インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
『戦闘員は野外のへリポートに至急集合! 部隊長の指示に従い、各部隊は担当の区域へ急行して下さい! 繰り返します――』
「部隊長か……アタシのとこは誰だっけ? つーかアタシどこの何部隊所属だっけ?」
「もうユリちゃんったら……ユリちゃんは私と同じ部隊だよ。部隊長は――」
「ああ、今思い出した思い出した。だって部隊の説明なんて受けたの何ヶ月も前だしなー。細かい事覚えてねーわ」
黄昏は緊急事態とは思えない呑気な口調でそう言いながら大きく腕を真上に伸ばし、ベッドから降りる。
「緊張感の無い奴だな……」
「緊張でガッチガチになるよりマシ。紫之宮も肩の力抜けよ。じゃないと、肝心なところで失敗すんぞ」
ポンと、黄昏は双真の肩を軽めに叩く。
「……ああ、分かってるさ」
「なら良いけど。ところで、お前は誰と一緒の部隊だっけか?」
「カンナと同じ部隊だ。部隊長は、美月さん」
「なるへそ。あの人ならまあ、安心か」
「ああ……きっと他の隊員達はもう出ているはずだ。俺達も急ごう」
双真の言葉に同じ戦闘員である黄昏と鴇子は一様に頷き、三人同時に医務室を出ようと踵を返す。
「あ、あの!」
が、不意に香乱が皆を呼び止めるように叫び、双真達はそれに反応して足を止めて声の主に視線を向ける。
全員の視線を一斉に受けた香乱は一瞬怯んだようにピクリと肩を震わせる。その後数秒、何かをグッと抑え込めるように白衣の胸の辺りをしわくちゃになるほど強く握り締める。その表情はどこか不安の色を帯び、悲し気な目をしていた。
その様子に何かを察したのか、双真は彼女を安心させるように微笑みを浮かべ、優しい声色で声を掛けた。
「大丈夫。必ず戻って来るから。だから蒼井はここで待っていてくれ。またみんなでくだらないお喋りをする用意でもしてさ」
「双真君……」
「そうそう、お菓子でも用意して待ってなよ! あ、アタシはチョコ系をリクエストね! キンキンに冷えたコーラとセットだかんね!」
「ユリちゃん、そんなお気楽な……」
「……うん、分かった。待ってるね、私」
完全に不安の色が消えた訳では無い。だがそれでも、香乱は彼らから目を逸らさず、真っ直ぐ彼らを見つめた。そんな彼女の力強い眼差しに見送られながら、双真達は医務室を後にした。
「……絶対に、帰って来てね」
医務室から全速力で駆け抜け、武器などの装備一式を回収してから三人は急いで野外へリポートに向かった。辿り着くとそこには既に大勢の隊員が集まっており、何台かのヘリは既に現場に向かったようだった。
「あ、紫之宮さーん! こっちですこっちー!!」
やかましいヘリの騒音に負けない大声が双真達の下に届く。首を回すと、一台のヘリの近くで大きく手を振るカンナの姿を発見する。
「じゃ、ここで一旦解散だな。……またな」
「き、気を付けて……!」
「……ああ」
二人と短い言葉を交わしてから、双真はカンナの下へと走る。
ヘリの中には既に何人かの隊員達が搭乗しており、双真が所属する部隊の隊長である美月の姿もあった。
「遅れてすみません」
「謝罪は後。悪いけどあまりモタモタしている時間は無いの。現場に向かいながら説明するから、早く」
美月に促され、双真とカンナは急いでヘリに乗り込んでドアを閉める。
ほぼ同時にヘリのプロペラが回り出し、ゆっくりと離陸して、目的地に向けて動き出す。同じように何台かのヘリも離陸を開始し、双真達のヘリと同じ方角に進み出す。恐らく同じ部隊の仲間だろう。
「さて……みんな聞いて」
離陸から約一分。美月がヘリの中、そして通信機を通して別のヘリに居る部下達にこれからの作戦についての説明を始める。
「私達がこれから向かうのは渋谷。そこには現在、四人の魔女の姿が確認されているわ。そして現在その魔女と、渋谷区域にある魔女対策機関の支部に所属している隊員達が交戦中。でも、戦況はあまり芳しくない状況よ。私達の目的はただ一つ、渋谷を襲撃する魔女達を排除し、渋谷区域の陥落を阻止する事。もしも現在攻め入られてる都市の大半が魔女たちの支配下に落ちたら、今後の戦いに支障が出るのは間違いないわ。だから少しでも被害を最小限に抑えるために、全員心してかかるように」
「魔女……俺達、勝てるのか?」
ついに来た実戦の時に不安を覚えたのか、隊員の一人がそんな事を呟く。
「……ハッキリ言えば、無理でしょうね。向こうとこっちじゃ、戦力差が違いすぎる。数ではこっちが圧倒的に有利だけど、相手はそんなもの関係無いでしょうしね。正直、死にに行くようなもの」
「じゃ、じゃあ……!」
「だからといって、ただ傍観している訳にもいかない。それにもしも相手の魔女を倒せたとしたら、魔石を手に入れて戦力増強も出来る。ならば多少の犠牲を出してでも、この戦いを挑む価値はある。それが上の……というより白銀君の考えってところかしら」
「そんなの……まるで生贄じゃないですか!」
「……そうね。新しい力を得るための、捨て駒。……でも、私はそんなつもりは毛頭無いわ。例え成果が出せなくても、少しでも犠牲を減らす。危険だと判断したら、即時撤退するわ。だからみんなも無理だと思ったら、いつでも逃げてね」
そう言って、美月は穏やかな笑みを浮かべる。が、一瞬の内に険しい表情に戻り、向かい側に座る双真に目線を送る。
「……? 何か?」
「言おうかどうか悩んでいたけど……直前に知るより、前もって知っていた方が落ち着けるかもね」
「どういう……?」
「……渋谷を襲撃する魔女の中に、炎を操る魔女が居るとの報告が来ているわ」
美月が一拍置いてから告げた言葉に、双真は大きく目を見開く。
「それって……茜が、来てるって事ですか……?」
「えっ……!? 茜さんって、紫之宮さんの……!?」
事情を知るカンナも、驚いたように目を丸くする。
「断言は出来ないわ。単に、似たような力を持つ別の魔女かもしれない。ただその可能性がある。彼女の力、恐らく魔女の中でもかなり上位に位置するでしょう。多分、相手の主力と言っても過言では無い。最初の襲撃に参加しないというのは考えにくいわ」
「茜が……」
「し、紫之宮さん、平気ですか……?」
「……ああ、平気だ。美月さん、教えてくれてありがとうございます」
「……そう」
美月は額に右手を添えながら、双真から目を逸らした。まるで教えなければよかったと言わんばかりに。
そしてその美月の不安は、的中していると言えるだろう。
茜が来ているかもしれない。その事で、もう既に双真の頭の中はいっぱいだった。ようやく茜に会える、言葉を届ける事が出来る。この一年間望み続けた日がようやく来た。必ず彼女を連れ戻してみせる、止めてみせる、救ってみせる――それだけが、双真の頭を支配していた。まともに周りと連携して、作戦を実行する事など到底出来ないだろう。
その事を朧気ながら察したのか、隣に座るカンナが心配そうな目で彼を見ながら声を掛けようとした――寸前、突然大きな爆音がこだました。
「な、何……!?」
「あそこだ!」
隊員の一人が外を指差す。先に見えたのは、目的地である渋谷の街。無数の煙が立ち上り、沢山のビルが無残な姿へと成り果てている。それだけでも異様な光景だが、さらに現実離れしたものが、渋谷の街に現れ出ている。
ビルより高く、禍々しく天へと聳え立つ――紅い火柱。
「……間違えない」
双真は一度、あれと酷似したものを見た。あの日、自分の目の前で茜が発した一人の女生徒を焼き殺した、紅蓮に燃え盛る炎。それと同じものが、今自分の目の前にある。
――間違えない……茜は、あそこに居る。
今にもドアを開けて飛び出さんばかりの勢いで、双真は剣を取って腰を浮かす。
「紫之宮君!」
が、美月が鋭い叫び声を上げながら、双真を睨み付ける。その言い知れぬ迫力に双真は冷静さを取り戻し、席に戻る。
「……これ以上、上空から近付くのは危険ね。近くに降りれそうな場所があったら、お願いします」
運転手は美月のお願いに短く応答して、渋谷の中心地からやや離れた開けた場所にヘリを着陸させる。同時に美月はドアを開けて地上に降り、耳に付けた小型の通信機に手を添えながら指示を飛ばす。
「これより作戦行動を開始するわ。事前に話した通り、目的は魔女達の排除。魔女達の場所は私が逐一報告するから、各員それに従って行動するように。注意は二つ。くれぐれも単独行動は控える事。無理だと判断した場合は即時撤退。それだけは絶対に守る事。いい?」
美月の言葉に続き、隊員達は「了解!」と揃って口にする。
「よろしい。……絶対、無茶はしないでね。作戦開始!!」
美月の掛け声を合図に、隊員達は一斉に走り出す。ただし双真はすぐには動かず、静かにある一点を見据えた。先刻、火柱が立ち上った方角だ。
「……行くんですね」
そんな双真に、傍らに居たカンナが心配そうな声を掛ける。
「ああ。絶対に、あいつを連れ戻す」
「そうですよね……紫之宮さんは、ずっとこの時を待っていたんですもんね。なら……私も力をお貸しします!」
グッと自分の得物である槍を握る手に力を込めながら、カンナははにかむ。
「一緒に茜さんを助けましょう! 仲間の力になるのも、ヒーローにとって大切な事ですから!」
「カンナ……ああ。もしもの時は、頼む」
「お任せ下さい! さあ、早く行きましょう! 茜さんの為……何より、この渋谷の街を守る為に!」
カンナの力強い言葉に、双真は無言で頷き返してから、火柱が立ち上った方角に向けて走り出した。
まるで爆撃でも受けたかのように荒れ果てた渋谷の街。度々聞こえて来る人の悲鳴。そして時折視界に映り込む、捨てられたように地面に転がる死体。地獄のような場景に
「茜がこんな事をするなんて……」
周囲の光景を見回しながら、双真は信じられないと表情を歪ませる。
自分の知っている茜はこんな酷い事をするような奴じゃない。信じたくない。けど、ここに彼女が居るのは紛れも無い。なら受け止めるしかない。そして必ず救う。自分の言葉を届けて、必ずあいつの目を覚ましてみせる!
そう、一層強く心に刻む。一刻も早く彼女の下へ向かわなくてはと、双真は加速する。
次の瞬間。双真達の居る場所からそう遠くない地点から、爆発音のようなものが聞こえる。
「今の音って……!?」
「近い――!」
きっと茜の起こした音だ――それを悟った双真はさらに加速する。後から続くカンナを置き去りにして、音の場所に向かって走る。次第に辺りの気温が上がっていく。きっと彼女の炎が原因だろう。緊張や不安も相俟って、全身から汗が滲み出す。だが双真はそんな事も気に掛けず、ひたすらに走る。
そしてついに彼の視界に――彼女の姿が映った。
ビルに囲まれた通りを埋め尽くすようにゆらゆら揺らめく紅い炎。その周囲に横たわる、魔女狩り師の隊服を着た大量の死体。そんな中心に、炎の明かりに照らされて怪しく黒光りする漆黒のドレスを身に纏った女性が一人、静かに佇んでいた。
「…………やっと……見つけた」
その声に気が付いたのか、女性は栗色の長髪を靡かせながらゆっくりと振り返る。そして紅い両の眼で双真を見据えると、彼女――早乙女茜は待ちわびたと言わんばかりにとても幸せそうで恍惚な笑みを浮かべた。
「やっと会えたねぇ……双真」
茜のその顔を見た瞬間、双真は戦慄した。
理由は二つ。一つは彼女の顔に返り血と思われるものが付着していた事。そして二つ目は、彼女がその血に恐ろしいほどに似つかわしい歪な笑みを見せた事だ。
今の一瞬だけで彼女が以前までの、自分が知っている茜とは別人だという事が容易に理解出来た。おぞましい狂気をひしひしと感じた双真は、思わず後ずさる。
「どうしたの双真? そんな怖い顔して。あっ、そっか。私、血だらけだもんね。ごめんね双真。でも安心していいよ? これは私の血じゃないから。私は傷一つ付いて無いよ」
顔に付いた血を拭って、彼女は無傷である事をアピールするように両腕を前方に向けて広げる。その表情は未だに嬉々としていた。彼女の周囲に死体が転がっているのが、火の海に囲まれているのが嘘のように、彼女は笑っていた。
「……そこに居る奴ら……お前が、殺したのか?」
「……? うん、そうだよ。それがどうかした?」
なんでそんな質問するの? そんな事を言いたげな表情で茜は首を傾げる。その様子に、双真の中の恐怖がさらに掻き立てられる。
「なんで……なんでこんな事するんだよ。なんで……なんで……!」
言いたい事が沢山あるはずなのに、言葉が出ない。それでもどうにか、声を絞り出す。
「沢山の人を殺して……何とも思わないのかよ!!」
「うーん……どうでもいいよ、そんな事」
「…………は?」
あまりにあっさりとした茜の返答に、双真は思わず固まった。
「だって、私は双真が居ればそれでいいもん。他の奴らなんてどうだっていい。むしろ邪魔。いつ誰が、私と双真の邪魔をするか分からないもん。だったら根こそぎ駆除しちゃえばいい。私と双真の二人っ切りの世界にしちゃえば、誰も私と双真の邪魔をする事は無い。私達は二人で、ずっとずっと愛を育む事が出来る。そんな最高な世界が出来るなら、他の奴らなんてみんな消えちゃえばいいよ」
「…………何、言ってんだよ、お前……そんな事で、お前は人を殺して……」
「そんな事なんて、酷いよ双真。私は真剣だよ? 私は双真と一緒に居るためならなんだってする。世界だって、なんだって敵に回す。だから私の邪魔する奴は、誰だって殺すよ?」
ニッコリ、殺伐とした空気に似合わない笑顔を作る茜。双真は対照的に、青ざめた顔を浮かべる。
「ふ……ふざけるなよ! そんなの……絶対間違ってる! そんな事今すぐ止めて、前みたいに何事も無い日常に戻ろう! 俺は、これ以上お前に……優しかったお前に、人殺しなんてさせたくないんだ!」
「そんなに私の事を思ってくれるなんて……嬉しい。でも、ごめんね双真。それは出来ないよ双真」
「なんで……!」
「だってこのまま何もしなかったら、また双真に害虫が纏わり付く。双真をたぶらかして、私から双真を奪おうとする奴らが湧いて出てくる。私はそんな奴らを残さず駆除しなきゃならないの。もう二度と、双真を手放さないために。だからもう……止まる訳にはいかないの」
「あ、かね……」
ああ、駄目だ。彼女にもう俺の言葉は届かない。俺が何を言っても、きっと彼女の言う害虫駆除を止める事は無い。自分の害となるものを消しきるまで、彼女は止まらない。彼女は……もう、俺の知る早乙女茜じゃない。
分かってはいた。けど実際に向き合って、彼女の迷いの欠片も無い言葉を聞いて思い知らされた。彼女は、どうあっても説得する事は出来ない。非常な現実を突き付けられたような気がして、双真はもう何も言葉を出せなかった。その場に膝を突いて、ただ呆然と目の前の彼女を見据えた。
そんな双真を心配するように茜が近寄ろうとした――寸前、誰かが双真の背中を叩いた。
「――何してるんですか、紫之宮さん!」
その弾けるような怒号に、双真はハッと我に返り、慌てて首を回す。
「カンナ……?」
いつの間にか背後に立っていたカンナは、怒ったような瞳で双真を見つめながら、続けて啖呵を発した。
「目の前にずっと救いたいって思ってた茜さんが居るんですよ! なのにどうして、何も言わずに呆けてるんですか!」
「……無理だよ。俺の声は、茜には届か――」
「だったら届くまで叫べばいいじゃないですか! それでも無理なら他の方法を考えるとか、色々やる事あるじゃないですか! 少なくとも、なんもしないでただ膝を突いてるのは絶対に違います! 足掻いて足掻いて足掻き続ける! それが誰かを救うために必要だって、私はそう思います」
「カンナ……」
「だから足掻きましょう紫之宮さん! 諦めなければ、きっと――」
「――誰、あんた」
全身を貫くような冷たい言葉が、突如二人に届いた。声の主は言うまでも無く、茜だ。
「いきなり現れて、私の許可も無く双真と言葉を交わして、説教みたいな言葉垂れ流して……あんた、なんなの?」
「わ、私は……紫之宮さんの、仲間です! 彼と一緒に、あなたを止めに……救いに来ました!」
「仲間……? フフッ……アーハッハ! ……そんなもの、双真には必要無いよ。双真には私だけ居ればいいんだから。そうだよ、あんたみたいな奴が居るからいけないんだ。あんたみたいに双真をたぶらかす奴が居るから、双真は私から離れちゃうんだ」
呟くように口にしながら、茜はゆらりと一歩前に出る。そして――
「あんた……消えろ」
憎しみの籠った眼光でカンナを睨みながら、地面を蹴り飛ばした。カンナも慌てて槍を構えるが、既に手遅れ。茜は一瞬の内にカンナの真正面まで移動し、そのまま彼女の首を右手で鷲掴んで近くのビルの壁に叩き付ける。
「ガハッ……!」
「やっぱりそうだ……双真にはいっぱい害虫が集まって来ちゃうんだ。だったら全部全部……私が消さないと――」
そのまま壁に押し付けたまま、茜は空いた左手に炎を纏わせる。
「……ッ!? やめろ、茜ぇーーーーーーーーーーーー!!」
双真が叫んだ次の瞬間――茜の炎の手刀が、カンナの胸を貫いた。