インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
愛する者の為
終わりが無く、このまま遥か高くまで永遠に続いているのではないかと思わせるほど、長い石造りの螺旋階段。
周囲の景色がほとんど変わらず、どこに居るのか、どれぐらい走っているのか感覚が麻痺して分からなくなってしまいそうなその階段を、一人の少年が駆け上がっていた。
薄暗い空間に溶け込むほど黒く、激戦を戦い抜いた後のようにボロボロの衣服をまとった少年は、息を切らせながら必ずあるはずの終点を目指してただひたすらに走り続ける。靴が段を一つ一つ踏み鳴らす音、乱れる自身の呼吸音、外や下の階から微かに聞こえてくる戦闘音。数々の音を聞きながら走っていた少年だが、ふと足を止める。
「……あれか」
目の前にあるのは、少年の身長を一回りも二回りも越える巨大な扉。それを力強く鋭い眼で見据えながら、少年は扉の正面まで歩み寄る。
少年はそっと、右手で扉に触れる。そのままどこか緊張した面持ちで扉を見つめ、ゴクリと唾を飲み込む。
「これで最後だ……本当に、これで……」
目を閉じて、左腰に差した剣に手を添える。深呼吸をして、暫しその状態のまま静止する。
「……行くぞ」
そう自分に言葉を掛け、少年は右手で扉を押し開いた。まるで巨大な金庫の扉を開いたような大きな重い音が響き、彼は扉の先へ足を踏み入れる。
扉の先は、完全な暗闇だった。外からの光も一切差し込んでいない。恐らく窓も何も無いのだろう。
そんな未知の空間にも少年は恐れる素振りを見せずに、真っ直ぐ歩みを進める。コツリと、床を踏み鳴らす音が闇の中に響き渡る。
十歩ほど彼が歩みを進めた瞬間、突然彼の背後――先ほど開いた扉の両端に赤い炎が、ランプのように灯る。そしてそこからまるで円を描くように、炎が次々と灯り始める。
数秒後、炎が扉の反対側まで灯った頃には、辺りを包んでいた暗闇は無くなり、部屋の全貌が照らし出された。
直径約百メートルはありそうな、円形状の空間。柱など障害物は何も無く、どこまでも開けた空間。正面には、さらに上に続く階段があるであろうもう一つの扉。
そしてその扉へ続く道を妨げるように部屋の中心に立つ、一人の少女。
腰辺りまで伸びた煌びやかな栗色の長髪。スラリと伸びた腕と足。完璧と言っても過言では無いバランスの取れた体型に、小さく綺麗に整った顔――まさに、美少女と言うべき少女だった。
ゴスロリ風と言い表すのが相応しい漆黒のドレスに身を包んだその少女は、目の前に立つ少年を人間のものとは思えないほど紅く染まった瞳で見据えると、その目をうっすらと細め、口元をニヤリと吊り上げた。
「待ってたよ……
胸元に両手を添えながら、少女は少年に声を掛ける。脳がとろけそうな猫撫で声に、双真と呼ばれた少年は何も返さず、彼女を見つめたまま歩み出す。
「もう……冷たいなぁ、双真は。いつもみたいに
少女――茜は幸せそうに顔を綻ばせ、両手で肩を抱えながら、甘えるように全身をくねらせる。しかし、双真はやはり何も言葉を返さず、彼女を見つめ歩くのみ。
「ウフフッ……そんなに熱い眼差しで私を見つめて……ちょっと恥ずかしいよ。嫌じゃ無いけど」
茜はそんな事も気にせずに、マイペースに笑顔で一人で喋り続ける。
双真はその笑顔と言葉に、 微かに表情を険しくする。その笑顔の中に、狂気を感じたからだ。彼にとってはもう何回も味わった、彼女から溢れ出る狂気。
その狂気の正体は、彼女の愛。双真に対する、おぞましいほどの愛情。それが彼女から滲み出る狂気の正体だ。双真はその狂気の愛に、今まで幾度と無く苦しめられてきた。だからこそ、彼は彼女と対峙する。全てを、終わらせるために。
ピタリと、双真は茜から数十メートルほど離れたところで足を止める。
「どうしたの? もっとこっちに来ていいんだよ? 私がギュッと抱き締めてあげるから。それとも、私を抱き締めたい? 私はどっちでもいいよ。双真に寄り添えるなら、幸せだから」
「……茜。ここで、全てを終わらせよう」
「終わらせる? 何言ってるの、むしろこれからだよ。ここで私と双真は一緒になって、二人切りで愛を育むの。ここから始まるんだよ、私と双真の――」
「いいや、ここで終わりだ。……終わらせなきゃ、いけないんだ」
最初は静かだった声が、だんだんと強さを増す。
「ここまで、色んなものを犠牲にしてきた……それでも、俺はここまで戦ってきた。全てはお前の為に……お前を止める為にだ!」
叫び、右手で腰に差した剣を素早く引き抜く。
同時に――鍔にはめ込まれた蒼い宝玉が光り輝き、剣から蒼い炎が燃え上がる。その炎はまるで生きているかのように動き、双真を守るように全身を包み込む。
「…………」
その炎を見た瞬間、今まで笑みが浮かんでいた茜の顔が変わる。静かな殺意を感じさせる、不機嫌そうな表情に。
「……やっぱり、双真は今の私を愛してはくれないんだね」
「……これで最後だ。そうすれば……全部、終われる」
「そっか……なら、しょうがないね。とっても、とっても苦しいけど……」
そう呟きながら、茜は苦しそうに胸を押さえて俯く。だが、双真は心配そうにもしなければ、動こうともしない。この後彼女がどうするか、分かっているから。
次の瞬間――彼女の体から、紅い炎が燃え上がる。揺らめく紅蓮の炎に身を包みながら、茜は顔を上げた。狂気に満ちた、歪な笑顔を作りながら。
「双真を傷付けてでも、無理矢理連れて帰る! そしていっぱいいっぱい、私の愛を伝えてあげる! そうすれば双真も私を愛してくれるよね? だって双真は私のもので、私は双真のものなんだから!!」
猫撫で声から豹変した甲高い声から出る滅茶苦茶な言葉に、やはり双真は何も返さなかった。ただ静かに、剣を構えるのみ。彼女をこの剣で、斬る為に。この燃え盛る炎で、焼き尽くす為に。
彼女をこの手で――殺す為に。
「ごめんね双真……痛いかもしれないけど、我慢してね? 全部終わったらいーっぱい、愛してあげるからね?」
「……行くぞ。最後にもう少しだけ、力を貸してくれ……
ポツリと囁き、双真は地面を蹴った。それに立ち向かうように茜も地面を蹴り飛ばす。
一直線に、全速力で走る二人。燃え上がる二つの炎が、淡い紅と蒼の軌跡を描きながら接近する。二人はほぼ同時に、炎をまとった剣と右腕を振るう。まるで龍の咆哮のように激しい炎が激突し、凄まじい衝撃波を部屋全体に響き渡らせる。
そんな嵐のような衝撃の中、双真は炎の奥に垣間見える茜のおぞましい笑顔を見て、過去の記憶を思い起こした。まだ狂気に満ちる前の、純粋で綺麗で――愛していた、彼女の笑顔を。
どうして、彼女はこんな風になってしまったのだろう。俺は何を間違ったのだろう。もっと彼女を深く理解していれば、彼女を愛していれば、こんな悲劇は回避出来たのだろうか。
こうなったのは俺のせいだ。でも、後悔してももう戻れない。進むしかないんだ。この悲劇を終わらせる為に。
だから俺は戦う。愛する彼女を止める為に、愛する彼女を――殺すんだ。
これは狂った物語。常識も、命も、人も、世界も、愛も。全てが狂った物語。
全ては二年前。一人の少女の深い愛が、始まりだった。