インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
魔女を名乗る者が人類に向けて宣戦布告をしてから、約半年の時が経過した頃――とうとう、魔女に対抗する為の組織が設立された。
その組織の名は魔女対策機関――通称、『魔女狩り師』。国からの全面的な支援もあり、人員数十万人を超える、巨大組織となった。
魔女に唯一太刀打ち出来る力、『魔石』を所持する白銀とその仲間を中心に設立されたその組織の目的は、ただ一つ。いずれ訪れる魔女との戦争に勝利する事のみ。
そして戦いにおいて、一番重要なのは戦場に出て戦う者――戦闘員である。機関には軍人や有名な武道家などの戦闘員が大量に所属しているが、それでもまだ魔女との戦いには足りないと判断した機関は、ある理由もあって未成年さえも対象にした一般公募を行った。
もちろん、彼――紫之宮双真も、その公募に志願した。
ずっと待ち望んでいた。あの日以降、彼女――茜の事を考えなかった日は、一度も無かった。毎日毎日、早く彼女を救いたいと願い続けた。
そしてようやく彼女を救う為の、その第一歩を踏み出す事が出来る。彼は早まる気持ちを抑え込みながら、事前に届いた機関の制服――胸元に機関の象徴として、魔女狩りをモチーフにした十字架の紋章が施された黒いジャケットに袖を通し、機関の入隊式が行われる本部へと向かった。
本部の所在地は、武蔵野市と小金井市の間辺りにある、双真も暮らす人口二十万程度の麻場市と呼ばれる街。
都会と言うほど大きくもなく、田舎と言うほど小さくもない。なんの特徴の無いこの街を、どうして本部の所在地にしたのか疑問でしかなかったが、地元なら多少は気が楽になると、双真は少し安心していた。
「……ここか」
自宅から歩く事約一時間、双真はようやく魔女対策機関の本部に到着する。住宅地――今は住民達も非難して、機関が作った居住区域に住んでいるのでもぬけの殻だが――のど真ん中に堂々と建つ巨大な建物を、双真は暫しの間見上げる。
緊張、不安、恐怖――様々な感情が心の中で渦巻くのを感じる。それを抑え込む為にゆっくりと深呼吸をしてから、双真は本部の中へ足を運んだ。
建物内に入った後は、制服と共に事前に届いた案内書に従って、まだ真新しい広大なエントランスを抜け、入隊式を執り行う大広間へと向かう。
まるでゲームのダンジョンのような、長い廊下を進む事数分、他の物より少し大きめの扉を正面に捉える。双真は一旦扉の前で足を止め、案内書に記載されている大広間の場所を確認する。
「……間違えないな」
この先が目的の大広間だという事を確認を済ませてから、双真は扉を押し開ける。
「…………マジかよ……」
瞬間、双真は視界に映った光景に、思わず目を疑った。
双真が見たものは、学校の体育館より遥かに広大な空間。そして、その場には、五百人は優に超える大量の人が集まっていた。
もちろんそれだけでも十分驚きだったが、双真がさらに驚いたのは、その殆どが双真と同年代である事だった。
確かに戦闘員の公募には、これといった年齢制限が無かった。むしろ未成年歓迎の文字が記載されていたぐらいだ。だがしかし、それでも戦争の兵士を志願する若者がこれほど居るとは思わなかった。
自分だって、もし茜の事が無ければ進んでこんなものに参加しようとは思わなかったはずだ。もしかすると彼らも皆、自分と同じように何か訳があるのだろうか――そう、一瞬考えたが、それは違うだろう。
今この場に集まっている者達は、まるでこれから楽しいイベントが始まると言わんばかりにガヤガヤと楽しげにざわついている。もし自分と同じく何か訳があるのならば、あんな風に楽しげになれるはずが無い。
では何故、こんなにも若者が戦争の兵士に志願し、ここに集まっているのだろうか?
「――お、やっぱり来たな!」
そんな自問自答を繰り返している双真の下に、明るい声が届く。視線を声の方へ向けると、そこには笑顔で手を振りながらこちらへ近付く、双真と同じ上下黒ずくめの機関の制服を着た青年の姿があった。
「あなたは……守さん?」
「正解! えっと……半年ぶりか? 元気にしてたか?」
「それなりに……そちらは?」
「色々大変だったぜー? 正直、今も早く寝たい気分だ。ま、お仕事があるんで寝れねぇんだけどな。いやー、人生って思い通りに行かないもんだね!」
と、青年――銀城守は腕をグルグルと回しながら、笑顔を作る。
「相変わらず、元気ですね」
「それが取り柄なんでね。ところでどうした? 入口の前でぼーっとしてさ。考え事か?」
「いや……若い人が多いなって……俺も実感は無いですけど、一応これって戦争の兵士を集めてるんですよね? なのに……」
「どうして若い奴が多いのかって事だな。ま、それは多分、宣伝の効果だろうな」
「宣伝……?」
「ありゃ、知らないのか? ちょいと前にこの機関の広報担当がある動画を配信したんだよ。少しでも多く兵士を集めるためにな」
「どんな動画なんですか?」
双真の質問に、守は髪をワシャワシャと掻きむしりながら返答する。
「簡単なもんだよ。魔法を見せた」
「魔法って……あの、白銀……さんの?」
「そう。あの魔法を使ってるところを宣伝動画として流したんだよ。んで、『あなたもこの力を使って悪しき魔女達を殲滅しよう!』――的な煽り文句付けて募集した訳よ」
「なるほど……つまり、ここに居るのって……」
「多分、大半はその魔法に興味を抱いて志願したんだろうな。これぐらいの年頃の輩は、魔法とかファンタジーなもんに憧れるだろうからなぁ」
確かに、守達が魔法と呼んでいるあの力は、アニメや漫画、フィクションの世界に憧れを抱きがちな若者にとっては、とても魅力的なものかもしれない。
あんな人間離れした力を身に付ける事が出来るかもしれない。それを使って、世界を救うようなヒーローになれるかもしれない――そう思ったら、志願する理由としては十分かもしれない。
「……でも、いいんですか? そんな理由で志願した人達を受け入れて。一応……戦争なんですよね?」
「だな……みんな実感が湧かないんだろう、戦争ってやつに。俺だってそうだ。魔女さん達もあれ以来目立った行動してねーしな」
「……それもそうですね」
「まあ、もし戦力にならないと判断したら、こっちからお断りさ。……でも、こっちとしては若いもんに集まってもらったほうが有り難いんだけどな」
「それって――」
「おっと、もう始まるみたいだぜ」
双真が問い掛けようとした寸前、守が前方にある壇上を指差す。そこには先ほどまで居なかった人影が、数人ほど姿を見せていた。その中には、機関の制服を身に纏った白銀の姿もあった。
「我らがリーダー様の演説だ。しっかり聞けよ、新人」
ざわついていた群集が静まり返り、整列し始める。遅れて双真も一番後ろに並び、何故か守も付いて来る。
しばらくすると、白銀が壇上中央にある卓に向かって歩く。定位置に着くと、マイク越しに彼の声が大広間に響き渡る。
『魔女対策機関、総司令官の白銀誠だ』
「総司令官……!?」
「それって、結構偉い人って事だよな……!?」
「割と若そうなのに……スゲェな」
「でもあんな若いのが総司令官って……大丈夫なのこの組織」
「さあ?」
白銀の発言に群集達は驚きの声を次々と上げるが、双真は一切反応を見せなかった。
「驚かないのか?」
「……あの人なら、そんなの当たり前な感じがしますから」
双真と白銀が会話を交わしたのは、半年前のあの時だけだ。彼がどういう人間なのか、どのような目的があるのか、何を考えているのかは双真にはさっぱり分からない。
ただ一つ、確かに言える事がある。彼はただ者ではない、という事。
半年前、僅かな時間しか関わらなかったが、その時に感じた全てを圧倒するような威圧感。それだけで白銀誠という人物がとてつもない存在――別次元の存在とも言えるほどの規格外な人物である事は、十分理解出来た。
彼ならば、どんな事でも成し遂げてしまう。だから彼が何をしようと、驚きはしない。白銀誠とは、そういう次元に居る存在なのだから。
「だよな。実際総司令官の座も、お偉いさん達を脅迫して半ば強引に取った訳だしな」
と、守が半笑いで口にする。
脅迫という言葉には流石に双真も面を食らったが、すぐに平然とした様子に戻り、壇上の白銀へ目を向ける。
『……まず最初に、貴様達に言っておく事がいくつかある。まず一つ……俺は、貴様らを歓迎するつもりは一切無い』
その冷酷な発言に、群集達のざわつきがさらに強まる。それに守は「なーに言ってんだよ……」と呟きながら、呆れ顔で頭を抱える。
『大方遊び半分の軽い気持ちで志願したんだろうが、これは紛れもない戦争だ。大勢の者を殺め、大勢の者が死ぬ。貴様らも例外では無い。遊びのつもりで志願したのなら、即刻帰れ。足手まといは不要だ』
白銀の容赦の無い言葉に、困惑したざわつきが広がり始める。それを気にする素振りも見せずに、白銀は話を続ける。
『二つ、貴様らは捨て駒だ。実力も何も持たない歩兵同然の輩に期待など抱かんし、命を懸けて守ろうとはしない。魔女との戦争に勝つ為に、俺は躊躇無く貴様らを切り捨てる。もしも死にたくないのなら、死に物狂いで生き延び続け、使い捨ての歩から金に成ってみせろ。そうすれば、貴重な戦力として多少は歓迎してやる』
「……なんだよ、上から目線で偉そうによ」
「本当だよ……何様のつもりだよ」
「なんかムカツク……」
白銀の失礼極まりない発言に、次第に周囲から不満の声が聞こえ始める。それは徐々に大きさを増し、やがて広間全体に響き渡るほどの大きさになる。
「あーあ、やっぱこうなっちゃうか……たくっ、ウチらのリーダーはよぉ……」
最早収拾がつかないレベルにまでなってしまった大ブーイングに、守は困ったように頭を掻く。
『……三つ』
しかし、白銀は一切動揺した様子を見せずに、静かに言いながら右手を上げる。その手には、日本刀が握られていた。
「まさか……」
と、守が渋い顔で呟く。恐らく、白銀が何をしでかそうとしているか、察したのだろう。そして朧気ながら、双真も彼の行動を察する。
次の瞬間、白銀の握る日本刀から、バチバチと音を立てて雷が発生し始める。直後――白い雷が凄まじい轟音と共に、列を成す群衆達の目の前に落ちた。
激しい光と衝撃波に、ブーイングは一気に収まり、皆恐怖の表情を浮かべてただただ沈黙する。広間に静寂が流れる中、白銀は日本刀を腰に差した鞘に閉まってから、変わらない冷酷な言葉を口にした。
『俺の障害になると判断した者は、誰であろうと即刻排除する。俺にはその権限と力がある。それを
その言葉には、誰も文句を言わなかった。否、言えなかった。
今のは警告だ。俺に逆らえば誰であろうと殺す――という。そんな警告を突き付けられて文句を言える者など、居るはずも無い。
『話は以上だ。この後貴様らには、実力試験を受けてもらう。生き延びたいのなら……そこで実力を見せ付けてみるんだな。詳しい説明は他の者に一任する。貴様らが、少しは役に立つ駒になる事を祈る』
という言葉を残し、白銀は皆の前から姿を消した。
「全く……脅すような事口にして……貴重な戦力が逃げちゃったらどうすんだっての……」
「あの人……なんなんですか?」
「なんなんだろうねぇ……ま、色々あるんだよ、アイツにも」
「…………」
白銀誠……彼は、自分が思っていたよりもとんでも無い人物なのかもしれない――白銀の恐ろしさに、双真はゴクリと唾を飲み込んだ。
◆◆◆
「あ、双真君!」
入隊式終了後――実力試験を行う訓練室へ移動する最中、双真は誰かに呼び止められる。振り返ると、そこにはこちらに向かって手を振る香乱の姿があった。
「入隊式、終わったの?」
「ああ。それよりその格好、確か……」
「うん。私の方は戦闘員の入隊より、少し早めだったから。私ももう、この機関の衛生兵だよ。まあ、見習いだけど」
と、香乱は身に纏った膝丈まで伸びた新品の白衣の端っこを両手で摘み、自慢気な表情を浮かべながら左右に小さく広げる。
魔女対策機関には、当然戦闘員以外にも多くの役職が存在する。衛生兵もその一つであり、魔女との戦いでは多くの死傷者が出る事が予想されているため、戦闘員同様に特に重要視されている役職である。
「それにしても、よく採用されたな? 戦闘員と違って、専門的な知識が要求されるだろ?」
「アハハ……なかなかに厳しかったけど……私、元々医者志望だったから、ある程度勉強はしてたし、両親が医者って事もあって、なんとかね」
「そういえば……そうだったな」
「うん。ただ、私はまだまだ若いし、技術も
「そっか……そんなんでも採用されたって事は……」
双真の呟きに、香乱は同意するように頷く。
「きっとそれだけ、人手が不足してるって事だよね……色んなとこから人を借りてるらしいけど、全員ここにって訳にはいかないだろうしね。噂だとこれから色んな街に、支部を作るって話だし……」
「俺達みたいな若い奴らの手も借りたい……そんなところなんだろうな」
「うん……魔女との戦争って、そんなに大変な事になるのかな? ……ううん、きっとそうだよね。あの早乙女さんみたいなのが、まだまだ居るかもしれないんだから……」
「…………」
香乱の言う通り、もし茜のような強大な力を持った敵が複数存在するとしたのなら、恐らく現存勢力でも足りるかどうか、と言えるだろう。
彼女ら――魔女に対抗する為には、稚拙だろうと何だろうと、とにかく数が欲しい。それが、この機関の考えなのだろう。
「…………」
「あっ……ご、ごめんねこんな事言っちゃって! 前向きにならないと駄目だよね! 私もこうして衛生兵になったんだし、出来る限り頑張るよ!」
「……蒼井。本当によかったのか?」
「え……?」
「蒼井が
「そんな事無いよ」
香乱はそっと人差し指を、そこから先の言葉を遮るように、双真の唇に向けて伸ばす。
「私は、自分の意志でこの機関に入ったの。双真君の力になりたい、早乙女さんを救い出す手助けをしたい……双真君がとか関係無く、自分でそう思ったの。だから、巻き込んだとか気に病まなくていいんだよ?」
「蒼井……ありがとうな」
「どう致しまして」
ニッコリと笑顔を浮かべる香乱。それに釣られ、双真も静かに微笑んだ。
「……さて、そろそろ行かないと。これから訓練室で実力試験があるんだ」
「あ、そうなんだ。ごめんね呼び止めちゃって」
「いや、お陰で少し気が休まったよ」
「そう? ならよかった。じゃあ、試験頑張って。怪我だけはしないでね?」
「……そこは、どんな怪我でも治してあげる――ぐらいは言ってほしいかな。俺の力になってくれるんだろう?」
双真の冗談混じりの言葉に、香乱は一瞬キョトンと目を丸くしてから、クスリと笑みをこぼした。
「フフッ、それもそうだね。じゃあ改めて……どんな怪我も、私が治してあげるからね!」
「頼もしいな。これで思いっきりやれるってもんだ」
「それとこれとは別。怪我なんてしない方がいいんだから。もし無茶なんてしたら……怒っちゃうからね?」
と、どこか物悲しそうな眼差しで、双真の目を見つめる。
「……ああ、分かってるよ」
「……それなら良し。さあ、訓練室に早く行かないと」
「だな……また後でな」
「うん。またね」
手を振り、双真は再び訓練室に向かって歩き出した。
「……本当、無茶だけはしないでね……双真君」