インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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それぞれの思い

 

 

 

 黄昏の力を借りて、どうにか二階にある医務室や会議室などが集まる役員区画に辿り着いた双真。二人は一直線に普段から頻繁に使用する、本部にある医務室の中でも一番小さい第四医務室を訪ねた。

 

「すんませーん! ちょっとベッド借りていいっすか?」

「はーい――って、百合香ちゃんに……双真君!? どうしたの!?」

 

 学校の保健室を思い出させるようなこぢんまりとした室内に入ると、デスク前に座っていた白衣の少女――香乱が慌てた様子で立ち上がり、黄昏に担がれた双真に向かって駆け寄る。

 

「あれ? 香乱だけ? 藍菜(あいな)さんは?」

「えっ、あ、今はちょっと出てて、私は留守を頼まれたんだけど……そんな事より双真君! 一体どうしたの? 何かあったの? 怪我とかしてない?」

「落ち着けって香乱。別に死にそうとかそんなんじゃ無いから、安心してよ。今から説明するから、まずは紫之宮を寝かせようぜ」

「う、うん……そうだね」

 

 黄昏の言葉に落ち着きを取り戻したのか、香乱は一回深呼吸をしてから、黄昏と協力して双真をベッドに寝かせる。

 ひとまず双真を無事に運び終えた黄昏は、ホッとしたように息を吐いてから、事情を早く知りたいと言わんばかりに視線を送る香乱に、先ほどあった魔石との適合試験について説明した。

 

「……そんな事があったんだ……魔石との適合試験が、そんなに大変なものだったなんて……」

「全くだよ。ま、リスク無しに力得られるほど世の中甘くないって事だよね」

「そっか……それで、双真君は大丈夫なの? 気分が悪かったりする?」

 

 と、心配そうな目をベッドに横たわる双真へ向ける。

 

「いや……体にダルさが残ってるだけで、特に問題は無い……」

「ならいいんだけど……無理は絶対しないでね? どこか具合が悪かったり、してほしい事があったら何でも言ってね?」

「ああ……悪いな、蒼井」

「ううん、いいよ全然。双真君の為なら、私、全力で頑張るよ!」

 

 涼風のように優しい声で言いながら、香乱は両手で小さくガッツポーズを作る。するとその様子を向かい側で見ていた黄昏が、突然笑い声を上げる。

 

「ど、どうしたの? 私、何か変な事言った?」

「いや、アタシは紫之宮経由で香乱と知り合ってまだ一月ぐらいだけどさ……この子、本当に紫之宮に対する慈愛というか……そういうのが大きいなーって思ってさ」

「じ、慈愛って……! 何言ってるの百合香ちゃん!!」

「アハハ、ごめんごめん! じゃあ、アタシはそろそろ戻るわ。 たっぷり愛情を注いで、紫之宮の疲れを癒したれよー!」

 

 などと楽しそうに口にしながら、黄昏は軽やかな足取りで医務室を出て行った。

 

「もう、百合香ちゃんったら……お調子者というか、なんというか……」

「ハハッ……暗くなるよりはマシさ」

「そうかもしれないけど……あ、さっきの百合香ちゃんの言葉、気にしないでね!」

「分かってるよ……」

 

 赤面して口をアワアワと歪ませる香乱に、双真は微かに笑みを浮かべる。

 ゆっくりとまばたきをして、双真は天井をジッと見上げる。その様子を傍らに座って見守っていた香乱が、少し心配そうな声を掛ける。

 

「双真君……何かあった? 難しい顔してるけど……」

「……さっき説明した時に軽く言ったと思うけど、魔石の力を使おうとした時、魔女の怨念……みたいなのが伝わってきた。凄く深くて暗い、思い出しただけでも気分が悪くなるぐらいの闇……あんなのを、茜も抱えてるのかなって思ってさ。そう思うと……本当に救えるか自信が無くなってきてさ」

「双真君……」

「悪い、変な事言ったな」

「ううん、全然いいよ」

 

 首を左右に振り、香乱は細めた目で双真を見つめながら、彼の手にそっと自分の右手を重ねる。

 

「言ったでしょ、双真君の悩みを受け止めて、一緒に考えてあげるって。だから気にせず、何でもぶつけて?」

「蒼井……ああ、そうだったな。ありがとう」

「うん。正直、魔女の抱える闇とか、そういうのはよく分からないけど……双真君がどうにかしようって頑張れば、きっと大丈夫。私も応援するし、力になるからさ!」

「……そうだな。ここで立ち止まっちゃいられない。とにかく今は、がむしゃらに前に進まないと」

 

 双真はゆっくりと起き上がり、掛け布団を剥ぐ。が、香乱が双真が起き上がるのを阻止するように、突然左手を前に出す。

 

「確かに進まなきゃいけないかもだけど、今は体を休める事が大事! 体調が完璧に良くなるまで、安静にしててね!」

「で、でも少し横になったから、もう大分良くなったし……」

「ダーメ! 私がいいって言うまで横にしてる! 私ずっとここで見てるからね!」

 

 ドスンと椅子に座り直し、断固として動かないと言わんばかりに両手を膝の上に置いて、背筋をピンッと伸ばして双真をムスッとした表情で見つめる。

 

「分かったよ……蒼井先生は厳しいな」

「当たり前です! 双真君、ただでさえ無茶しようとするんだから」

「悪かったな……じゃあ、少し休ませてもらうよ」

 

 双真は再び横になり、布団を肩まで掛ける。しばらくは香乱の視線が気になりなかなか寝付けなかったが、やがて瞼が自然と落ち、彼の意識は現実を離れた。

 

 

 

 数時間後。

 双真の意識は、深い眠りを経て、再び現実へと戻る。瞼を開き、ゆっくりと上体を起こす。少し顔を上げて壁の時計へ目をやる。時刻は夜の七時を過ぎている。

 五時間以上も眠っていたのかと少し驚きながら、軽く腕を回す。ダルさは若干残っているが、拒絶反応による疲労感はほとんど消え去っている。

 

「んっ……」

 

 ふと、真横から小さな息遣いが聞こえてくる。首を回すと、椅子に座ったまま眠る香乱の姿が視界に映った。コクコクと首を揺らしながら、可愛らしい寝顔を浮かべる彼女を見て、双真は苦笑しながら肩をすくめる。

 

「疲れてるなら、無理しなくていいのにさ……」

 

 ベッドから降り、彼女を起こさぬようにそっと体を、お姫様だっこで抱き上げる。そのままゆっくりと他のベッドに彼女を寝かせ、布団を掛ける。

 瞼に覆い被さった前髪をそっと指先で払って、双真は彼女の寝顔をそっと見つめる。

 

「やっぱり、蒼井も疲れてるんだよな……」

 

 まだ仕事は雑用や手伝い程度とはいえ、疲れは確実に溜まっているはずだ。それに彼女の事だから、きっと双真や皆を支えられるようになる為に陰ながら努力をしているはず。

 今は少しでも休ませてあげようと、双真はカーテンを閉めて、ベッドから離れた。

 

「さて、俺はどうしようか……」

 

 呟きながら、双真は室内を見回しながら腕を組む。

 このまま再び横になっても、目が冴えていて寝付けそうに無い。何もしないのも退屈だし、時間が勿体無い。少し外に出て、軽く体でも動かそうか。

 そう数秒間の思考の末決めた双真は、医務室の扉を開き、廊下へ出る――寸前、足を止めて香乱が寝るベッドの方へ視線を向ける。

 今もし彼女が起きていたら、「今日は一日中休んでなきゃ駄目!」と言って怒るだろうなと、彼女から説教される図を頭に思い浮かべながら、双真は苦笑と共に謝罪の言葉を口にした。

 

「悪いな、蒼井」

 

 

 医務室を後にした双真は、思う存分体を動かす事が出来る訓練室を目的地に決め、四階へ移動した。普段からよく利用する第一訓練室の扉を開き、中へ入ろうとしたが、訓練室には既に先客が居て、双真はふと足を止めた。

 

 そこに居たのは、紺がかった短髪の少年。床には彼の物と思われる剣が突き刺さっていて、少年はその隣で立ち尽くしていた。全身汗だらけなのを見るに、どうやらここで一人自主訓練をしていたようだ。

 

「あいつ……実力試験に居た……」

 

 暫し少年の様子を入口で見ていたが、双真はあの少年が一ヶ月前の実力試験に参加していた最後の一人である事に気付き、小さく呟く。その呟きが聞こえたのか、少年は汗を拭いながらこちらを向く。

 

「テメェは……紫之宮っつったか?」

 

 キツイ目つきで双真を見ながら、少年は低めの声を発する。若干不良のような迫力があり、少し気圧されそうになったが、双真は臆する事なく、彼に向かって足を進める。

 

「覚えてくれてたんだな。そっちは確か……紺野修也だったか? 一人で自主訓練か?」

「…………」

 

 双真の質問には返答せず、修也は床に刺さった剣を抜く。

 

「あれ、紫之宮さん!? どうしてここに!?」

 

 直後、部屋の入口から甲高い声が飛んでくる。振り返ると、そこには自身の得物である、背丈とほぼ同じ長さを誇る槍を携えた、カンナの姿があった。

 

「カンナ? お前も自主練か?」

「そ、そうですけど……紫之宮さん平気なんですか!? 黒羽さん達から大変な事になったって聞きましたけど……」

「え? ああ……それなら、もう大丈夫だよ」

「そうなんですか……? まあ、紫之宮さんに大事が無かったようで、ほっとしました!」

 

 と、カンナはまるで自分の事のように嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

「あれ? あなた……確か紺野さんですよね? 紺野さんも自主練ですか?」

「…………」

 

 カンナの質問にも修也は返答せず、剣を腰に差した鞘にしまい、入口に向かって歩き出す。

 

「あ、待って下さい! もしよかったらですけど、一緒に自主練しませんか? ほら、私達って同期なのにあんまり話した事ないし、仲を深める良い機会だと――」

「悪いが、人と馴れ合うのは嫌いでな。それに俺は、お友達ごっこをする為にここに来たんじゃねぇんだよ」

 

 冷たい口調で言い放ち、修也はそのままこちらに見向きもせずに、訓練室から立ち去った。

 

「あ、行っちゃいました……」

「……まあ、あいつにも色々事情があるんだろう。あんまり気に病むな」

「はい……でも! やっぱり私仲良くしたいです! 紺野さんとも、緋衣さんとも!」

「めげないな」

「もちろんです! 仲間と絆を深めるのも、正義のヒーローには必要ですから!」

 

 グッと拳を作り、高々と真上に掲げる。

 

「正義のヒーローか……確かカンナは……」

「はい! 私、正義のヒーローに憧れてるんです! 魔女狩り師になったのも、少しでも困ってる人の力になれたらって、そう思って志願したんです! って、紫之宮さん達の理由に比べると、お遊びって感じですよね、これ……」

「いや、そんな事は無いさ。困ってる人の力になれたら……十分立派な理由じゃないか」

「そ、そうですか? エヘヘ……そう言われると、ちょっと照れちゃいますね」

 

 微かに顔を赤くして、カンナは頭を掻く。

 

「でも、正義のヒーローにはまだまだ程遠いです。もっともっと力を付けて、強くならないと! 一緒に頑張りましょうね、紫之宮さん!」

「ああ、もちろんだ。……あ、そういえば一ついいか?」

「はい何ですか?」

「隼人達から俺の事聞いたって言ってたけど……あいつらの様子はどうだった?」

「ああ、はい……黒羽さん達は、特に変わった様子は無かったですよ。ただ、若干疲れてる感じでした」

「そうか……」

 

 若干、という事は、少なくとも自分が受けたレベルの拒絶反応を彼らは受けなかったのだろう。とりあえず大事は無かったようで、双真は内心安堵する。

 

「……魔石の適合試験を受けたんですよね? そんなにシンドイものだったんですか?」

「ああ……正直、想像以上だったよ」

「そんなにですか……私もいつか受けるんですかね?」

「多分。他の奴は、後日って紫黒が言っていた」

「そうですか……」

 

 暗い声を出し、カンナは不安そうに表情を曇らせる。

 

「って、こんなんで怯えてちゃ駄目ですよね! やってやる! ぐらいの気持ちでないと!」

「確かに……気持ちが結果を左右するかもしれない。その方がいいかもな」

「ですよね! あとは、当日までに少しでも実力を身に付けないと! 紫之宮さん、よければ訓練付き合ってくれますか?」

「もちろん。俺も体を動かしたいって思ってたしな。早速――」

「ああー! やっぱりここに居たぁ!!」

 

 カンナとの訓練を始めようとしたその時、入口の方から女性の叫び声が訓練室に響き渡った。声の出所には、全力疾走した後のように息を荒らす香乱が立っていた。彼女は可愛らしさが残る怒り顔を浮かべながら、大股で双真に歩み寄る。

 

「私がいいって言うまで横にしててって言ったのに、どうして勝手に抜け出しちゃうの!?」

「い、いや、ダルさは無くなってたから、平気かなって……」

「だからって、黙って勝手に居なくならないで! スッゴく心配したんだから!!」

「そ、それは……ごめん」

「もぉ、双真君ったら……! 今度こんな真似したら本気で怒るからね!」

「も、もう本気で怒ってるんじゃ……?」

 

 双真に説教をする香乱を見ながら、カンナは苦笑いを浮かべる。

 結局その後、香乱の説教は小一時間ほど続き、二人の自主練は自然と無くなったのだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 数日後――魔女対策機関本部三階、総司令官室。

 

「――以上が、今回の適合試験の結果です」

「そうか……やはり、適合者は出なかったか」

 

 魔女狩り師の総司令官である白銀の為に用意された、広々としたどこか殺風景なこの部屋に、二人の人物が居た。

 

 一人が部屋の主である白銀誠。彼は手にした資料を乱雑に机の上に置き、椅子の背もたれに背中を預け、正面に立つもう一人の人物、彼の側近である金元薺へ指示を投げる。

 

「誰も使えないのなら意味が無い。予定通り、あの魔石はしばらくの間は保管庫行きだ」

「承知しました。それから、もう一つご報告が」

 

 と、薺は手にしていたもう一つの資料を差し出す。

 

「今月の女性の行方不明者のリストです。確認出来るだけでも六件、恐らく他にも」

「先月は四件だったな……向こうも、着実に戦力を補充しているという訳か」

 

 小さく舌打ちをしながら、白銀は薺から資料を受け取り目を通す。

 

「やはり今回も、大魔女の仕業でしょうか?」

「このタイミングだ、ほぼ間違え無いだろう。早乙女茜や他の者と同様に、奴が力を与えてそのまま手駒にしているのだろう。……しかし、解せんな」

「というと……?」

 

 薺が質問を投げ掛けると、白銀は再び乱雑に資料を机の上に置き、机の端に置かれた将棋盤から王将を手に取り、それを盤上の中央辺りに強く打つ。

 

「ハッキリ言ってしまえば、奴は一人だけでこちらを殲滅出来るだけの力がある。にも関わらず、奴は自らの手駒を無駄に増やして、いつまで経っても攻めて来ようとしない」

 

 そう言いながら白銀は王将の周りに金、銀、飛車、角など駒を囲むように置いていく。

 

「確かに、解せませんね……何か考えがあるのか、それとも単なる戯れか……でも、時間が出来るのはこちらとしても好都合では? こちらの戦力を補充する期間も増えますし……」

「確かに戦力は補充出来る。だが……」

 

 そこで言葉を切り、白銀は王将達と向かい合うように、歩兵(ふひょう)の駒だけを次々と並べる。

 

「結局こちらの駒は歩兵ばかり。それに対し敵は恐らく、飛車や角……一人だけでもこちらを十分に圧倒出来るレベルの者ばかりだ。これでは勝負にならん」

「確かに……量産型の魔石があるとはいえ、厳しいですね。敵の魔女を倒し、魔石を摘出してこちらで利用出来れば、大きな戦力として期待出来ますが……」

「その魔女が攻めて来ないのではな……チッ、全く面倒だ……奴らの根城の捜索はどうなっている?」

「今のところ、進展は無しです」

「そうか……引き続き捜索を続けろ。根城さえ見つかれば、こちらから攻める事が出来る」

「分かりました。それでは、私はこれで」

 

 頭を下げ、薺は総司令官室から立ち去る。一人になった白銀は、薺から貰った適合試験に関する資料に書かれた、適合試験の受験者リストに再び目を通す。

 

「結局金に成れない捨て駒ばかりだったか……まあいい」

 

 白銀は資料を投げ捨て、盤上にあるのとは別の王将を手に取る。そしてそれを、他の駒が散らばるほど強く、盤上へと打ち付けた。

 

「俺一人でも、奴らは必ず滅ぼす。……ただ、それだけだ」

 

 

 

 

 

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