インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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敗走

 カンナの口から渇き掠れた声と共に、大量の血が飛び散る。抵抗するように茜の手首を掴んでいた腕が、だらりと落ちる。

 

 しばらくすると茜は彼女の胸を刺し貫いた左手を薙ぎ払うように抜き、カンナを真横に投げ捨てる。カンナの体躯は軽々と宙を舞い、赤い軌跡を描きながら地面に落下する。かなりの衝撃が全身を襲ったはずだが、カンナは人形のようにピクリとも動かず、光の無い眼で双真の方を見ていた。その生気を微塵も感じない瞳と目が合い、双真は我に返り、理解した。

 カンナが今、死んだ事を。茜が自分の目の前で、彼女を殺したという事を。

 

「なん、で……」

 

 昨日まで一緒に笑い合って、元気いっぱいでみんなのムードメーカーとして共に過ごしていた彼女が今、真っ青な顔で血だまりの上で横たわっている。いつも好奇心に満ちていた目からは光が無くなっている。いつも自信満々に張っていた胸には穴が開き、体内に残った血液を絶えず彼女の外へ流し出している。毎日のように活発に動き回っていた彼女は――二度と動く事の無い、ただの死体になった。

 

 ただただ信じられなかった。さっきまで一緒に居た、いつも元気だったカンナがこんなにもあっけなく死んでしまった事が。そして彼女を殺したのが、茜であるという事が。

 

 カンナの死に対する動揺を抱えながら、双真は彼女の死体から茜の方へ視線を移動させる。彼女は体に飛び散った返り血を拭いながら振り返り、双真を見つめ――嬉しそうに、口元を吊り上げた。

 

「邪魔者も居なくなったし、ようやく二人っ切りで話せるね、双真」

「…………なんなんだよ、お前……どうして笑ってるんだよ……」

「どうしてって、双真と二人っ切りでお話出来るんだよ? 嬉しいに決まってるよ」

「お前……人を殺したんだぞ? なんとも思わないのかよ!」

「だから?」

 

 少しも間を空けずに、茜はとぼけたように首を傾げる。

 

「さっきも言ったじゃん。双真以外はどうでもいいって。大体そいつがいけないんだよ? 双真の隣に立って仲間面してさ。殺されても仕方ないよ」

「仕方ないって……」

 

 双真は絶句した。彼女の言っている事が理解出来ない。彼女は……狂ってる。

 

「……やっぱり、私と会えない間も、双真は色んな奴らにたぶらかされちゃったんだね。許せない……そいつらも全員殺さないと。抹殺してやる、抹消してやる、排除してやる、駆除してやる、消去してやる、殺してやる……!」

 

 呪文のように繰り返しながら、茜はフラフラと双真に向かって歩を進める。

 

「でも安心して双真。双真がそいつらにたぶらかされちゃったんなら、私が目を覚ましてあげる。私がいっぱいいっぱい愛情を伝えてあげるから。だから一緒に行こ? そしていーっぱい、愛し合おうよ。大丈夫、邪魔なものは全部私が消して、全部終わらせるから。絶対に、二人っ切りの世界を作ってみせるから。ね? 双真」

 

 そう語りながら、茜は双真に手を差し出す。その手を、双真はジッと見据えた。

 

 確かに自分は、茜を愛している。彼女も自分を愛しているというのなら、嬉しい事この上ない。けれど――今の彼女は、自分の愛した早乙女茜では無い。

 

「……行けない」

 

 双真は茜が差し出す手を、振り払った。

 

「今のお前を認める訳には……受け入れる訳にはいかない。他人の命を軽々しく奪うお前を……俺は茜とは認めない! これ以上殺させない、殺させたくない……お前を止めて、俺がお前を連れて帰る!」

「……そっか。双真は今の私を受け入れてはくれないんだね。それじゃあ……仕方ないね」

 

 寂しそうに呟きながら茜は叩き返された右手を引いて――そのまま流れるように、双真の鳩尾に鉄拳を放った。

 

「ガッ……!?」

 

 突然の攻撃に、双真は何も出来ずにその場に膝を突く。当然警戒もしてなかったのでダメージを抑える事も出来なかった。意識が飛んでしまいそうな激痛に耐えながら、双真は茜を見上げる。

 

「どういう、つもりだ……」

「ごめんね双真、痛いよね? でも、もうこうするしかないんだよ。双真が一緒に来てくれないなら、無理矢理に連れて行くしかないもん。そうじゃないと愛情を伝えられないもん。だから我慢してね? 後でいっぱいいっぱい愛してあげるから。そしたら双真も、今の私を愛してくれるよね?」

 

 その未来を想像でもしたのか、茜はニタリと愉悦そうな笑みを浮かべた。

 

 次に茜の攻撃を受ければ、恐らく意識が消える。そうなれば茜は確実に自分をどこかは分からないが、連れ去る。そうなればきっと彼女を止める事は出来ないし、彼女はその後も邪魔となる者を殺し続ける。それだけは絶対阻止しなければならない。彼女にこれ以上殺させはしない。

 

 どうにか抵抗しようと、双真は腰に差した剣に手を伸ばす。しかし痛みで思うように腕が動かない。その間にも、茜は次の攻撃に移ろうとしている。

 

 間に合わない。せめてダメージを抑えて、意識を繋げようと出来るだけ力を込め始めた、その瞬間。突然茜が背後に首を回しながら、体を微かに横へ傾ける。

 刹那――頭上より鋭い一筋の斬撃が、茜の肩を掠めながら降り掛かった。

 

「ッ……!?」

 

 露出した肩に微かな切り傷が生まれ、微量の鮮血が舞い散る。しかし茜がそれを気に掛けたのは一瞬。彼女はすぐさまこの傷を作り出した背後からの襲撃者――桜庭美月を睨み付けた。

 

 お返しの反撃に、茜は不安定な状態のまま右手に炎を纏わせ美月に向かって突き出す。

 しかし、それより早く美月は追撃をお見舞いした。地面に切っ先を向ける日本刀(得物)の刃を素早く翻し、斜め上に向かって斬り上げる。喉元に迫る殺意の籠った刃に茜は攻撃を中断して、その場から大きく飛び退く。直後に再び空中で美月に向けて右手を突き出すが、不意に炎を消して数メートル離れた地点に着地する。

 

「美月、さん……」

 

 一瞬の命の奪い合いを目の当たりにした双真は放心しながら、危機を救ってくれた美月を見上げる。美月は数秒だけ双真を見て、無事である事を確認してからすぐに茜に視線を戻す。

 

「お前、あの時の……また、私と双真の邪魔をするのか!」

「……紫之宮君、撤退するわよ」

 

 茜の言葉には何も反応を示さず、美月は短く告げる。

 

「撤退って……!?」

「もう既に多くの隊員がやられてる。現存戦力では支部を防衛するのは不可能。残念だけど、ここは捨てるわ」

「そんな……」

「私達が想像していたより、相手の戦力は強大だったみたい。今は少しでも生き残る為に、逃げるわよ」

「でも、茜……」

「何が出来るの?」

 

 これ以上ないほど簡略で、遠慮も容赦も無い言葉に、双真は何も言い返せなかった。

 

「……分かってるなら、今は退くわよ。いいわね」

「はい……そうだ、カンナ……!」

「……死体を連れ帰るほど、余裕は無い」

「でも……!」

 

 双真の言葉を遮るように、美月は右腕で双真の体を抱え込む。

 

「お前……! また双真を連れ去る気かぁ!!」

 

 怒号を響かせながら、茜は地を蹴り飛ばす。美月も踵を返し、逃げるように走り出す。

 

「美月さん!」

「……死んだ仲間を連れ帰る為に、生きた仲間を危険に晒す訳にはいかないわ」

 

 そう言う美月の横顔は、とても心苦しそうだった。その顔を見た双真は、それ以上反論出来なかった。

 

 走り出してから約三十秒。曲がり角や道路に落ちた瓦礫をなどを上手く利用して、どうにか一定の距離を保ちながら逃走を続ける美月と双真。しかし、このままでは追い付かれるのは時間の問題だろう。

 

「……向こう、攻撃してこないわね」

 

 不思議そうに、美月は呟く。彼女の力を使えば、いつでもこちらの妨害が可能なはず。だが、彼女は一向に力を使おうとしない。

 一体何故? 考え込むように眉を寄せながら、美月はふと抱える双真へ目を向ける。

 

「……そうか、そういう事ね。なら、多少無防備になっても……」

 

 すると何か気付いたのか、美月は納得したように口にする。

 直後、「少し荒っぽく行くわよ」と双真に告げてから、美月は大きく跳躍。近くにあった信号機を踏み台にして再度跳躍し、近くの商業ビルの屋上に着地と同時に、反対側まで駆け抜ける。

 

「逃がすかぁ!」

 

 当然茜も後を追って屋上に向かって飛ぶ。それを確認すると、美月はビルの端で足を止め、茜と向き合う。

 

「やっと諦めた? さっさと双真を離せ! その後に骨も残さず燃やしてやる」

「悪いけど、今は彼を手放せないわね。あなたが遠隔攻撃を撃たないのは、彼を巻き込んでしまう可能性があるからでしょう? ならこうやって彼と密接状態にあれば、多少は安全だもの」

「あんた……双真を盾にするっていうの……?」

「解釈はご自由に。これが私達の生存率を上げる最善手だからね」

「ふざけた真似を……なら、直接殴り飛ばして、双真から引き剥がしてやる!」

 

 腕を広げると、両の手が火炎に包まれる。炎の拳を携えながら、茜は一直線に美月に迫る。しかし美月は逃げようとはせず、何かをポケットから取り出して、茜に見せつけるように眼前まで持ち上げた。

 

「ああ、そこ――危ないわよ」

 

 直後、突然茜の足元から凄まじい音が鳴り響くと共に数メートル範囲の爆発が巻き起こり、地面が崩れ落ちた。

 

「なんっ……!?」

「機関手製の小型爆弾よ。ここに上がった時、手早く仕掛けさせてもらったの。こっちはまだ戦力が不十分なの。悪いけど文明の利器は惜しみなく使わせてもらうから」

「こっ、の……!」

 

 崩れる足場の中、茜は殺気籠った眼で美月を睨み、腕を伸ばす。が、重力の流れに遵って茜は瓦礫と一緒にビルの底へと落ちて行った。

 

「茜ッ……!」

 

 その様子を隣のビルに飛び移る美月の腕の中で見ていた双真は、目を見開きながら彼女の名を呼ぶ。

 

「安心……と言っていいか分からないけど、この程度じゃ彼女は死なないでしょう。今の内にヘリに向かうわよ」

 

 すかさず、美月は移動を開始する。

 

 こうして双真の、魔女対策機関の初陣は幕を閉じた。結果は大敗。支部は魔女たちに攻め落とされ、多くの仲間を失い、彼らは何も出来ずに、本部へと逃げ帰った。

 

 

 

 

 

 

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