SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】   作:カサノリ

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超・人

「なぜ、この北斗と言う男は、何度も疑われるんだ? よほど信用がないのか?」

 

「……いや、そこは様式美というか」

 

「このヤプールという怪人も、地球侵略が目的というが、やることが小さい。俺なら、間髪入れずに怪獣を投入させる。ウルトラマンエースは、三分しか活動できないのだからな」

 

「そうしたら、エースもパワーアップするぞ」

 

「なぜだ?」

 

「正義の味方は負けないからな」

 

 特に、そんな卑怯な作戦をしてくる悪役には。平成になってたらフォームチェンジだし、あの時代でもウルトラ兄弟がやってくるところだ。普通に、ヤプールの敗北で終わる。

 

 けれど、隣の小さな怪獣は、

 

「……意味が分からない」

 

 と、画面を見ながら、怪訝な顔を続けていた。

 

 怪獣、アンチグリッドマン。いや、本人はアンチと名乗ったから、アンチが正しいのだろうか。ともかく、少年姿をした怨敵と並びながら、俺はじっとウルトラマンを観ていた。

 

 なぜかは、俺もよく分からない。

 

 困惑するのは俺ばかりで、アンチは一話一話どころか数分ごとに俺へとなれなれしく質問を繰り出していた。

 

 戦闘機は毎回落とされるが、出る意味があるのか、やら。なぜ、途中から女はいなくなるんだ、やら。どうして地球が狙われるんだ、やら。

 

 見かけ年齢は小学校高学年くらいなのに、幼稚園児を相手にしているようだ。正直に言えば面倒。だけれど、ウルトラマンを紹介してしまった手前、無下にもできない。あの戦いの後の発言が、こんな結果になってしまうとは俺だって予想外だった。

 

 けど、

 

「だが、このエースという戦士は強いな。特に、切断技が見事だ」

 

 なんて、淡々と言いながら、子どもみたいに目を輝かせている怪獣を、そんな姿を見てしまうと、付き合っている甲斐を感じてしまう。一週間ほど前には殺しあった間柄なのに。

 

「……どうしてだろな」

 

 呟く。

 

 どうして、こんな呑気に怪獣とウルトラマンを観ているのだろう。

 

 アカネさんを止める方法も、彼女の記憶を取り戻す方法も分からないまま、怪獣との決戦が、眼前に迫っているというのに。

 

 

 

 一週間前、響達は宣戦布告を受けた。

 

 準備が進んでいたツツジ台高校の文化祭を、アカネさんが怪獣で襲撃すると伝えてきたのだ。ご丁寧に、出現させる怪獣まで予告して。

 

 それがまた、えらく気合が入ったというか、これまでのデザインから一段二段も磨き上げた傑作だというのが、内海談。

 

 強力な怪獣が出てくる事に加え、文化祭中のツツジ台高校が戦場になってしまったら、被害がどれほどになるかも分からない。

 

 怪獣を倒せても、大量の被害を出したら俺たちの負け。

 

 これを何とかしようと、内海達もアカネさんへの説得を試みたらしいが、当のアカネさんは聞く耳持たず。それどころか、一笑に付されてしまったという。

 

(今頃、内海達は作戦会議中だろうな……)

 

 けれども、そこに宝多さんの姿はないだろう。

 

 あの後、宝多さんとの間で開いた距離は縮められないでいた。俺も店内で何度となく話す機会は作れそうだったが、話を振っても、部屋の奥へとそそくさと引っ込まれてしまう。

 

 俺も記憶を取り戻しても、世間的には死んだ人間。学校にも行けず、アルバイト生活を続けているだけだ。アカネさんと会おうとしても、街中で見かけることはできなかった。家にも向かってみたが、やっぱり人気はない。説得したくとも、機会がなかった。

 

 というよりも、意図的に避けられている気がする。アレクシスは、俺が思惑通りに動かなかったことを知っているから、何か、彼女に吹き込んだのかもしれない。

 

(状況を改善する手は、アカネさんの記憶も戻ることだけど)

 

 いきなり、『俺と君は恋人同士だったから、話聞いて!』なんて言えば、一足飛びに不審者どころか、抹殺対象。それを避けるためには、彼女の記憶が戻るのが一番だが、思い出してくれた唯一の例外である内海は、どうして戻ったのかも覚えていない。

 

 薄汚れた子供怪獣が突然『絢』の門をくぐってきたのは、ああでもないこうでもないと考えていた時だった。

 

「本拠地襲撃イベントかって、思ったら……」

 

 話を聞くと、アレクシスから追われていて、逃亡していたという物真似怪獣改め、アンチ。

 

 アレクシス達が何を考えているのかは分からないが、もしかしたら、グリッドマンみたいな闇の巨人に進化したのが、アカネさんの癪にさわったのかもしれない。以前、怪獣の出番を奪う偽ウルトラマン枠は嫌いだと言っていたから。

 

 その説明を聞いた俺たちは、アンチが此処へやってきたのは庇護を求めてのことかと思ったのだが、不機嫌顔の怪獣が行ったのは懐から汚れたDVDを取り出し、

 

『ウルトラマンとは、どう見ればいい?』

 

 と、俺に尋ねることだった。

 

『何かを守るヒーローは敗けないと、お前たちは言った。そして、俺はその言葉通りに敗北した。だから考えた。

 ……俺がお前たちに勝つためには、ヒーローを知らなければいけないとな」

 

 だとか。いくらなんでも素直すぎる。あのオタクのノリと勢いの台詞から、そう考えるなんて。

 

 その後、新世紀中学生による喧々諤々の大論争、無銭飲食を許した店長の度量やら、色々な場面が過ぎた挙句、俺はこいつを連れて懐かしの我が家へ戻ってしまった。

 

 響の家でなく、我が家。

 

 俺が死ぬ前まで住んでいたアパートへと。

 

 響の家に連れていくのは論外。人が多いところで騒ぎになっても困る。それでも、こいつを追い出そうとは、思えなかった。

 

 真剣にウルトラマンを観ることを、この怪獣は望んでいたから。

 

 そこで思いついたのは、俺の家なら、なんてこと。あの兄貴の様子を見ると、部屋が残っているかもしれないと考えて、その推測は当たっていた。

 

「……全然変わってないな」

 

 一旦、テレビから目を離し、懐かしの我が家を見渡す。

 

 棚に綺麗に並んだソフビの群れ。タンスの中には防衛隊のおもちゃ。BD-BOXの山。ぬいぐるみのハネジローも、優しい顔で出迎えてくれた。

 

 『あの』兄貴は、そのまま部屋を留めて、予備の鍵の隠し場所も変えていなかった。変わったところといえば、ドアの隙間に、

 

『君が誰かは知りません。けれど、もし俺の思う通りの人なら、この部屋を自由に使ってください』

 

 という書き置きが残されていただけ。それをみて、何を思ったのかは、ノーコメントとさせてほしい。

 

 そうして、怪獣と二人のウルトラマンエース鑑賞会を始めて、現在に至る。もう、二、三時間どころじゃなく時間が経ったが、すぐに飽きると思っていたアンチは微動だにせず視聴を続けている。このままだと、深夜に突入しそうな勢いだ。

 

(けど、のんびりと交流会をしても、仕方がないし)

 

 せっかく敵から来てくれたのだから、少しでも情報を仕入れておく方が良いだろう。

 

 俺は、横の怪獣に目を向けながら、声をかけた。

 

「……なあ」

 

「なんだ? 俺は超獣の倒し方を考えるのに忙しい」

 

 ドはまりじゃねえかよ。

 

 この怪獣は怒り以外の表情が薄いから、何考えているのか分かりにくくてしょうがない。

 

 けど、それを言ってもアンチは首を傾げるだけだろう。俺は構わず続けた。

 

「……。アカネさん、今、どうしてるんだ?」

 

 尋ねたかった、アカネさんのことを。

 

 するとアンチはしばらく黙ると、リモコンで一時停止を押し、俺へと振り返った。そして、真っ赤な眼が品定めをするように、俺をじっと見つめ、

 

「なぜ、新条アカネに興味がある?」

 

 と聞き返してきた。

 

「なぜって、好きだから」

 

 答えは即座に出てくる。けれども、そこへ返ってくるのも疑問。

 

「好きとは何だ?」

 

「なんだよ、その哲学。……一緒にいたいとか、楽しいことを共有したいとか、隣で生きていたいとか」

 

「なら、なぜだ? なぜ、お前は怪獣を倒す? 

 新条アカネの望みは怪獣を作り、破壊を行うことだ。お前が新条アカネと共にいたいのなら、それに協力するべきだ」

 

「……」

 

 怪獣は、こういうことを考えるのか、と思った。善悪の区別が存在していない。……いや、世界が造り物だというのなら、対抗策を考えている俺たちのこそが、異物かもしれないけど。

 

 もしかしたら、このまま続けても堂々巡りのまま、疑問に答えてくれないのかもしれないとも思った。

 

 でも、考え直したのは、もっと先のこと。この素直な質問くらいには答えられないと、アカネさんを救うこともできない。この怪獣は、アカネさんから生まれた存在なのだから。

 

 だから、俺はこの間の戦いで考えたことを、ゆっくりと伝えていった。

 

「ただ、一緒にいたいわけじゃないんだ。幸せになってほしいんだ。誰かにイラついて、毎日我慢できなくて、それで街を壊すとか、それが幸せだとは思えない」

 

「幸せとは望みが叶うということではないのか? 俺ならば、お前たちを打倒した時こそがそれだ。新条アカネも、怪獣を暴れさせたいと望んでいる。奴の望み通りにしてやればいい」

 

「違う。怪獣を暴れさせるっていうのは、ただの手段だ」

 

 怪獣遊びも楽しいと思っているだろうけど、楽しむだけを望むなら、毎日が怪獣大行進になるはずだ。何を壊しても良いと思っているなら、なおさらに。

 

 だから、アカネさんの望みは別。

 

 不安になりたくない。安心したい。楽しくなりたい。俺は雨の夜に、そんな彼女の叫び声を聞いた。

 

 俺たちと変わらない、平凡な、大切な望み。

 

 今、アレクシスに歪められたことでその望みを叶える手段が『怪獣』になっているだけ。手っ取り早いと言えば手っ取り早い。けれど、嫌いなものを排除した先に、安心が待っているとは、楽しくなれるとは、俺は思えなかった。

 

 アンチはそれを聞くと、腕をくみ、不機嫌な頭を傾げてしまう。

 

「……人間の考えることは、よく分からない」

 

「で、アカネさんは? 最初の質問、無視してんなよ」

 

「変わらず、怪獣を作り続けているだろう。それが俺にわかる全てだ。心の中、とやらを知りたいならば、俺に尋ねて何になる。直接、新条アカネに聞けばいい」

 

 それで終わり。アンチは視聴へと戻った。

 

 途端に疲れて、俺はため息を吐く。結局、分かったことはほとんど無い。アンチの質問へと、俺が答えただけ。けど、最後のアンチの言葉には納得できる部分もあった。

 

(言いたいことがあるなら、直接言う、か……。けど、会うこともできてないし、確実に会う方法は……)

 

 その時、ふと、部屋の隅に視線が向かう。部屋の中はそのまま。こうして、ウルトラマン関連のグッズまで残っているってことは、それ以外も……。

 

「……よし」

 

 俺は立ち上がって、それを手に取った。

 

 

 

 そして次の日、

 

「……なんでここにいるの?」

 

 戸惑い声が飛んできて、俺は後ろを振り向いた。

 

 ギコギコ、トントンと作業音。それに人間の楽し気な声が混じっている騒がしい空間。けれども、アカネさんの声は、真っ直ぐに俺の耳へと届いてくれた。

 

 振り返ったところには、不機嫌そうな顔をしたアカネさんの姿。彼女は疑問と困惑が入り混じった声で尋ねてくる。

 

「リュウタ君、不審者だったの?」

 

「不審者なんてヒドイな」

 

「だって、リュウタ君、うちの学生じゃないでしょ? 記憶喪失の、風来坊。なのに、そんな格好して、学校に来ちゃダメじゃん」

 

「……似合ってるとは思うんだけどなぁ」

 

 つい数か月前には、これを着て、ツツジ台に通っていたのだから。

 

 俺は、自分が袖を通した、懐かしの制服を見る。

 

 アンチの言う通り、アカネさんと出会いたいなら、彼女が確実にいる学校を探すのが一番早い。ちょうど今は文化祭の準備期間中だし、一人くらい見慣れない奴が混ざっていても分かりはしないと考えた。

 

 そんな期待通り、入校して十分ほどで、こうしてアカネさんの方から俺を見つけてくれた。

 

 上手くいったことに安堵し、俺は少しだけ、懐かしい空間を感じてみる。

 

 廊下を歩く感触、声、音、香り。みんな、俺の記憶通りに残っている。アカネさんと出会って、思い出を重ねた、大切な場所。そこへ仮初でも戻ってこれて、アカネさんと話ができた。

 

 そのことを心の中で噛みしめながら、それでもアカネさんを刺激しないよう、気軽な調子で話を続ける。

 

「明日だったよね? 文化祭」

 

「そーだよー。なに? 待ちきれなくて来ちゃったの? 文化祭とか、好きだったり?」

 

 考えて、

 

「どっちかって言うと、嫌いかな?」

 

 素直に言った。

 

 騒がしいし、クラスメート同士の私語が盛んになる場面は、趣味を隠していた俺にとって好ましいとは言えない。いつボロが出るか分からないから。中学時代は、ほどほどに参加して、誤魔化してばかり。

 

 すると、アカネさんは手を叩いて笑う。

 

「おんなじー! みんな馬鹿みたいにはしゃいじゃって。人混みも、大声も、イライラしちゃう。こんな文化祭、やらなくてもいいのにね。

 誰だろ? やりたいなんて言ったの。そんな人たち――」

 

 

 

 怪獣で潰しちゃわないと。

 

 

 

 そう、アカネさんは、無表情で告げた。

 

「……そっか」

 

「そうだよ」

 

 一瞬で、俺たち以外の声が聞こえなくなった。

 

 アカネさんはどこかバツが悪そうに、肩を落としながら言う。

 

「……もう、知ってるんでしょ? アレクシスから聞いたよ。リュウタ君、私がやってること知ってるって」

 

「うん」

 

「……いつから?」

 

「この間の。校庭で会った、ちょっと前」

 

 嘘はつかない。

 

 そう言うと、アカネさんは意外そうに目を開いた。緊張したような無表情が溶けて、嬉しそうに頬がほころばせ、そのまま、両手で包むように、口元を押さえる。

 

「ふふ……。

 あはは!! じゃあ、なに? リュウタ君、私のやってること知ってて、それで私のこと好きって言ったの?」

 

「うん」

 

「リュウタ君から見たら、私、敵だよ?」

 

「どんな立場でも。俺は、君のことが好きなんだ」

 

 アカネさんは、もう満面の笑顔だった。胸の奥のつかえが消えたような、何の不安も感じていない、無邪気な笑顔。笑い声を零しながら、自分は上機嫌だと一通り示して、俺を見る。

 

「……ほんと、リュウタ君って! でも、そうだよね。リュウタ君、怪獣大好きだし! ……ちゃんと私のこと分かってくれてる」

 

 次に、アカネさんが言うことは予想できた。

 

「だったら、私と一緒に怪獣で遊んでよ」

 

 考える時間はいらない。

 

 答えは決まっている。

 

「それは、断るよ」

 

 言ってから、やっぱり胸が痛んだ。アカネさんを否定したくはなかった。

 

 暴れたくなる気持ちも分かる。それでも、認めることはできなかった。アカネさんが幸せになるためには、そんな手段は必要ないって、前よりも強く思う。シグマと共に戻ってきてからの日々が、そう思わせてくれた。

 

 けれど、その言葉はアカネさんの琴線に触れてしまったのだろう。彼女の声色は、あの夜と同じように、固く張り詰めていく。

 

「……変なの。リュウタ君なら分かってるでしょ? 

 私、別に悪い事はしてないじゃん。みんなみんな、私の造り物。私が造った、私が幸せになるための街。それがこのツツジ台。私が殺したのも、壊したのも、私を傷つけた、いらない人」

 

 だから、殺しても構わない。罪にも問われない。

 

 アカネさんの視線は、鋭すぎるほど俺へと突きつけられていた。

 

「安心して? 君は、殺さないよ。グリッドマンは倒しちゃうけど、君は特別。 

 私を好きだって言ってくれる人。私が一緒にいてもいいって思える人。六花も、君も。私の周りにいたら、ちゃんと幸せにしてあげる」

 

 赤い眼が求める。

 

「なのに、なんで戦うの?」

 

 俺の同意を。

 

「他の人がそんなに大切?」

 

 淡々とした、強い声に、俺は少しだけ息を吐いた。

 

 ずっと考えていた。記憶が戻ってから、どうすれば、アカネさんは幸せだと思ってくれるのか。不愉快なものでも、壊さないでいてくれるのか。

 

 俺の気持ちは、既に伝えている。けれども、それだけじゃだめだ。ただの理想論じゃ、アカネさんは受け入れてくれなかった。だから、俺は怪獣に殺されてしまった。

 

「……あ」

 

 その時、俺の目が捉えたのは、懐かしい校舎と文化祭の熱だった。みんな笑顔で過ごしている。唯のお祭りじゃない、大切な友達、あるいは恋人と、青春の一ページを刻むために、一年に一度の一日を楽しもうとしている。

 

 昔の俺なら、きっと愛想笑いを浮かべて、みんなの輪の隅に隠れていたけど。

 

(アカネさんと出会った後は……。アカネさんが好きになった今は、違うんだ……)

 

 伝えたい言葉が決まった。俺はアカネさんへと向き直り、ゆっくりと言う。

 

「……ねえ。明日の文化祭、俺と一緒に回らない?」

 

「……え?」

 

「アカネさんと、回ってみたいんだ」

 

 今度は俺から手を伸ばして。その手を、アカネさんは眉をひそめながら見つめてくる。でも、そこへとアカネさんの手が重なることはない。

 

「さっき、嫌いって言ってたじゃん」

 

「そうだよ。……けど、アカネさんと一緒なら、楽しくなりそうだから。思い出にできると思うから」

 

 きっと、誰かが一緒にいることが大切なんだ。

 

 アカネさんに告白した初デートの日。あの日も突然ぶつかってきた奴らに苛立ったし、その時だけは気分が落ち込んだ。けれど、それがきっかけでアカネさんに告白もできた。忘れられない大切な日になった。

 

 それと同じなのだと思う。

 

 怪獣がいなくても、壊さなくてもいい。一人きりだと嫌いで仕方ない物も、誰かと一緒に共有できれば違う。ちょっとの失敗も、トラブルも好きになれる。

 

 俺や宝多さん、他の誰でもいい。みんなと一緒に笑顔で楽しめたら、アカネさんにも、分かってもらえると思ったから。

 

 けれど、アカネさんはその手から視線を外して、うつむいた。

 

「……ワケわかんないんだけど。

 言ったよね? 文化祭は開かれない。私の怪獣が全部壊すから」

 

「そうはならないよ。

 俺たちが、怪獣を止める。……だから、一緒に回ってほしい」

 

 途端に、アカネさんの笑顔が凶悪な色を帯びていく。

 

「ふざけないでよ……! 

 響君たちから聞いてない? 今度の怪獣は特別なの。グリッドマンにも、リュウタ君のシグマにも負けない大怪獣! よく、そんなこと言えるよね!」

 

 赤い目が、鋭く細められる。

 

「賭け事のつもり? こんな鬱陶しい文化祭を回ろう? 全然興味ない。つまんない。そんなの気にするなんて、バカじゃないの?

 ……ちゃんと怪獣と戦わないと、リュウタ君だって殺しちゃうから」

 

 最後にそれだけ残し、瞬き一つの間に、アカネさんは姿を消してしまった。

 

 あとには、文化祭と生徒の喧騒が戻ってくるだけ。

 

「……っ」

 

 胸が詰まる。拒絶とも、警告とも取れる言葉を聞くのは、初めてだった。そういう言葉をかけられることも、覚悟はしていたつもりだった。けれど、こんなに胸が苦しくなるとは思わなかった。

 

 けど、

 

(俺が前に断った時も、アカネさんは同じ気持ちだったのかな……?)

 

 だとしたら、俺は責任を取らないといけない。このくらいの辛い思いをさせてしまったのなら、それでも止めたいと思うのなら。今の辛さなんて我慢して、アカネさんを助け出さないとダメだ。

 

 そのためにも、

 

「……もう二度と、殺されない。この学校だって、文化祭だって壊させない」

 

 俺たちが何度でも守りきれば、諦めずに呼びかければ、いつかはアカネさんも。

 

 だから

 

「シグマ、一緒に戦ってくれ」

 

『もちろんだ。私の使命はこの世界を、君の願いを守ることなのだから』

 

 

 

 そうして、日が暮れ、日が昇り。

 

「よ!」

 

「お、みんな、揃ったんだ」

 

「おう! 作戦も、準備もバッチリだ!」

 

 元気に手を伸ばすウルトラオタクとハイタッチを交わし、少年は周りを見渡した。内海も、裕太も、少しだけ申し訳なさそうに頭を下げた六花も。そして、頼もしい不審者たちも、全員がそろって、ジャンクの前に集っている。

 

「一緒に行くのは、初めてだな」

 

「うん。よろしく、リュウタ」

 

 そして、裕太と並び、目を閉じて、決意を固め、初めて、一緒に合言葉を叫ぶ。

 

「「アクセス・フラッシュ!!!」」

 

 

 

 新条アカネはつまらなそうに街を眺めていた。

 

 喫茶店の準備を急ぐ教室で一人、コスプレもせずに。誰もそんなアカネを気にしていない。アカネも、クラスメートを無視している。

 

 考えることは一つだ。どうやって怪獣がグリッドマン達を打倒し、文化祭をめちゃくちゃにするか。特に、文化祭なんかに気を取られた少年は、念入りに懲らしめて、余計なことを考えさせないようにしないといけない。

 

 今、この場にいるのも、それを最前で眺めるためだったのに。

 

(……ほんと、余計なことするよね)

 

 校舎の前に降り立つ二つの光。

 

 グリッドマンと、グリッドマンシグマ。ウルトラマンよろしく赤と青の巨人コンビ。その姿を見て、生徒が悲鳴をあげ、教室から離れていく。避難する者と、スマホで写真を撮る者が半々くらいだろうか。

 

 それでも、生徒たちは異変へ準備をしてしまった。グリッドマン達も迎撃の用意をしている。学校の間近に出現させて、一気にぶっ壊す作戦は失敗。

 

 だからアカネは、一つの舌打ちを残し、

 

「……アレクシス、やっちゃって」

 

 開戦を電話口へと告げた。

 

『インスタンス・アブリアクション!!!』

 

 

 

 そして、青空の元、二人の巨人と大怪獣が向かい合い、

 

 

 

「……なんで?」

 

 数分後、新条アカネは呆然と呟いていた。

 

 彼女の目の前で、戦いが起こっている。

 

 赤と青のグリッドマンと、彼女が造り上げた自慢の怪獣との戦い。何日も練り続けて、削り続けて。それで、グリッドマンにも、誰にも負けないと自信満々に実体化した怪獣。

 

 アカネが選んだそれは、合体怪獣だった。

 

 グールギラスの屈強な身体。デバダダンのレーザー砲。アンチのカギ爪。ゴングリー改の触手。ネオゴーヤベックの堅牢な皮膚。全身の死角を失くし、ついでに各怪獣の攻撃能力はてんこもりにした大怪獣――

 

 だったのに。

 

 けれど、それが。

 

「……っ、なんで!?」

 

 アカネは叫ぶしかなかった。

 

 怪獣は、二人の相手になっていなかったのだから。

 

 

 

 グリッドマンとシグマの動きは機敏だった。

 

 怪獣が触手を伸ばしたのを見るや、二体の巨人は高らかに飛び立ち、市街地へ被害が出ないように旋回する。

 

 当然そこへ向けて触手は伸ばされるが、グリッドマン達は弾丸のような光線を出し、あるいは光を纏った腕で両断していく。ゴングリーの棘に囲まれた、ガスを振りまく触手。それらは切られた傍から再生するが、それならばと二人は協力し、触手同士を絡ませ、ひとまとめにしてしまった。

 

 的が固まれば、後は壊すだけ。グリッドマンとシグマが揃って刃のような光線を放つと、絡まった触手が爆散し、怪獣が悲鳴を上げる。

 

 けれども、怪獣とてひるまない。

 

 戦いは始まったばかり、触手が通じないとしても、攻撃手段も体力も十分に残されているのだから。

 

 怪獣の背中からデバダダンのレーザー砲台が伸びる。その攻撃速度と射程は、デバダダン以上。グリッドマン達が下方でチカリと瞬きを確認した瞬間、光線は彼らを直撃した。

 

 一撃、二撃、と。怪獣は何度も巨人へ向けて連続射撃。二人の巨人は炎と煙に包まれ、一瞬、街は静かになる。

 

『GyaGyaGayGya!!』

 

 怪獣の勝鬨。だがそれは、見当違いだ。

 

 次の瞬間には煙の中から、グリッドマンが現れた。

 

 巨大な腕を携えて。

 

 それは二度も自慢の怪獣を屠った、アカネにとっても怨敵に等しい姿。

 

 

 

『剛力合体超人、マックスグリッドマン!!』

 

 

 

 変化したのはグリッドマンだけじゃない。その背後から、一筋の青い光が飛び出す。それは目にも止まらぬ速度で、空へと曲線を描き、怪獣へと迫りきた。

 

 アカネが知らない、青い巨人の新たな姿。

 

 

 

『大空合体超人、スカイグリッドマン・シグマ!!』

 

 

 

 シグマの背中に、戦闘機が変形した飛行ユニットが装備された高速形態。脚に装備されるグリッドマンと違い、直線的な早さはないが、器用にバーニアを噴かせて、三次元を縦横無尽に移動することが可能となる。

 

 敵の再動を認めた怪獣は、再びレーザーを上空へと乱射するが、トンボのような動きで翻弄するシグマには当たりもしない。むしろ怪獣の後先を考えない連撃は、自身の砲台を焼きつかせる結果を生む。

 

 攻撃の隙は見逃さない。レーザーが止んだ瞬間に、シグマの背からミサイルが放出される。

 

 それらは地上の怪獣へと打ち込まれるも、怪獣の装甲の前には有効打ともなりえない。生半可な攻撃では貫けないほどの強度。だが、ミサイルはただの目くらまし。本命は既に、怪獣の近くへと迫っていた。

 

『ハァアアアア!!!!』

 

 雄々しい声とアッパーカット。

 

 シグマが攪乱した隙に、地面を大きく踏みしめたマックスグリッドマンが、その剛腕を振るったのだ。

 

 ミサイルでは破れない皮膚も、規格外のパワーを秘めた巨大な腕の前にはひとたまりもない。

 

 バキバキと、ひしゃげた音と共に怪獣の外装が破れる。いや、それだけではなく、パンチの威力は巨体を勢いよく上空へと跳ね上げるほど。

 

『まだまだっ!!』

 

 そこへ飛来したシグマは怪獣を下から押し上げ、街から高高度へと運んでしまった。

 

『Gyaaaaaaa!!』

 

 怪獣の苦悶の声が、青空の下で響く。

 

 しかし、周りに遮蔽物が無くなったことは怪獣にとっても有利に作用する。怪獣の目的は、巨人の打倒だけでなく、街の破壊だから。

 

 上空は大量破壊を行うには格好のロケーション。怪獣はこれ幸いと攻撃を放つ。デバダダンのレーザー砲だけでなく、ゴーヤベックの火球や、その他、細かいエネルギー弾まで。

 

 花火が咲き誇るように、怪獣を中心に殺意の雨あられが発射される。

 

 けれど、グリッドマン達はそんな暴虐を許さない。既に作戦は考えていた。

 

 光と共に、彼らの姿が変わる。

 

『武装合体超人、バスターグリッドマン!!』

 

『剛力合体超人、マックスグリッドマン・シグマ!!』

 

 ウルトラオタクが考えた、合体怪獣を倒す方法。

 

 それは、全戦力を投入しての総力戦。

 

 だが、それは一度失敗している方法だ。アシストウエポン四機が同時出撃すれば、グリッドマン共々フリーズしてしまう。決戦中に上空で固まったら、今度こそ目も当てられない。

 

『じゃあ、二機までなら、どうだ?』

 

 オタクが眼鏡を光らせ言った。

 

 グリッドマンと二機のアシストウエポン。そこまでなら、同時出撃は可能ではないか? 全機合体する必要はない。むしろ、グリッドマンとシグマが、機を見て、攻撃パターンを変えていけば変幻自在の攻撃ができる。

 

 その考えた作戦は、現状を見るに大成功であった。

 

『バスターグリッドミサイル!!!』

 

 グリッドマンが下からミサイルを乱れ撃ち、怪獣の殺意溢れた花火を相殺していく。数百は上るミサイルのパレードは、一発も、市街地へと敵の攻撃を届かせなかった。

 

 そして、怪獣の真上から、

 

『オラァアアアアアアア!!!!!』

 

 マックスグリッドマン・シグマ。巨大な戦車が変形したユニットを、脚に装備した青い巨人が、猛烈な勢いで怪獣をボールのように蹴り落とす。

 

 不格好なほど巨大な足は、マックスグリッドマンよりも取り回しは難しいが、当たった時の威力は巨腕に勝る。

 

 怪獣は上から下へと。ツツジ台高校から離れた空地へと叩きつけられた時には、怪獣自慢の皮膚はヒビだらけとなっていた。装備の多くも失われ、動きは鈍い。

 

 けれども、グリッドマン達の攻撃は止まらない。

 

『大空合体超人、スカイグリッドマン!!』

 

 今度はグリッドマンが飛行型へと変化。素早く怪獣へ肉薄すると、腕のブレードで怪獣の背中から残った攻撃部位を根こそぎ切り落とす。

 

『武装合体超人、バスターグリッドマン・シグマ!!』

 

 そこへとどめとばかりに、ドリルを構えて突撃するのはシグマ。

 

 グリッドマンのおかげでエネルギーを貯める時間は十分にあった。光を纏った鋭い双螺旋は、怪獣から最後の防御である皮膚を剥がし、核となったグールギラス本体へと攻撃を届かせる。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaa!?!?』

 

 怪獣が苦悶する。

 

 合体怪獣ゆえの豊富な装備は、敵へ一つのダメージを与えることもなく、真価を発揮する間もなく攻略されてしまった。

 

 何よりも強い怪獣として作られたのに、まだ、満足な破壊一つ成し遂げてはいない。

 

 目的を果たすことだけが存在意義。それを成し遂げるため、余計なギミックは邪魔だと怪獣は選択する。

 

 巨人を倒すには極大の攻撃を放ち、全てを壊すしかない、と。

 

『っ! あれは!?』

 

『ちょっとヤバいな……』

 

 合体を解除し、並んだグリッドマン達が強く構えた。

 

 ぼろぼろとなった怪獣。それは四本足でしかりと地面を掴むと、不格好に丸く膨れ上がり、恐竜を思わせる頭部に光が溜まろうとする。じりじりと焼け付くようなエネルギーの奔流。

 

 照準の先はグリッドマンとツツジ台高校へ。

 

 残ったエネルギーを全て放出しようかという攻撃は、怪獣自身の体すら自壊させるほど。どれだけの破壊力を持つか、予想できない。

 

 だが、その程度では、

 

『シグマ!! 五秒、持たせてくれ!!』

 

『っ! 分かった!!』

 

 ハイパーエージェントは、止まらない。

 

 光と共に消えるグリッドマン。取り残された青い巨人は、けれど、グリッドマンに任されたことが誇らしいと、ためらいなく怪獣の前に立ちふさがった。

 

(……ただ耐えるだけじゃない。俺だって!!)

 

 いつだって、負けることを考えるヒーローが、何かを守ることなんてできない。少年は、自身が憧れるヒーローを思い浮かべながら立ち向かうことを選び、巨人はそんな少年の成長に応え、力を与える。

 

 胸の前で組んだ、シグマの両腕が、怪獣に負けないほどに発光する。

 

 今までは見せなかった、いや、できなかった必殺技。

 

 腕はゆっくりと、右手を縦に、左手を横に。半世紀を超えて尚、受け継がれていく、ウルトラマンの、正義の巨人の代名詞。誰だって知っている光線の構えに似せて。

 

 少年とハイパーエージェント。二人で作り上げた巨人が叫んだ。

 

 

 

『グリッド――!!!!』

 

 

 

『ビーム!!!!』

 

 

 

 放たれた輝く青い光線。

 

 そこへすかさず怪獣の極大光線が応撃する。

 

 その激突は、街全体へと風を広げ、晴天から霞み雲さえ奪い去り、青く青く世界を染め上げた。

 

 威力は互角。いや、シグマの方が僅かに弱い。徐々に、徐々にと、押し負け、怪獣の攻撃がシグマへと迫っていく。それでも、シグマはひるまない、下がらない、退かない。

 

 なぜなら、彼の仲間が、憧れのヒーローが約束しているのだから。

 

 五秒、経った。

 

 

 

『グリッドォ、ビーム!!!!』

 

 

 

 加わる声と光線。 

 

 シグマの隣にグリッドマンが並んだ。

 

 この瞬間、ジャンクの前の少年も、巨人の中の少年も、街中に隠れ潜むウルトラオタクたちも、歓喜の声を轟かせ、熱く魂をたぎらせるシチュエーションがそこにあった。

 

 巨人が並び、共に必殺技を放っているのだ。

 

「これだよ!! 待たせやがって!! ダブル・グリッドビームだ!!」

 

 ジャンクを通して、少年の叫びがグリッドマン達に届く。

 

 そして怪獣の光線は、なりふり構わない最後の一手は、ヒーロー達の必殺技によって相殺され、世界へ光の粒をまき散らすだけで終わった。

 

 満身創痍の怪獣はようやく気づく。

 

 シグマの隣に並んだグリッドマンが、どこか、小さくなっていたことに。先ほどまでのサイズと比べて、半分ほどしかないことに。

 

 グリッドマンの背後で、光の通路が開く。やってくるのは、グリッドマンの四人の仲間達。

 

 怪獣に感情があれば、きっと、絶望的な状況に顔を青く染め、土下座でもして許しを乞うたかもしれない。けれど、悲しいことに、敵は愛さえ知らないモンスター。逃げるという選択肢は与えられてもいなかった。

 

 立ちふさがるのは、今度こそ、真の強さを発揮した、ハイパーエージェント。

 

 

 

『超合体超人』

 

 

 

『フルパワーグリッドマン』

 

 

 

 静かな声と共に、怪獣の命運は決まった。

 

 

 

「ねえ、待ってよ!!?」

 

 アカネは目を見開き、叫び、誰とも知らずに訴える。声が届かないとしても、それでも、それでも。

 

 怪獣が崩れていく。

 

「私、頑張ったんだよ!?」

 

 切り刻まれていく。

 

「君に見てほしくて、頑張ったんだよ!?」

 

 踏みつけられていく。

 

「強い怪獣を作ったの! カッコいい怪獣を作ったの!! まだ、何もやってないじゃん!! ちゃんと見てよ!!! ちゃんと戦ってよ!!!」

 

 少年が好きだと言っていた合体怪獣。少女と少年が好きな怪獣。それが現実にいるのに。目の前にいるのに。なんで見てくれない。見惚れてくれない。

 

「そんな、」

 

 倒さないで。

 

「そんな、」

 

 苦闘の末の決着ならまだ良い。

 

 テレビのような、ドラマチックな決着ならまだ良い。

 

 怪獣の魅力が十分に引き出された決着ならまだ良い。

 

 けれど、そんな。

 

 怪獣を見向きもしない、ドラマもない決着なんて。

 

「私の怪獣を、邪魔者みたいに倒さないでよ!!!!」

 

 その本音を、心の底から叫んだ時だった。

 

 

 

『バカみたい』

 

 

 

 蔑む声が、聞こえた気がした。

 

「……ぇ?」

 

 振り向く。けれど、そこには誰もいない。

 

 誰もいないのに、声だけは聞こえる。少女を糾弾する、冷え切った声が。

 

『リュウタ君が、喜ぶとでも思ったの?』

 

「……だ、れ?」

 

『分かってたくせに。喜ぶわけがないって。嬉しがるわけがないって』

 

「……そんなことない」

 

『知ってたでしょ? リュウタ君が私を許すわけないって』

 

「……そんなの嘘!!」

 

『知ってて、ずーっと誤魔化してた。気づいていたのに、蓋をして隠してた。考えようともしなかった。私を見てくれる。好きでいてくれる。また一緒にいられるって』

 

「……なんで、そんなこと言うの!!?」

 

 アカネは頭を押さえて、うずくまる。

 

『新条アカネはうそつきだから』

 

『新条アカネは人殺しだから』

 

『新条アカネは悪魔だから』

 

 アカネは涙を流しながら、顔を上げる。

 

 誰もいない、文化祭の名残だけが残された寂しい教室。

 

 目の前に、立っているのは、

 

『そんな自分を殺した女を、もう一度、好きになるわけないじゃん』

 

 泣きはらした、新条アカネの姿だった。

 

 

 

「っ、黙ってよ!!!!!」

 

 

 

 大きな音。

 

 発作のような、激しい呼吸。

 

 アカネは床に突き立てたカッターを引き抜くと、もう一度、顔を上げる。そこに、『新条アカネ』はいなかった。

 

「……いいよ」

 

 立ち上がったアカネは、ふらふらと教室から出ていく。誰もアカネを観ようともしない。外に、怪獣に、いや、怪獣を倒したヒーローに向かって声援やカメラを向けるだけ。

 

「もう一度、こんどこそ……」

 

 誰も聞かない呟き声だけを残し、新条アカネは一人、喧騒から離れていった。 




>NEXT「泡・沫」



佳境へ向けて、次回が最後のワンステップです。

少しだけお待ちください。

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