インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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実力試験 後編

 双真の剣と隼人の短剣、二つの刃が真っ向から衝突する。甲高い金属音が響き渡り、重い衝撃が全身に襲い掛かる。

 

「ッ……!」

 

 振り払った刃がぶつかり合うという、初めて経験する感覚に、双真は思わず顔をしかめる。数秒ほどの鍔迫り合いを展開した後、二人は同時に後方へ飛び退く。

 

 ほぼ同時に着地すると、隼人が距離を積めるように、短剣を握った両手を後ろに回した状態で走り出す。それを迎え撃つように、双真は身構える。

 

 互いの距離が残り十メートルといったところまで近付いたところで、隼人が跳躍。左手に持った短剣を双真に向かって投げる。それを双真は剣で弾き返そうとする――が、今の自分の技術では失敗する可能性があると危惧し、急遽真横に跳ぶ。

 

 しかし、まだ魔石による身体能力の向上に体が馴染んでいなかったのか、着地の際に躓いてしまい、そのまま地面に転がってしまう。

 

「クッソ……!」

 

 このまま倒れてしまっては格好の的だ。何とか再起しようと、双真は転がりながら、飛び跳ねるように左手で地面を突く。普通ならそれだけで起き上がる事は難しいだろうが、魔石の恩恵を受けている今は別。双真の体躯は容易く宙に浮き、ぐらつきながら地に足を着ける。

 

 だが、ホッと一息つく暇も無く、隼人が再びこちらに迫る。地面を蹴り飛ばし、右手の短剣を双真に向かって振り下ろす。訓練用の物で、刃が付いて無くて危険性が低いのは分かっている。それでも、刃物が目の前に迫っているという恐怖に怯んでしまい、体が硬直する。

 

「このッ……!」

 

 なんとか直撃する寸でのところで恐怖心を振り払い、双真は剣を頭上に掲げて受け止める。再び襲い掛かった衝撃に微かに腕と足が震えるが、力ずくで隼人の攻撃を弾き返す。隼人は体勢を崩すが、すぐさま立て直す。

 

 このままだと押される――どうにか距離を離そうと、双真は隼人の腹部に向かって、渾身の蹴りをお見舞いする。

 

「うおっ……!?」

 

 流石に隼人もそれには耐えられず、後方へ吹き飛ぶ。が、すぐさま立ち上がり、床に刺さったもう一本の短剣を引き抜く。

 

「イッテェ……魔石とやらの恩恵、半端ねぇな……でも、大分慣れてきた」

 

 そう呟くと、隼人は数回クルクルと短剣を回し、ガシッと柄を握る。

 

「こっからはギア上げて行くか……怪我させたらゴメンな!」

 

 叫び、隼人は再び走り出す。姿勢を低くして、地面を這うかのように双真へ迫り、右手の短剣を振り払う。双真はなんとかそれを剣で受け止めるが、続けて左手の短剣による攻撃が、逆サイドから接近する。

 受け止める事も、瞬時に回避する事も今の双真には出来ない。待っているのは――直撃のみ。

 

「グッ……!」

 

 鈍い痛みが、脇腹に走る。双真はグラリと体勢を崩す。その隙に、隼人が追撃を仕掛ける。

 

「さっきのお返しだ――!」

 

 クルリと一回転してから繰り出された一発の蹴りが、腹に命中する。双真の体は車に突き飛ばされたかのように吹き飛び、地面に落下する。

 

「ガバッ……! ハハッ……これでも死なねぇのか……スゲェな魔石の恩恵……めっちゃ痛ぇけど……」

 

 全身に激痛を感じながらも、双真はゆっくりと剣を支えに立ち上がる。

 

「はぁ……はぁ……クソッ、体が強張るな……」

 

 しっかりしろ――双真は右腕を拳で軽く叩き、両手で剣の柄を強く握り締める。

 

 魔石によって身体機能が向上しているとはいえ、双真にとっては戦闘は初めての経験。入隊前に自己流の様々な訓練をこなしはしたが、動作の一つ一つは未だぎこちない。それに、まだ戦闘による恐怖心も払拭しきれていない。恐らくそれが、動きがぎこちない一番の原因だろう。

 

 訓練の段階でこれとは……情け無いな。実戦になればこんなもんじゃねぇぞ……覚悟を決めろ。怪我なんて恐れてたらキリが無い。死ぬ気でやれ。じゃないと……茜を救うなんて夢のまた夢だぞ――!

 

 ゆっくりと、精神を集中させるように息を吸い、静かに吐き出す。

 

「…………」

「おーい! 大丈夫か!? もしかしてやり過ぎたか!?」

 

 と、立ち尽くしたまま動かない事に心配したのか、隼人が声を掛けてくる。続けて、離れた場所で二人の試合を見届ける美月が口を開く。

 

「紫之宮君、行ける?」

「大丈夫です。ちょっと、考えてただけです」

「……ならいいわ。試合続行よ!」

「…………」

 

 イメージしろ……戦う姿を。魔石のお陰で、普段よりずっと動けるんだ。思う存分やってみろ。全てはそこからだ。

 

 頭の中に、戦い方を思い浮かべる。どう攻めるか。敵の行動にどう対応するのか。どのような攻めが有効か。そしてそれが今の自分に可能か。自分はどこまで動けるのか――無数の想像を、脳内に描く。

 

「……よし」

 

 そっと目を開き、全速力で走り出す為に腰を沈める。その予備動作を察知したのか、隼人も短剣を構える。

 

 刹那――双真は地を蹴り飛ばして、隼人に向かって走り出す。空気を切り裂くような速度で接近する双真に向かって、隼人は短剣を投げつける。

 

 瞬間、双真は走りながら頭の中にイメージを浮かべる。迫る短剣。あれを打ち返すには、どうすればいいのかを。

 そのイメージを再現するかのように、右腕が自然と動き始める。腰元から斜め上目掛けて、剣を振るう。

 

 直後。鋭い金属音を撒き散らしながら、短剣が剣の軌跡に弾かれ、見当違いの方角へ吹き飛ぶ。

 

 ――防げた!

 

 思い通りに防御出来た事に小さな高揚感を覚えながらも、双真は足を止めない。

 相手の懐に潜り込むように身を沈め、剣を槍の如く突き出す。が、それを隼人が真横に体を傾けて回避する。

 

 だが、それは双真の予想通りだった。当たったらそれでラッキー。避けられたとしても――次の行動は既にイメージ出来ている。

 流れるように、双真は剣を突き出した状態で真横に薙ぎ払う。その先には、回避行動を取ったばかりで動けない隼人。

 

「マジですか……!」

 

 そのまま双真の追撃の刃は直撃するかに思われたが、寸前で隼人は短剣を割り込ませて受け止める。が、今の隼人は不安定な状態。踏ん張れず、後ろへ飛ばされる。

 

「はぁ……なんとか思い通り動けた……!」

 

 やっぱりある程度イメージを浮かべてると、スムーズに動ける。だんだんと掴めてきたかもしれないな……戦いのコツってやつを。

 

 だが、この程度では駄目だ。茜や白銀に比べれば、素人以下のレベルだ。もっと、もっと強くならなければ……そうでなければ、魔女対策機関(ここ)に来た意味が無い。

 

「先は長そうだな……クソッ」

 

 と呟きながら、双真は物悲しそうに口元に笑みを浮かべた。自分はまだまだ無力だな――と。

 だからこそ、出来るだけ多くの事を試し、経験を積むんだ。少しでも早く強くなる為に。その為に、この模擬戦で可能な限り多くの手を試し、少しでも多くの経験を積む事が大切だと、双真は剣を構え直し、疾走する。

 

 隼人の正面に着くと、すぐさま剣を振り下ろす。隼人はそれを辛うじて防ぐが、双真は続けて剣を振り払う。

 上下左右に剣を振るう双真。それをどうにか捌く隼人。攻守の立場がハッキリとした攻防が、暫しの間続く。

 

「このやろっ……!」

 

 やがて、隼人が反撃に移る。双真の大振りの薙ぎ払いを屈んで回避。そのまま足払いを繰り出す。双真は地面に崩れ落ち、隼人はそこを目掛けて剣を振り下ろす――直前、双真が巴投げのように、隼人の体を蹴り飛ばす。

 宙を舞った隼人はどうにか身を翻して、着地。すぐさま双真に向かって走り出す。双真も素早く立ち上がり、迎え撃つ。

 

 全速力で薙ぎ払った二つの刃が、勝負の(かしら)の時と同じようにぶつかり合う。

 

「――そこまで!」

 

 瞬間、美月の声が訓練室に響き渡る。

 

「時間切れよ。両者、武器を納めて」

「げっ、もうそんなに経ったのか……」

「…………」

 

 両名共に武器を引っ込める。緊張状態から解放されて気が抜け、双真は深く息を吐く。

 同時に、体から力が一気に抜ける。恐らく魔石の力を使用する事を止めたから、身体能力の向上効果が消えたのだろう。

 

「二人とも、初めての戦闘にしては上々……っていったところかしら」

「そりゃどーも」

「……ありがとうございます」

「細かい話は後にするとして、今はゆっくり休んでなさい」

 

 と、美月は観覧席の方へ視線を向ける。二人は美月の視線に誘導されるがままに、観覧席に向かって足を進める。

 

「早速次の模擬戦を始めるわ! 緋衣(ひごろも)京子(きょうこ)紺野(こんの)修也(しゅうや)、前へ!」

 

 二人と入れ替わるように、美月に呼ばれた緋色に染まったポニーテールの少女と、少し目つきの悪い紺がかった短髪の少年が下に降りる。

 その二人を気に掛けながら、双真はクタクタに疲れた体を、椅子に投げ出した。

 

 

「よお、お疲れさん」

 

 初めての戦闘に双真がグッタリとうなだれていると、隼人が明るい気さくな笑みを作りながら声を掛けてきた。

 

「えっと……紫之宮だっけ? お前、なかなかやるんだな」

「……そっちこそ、素人とは思えなかったぞ」

「まあ、俺結構スポーツとかやってるしな」

「いや、そういう問題じゃないだろ……」

「……まあ、慣れだよ」

 

 クルクルと短剣を弄びながら、隼人は口を開く。

 

「少し話したかもしれねーけど、昔からそうなんだ。なんというか……こういった事にすぐ慣れちまうんだよ。周りからは何でもこなせる天才だー、とか煽てられてたよ」

「そうなのか……凄い才能だな。ちょっと羨ましいよ」

「ハハッ、まあ良い事ばっかじゃ無いけどな。……俺が凡人だったら、あいつも……」

 

 手の動きを止め、苦い顔をしながら、グッと短剣の柄を握り締める。

 

「黒羽……?」

「……なあ、お前はどうしてここに入ったんだ? よっぽどの理由無きゃ、戦争の兵士に志願とかしねぇだろ。それともまさかの遊び半分か?」

「それは……」

「……俺はな、ある奴を救いたくて、ここに入った」

「……救う?」

「ああ……そいつは俺にとって、掛け替えの無い奴だ。でも、そいつは俺のせいで……姿を消した。そしてきっと、そいつはこの戦いに参加するはずだ。だから俺は、絶対に救い出す為にここに入ると決めたんだ」

 

 隼人の決意を固めたような横顔を、双真はジッと見据える。

 事情は分からないが、彼も自分と似たような理由を持って、魔女との戦争に参加する事を決意したみたいだ。

 

 やはり自分と同じように、誰かの為に戦う事を決め、この機関に志願した者は、少なからず居るんだ。多分、ここに居る他の者も、何かしら理由がある。みんな理由を持って、この場に居る。みんな戦ってるんだ……己の目的を果たす為に。

 

「って、悪いなこんな話いきなり聞かせて。訳分かんねーだろ?」

「いや……なんとなく分かるよ」

「え?」

「俺も大切な人を救いたくて、志願した。こうなったのは俺のせいだから、俺がやらなきゃ……てさ。だから分かる気がするよ、お前の気持ち」

「そうなのか……ハハッ、なんか俺達、似た者同士なのかもな」

 

 小さく笑い声をこぼし、隼人は右手を双真に向けて差し出す。

 

「お互い自分の目的の為に、頑張って行こうぜ。まあこれからよろしくな、双真!」

「……ああ。よろしく、隼人」

 

 同じような目的を持つ者が近くに居てくれると、少しは心強いな――そう思いながら、双真は隼人の手を強く握った。

 

「おお……戦いを終えた二人が固い握手を交わす……いやー、王道って感じでいいですね!」

 

 と、どこか興奮気味の声が聞こえる。それに双真達は揃って視線を声の方へ向ける。視線の先に居たのは、澄んだ紅色の瞳をはしゃぐ子供のように輝かせ、二人を見つめる、高いテンションで一際目立っていた赤髪の少女だった。

 

「……なんか用か?」

「あ、すみません! お二人の戦う様が格好良くてテンション上がっちゃって! まるでアニメのヒーローみたいで凄かったです! あ、私、赤丹(あかに)カンナって言います! 気軽にカンナって呼んで下さい! 以後よろしくです!」

「お、おお……よろしくな」

 

 少々異様なほどハイテンションなカンナに気圧されたのか、隼人は苦笑しながら右手を小さく上げる。

 

「なんか楽しそーじゃん。アタシ達も混ぜてよ!」

 

 カンナに続き、観覧席で二人の戦いを見ていた他の面々も、こちらへやって来る。先頭を歩く金髪の少女が、フレンドリーな口調で声を掛けてくる。

 

「さっきのお二人さん、ナイスファイトだったよ。あ、アタシは黄昏(たそがれ)百合香(ゆりか)。よろしくな。早速聞きたいんだけど、アンタらあの試験管さんから何を受け取ってたの?」

「ちょ、ちょっとユリちゃん、いきなり過ぎるよ……」

 

 と、黄昏の後ろに居る黒髪の大人しそうな少女が言う。黄昏はそれに黄金色の目を向け、笑いながら口を開く。

 

「遠慮したって仕方無いでしょ。鴇子(ときこ)は考え過ぎだって」

「で、でも礼儀ってものが……」

「ああ、気にしなくていいよ。見たところほとんど同い年っぽいし、これから一緒にやってくんだろうし、気楽に行こうぜ。な?」

 

 隼人の目配せに、双真は頷き、周囲に集まる皆を見回す。

 

「ここに居るメンバーは……まあ、いわゆる同期ってものになるんだろうし、他人行儀になるより、気さくな感じでやった方がいいと思う」

「おお、同期……! なんかいいですね、それ! 仲間って感じで!」

「少し前から思ってたけどカンナ、お前ちょっと変わった奴だな……」

「まあ、暗くなるよりいいでしょ! ほら鴇子も、笑った笑った!」

「あ、アハハ……」

「……フフッ」

 

 周囲で騒ぐ皆の姿を見て、双真はふと笑い声をこぼす。

 思えばあの日以降、こうして誰かと和気藹々と話すという事は、一度も無かったかもしれない。

 

 もちろん、今がそういうお気楽にいられる状況で無い事は分かりきっている。でも、だからといって毎日落ち込んだ気持ちで過ごしていては、心が廃る。だからたまには、こうして楽しく話すのも悪くないのかもしれない。

 

「あ、そろそろあの二人の試合が始まるみたいですよ」

 

 今まで黙っていた最後の一人、茶髪の少年が発した言葉に、双真達は一斉に下の広間へ視線を向ける。彼の言う通り、広間の中央では双真達の後に呼ばれた二名が、互いに武器を構えていた。

 

 少しでも強くなる為、他の人の戦いもしっかりと観察しておかなくては――双真は手すりをギュッと掴み、広間の二人をジッと見つめる。

 他の皆も同じ考えなのか、口を閉ざし、集中した様子で同じ方向に視線を向ける。

 

 全員が固唾を呑んで見守る中、美月の掛け声が、訓練室にこだました。

 

「――模擬戦、開始!」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ――某日、某所。

 

 

 薄暗い闇に包まれた、どこか寒々しい空間。周囲を目視で確認するのが難しく、広さやどのような場所なのかも分からないような場所に、一人の人物が佇んでいた。

 

 暗闇に溶け込む真っ黒なローブに、対照的に暗闇でも妖しい明るさを放つ深紫の髪を靡かせる女性。そう、半年前に人物に向けて戦線布告を告げた魔女だ。彼女は暗闇の中にある玉座のように大きな椅子に腰掛け、居眠りをするかのように目を閉ざしていた。

 

 ふと、彼女は瞼をゆっくりと開き、頬杖を突きながら楽し気な笑みを浮かべた。

 

「ようやく、人間どもが動き出したようだ。だが、まだだ。もっと奴らには抗う力を身に付けてもらわなくては困る。最高の舞台の為には、最高の演者達が必要だ。だからもっと、もっと、足掻いてみせろ。醜く、な」

 

 そう独り言を囁くように口にすると、彼女は再び楽し気にほくそ笑んだ。

 

 やがて彼女は椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩み始める。先に続く細い通路を真っ直ぐ歩いていると、やがて正面から明かりが見え始める。しかしそれは普通の灯りとは違い、とても紅かった。

 

「フッ……ヤレヤレだな」

 

 それが何かを察した彼女は、ゆっくりと歩みを進める。

 通路を抜けた先に広がっていたのは――火の海だった。天井を支える柱はいくつも粉々に砕け、辺りは熱で空間が歪むほど気温が上昇していた。

 そんな異常な光景の中心に一人、漆黒のドレスを纏い、紅蓮の炎を体から立ち上らせ、栗色の髪を揺らす少女が立ち尽くしていた。

 

「全く……八つ当たりは止めてほしいものだな。もう我慢の限界か?」

 

 その光景を見て、彼女は薄ら笑いを浮かべながら呟く。すると少女は、ゆっくりと振り返る。

 まるで殺人鬼のような、冷たく据わった紅い瞳で、しばらく彼女を見るが、やがて興味が無いと言わんばかりに天井へ視線を移す。

 そして少女――早乙女茜は、そっと唇を動かした。

 

「……早く会いたいな――双真」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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