SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】 作:カサノリ
その景色を、誰もがじっと見つめていた。
とある異世界人は、
「……馬鹿野郎」
と、心底がっかりしたような、寂しそうな顔で吐き捨てた。
ハイパーエージェントは、
『どうしたんだ、シグマ……?』
と、仲間の変化に絶句した。
とある神様の少女は、
「なんか、つまんない」
と、『彼』を見る時のワクワクが感じられず、目を伏せた。
そして、内海将は、画面を見ながら汗を流していた。
戦いが行われている。青い巨人と、黒い怪獣の。いや、それは戦いと呼べるものではなかった。
巨人が、シグマが怪獣を地面へ引き倒し、我武者羅に殴りつけている。怪獣も抵抗して、爪を突き立てるが、刺さった個所からシグマの体が再生し、痛みも感じないように殴り続ける。執拗に、怪獣の頭部がひしゃげ、血や破片を散らかしても、殴り続ける。ためらう様子はなかった。
いつも拮抗、あるいは怪獣が優勢な、二人のパワーバランスは、完全に逆転していた。シグマのなりふり構わない戦い方が原因か、それとも、何かドーピングでもしているのか。画面を見る内海達からは分からない。
シグマは、リュウタは顔を殴るのに飽きたのか、立ち上がると、怪獣の腕を取り、捩じ上げた。地面に倒れた怪獣はじたばたと暴れるが、もう恐ろしさを感じる存在ではない。太い腕がリュウタによって伸ばされ、
『がぁああああああああああァア!?』
くぐもった怪獣の悲鳴。奇妙な方向へと、腕が折り曲げられた。骨どころか、肉も裂けたのだろうか、血が上空へと吹き上がる。その血を浴びながら。夜景に立つ巨人は、悪魔のようにしか見えなかった。
「……いや、こりゃ、あれだろ?」
サンダーブレスターみたいな。そういう残虐パワフルスタイルだろ。あいつ、ウルトラオタクっぷりは相当なもんだし、そういう戦い方だって知っているから、と。
内海は引きつり、周りを見渡すも、誰も肯定を返さなかった。ただ押し黙り、六花に至っては、あまりの惨状に目をそらしてしまっている。
それが、これはリアルだと改めて突きつけられているようで、内海はさらに顔を白くした。
「なんだよ、みんな!! 大丈夫だって! あいつ、何だかんだヒーロー好きだしさ! ……一日二日で、闇落ちとか、そんな……」
誰に言うでもない言い訳は、
「……っ!?」
シグマが電柱やビルを凶器に変えて、無抵抗となった怪獣を殴り始めたところで止まる。
まだ明かりがついていた、もしかしたら避難者がいたかもしれない建物。それを、そこらに生えている雑草のように引っこ抜いて、怪獣へと叩きつけていた。
内海は、知らず拳を握り締める。
「おい……」
声が漏れて、何度もジャンクと、外を見比べて……。
「あの野郎!!!」
六花たちの制止の声を無視し、内海将は、夜の街へと走り出した。それだけは、内海は許せなかったから。
怪獣を殴っても、何の感触もなかった。
自分は所詮、ヒーローに張り付いたごみのような存在だと。人間だと思わなければ、痛覚も何もない。どれだけ殴っても、切り裂かれても痛みはない。シグマの声も、もう届かない。アレクシスが言うように、シグマは俺の意識を消さないため、コントロールを明け渡している。だから、彼の声をシャットアウトすることも可能だった。
体や痛覚、シグマの存在は邪魔。
残った全てを振り絞り、俺と言う存在が維持できなくなるまでに怪獣を殺すだけ。
あれだけ苦戦していた物真似野郎にも、延々とフルパワーを出し続ければ、なんてことはなかった。
どうせ、最期。
後先考えなければ、いくらでも無茶ができる。殴って、抉って、捻り上げて。それだけじゃ足りず、適当なもので殴れば、次第に、怪獣は弱っていく。もう、ヒーローらしさなんて、関係ない。
憎い。
こいつくらいは殺したい。
瓦礫と血にまみれて、まだ絶命していない物真似野郎を見下ろし、もう一度、蹴りを入れる。
(分かってるよ、これはただの憂さ晴らしだ)
敵意とか、必ず倒さなければいけないなんて、感情じゃない。こいつの存在自体が許せなかった。生きていること自体が許せなかった。俺が消えた後、こいつがのうのうとアカネさんに傅いていることを想像したら、嫉妬で気が狂いそうだった。
俺もこいつも同じ、アカネさんの被造物。
だったら、価値がないのも同じ。
けれど、怪獣はアカネさんの傍にいるなんて。
ヒーローになってしまった俺は、戦うことしかできないのに。その戦いも、意味がなかったのに。こいつら怪獣がいなければ、俺は何も知らないまま、アカネさんと一緒だったのに。
だから、せめて、こいつくらいは。
それだけは済ませて、消えたかった。
「さっさと、くたばれよ!!!」
もう、誰へ向けた憎悪か分からない。意外としぶとい怪獣へか、それとも、俺自身にか。渾身の力を込め、怪獣の腹を蹴り潰すと、空へと土埃が巻きあがる。ヒーローなんて、口が裂けても言えない、酷いトドメ。
怪獣は血を吐き、痙攣して、ピクリとも動かなくなった。頭部で光っていた、赤い目のような器官は、光が薄れてひび割れている。追加で二度三度と蹴りを入れても、反応はなかった。
(……おわ、った?)
地面へとへたり込み、周りを見渡す。
爆弾でも落ちたかのように、瓦礫と土埃に変わった街。ビルが何個も引き倒されているのは、怪獣じゃなくて、俺が使ったから。それを見て、どっかがうずくが、これも造り物だと無視することにする。
「……馬鹿みたいだ」
結局、怪獣を殺しても、達成感はわかなかった。
自分が思っていた通り、馬場隆太という存在が最低だということに、改めて思い知らされただけ。消え去ることにも、抵抗はなくなる。ハイパーエージェントは、こんなヤツを捨てて、別の造り物に取り憑けばいいと。
嫌悪と比例し、力が抜けていく。
さっきまで、限界どころか、身体が焼け焦げるほどの出力で戦い続けたから当然だ。そうしたくて、戦った。だから、変身を解かず、このまま俺が消えて、シグマが自由になるまで待とうとして、
『ふざ、けるな……』
聞こえた声は、憎しみに溢れていた。
「……は?」
俯けた頭を上げる。
目の前。倒れ、絶命したはずの怪獣から、黒い光が噴き出していた。強く、暗く、光なのに、周りを飲み込むような、矛盾した存在。身体にそれを纏わせながら、怪獣が立ち上がった。
『俺は、グリッドマンと戦うために生まれた』
怪獣が言う。
『グリッドマンに勝つために生まれた』
グリッドマンへの憎しみを。
『ヤツを殺すためだけに生まれた』
そして、
『貴様のような、ニセモノと、戦うためじゃない……。貴様なんかに、倒されるためじゃない』
俺への、憎しみを。
怪獣の存在価値を、使命を奪おうとする邪魔者へと。
だから、怪獣は、
『俺が俺であるために、邪魔な貴様を殺す……!!!』
光が爆ぜる。
思えば、予兆はあった。俺の攻撃を、こいつが防いだ時から。通用していた攻撃が防がれた。それは、怪獣の特性通り、敵へ対応して力を増したということ。
こいつは認めたくないだろう。けれど、シグマへの認識が変わっていたに違いない。グリッドマンの周りを飛び回る蠅ではなく、怪獣が存在証明を果たすために、排除しなければいけない敵として。
『グリッドマンを、貴様らを殺すために生まれた怪獣』
これまでの戦いを、経験を昇華し、怪獣が変化する。
光から現れた敵に、もはや怪獣という言葉は相応しくなかった。人型の細いフォルムに、怪獣形態を思わせる鋭い鋭利な鎧。それらは例外なく漆黒に染まり、頭部には爛々と緋色のモノアイが光っている。
その姿は禍々しいグリッドマン。
もう怪獣とは呼べない。
闇の巨人。
『俺は、アンチ……。アンチグリッドマン……!!』
続く瞬きの間に、俺の左腕が、肩口から無くなっていた。
「……っ!?」
驚き、急いで腕を再生させる。だが、
『死ね』
アンチグリッドマンが背後にいた。
腹部に違和感。刃が胸から生えている。しかし、こちらだってもうゾンビのようなもの。痛みもなければ、関節も自由自在。刃を掴んだまま、上半身を百八十度回転させ、こちらも剣を突き立てる。
けれど、分かっていた。
これは無駄な抵抗。
ヒーローになり損ねて、街まで壊した役立たずが俺だ。ベリアルのような悪役にも劣る半端者。人造ウルトラマンの方がよっぽどキャラが立っている。
そんな俺が、闇の巨人に通用するはずがなかった。
光の刃は、根元から両断される。全身を闇色の刃が切り刻む。腹を、目を、脚を。回復させた傍から、またも斬られ、最後には、憎悪と共に怪獣が光を放った。
『これで終わりだ……!!』
轟音と、光と、回転する視界。
「……ぁ」
ビームを打たれたのか、それとも、ウルトラダイナマイトか。
いつの間にか、瓦礫をベッドにしていた。両手と両足に感覚がない。かろうじて繋がっているが、きっと黒焦げ。シグマのカッコいい姿は、見るも無残だ。俺なんかが憑かなければ、シグマだって真っ当にヒーローをやれたはずなのに。
けれど、しぶとくも俺はまだ生きていて。
『……シグマ、逃げるんだ!!』
遠くから声も聞こえる。
何かが格闘している音。次いで、爆発音と共に戦闘機がビル群へと落下した。ヴィットかな。防衛隊の戦闘機って考えると、だいたい役割を果たしたような。
「……はは」
笑えてきた。
だって、グリッドマンが、アンチグリッドマンと戦っている。俺なんかを、グリッドマンは助けようとしている。アンチグリッドマンが俺へと向かうのを、防いでいる。
キャリバーを構えたグリッドマンと、敵の実力は拮抗して見えた。けれど、グリッドマンもグリッドマンで、上空で怪獣を倒してきたばかり。既に、額のランプは点灯して、退場は近いようだ。だからこそ、アンチグリッドマンもグリッドマンとの決着は望んでいない。奴は全力のグリッドマンを超えたいはずだから。まずは邪魔者を完全に排除したいだけ。
(別に、俺のことなんてほっといてくれていいのにさ)
なんで、こんな虚構の世界で、必死に戦えるんだろう。グリッドマンが、異世界人だからだろうか。それとも、使命があるからだろうか。
そんな姿を見るごとに、結局はヒーローになれなかった俺への嫌悪が募っていく。
どうせ、もう、動けない。人間に戻っても、シグマとしても、アカネさんのために出来ることはない。だったら、不出来なヒーローもどきらしく、闇の巨人のかませで終われば、ドラマとして盛り上がるだろうなんて、グリッドマンが時間切れで退場するまで、待っているつもりだった。
小さな声が、聞こえてくるまでは。
「バカヤロー!! なんてヘタクソな戦い方だ!! 周りを見てみやがれ!! なんも守れてねえじゃねえか!!」
「……っ」
内海の声だった。
いつものように、ジャンク越しに声を放っていると思って、だが、すぐに違うと分かる。
首を傾げ、見下ろした地面。そこに豆粒のような人がいた。内海だった。ウルトラオタクが、瓦礫の中、煤に塗れて立っていた。
俺の傷から漏れた光の粒が、ぽつりぽつりと内海に当たっては消えるが、彼は気にする素振りもない。視線は、怒りながら俺だけに向けられていた。
なんて無茶を、と思い。ここに来て言うことが、パクった台詞か、と思い。けれど、言い返す気はない。
どうせ、内海だって造り物だ。
そんな俺の無視にも構わず、内海は声を張り上げ続ける。
「なんだよ! あの戦い方!! サンダーブレスターも、もう少しうまくやるぞ!! しかも負けてんじゃねえよ!! 前みたいな、カッコつけた戦いはどうしたってんだ!!」
無視すればよかった。
もう、関係ないんだ。ここで内海が巻き込まれて死んだところで、また一つ、アカネさんのおもちゃが消えるだけ。
けれど、
「ウルトラマンなら、あんな戦い方しねえよ! ちゃんと街も、人も守りながら戦うんだよ! それくらい分かんだろが!!」
けれど、
「っ……! うるせえんだよ!!!」
俺は、内海へと怒鳴り返していた。
無意味だと思った。小さな、何もできない内海の言葉なんて、聞かなくてもいいと思った。けれど、何度も何度もウルトラマンを持ち出されて。それを聞き流そうとするほど、胸を掻きむしりそうになり、怒鳴らずにはいられなかった。
何もわかっていないオタク野郎に、言わずにはいられなかった。
「どうでもいいんだよ!! 怪獣も! グリッドマンも! ウルトラマンも! 全部!! ぜんぶ!!
みんな造り物なんだ! みんなニセモノなんだ!! 戦ったところでアカネさんも助けられない! 無駄だった! 全部無駄だったんだよ!!」
「……っ」
「なんなんだよお前は!? 好き勝手なこと言いやがって! なんにもしない奴が! ただのオタクが! ウルトラマンなんて現実にいないのに! こんなヒーローごっこに、勝手に期待してんじゃねえよ!!」
内海の物言いが嫌いだった。
あの時だって、こいつが自信満々にウルトラマンを持ち出すと、何だか頑張るのが正しいと思ってしまった。ウルトラマンらしく戦いたいと思ってしまった。所詮、ウルトラマンはフィクションなのに。そんな存在なんて、現実にはいないのに。
「もう黙ってろよ! 俺にはウルトラマンなんて無理だったんだ! あんなふうに、誰かを助けるなんて無理だったんだ!」
アカネさんが好きだ。大好きだ。愛してる。
こんな状態なのに、まだ気持ちがあって、だからこそ、考えるほどに自分が自分で無くなっていく。何をして良いのかすら分からない。
怪獣は所詮、アカネさんのストレス発散。対象は、アカネさんの作ったオモチャたち。子どもの怪獣遊びと同じ。止めたとしても、最後は、一緒にいられない。
そんなの、どうすればいい。
「……もう、諦めさせてくれよ。……もう、無理だよ」
シグマの姿になってまで、こんな、泣き言を言って。
内海だって、見損なったはずだ。見限ってほしいと思う。そのまま、かっこいいグリッドマンとヒーローごっこをやっていて欲しい。
どうせ最後は消えるとしても、俺みたいに腐るよりも、何も知らないままでも、グリッドマンの活躍に一喜一憂している方が内海らしいから。
けれど、内海は――
「……ざけんなっ」
内海はその場を離れなかった。
暴言を浴びせかけた俺の近くにずっといて、うつむき、握った拳を震わせている。そして、小さく、唸るように言うのだ。
「おまえの言ってること、わけわかんねえよ。ニセモノとか、造り物とか。新条のことも、何にも分かんねえよ……!!」
でも、
「馬鹿野郎! 無理とか言ってんじゃねえよ!! 諦めてんじゃねえよ!!」
顔を上げた内海は、ただ、叫んだ。
「分かってるよ! 俺だって! ウルトラマンはただのフィクションだよ!!
この歳になってもウルトラマンとか! 分かってて、それでも好きだからオタクやってんだよ!!」
怪獣に、ウルトラマンに。
街を壊す脅威に、人を守るヒーローに。
空想の造り物が織りなすドラマに、魅了された。何年たっても、離れることなんて、考えられなかった。周りの連中が離れていっても。
お前もそうだろ、と内海が訴えている。
「ウルトラマンも怪獣も空想だ! でもさ! それでも好きだったんだろ!? カッコいいって思ったんだろ!!? あんなふうになりたいって思ったんだろ!!? じゃなきゃオタクやってねえよ!! 俺も、お前も!!!」
潰してやろうと思った。
ごちゃごちゃと叫んで、もう死にたい俺をひっかきまわして。無駄な希望を、無責任に与えようとする豆粒を。同じ造り物を壊してやろうと思った。
俺はもう、感触がない拳を振り上げて――。
内海へと、振り下ろした。
「……っ」
けれども、当てられなかった。
視界がにじんで、内海が何処にいるかも分からなかったから。そうでなくても、きっと潰すことなんてできなかった。
怯まずに叫び声が聞こえてくる。子どもみたいに夢を信じたまま、大きくなってしまったオタクの声が。
「グリッドマンはウルトラマンじゃねえよ! 戦いもリアルだよ! 俺は何にもできない役立たずだよ!
……でも、俺はワクワクした! 本当のヒーローが来てくれたから!! 怪獣だって倒せるし、不可能なんて無いって思った! 俺たちが夢見たヒーローが! 本当に来てくれたんだ!!」
どこまでも勝手な、子どもみたいな物言い。けれど、それを聞いていて、不意に昔のことを思い出した。
ウルトラマンを観ていたことを。
最初は、怪獣が街を壊したり、ヒーローが戦う姿がカッコよかった。防衛隊の戦闘機がカッコよかった。隊員もカッコよかった。そんなカッコよさだけで毎日眺めていられた。
だが、それは子どもまで。
一度、ウルトラマンを見るのが、恥ずかしいと思ったときがある。小学校の三年だったか、四年だったか。なんだか大人びた考えから、ウルトラマンを卒業して、漫画とかを趣味にしようと思ったとき。
最後に、少しテレビで見て、グッズも捨てようとして。
『……俺も、光になりたいな』
久しぶりにウルトラマンを見た。ティガの最終回を見て、涙が出てきたんだ。
だって、すごい面白かったから。感動したから。俺は素晴らしい物語を見ていると思えたから。
みんなが無茶だと、絶望しか待っていないと、工夫して、挑んで、それでも希望が潰えそうなときに。
世界中から声が届くんだ。
希望を信じる光が集まって、ウルトラマンが復活して。それで、あれだけ恐ろしかった邪神は、ただの怪獣になって倒された。どんな時も諦めなかった人間が、闇を掃った。
観終わった時に、ウルトラマンを捨てるなんてこと、できなかった。
きっと、それが、ウルトラマンが憧れになった時。もしかしたら、これもニセモノの記憶かもしれないけれど、瞼が熱くなる思い出。
そして、今、
「今! お前がそのウルトラマンなんだよ! お前が、俺たちの夢のヒーローなんだよ!!」
あの時のように、ウルトラマン好きが、俺を見ている。こんな絶望しかないような状況で、声をかけている。俺をヒーローだと思っている。
「そのお前が! お前だけは、ウルトラマンを否定すんなよ! 頼むから、否定しないでくれよ!!」
内海が、泣きながら。いつかの俺と同じことを、泣きながら訴える。
俺が、ウルトラマンらしくないことをしたことを。諦めて、自棄になって、それで全部を壊そうとしたことを。内海は自分の事みたいに怒っていた。
だって、本当は内海だって。
「俺だってグリッドマンになりたかったんだ! ウルトラマンになりたかったんだ! それで新条がヒロインだったり、そんな物語の主人公になりたかった!!
……でも、違うんだろ? 俺は選ばれなかったんだ。お前が選ばれたんだ!! だったら、ごちゃごちゃ言ってないで、戦えよ!」
俺だって、逆の立場だったら、そう思っていた。だって、こんなの、羨ましい。ヒーローに変身できて、怪獣から街を守って、助けたい誰かもいる。
そんな、子供の夢が現実になっている。
「ヒーローごっこ上等じゃねえか!! だったら待ってんのはハッピーエンドだよ! ご都合主義でも、ハッピーなごっこ遊びにしないといけねえじゃねえか!! こんなとこで諦めんな! 最後まで、なんでもいいから、できることをやるんだよ!」
ウルトラマンは空想の産物。そんなのわかり切ったこと。
けれど、俺たちはそんなヒーローに憧れた。造られた唯の映像は、俺たちにとって夢のヒーローになった。生きる力を、正しいことをしようという勇気を与えてくれた。
そして、
(……シグマは力を貸してくれた。本当のウルトラマンみたいに)
俺たちの空想は叶った。ご都合主義は、一度、起こったんだ。殺されてしまった俺は、どんな形でも、帰ってこれた。
シグマが俺を助けたいと言ってくれたから。
きっと、リスクばっかりだったのに。それでも、諦めないでいてくれる。こんなになっても、見捨てないでいてくれる。
そして、俺が守りたかった人も、
『リュウタ君』
もう一度俺と出会って、あの時と同じように名前を呼んで、それで、はにかむように笑顔をくれた。
まだ、彼女は悪魔になっていない。
まだ、俺は消えていない。
まだ、この世界は存在する。
(守るものが何もない? できることも何もない?)
そうして、滲む視界のまま、俺は立ち上がった。
『とどめだ! ニセモノ!!』
アンチグリッドマンが、グリッドマンを退けて、俺へと、俺たちへと攻撃を放とうとしていたから。
グリッドマンとそっくりなモーションで、グリッドマンとは違う禍々しい闇を。射線には宝多さん達のいる『絢』もある。足元には内海もいる。
だから、俺は。
「……シグマ! ……頼む」
『もちろんだ』
闇が奔って、俺の視界を真っ黒に染め上げ……。
そして、闇が晴れた。
「り、リュウ、タ?」
内海の呆然とした声。
その声が、後ろから聞こえてきて、少し安心する。情けない俺だけど、ちゃんと守ることができたと。友達を救えたと、分かったから。
目の前に立つ、アンチグリッドマンが俺へと尋ねてきた。
『何のつもりだ……?』
「……」
『貴様はもういい……!
ただのニセモノ! グリッドマンもどき! 奴には届かない半端者……!!
なぜ、おまえが立ち上がる!? どうして、力尽きない……!!?』
何もかも諦めていた俺へ。内海を、街を庇って、奴の光線を受け止めた俺へ。それでも、倒れなかった俺へと。
「……馬鹿だよな、俺」
もう何もできない? 全部がニセモノ? あの悪魔に言われるまま、諦めて、腐って、本当に情けない。
でも、そんな俺だけど、諦めたくはなかった。自分の憧れを裏切りたくなかった。
まだ、アカネさんがいるから。信じてくれる友達もいるから。俺だって、生きているから。何が待っているか分からないけれど、ヒーローが力を貸してくれるから。
「この世界が、俺たちが偽物でも……」
アカネさんの造りもので、おもちゃ箱で、俺たちの命に何の価値がなくても。怪獣を倒すことが、ただ、アカネさんのストレス発散の邪魔にしかならなくても。
それでも、内海は、記憶喪失の俺を友達だと言ってくれる。一緒にウルトラマンを見て、くだらない話で笑いあって、それで、俺の寂しさを埋めてくれた。こんな場所まで、危険を冒して走ってきて、励ましてくれている。
響は、行く場所のなかった俺を、泊めてくれた。しょうもないウルトラ話も、楽しそうに聞いてくれた。ぼんやりしているけど、きっと心の奥底からまっすぐで、同じように好きな子がいて。それで、戦いでは、いつだって助けてくれた
宝多さんもそうだ。記憶喪失の俺を信用して、男同士のノリにも呆れながら付き合ってくれたし、情けない俺に、お礼を言ってくれた。
それだけじゃない。バイトをさせてくれた店長。憎いけど、それでも気にかけてくれた兄貴。一緒にグランドを走り回ったサッカー部の友達。それに、気づかないうちに死んでしまった、殺されてしまった問川も、初デートの時、おせっかいなアドバイスをくれたんだ。
『アカネには、ぜったいに赤いペンダント!! こっそり買って渡せばポイント高いよ!!』
なんて。きっと、アカネさんは気づいていないけれど。
造られた存在でも、みんな、人形なんかじゃない。大切な、友達で、仲間で。そんな、みんなと、アカネさんと過ごした毎日は輝いていた。あの日々は色づいていた。
だから、
「アカネさんが好きだから。愛しているから……!」
アカネさんにとって、俺たちが造り物でも。
あんなに良い友達を、『いらない』って、笑いながら殺す子になってほしくなかった。暗い部屋で一人で嗤うんじゃなくて、みんなの真ん中で、幸せに笑って欲しかった。心の一つだって、あの悪魔に渡したくなかった。
だから、もう一度、願いごとを握りしめる。たった一つ、胸に刻んで走った願い事を。
『アカネさんを幸せにしたい』
戦いが終わったら、俺は消えるかもしれない。アカネさんと会えないかもしれない。
でも、俺たちにはヒーローが二人もいてくれるから、このヒーローごっこの最後には希望が待っている。
だから、もう!!
「ここから、一歩も、下がらない!!!」
溢れる優しさで、悪さえ癒したヒーローのように。
最強最速の敵にだって、ひるまず立ち向かったヒーローのように。
絶望の淵に立たされても、絆をつないだヒーローのように。
全ての歴史を連ねて、無限の力に変えたヒーローのように。
勇敢に新しい時代を切り開いた、ヒーローのように。
不可能な目標にだって果敢に進み続けた。無敵の怪獣にだって諦めず立ち向かった。
そんな、ウルトラマンに憧れてきた俺だから。こんな歳になっても、ウルトラマンが大好きな俺だから。
彼らのように大切な人を守っていきたいから。
後ろで見てくれる仲間の前で、似合わなくてもヒーローの名前を叫びたい。
「俺は、グリッドマン……。グリッドマン・シグマ!!!」
叫び、構え、闇の巨人へと走る。
全身が痛んだ。
痛みが、戻っていた。
体も、鎧も、ボロボロになっている。それでも、力は全身に満ちていた。ただ、『あの時』のように、何も考えずに走って、アカネさんを、みんなを助けるために。今は、この怪獣を、止める。
『……っ!!』
「ッ!!」
ぶつかり合って、身体が仰け反った。力には、大きすぎる差がある。怪獣の時よりも、もっと。けれど、負ける気はしなかった。ただただ、身体が熱くて、無いはずの鼓動が聞こえてくるほど。
「シグマ、情けなくてごめん! こんな俺でごめん! けど、もう一度、力を貸してくれ!!」
『任せろ! 共に行くぞ、リュウタ!!』
声が支えてくれる。きっと、限界ギリギリでも、耐えられる。
(なんとか、一発。撤退させるくらいに、でかい一発を!!)
そうして、敵を押さえながら、何か方法がないかと考えを巡らせていた時だった。
『アクセスコード、バスターボラー!!』
「……!!」
そんな掛け声と共に、側面からジャンプして突っ込んできたのは、ドリルが付いた戦車。それが、アンチグリッドマンへ勢いよく衝突し、不意を突かれた奴は、もんどりうって倒れる。
俺と敵との間に、ドリフトして停まる戦車。その意外な助っ人へと、俺は小さな声で疑問を零した。
「ボラー……? なんで?」
あんなにみっともない姿を見せたのに。一番正義感が強く、厳しいボラーは、俺を見損なったと思っていた。なのに、なんで、助けてくれるのか。
するとボラーは、鼻を鳴らし、ぶっきらぼうに言うのだ。
『ほんと、いつまでたってもぐずぐずしやがるし、文句はいっちょ前の癖にヘタレるし。こんなに街も壊して、いじけて、どうしようもねえ奴だって思うけどよ』
「……その」
『けどな! 最後の最後でも、踏みとどまれたなら上等だ!!』
明るい声。なんだか、厳しい先生が初めて褒めてくれたような声。顔が見えないボラーが、笑顔を向けてくれた気がした。
そして、俺たちは並んで、アンチグリッドマンへと向かう。
『説教は後! 今はあいつを倒すぞ!!』
「どうやって……」
『決まってんだろ! 合体だ!!』
合体。
グリッドマンのように。ボラー達の力を借りて、強化・パワーアップ。けれど、それは可能なのだろうか。ずっと、グリッドマンだけの装備だと思っていた。俺には使えない力だと思っていたし、ボラー達も何も言わなかった。
だが、ボラーは確信を持って、呼びかける。
『名乗ったんだろ!? お前はグリッドマンシグマなんだろ!? だったら、不可能なんてねえんだよ!!』
だから、
「……っ、ああ!!」
俺も、憧れたグリッドマンみたいに。
光と共に、俺の、シグマの体にボラーの鎧が装備される。バスターグリッドマンとは少し違う。グリッドマンの時は肩にあったツインドリルは、俺の両腕に。キャタピラが変形したランチャーは、両肩に。
バスターグリッドマンは見るからに遠距離型だったけれど、シグマの時は近距離型。
叫ぶ言葉は、自然と頭に浮かんできた。
「武装合体超人!!」
『バスターグリッドマン・シグマ!!』
なんだよ。本当にできるじゃないか。
シグマ、あれだけ無い無いって言ってたのに。
『すまない。勘違いだったようだ』
「……ははっ。まったくさあ」
戦いの中だってのに、あんなに最悪な気分だったのに。もう、笑えるなんて。シグマもジョーク言うんだ。
『笑ってねえで、さっさとケリをつけるぞ!!』
ボラーの元気な声に従い、アンチグリッドマンへ肉薄する。
敵は闇色の剣を出して、俺を斬りつけようとするが、さすがはボラーのドリル。刃こぼれもせず、攻撃をはじいていく。そしてパワーも、さっきまでとまるで違っていた。力強く、押し負ける気もしない。
これなら、勝てる。
『……っ、なぜだ!!』
状況の変化に、戸惑い、アンチグリッドマンが叫ぶが、構わず、ドリルを叩きつけた。体勢を崩したところで回転させ、両手で突き。シグマスラッシュのエネルギーが、回転する刃になってドリルを纏っていた。
打ち込んだ衝撃と、困惑と悔しさにゆがむ奴の顔。綺麗に決まった攻撃で、アンチグリッドマンが遠くへと吹き飛ばされる。
でも、まだ決まりじゃない。アンチグリッドマンは立ち上がりながら、駄々をこねる子どものように叫び、暴れた。
『俺は! お前を! お前たちを殺さなければいけない! 倒さなければ、俺は俺でいられない!! なのに、なぜ、お前たちは強くなる!? なぜ、倒れない!!?』
答えは、決まっている。
俺の後ろでウキウキ顔のウルトラオタクが、腕を振りかざし飛び跳ね、愛さえ知らないモンスターへと指差し叫んだ。
「よーく聞きやがれ怪獣! 誰かを守るヒーローは!! ぜってえに負けねえんだよ!!!」
ああ、まったく。
「そういうのって俺の台詞のような……。でも」
俺達にとっては当然の理由だ。
『……っ、そんなもの!!』
内海の答えが意外だったのか、怯みながら、アンチグリッドマンが両腕に闇を溜める。さっきと同じ、いや、怒りで増幅したのか、さらに威力は上だろう。
だったら、こっちも。
「シグマ! ボラー!!」
『ああ、リュウタ!』
『一気に決めるぞ!!』
両腕のドリルを構え、そこへと力を込めていく。感覚はシグマスラッシュ。そこへ回転と放出のイメージを加えた。
これ一発を出せば、必ず敵を倒せる。それが、必殺技。
『バスターグリッド――』
「シグマ、スラッシュ!!!」
放たれる光線。螺旋を描きながら、怪獣へと向かう光のツインドリル。
アンチグリッドマンも負けじと闇を放つ。だが、シグマと、ボラーが、力を貸してくれる。後ろには応援してくれる奴がいる。そんなシチュエーションで負けるなんてありえない。
一瞬の均衡。
しかし、ドリルで掘り進むように、俺の光線が押し始め、
『なぜ……! なぜだ……!!?』
疑問の声と共に、アンチグリッドマンが爆発した。
そして、
『殺せ……』
「……」
アンチグリッドマンは、地面に倒れたまま、諦めたように言う。あれだけ禍々しかった鎧は、俺と同じようにボロボロになり、威容もなにも残されてはいなかった。
不意を突こうとしている様子もない。
力なく、アンチグリッドマンがつぶやく。
『俺は、貴様らを殺すために生まれて……。結局、それを成せなかった。……もう、俺が存在する意味はない』
最後は泣き言みたいに。
俺は、その言葉の通りに、無抵抗な巨人へと腕のドリルを突きつけ――、
「……やめだ」
ボラーとの合体を解除した。
『……なんの、つもりだ』
怪獣が意味が分からないという様に、ようやく俺を見た。
それはそうだ。助ける理由はない。こいつは怪獣で、アカネさんの衝動を代行する存在。こいつがいなければ、アカネさんの罪が増えることはない。もう、これ以上、彼女に壊して欲しくないと、さっきの決意を想えば、とどめを刺すべきだと俺も分かっている。
けれど、
『なぜ、見逃す……』
「……俺だって、分かんねえよ」
こいつが、あの子どもみたいな怪獣が、必死に成長して、力及ばなくて、自分を無価値だと断じている。その姿が、打ちのめされていた俺と重なったからだろうか。最初に抱いていた、殺してやろうという気持ちはなくなっている。
でも、それだけじゃない。俺は、目を閉じて、憧れているヒーローの姿を思い浮かべた。それで、心は決まった。
「……ウルトラマンは、こういう時、とどめは刺さないからな」
『ウルトラ、マン?』
なんだ、人間態も持ってるのに、怪獣に変身できるのに、知らないのか。
「俺たちの、夢のヒーロー。……一度くらい、観てみろよ」
きっと怪獣だって楽しめるから。
『意味が、わからないぞ……』
そう言って、アンチグリッドマンは姿を消した。
悪いけど、俺だって色々ありすぎて、自分の気持ちが分からないんだ。怪獣に説明するなんて、無理だった。
大きく息を吐く。
内海はまだ後ろで『勝った、勝った』とはしゃいでいる。俺も、せっかくの初勝利に、少しは喜んでも良かったが、ボロボロになった、俺が大部分を壊した街を見ると、そんな気にはなれない。何人、このがれきの下にいるのか。怪獣どころか、俺だって人を何人も。
また自己嫌悪に沈みそうになる俺へ、シグマが声をかける。
『リュウタ』
「……シグマ?」
『手を前に出してくれ。……私も、記憶を取り戻した。そして、君となら、できる力がある』
そう言うシグマに従って、両手を前に構える。
言われるまま、戦意ではなくて、ただ、この街を直したいと、人を救いたいという気持ちを込めて両手に集中すると。それが現れた。
「……っ!! これ……」
攻撃に使うビームとは違う、穏やかで、柔らかい光。それが両手からあふれ出て、街へと降り注ぐ。すると、壊れたビルが、家が、道路が、元通りに再生されていく。
『フィクサービーム。私たちが持つ、癒しの力だ。人も物も、直すことができる』
「……ほんと、ずっるいな」
『そ、そうなのか!?』
いや、どうしたらいいんだ。色々と罪悪感とかあったのに、こんなにあっさり解決してくれたら。俺は苦笑いを浮かべながら、湿った声でお礼を言う。
「ありがとう。やっぱり、シグマはヒーローだよ」
まだ、終わりじゃない。
問題は山ほどある。アカネさんやアレクシスについて、内海達に説明しなければいけないし。その後はアカネさんを助けて、世界の問題も解決しなくちゃいけない。
ああ、ほんとに色々あるけど。
夢のヒーローと、友達がいてくれたら、何とかなるような気がしていた。
>NEXT「友・達」
作品構想以来、ずっと書きたかったシーンをお送りできました。
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