う。相変わらず、強く、重く、痛い。

 

(でも、やられっぱなしは性に合わないんだよ!)

 

 戦う方法は、二人で考えていた。

 

 グリッドマンがよほど恋しいのか、気もそぞろな黒野郎の爪を払いのけ、空いている右手を水平に。いくら、俺みたいな弱い奴が相手だとしても、懐ががら空きなんてナメている。

 

 イメージするのは、何度もテレビを見て、憧れた姿。クールで、スタイリッシュで、華麗な戦い方の、俺と色だけは似ているウルトラマン。その想像を現実に具現化するように、

 

『シグマ――』

 

「スラッシュ!!」

 

 掛け声。俺とシグマの気持ちを合わせるための方法。言いながら、ヒーローごっこみたいだと思って、そのように在りたい気持ちは強くなる。

 

 叫んで、力を込めて、手首から青い光が細く伸びる。

 

 サファイアみたいに輝く剣。前回は未完成で終わった技を完成させて、横凪ぎに怪獣の腹を斬りつけた。空気を裂くスマートな音に続く、

 

『ぐっ!?』

 

 怪獣のくぐもった声。奴の腹に、一文字に傷がつき、奥に一瞬、緑や黄色のテクスチャが見えた。成長を実感して、終わりじゃない。

 

 下がった怪獣へと追撃。右、左、右。今度は避けられる。所詮は素人の剣だ。それでも、揺さぶりをかけることはできたから、最後は飛び上がり、

 

「オラァ!!」

 

 ドロップキック。

 

 単純な組み合わせだけど、上手くいった。黒野郎の腹に足がめり込む感触。表情がないはずの敵に、『意外』なんて文字が浮かぶのを感じる。ほんと、少しも敵だと思ってなかったんだな、俺のこと。

 

 怪獣の体が浮き上がり、背後の無事だったビルへと衝突。ガラガラとがれきに埋まった憎い奴は、呻きを上げて、腕をじたばたと。前回の俺とは逆な姿に、微かに溜飲が下がる。

 

『リュウタ、今のところ作戦通りだな』

 

「……ボラー達の言うことも、案外当たるもんだ」

 

 

 

『お前はあのモノマネヤローを相手しろ』

 

 

 

 それが、ボラー達の指示だった。

 

『アイツはグリッドマンを憎んでて、まだやられてない。てことは、これからもきっと出てくるし、その時にもう一体怪獣がいないとも限らねえ。で、だ。いくらグリッドマンでも二対一じゃ隙をつかれることもある』

 

 だから、俺がヤツを足止めしろ、と。

 

 情けないことだが、それを聞いた時に、成功するイメージはなかった。シグマと気持ちを合わせれば、もっと動けるようになれるといっても、前回は敗北を喫しているし、奴は本気を出せば、マックスグリッドマンとも引き分けられる。そんな奴を相手にするなんて。

 

 だが、彼等の考えには、ちょっとした勝算もあった。

 

『アイツ、お前の時は、マネしなかった』

 

 キャリバーのぼそりとした聞き取りづらい声に、俺は無言で首を傾げる。言葉足らずなキャリバーの発言をマックスが解説してくれた。

 

『君と戦ったとき、奴はグリッドマンに対したように、能力をコピーすることはなかったということだ。確証はないが、奴がコピーできるのは、グリッドマンだけだと考えている』

 

『……なんで?』

 

『眼中になかったんだろうね』

 

『まあ、弱いからなー、お前』

 

 言い方には不満が多々あるものの、彼等の考えは理解できた。

 

 元々、マネ能力を使わなくても、黒い怪獣は、俺より数段格上。パワーもスピードも、何もかも。怖くて震えて、グリッドマンの加勢に向かうどころか、逃げ出してしまうくらいに。

 

 そんな弱い俺をわざわざコピーする必要があるかと言えば、間違いなく否だ。グリッドマンを真似れば、俺よりも強くなれるのだから。だから、コピーする相手はグリッドマンだけで良い、なんて。怪獣に黒幕がいるのなら、そう考えたのだろう。

 

 油断と言えば油断であるし、当然と言えば当然でもある。けれど、その隙を利用しない手はなかった。

 

『あいつがいくら真似してこようが、俺たちは負けねえ。

 だけど、あの能力は厄介なんだよ。こっちが手の内を見せるほどに強くなるなんてのは。だから、シグマがあいつを相手できるなら、グリッドマンはかなり有利に戦える』

 

 だから、それくらいには強くなれ。

 

 ボラーはそう言って、俺の背中に小さな掌で大きな衝撃を与えた。

 

 

 

 いきなり強くなれるなんて、都合のいい展開はない。努力したって、グリッドマンの横に並べるのは、ずっと後だろう。それでも、少しでも、戦う力があって、守りたい人がいて、やれることがあるなら。

 

『……貴、様ッ!』

 

 上手くいっているという、高揚感を潰すほどの圧力。立ち上がった黒野郎は目立った傷も残っていなかった。腹の傷も塞がってしまっている。ついでに、一発いいのを貰って、本格的に俺を邪魔だと考えたのだろう。

 

 口調が変わり、敵意が膨れ上がった。

 

 怖い。

 

 さっきまでとはまるで違う。

 

 下手をすれば、一瞬でバラバラにされる。

 

 腕も、背中も、鳥肌でいっぱいになる。

 

 けれど、頭の中に、あの子の笑顔が浮かんでいたら、足は下がらなかった。

 

「お前の相手は俺だっ…!!」

 

 右手を前に差し出して、指を曲げ伸ばし。あのウルトラマンみたいに、カッコよくできているか分からなくても、姿をまねるだけで勇気が湧いてくる。

 

『……ッ!!!!』

 

 黒野郎が、とうとうグリッドマンを見ることなく、土埃を上げながら、俺へと向かってきた。グリッドマンは離れたところで、虫怪獣と取っ組み合いを続けている。相手をできるのは、俺だけ。

 

 ぶつかった時の重さは、さっきの比ではなかった。

 

「……ぐっ、ぎぃ!!!」

 

 歯を食いしばる。

 

 痛い

 

 痛い

 

 痛い

 

 腕と腕とで組みあって、怪獣が上から俺を潰そうとする。肩と腕が一瞬の後には壊れてしまいそうだった。

 

 シグマの声が頭に響く。

 

『無理に力比べをする必要はないぞ!』

 

「分かってるけど……!!」

 

 きついものはきついんだ。

 

 もう、こうなってくると、卑怯もラッキョウもなんて開き直るしかない。こういう時に足の方がよく動く。記憶があったころも、足癖は悪かったにちがいない。

 

 前のめりになった怪獣の足元へと、払いをかける。慌てて踏ん張ろうとしただろうが、俺がすり抜けるついでに痺れた両手で背中を押してやれば、仕上げ。

 

 ボーリング玉のように、ビル群へと怪獣が突っ込ませて、少し前のように黒野郎が瓦礫塗れに戻った。

 

 さっきと違うのは、こちらにもはや余裕がないこと。腕はまだ感触が戻っていない。決めるとしたら、今しかなかった。

 

『大丈夫だ。中に人はいない! 今だ!!』

 

「それなら安心っ、だな!!」

 

 シグマの声で確認を済ませ、足に力を籠める。バチバチと、顔まで稲光が立ち上ってくるほどに、右足にエネルギーが溜まる。練習をしても、グリッドマンのようにビームを器用に打つことはまだできない。なので、決め手は、いつぞやと同じ。

 

 渾身のキック。

 

『超』

 

「電光」

 

 声と意思を合わせて。

 

 憎い怪獣をボールに見立てて。

 

 空の彼方へと吹き飛ばすように。

 

 けれど――、

 

『キッ――。!? リュウタ、避けろ!!』

 

「……え? っ!!?」

 

 走り出すタイミングでの大声に急ブレーキがかかった。

 

 そんなものなので、身体は前につんのめって、無駄にエネルギーが溜まった足は力が入りすぎていた。結果、巨大な体なのに、小学生のような不器用な前転を披露することになる。

 

 しかも、向かっていく先は、

 

『ぐあ!?』

 

「いて!?」

 

 黒い怪獣と同じところだった。

 

 これが必殺技なら、決着がつくだろうクリティカルヒット。必殺なら、番組の伝説に残るほどのカッコ悪いボディープレス。

 

 下から怪獣の声が響く。心なしか、敵も困惑気味だった。

 

『貴様! 何の真似だ!?』

 

「好きでしてんじゃねえよ!!」

 

『どけ!!! 死ね!!!』

 

「お前がどけ!!」

 

 押し合い、へし合い。瓦礫で足が滑り、縺れて、また潰れて。黒野郎と邪魔をしあいながら、なんとか立ち上がる。

 

 いったい何が起こって、身体にブレーキがかかったのか。痛む身体を庇いながら、土埃の向こうに目を凝らし、

 

「……は?」

 

 唖然と呆然。

 

 なにせ、そこにいたのは、虫怪獣の方だったから。しかも、俺が立っていた辺りに、グロイ触手を叩きつけている。足に集中したままだと、直撃をくらっていただろう。

 

 じゃあ、ヤツの相手をしていたグリッドマンはと言えば。負けたのか? 

 

 慌ててグリッドマンの行方を捜して、さらに目をむく。

 

 

 

「……なんで?」

 

『オレに聞くな!?』

 

 

 

 俺は馬鹿みたいに、黒野郎に訊いてしまった。自分でもあまりのことに困惑しすぎていて、馬鹿な行動をしてしまったとは思うけれど、相手も同じ感想を抱いたようだ。

 

 いや、ほんと、何がどうなってるんだか。

 

 見上げる青空。妙なポーズでグリッドマンが固まっていた。

 

 なんだ、あのバグったポリゴンみたいなの。おい、ちょっとまって、あのまま本当に動かないのか!?

 

「……これ、どうするんだよ?」

 

『こうなったら、二体とも倒すしかない、な』

 

 シグマの方も、困惑しきりな声。とはいっても、だ。

 

 ぎぎぎぎ、と重い頭を動かして、敵を見る。触手を蠢かせる虫も、文字通り爪を研いでいる黒も、俺に対して敵意満タンで……。

 

 ああ、もう!

 

「……やってやるよぉ!!!」

 

『その意気だ、リュウタ!!』

 

「くそぉ!!?」

 

 その後、マックスグリッドマンが帰ってきて、敵を倒すまでの数分間。ひたすら新条さんの顔を思い浮かべながら、耐え抜いたことは褒めて欲しい。




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