インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
香乱と別れた後、双真は実力試験が行われる四階、第一訓練室にやって来た。
入隊式を執り行った大広間より少し小さい程度の広さで、左右には合わせて軽く百人以上は座れそうな観覧席があり、辺り一面真っ白な壁で覆われていた。
どことなく寒々しさを感じさせるその部屋には、既に多くの人が集まっていた。双真と同じく、この部屋で実力試験を受ける志願兵達だ。同階にある他の訓練室でも同じように実力試験を執り行っているので、ここに集まっているのは全体の一、二割ほどだろう。
改めて、双真とほぼ同年代の未成年が多い。中には女性も居る。先の白銀の演説のせいか、顔から活気が無くなっている者もいくらか居たが、中には闘志に満ちた者も居た。
彼らは白銀の脅迫めいた演説を聞いてもなお、心折れずにこの場に居る。自分と同じように何か目的があるのだろうか――そんな事を考えていると、部屋の入口から誰かが部屋に入って来る。
「あれは……美月さん?」
部屋に入って来たのは、守と同じく半年前に世話になった美月。黒のジャケットとスカートに、膝から下を覆い隠すブーツ――双真の着る男性用の制服とは少しデザインが違う女性用の制服を纏った彼女は、力強く床を鳴らして、皆の視線を集めた。
「……私は桜庭美月。とりあえず、今は試験官という認識で構わないわ。早速、これより実力試験を始める――と言いたいところだけれど、その前に一つ聞いておくわ」
美月は自分に視線を集中させる志願兵達をグルリと見回してから、どこか気鬱そうに口を開く。
「さっきの総司令官殿の演説は聞いていたと思うけど……それでもなお、あなた達にはこの場に残る覚悟はあるのかしら?」
美月の問いに、周囲がざわつく。
「彼も言っていたけれど、これは戦争。軽い気持ちじゃ乗り切る事は出来ないし、あなた達が想像する以上の苦行が待ち受けている。訓練は毎日地獄のように続くし、戦争が始まれば多くの死体を目にするだろうし、最悪死ぬ。まだまだ言葉では言い表せないような絶望が待ってるはずよ」
真剣なトーンで語られる美月の言葉に、多くの者の表情が曇り始める。不安、恐怖、そして軽い気持ちで志願した事に対する罪悪感――そのような空気が、訓練室を包む。
「私達としては、戦力は少しでも多い方が助かるわ。でも、もしも少しでも迷いがあるのならば、今は退くのが正解だと私は思うわ。それが、あなた達の為。……さあ、もう一度聞くわ。あなた達には、この場に残る覚悟はある?」
再度の問いに、今度は沈黙が流れる。そしてやがて、一人の男性が美月の横を抜けて、訓練室の外に向かった。それを皮切りに一人、また一人と、次々と訓練室から人が流れ出る。
そして最終的に訓練室に残ったのは、双真を含めてたったの八人だった。最初と比べると半分以下になってしまった志願兵に、美月は深い溜め息を吐いた。
「やっぱりこうなったか……全く、これも彼があんな脅しみたいな事するから……あなた達は、いいのかしら?」
白銀に対する愚痴を軽くこぼすと、美月は残った者達に話し掛ける。それに残った内の一人、金髪ショートカットの少女が力強く拳を手の平に打ち付けながら答える。
「当然! 軽い気持ちでなんか来てねーし、逃げるなんて御免だからね!」
活気ある少女の声に続き、他の皆も同意するように頷く。もちろん、双真も同じように首を縦に振る。
覚悟など、半年前のあの時に決めた。ここで逃げるなどという選択肢は、双真には存在しない。
「そう……ありがとう。では改めて、実力試験を始めるわ!」
「あの、聞きたかったんですけど……その実力試験って何をするんですか……?」
と、先の金髪の少女の隣に立つ、気弱そうな雰囲気の黒髪の少女がそろそろと手を挙げながら質問する。
「簡単に言うならば、一対一の試合をやってもらうわ」
「試合……それってつまり、模擬戦ってやつですか!?」
何故か興奮気味の赤髪の少女の言葉に、美月は無言で頷く。
「適当に組み合わせを決めて、実戦形式であなた達の実力を確かめさせてもらうわ」
「実戦形式……という事は、武器とかも?」
「ええ、説明が終わったらこちらから提供するわ。剣に槍、弓や銃と種類は色々あるから、好きな物を選んで頂戴」
「剣に銃って……危ないんじゃ?」
「今回は訓練用として、剣とかには刃が無いし、銃も殺傷能力が無い物を使うわ。もし危険だと判断したら私が止めるし、安心しなさい」
「……そうですか。分かりました」
質問をした茶髪の少年は、美月に向かって丁寧に頭を下げる。
「さて……細かい説明は追い追いするとして……」
美月はスッと右手を上げ、パチンと指を鳴らす。するとズシンという揺れと共に、部屋の奥の床から、何かが迫り上がってくる。
出てきたのは、大きな台。その上には剣や槍など、多くの武器がショーケースに置かれた商品のように、ズラリと並べられていた。
「まずは各自、好きな武器を選んで頂戴。武器は自分の命を預ける相棒よ。慎重に選ぶ事ね」
「うっはー! 漫画やアニメで見たような武器が沢山! テンション上がってキター!」
と、赤髪の少女がオモチャを見つけた子供のようなハイテンションで、武器の方へ走り出す。双真を含めて他の皆も、彼女の異様なテンションに動揺しながら、武器を取りに向かう。
「武器か……」
並ぶ武器の数々を見回しながら、双真はポツリと呟く。
当然、双真は武器を持った経験など無い。何か格闘技を習っていた訳では無いし、運動神経も悪くは無いが誇れるようなものでも無い。そんな自分に合った武器とは、一体なんだろうか。頭を悩ませながら視線を動かしていると、不意にある武器が目に入る。
それは一本の日本刀。フィクションなどでよく見掛けるような立派な刀。それを見た瞬間、双真の脳内にある記憶が蘇った。半年前、茜と白銀が戦っていた光景だ。
あの時彼は、これと似た日本刀を扱って茜と戦っていた。その一瞬の光景が、今でも頭を離れなかった。僅かな攻防しか目にしなかった。だがそれだけでも分かった、あの強さ。自分もあのように、強くなれるのだろうか。
茜を救うには、きっと彼のような強大な力を身に付けなくてはならないはず。今、双真が抱く強者のイメージ、それは間違えなく白銀誠だ。彼のような強さが無ければ、この戦いを生き残れない。
だが、決して彼を目指してはならないとも、双真は思った。演説を聞いて分かったが、彼は独裁者だ。自分の目的の為に、何もかもを犠牲にするだろう。そんな存在には、なってはならない。
「…………」
双真は、彼の
「――全員、決め終えたかしら?」
美月の声に、双真は武器が並ぶ台から離れる。他の者達は既に武器を決めたらしく、槍や銃、短剣に刀など、各々武器を携えて美月の正面に、横一列で並んでいた。双真も一足遅れ、列の左端に着く。
「……決まったようね。では早速だけど、模擬戦の組み合わせを発表するわ。まず最初は――
「一番最初か……」
――出来れば他の人達の模擬戦を見てから、戦い方のイメージなんかを固めたかったな。
「呼ばれた者以外は、観覧席に移動して頂戴」
美月の言葉に従い、皆一斉に観覧席に移動。その場に残ったのは美月、双真、そして黒羽隼人と思われる一人の少年。
身長や体格は、双真とほぼ同じ。恐らく年もあまり変わらないだろう。首筋辺りまで真っ直ぐ伸びた黒髪に、力強い瞳。好青年という言葉が似合いそうな少年だなと、双真は思った。
「あんたが紫之宮双真……だよな?」
そんな風に双真が自分の相手の観察していると、不意に彼が声を掛けてくる。
「ああ。そういうあんたは黒羽隼人……でいいんだよな?」
「おう。多分、お互い初めての実戦って事になるだろうし、お手柔らかに頼むぜ?」
と、気さくな口調で言いながら、隼人は右手を伸ばしてくる。遅れるほど数秒、双真は「こちらこそ」と返しながら、その手を取った。
少なくとも、悪い奴では無さそうだなと、双真は少し安心する。
「さて、挨拶はそれぐらいにして、始めるわよ」
「おいっす。ところで、模擬戦のルールとかってあるんですか?」
「試合時間は五分。難しく考えず、相手を戦闘不能にする事を目的に戦う事。危険だと判断したら、私が無理矢理割って入るわ」
「なるほど……単純っすね」
「あとそれから……あなた達には、これを使用してもらうわ」
美月はスカートのポケットに手を突っ込み、小さなケースを取り出す。その中身を双真、隼人にそれぞれ受け渡す。渡されたのは、無色透明な小さな宝玉のような物だった。
「なんすかこれ? ビー玉?」
「これって……魔石?」
「魔石?」
初めて聞くのだろう。隼人は不思議そうに首を傾げる。
だが双真は半年前、これと似た物を美月から見せられた。魔石――魔女が使う魔法の源で、魔女の心臓に埋め込まれているという代物である。そしてこれがあれば驚異的な身体能力を身に付ける事ができ、さらに魔女で無くとも魔法を使う事が出来る。
「という事は……これで、俺達も魔法を……?」
これがあの魔石と同じ物なら、自分にも魔法が使えるはず。そう思い問い掛けたが、美月から返ってきたのは首を横に振る、否定の返答だった。
「残念だけれど、それは私が前に見せた魔石とは違う代物よ。それでは魔法を使う事は出来ない」
「じゃあ、これは……?」
「そうね……まだ正式な名称は決まって無いけど、言うなれば魔石のダウングレード版……ってところかしら。私達の持つ魔石をこの機関の研究チームが調べた結果、開発する事が出来た物よ。魔法が使えないけど、身体能力を向上させる力は持っている。量産化も成功しているわ」
「開発、量産って……どうやって?」
「正直、詳しいメカニズムは一切不明のまま。ただ、その石はとある場所で取れた特別な素材を利用して作られているらしいんだけど……魔石の力の一部が、何故かその石に付与されるらしいの」
「付与……どうしてそんな事が?」
双真の質問に、美月は少々困った顔付きで首を横に振る。
「分からない。その石以外では同じ現象が起きないし、何故魔法の力は付与されないのかも謎」
「そうなんですか……」
「……よく分からねーけど、これがあれば俺達も凄く強くなれるって事ですよね? ……あの魔女に対抗出来るぐらいに」
と、今まで黙って二人の会話を聞いていた隼人が口を開く。
「ええ……通常の魔石に比べたら劣化品である事は間違え無いけど、十分な戦力増強にはなるはずよ」
「なら、それでいいでしょ。俺達は、戦う為にここに来てんですから。なあ?」
隼人の目配せに、双真はコクリと頷いた。
そうだ、原因だとかそういうのは、この際関係無い。力が身に付くのなら、それでいい。自分達は戦う事だけを考えるべきだ。難しい事は、その分野の人に任せればいい。
「さっさとやりましょうよ、模擬戦。んで、これってどう使うんですか?」
「……頼もしい限りね。使用方法は簡単よ。まず、それを武器にある窪みに埋め込みなさい」
「窪み……」
先ほど手にした剣に視線を落とす。すると、鍔の部分に丁度魔石が入りそうな小さな窪みを見つける。
「ここに埋め込めばいいのか……?」
早速、魔石を窪みに埋め込む。しかし、特に何も変化は起きない。
「何も変わらないんですけど……」
「焦らないの。それでとりあえず準備は完了。あとは、念じるだけよ」
「念……?」
「力を使うと、強く想像するの。そうすれば魔石は、あなた達の思うように力を与えてくれる」
「なるほど……よく分からんけど、イメージしろって事か!」
「念じる……」
そっと目を閉じ、剣の柄を強く握り締め、意識を鍔に埋め込まれる魔石に集中させる。
想像……力を使う、力が全身に漲るようなイメージ……
ジッと、ひたすら念じる事、数秒。双真はふと、体に何かが駆け巡るような感覚を覚える。
「これは……」
「うおお……なんていうか……スゲーパワーが漲ってる感じがする……!」
「試しに、軽くジャンプでもしてみたら?」
美月の提案に、双真と隼人は軽く視線を交えてから、後方に向かって跳ぶ。
次の瞬間――二人はまるでトランポリンを使って飛び跳ねたかのように高く跳躍し、数十メートルも離れた地点に、なんの問題も無く着地した。
「嘘だろオイ……」
「体が軽い……」
自分でも信じられないといった風に、二人は目を丸くする。あれだけ高く跳躍したのもそうだが、あの高さから着地してもなんの痛みも感じない。
「なんだあれ!? スッゲー!」
「うっはー! まるでアクションヒーローみたい! 私も早くやりたーい!」
「あ、あんまりはしゃぐと落ちちゃいますよ……!」
「この声……」
観覧席から聞こえた声に、双真は視線を向ける。今居る場所から観覧席に居る彼女達まではかなりの距離があるにも関わらず、声は割とくっきり聞こえる。耳を澄ませば、さらによく聞こえそうだ。そして視界も、普段より数倍もクリアだ。
「視覚や聴覚も強化されてるのか……」
――これが魔石の力による恩恵なのか……想像してた以上だな。でもこれなら、素人な俺でも、多少は戦えるかもしれない。
「さて……魔石の力も体感したでしょうし、そろそろいいかしら?」
「……はい」
「いつでも!」
「では、これより紫之宮双真、黒羽隼人の模擬戦を始めます!」
美月のコールの直後、双真は身構える。当然剣道の経験なども無いので、アニメなどを見よう見まねした不格好な構えを取る。
対する隼人は、慣れた手付きで刃渡り二十センチほどの短剣二本をクルクルと回し、逆手て持った状態で両腕をぶら下げる。
「手慣れてるな……何かやってたりするのか?」
「いんや、特に何も。ただまあ……こういうのはすぐ慣れちゃうんだよな、昔から」
と、隼人はどこか切なそうに目を細める。その様子が少し気に掛かったが、双真は何も問わずに剣を握り直す。
「手加減は無しで行くぞ」
「おうよ、よろしく頼むぜ」
「……準備はいい?」
美月の言葉に、二人は身構える。そして。
「それでは……模擬戦、開始!」
その合図と同時に二人は同時に地を蹴り飛ばし――正面からぶつかり合った。