インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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魔女の再来

 

 

 

 崩れ落ちたビルの瓦礫から、一筋の火柱が立ち上る。天高く聳え立ったそれは積もった瓦礫の山を一瞬で消し炭と化し、周囲を更地へと変貌させる。その中心に立つ少女――早乙女茜は殺気籠った鋭い眼で双真を連れ去った美月が逃げた方角を睨んだ。

 

「あの女……私の邪魔をして、双真を私の前から連れ去って……! 殺してやる……絶対殺してやる!」

 

 ひび割れた絶叫を上げながら、茜は美月の後を追おうと腰を落とし、隣のビルに飛び移ろうとする。

 

「――勝手な行動は慎んだ方がいいと思うわよ?」

 

 しかし、地面を蹴る寸前のところで誰かに声を掛けられ、茜は動作を止めて声の方へと向き直る。

 そこには一人の女性の姿があった。膝辺りまで伸びた黒いコートに、ギリギリの長さの同色のスカート。インナーである紫色のビスチェトップからは、見せびらかすように豊満な胸により出来た谷間が見えている。如何にも自分のスタイルに自信があるといった風な女性の格好に若干の苛立ちを覚えながら、茜は自分を妨害した女性に敵意を持って話し掛ける。

 

「あんた、誰? 邪魔しないでくれる?」

「誰とは酷いわね。一応仲間でしょ? 一緒にここに来たじゃないの」

 

 と、何故か楽し気な笑い声を上げる。そのまま女性は明るい色にも関わらず、どこか怪しい雰囲気を出すピンク色の長髪を靡かせ、ハイヒールのブーツをわざとらしくコツコツと鳴らしながら茜へと歩み寄る。

 が、茜はそれを拒否するように女性の足元にミニサイズの炎の球体を飛ばす。

 

「どうでもいい。邪魔するな。今度邪魔したら殺す」

「まあ怖い。これからどうするつもりなの?」

「決まってる。あの女を追い掛けて殺す。そして双真を連れて帰る」

「ふぅん……つまり、あいつらの本拠地に殴り込みするって訳。それはちょっと――よろしくないわね」

 

 刹那、女性はまるで瞬間移動でもしたかのように茜に急接近。いつの間にか手にしていた黒づくめの槍を彼女の喉元に突き付ける。

 

「……どういうつもり? 邪魔したら殺すって言ったわよね?」

「まあ話を聞きなさいよ。あなたが本拠地に殴り込むのは勝手よ。正直ワタシもそっちの方が面白そうだと思うわ。でも、そんな事をしたらあの人はどう思うかしら?」

 

 あの人――それが誰を指すのか、茜は瞬時に理解した。自分達に力を与えた者。魔女対策機関が大魔女と呼ぶ、魔女の総締めだ。

 

「彼女には彼女なりの考えがある。それに反するのような行動を取る者が居たら、彼女にとっては面白くない事のはず。そうなれば、どうなるか分かるわよね?」

「…………」

「ワタシ達は彼女が集めた役者。ならワタシ達は、彼女の思い描く台本に沿って舞台を盛り上げればいい。多少は良いでしょうけど、過度なアドリブは殺され(降板させられ)ちゃうわよ?」

 

 確かに、ここで彼女に逆らっても、反感を買って始末されるだろう。ハッキリ言って、今の自分では彼女には手も足も出ないだろう。それは茜自身も重々理解している。

 まだ死ぬわけにはいかない。悔しいが、ここは諦めるしかない。焦らずとも、まだ時間はある。双真を連れ戻す機会は、必ずまた来るはずだ――そう信じて、茜はグッと双真追い掛けたい衝動を抑え込んだ。

 

「……分かればいいの。あの人の気分が悪くなると、ワタシ達もどうなるか分からないしね」

 

 茜の心境の変化を察したのか、女性はゆっくりと槍を下ろす。直後、槍は空気と溶け込むように消える。

 

「じゃ、今は与えられた役割をこなしましょう」

 

 そう言って、女性は手を振りながら茜に背を向け、その場を立ち去った。

 その背中の向こうで、楽し気で不敵な笑みを浮かべながら。

 

「ま、ワタシは自由にやらせてもらうけど」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 どうにか本部に着いた後に双真が受けた報告は、あまりにも非情で残酷な現実だった。

 双真と共に渋谷に向かった隊員、計七十名の内、現時点で本部へと帰還したのは双真と美月を含めて僅か八名。内三名は重傷、一名は意識不明の重体。対して討伐出来た魔女はゼロ。渋谷支部は陥落し、魔女の支配下に落ちた――というのが今回の戦果だ。

 他の支部へ応援に向かった隊員達も大半が現地で死亡、または行方不明。本部に帰還したのは全体のわずか三割。対して魔女の討伐数はゼロ、支部は陥落という渋谷での戦果とほぼ同様の結果になった。

 ただ一つ、陥落を免れた支部があった。本部から一番近くに位置する杉並支部だ。そこには総司令官である白銀自らが出向き、即座に魔女三名を返り討ちにし、防衛に成功した。

 が、それ以外の二十三区にある支部は余す事無く陥落し、魔女の支配下に落ちた。この魔女との初陣――完全なる敗北と言わざるを得なかった。

 

 そんな最悪なスタートで幕を開けた魔女との戦い。今後の方針を固めるべく、機関上層部の面々は緊急会議を開き、双真達生存した隊員達には待機命令が言い渡された。

 本当なら少しでも体を休めるべきなのだろうが、どうにもそういう気分になれなかった双真は一人、なんとなく一階のエントランスに足を運んだ。

 

「……静かだ」

 

 いつもなら多くの人が行き交っているエントランスも、今はほとんどもぬけの殻で、陰湿な空気が漂っていた。

 これからどうしようか、辺りを適当に見回していると、端の方にある休憩スペースに見覚えのある姿を見かけ、双真はふらりとそちらに足を進める。

 

「……よう。お前は生きてたんだな」

 

 双真に気付くと椅子に座って俯いたまま、隼人は沈んだ声を上げた。向かい側に座る悠も無事な双真に安堵したような反応を見せるが、その表情は浮かないもののままだった。

 

「……どうだった」

 

 と、双真は無意識に質問を投げた。返って来る答えなど分かり切っているのに。

 

「どう、か……一言で言えば最悪、だな。……そっちは?」

「……同じ、かな」

「そっか……」

「双真君も……会ったの?」

 

 悠の質問に、双真は一瞬だけ間を空けてから頷いた。

 

「あいつに、俺の声は届かなかった……何にも、出来なかった」

「……そっちもか。なんつーか……一気に叩き落された気分だよな、本当」

「うん……自信、無くなってきたよ……」

「ああ……」

 

 彼女――茜に、自分の声は何一つ届かなかった。必ず救うと意気込んでいたのに、この様だ。自信を持てというのが無茶な話だ。

 それは双真だけでは無く、二人も同じなのだろう。何かを成そうと戦いに挑んだのに、何も出来なかった。それどころか、多くのものを失ってしまった。

 

「そういえば……黄昏と篝は?」

 

 ふと、あの二人が居ない事に気が付き、双真は思わず二人に投げ掛けた。ここに居ない。それが何を意味するのかを理解したのは、声に出したすぐ後だった。

 問うた事をすぐに後悔した双真だが、現実を受け入れろと言わんばかりに、答えが隼人の口からこぼれ落ちるように吐かれた。

 

「死んだよ。……篝だけな」

「……そうか」

 

 半分想像通りで、半分違った返答だった。黄昏は無事に生きていた事は素直に安心したし、嬉しかった。だが、全く喜べなかった。でも、そこまでショックも大きくなかった。もちろん仲間が、親しかった友人が死んだ事はとても悲しい。でもそれ以上に、仕方が無い、やっぱりか――そんな諦めに似た感情が大きかった。あっさりと仲間が死ぬ姿を目の前で見たからなのか。それとも色々なショックが重なって心が壊れてしまったのか。双真自身にも、もう分からなかった。

 

「……黄昏は、どこに?」

「部屋に居るらしい。顔は見て無いから分からないけど、相当ショック受けてるだろうな。仲良かったしな、あいつら。……なあ、双真。カンナはどうした」

 

 意を決したように、隼人が問い掛ける。

 

「……殺されたよ。俺の、目の前で」

「…………そうか」

 

 それ以上、二人は何も言おうとはしなかった。双真も口を閉ざしたまま、疲れ切った心身を休めるように椅子にもたれ掛かる。

 最早、喋る気力すら無かった。三人はそのまま沈んだ顔のままジッと、時間だけを消化していく。

 

「ところでお前、蒼井のとこに行ったか?」

 

 しばらくするとふと、隼人がそんな事を言い出した。

 

「ああ……そういえば、まだだったな。なんか色々あって……忘れてた」

「シンドイだろうけど、行ってやれよ」

「うん。きっと蒼井さん、心配してるよ」

「そうだな……」

 

 正直、何もする気が起きなかった。でもこのまま顔を見せない訳にはいかない。双真は気怠い体をどうにか動かし、第四医務室を目指した。

 

 

 いつもより倍以上の時間を掛けて、双真は第四医務室の前まで辿り着いた。どことなく入り難くて、一分ほど入るのを躊躇っていたが、こうしていても仕方が無いと意を決して扉を開ける。

 

「……ッ! 双真君!?」

 

 直後、微かに悲痛の色を見せた声で、医務室の中に居た香乱が叫ぶ。慌てた様子で椅子から立ち上がり、足を引っ掛けて躓きながら双真の下まで駆け寄る。

 

「よかった、無事で……大丈夫!? 怪我とかしてない? もし何かあるなら、なんでも言って! すぐに何とかするから! それから、それから、えっと……」

「……とりあえず、落ち着こうぜ蒼井。俺、生きてるから」

「そ、そう、だよね……うん、生きてる。よかった、本当に、よかった……」

 

 まだ少し動転気味だが、無事な双真の姿を見て安心したのだろう。香乱はホッと胸を撫で下ろしながら、涙を流して双真の肩に額を預ける。

 

 しばらくして落ち着いた香乱を椅子に座らせ、双真はベットの上に腰掛ける。まずは何から話せばいいのか、双真は考え込んでから、ゆっくり口を開いた。

 

「茜に、会った」

「……! 早乙女さんに……」

「あいつは、すっかり変わっていた。もうあいつは、俺の知ってた茜じゃない」

「何が、あったの?」

「……あいつ、俺の目の前で殺したんだ。カンナを」

「……!? そんな……カンナちゃんが早乙女さんに?」

 

 信じられないといった風に、香乱は口元を両手で隠しながら大きく目を見開く。

 

「きっと、他にも大勢殺してる。あいつ、何の躊躇も無く、あっさりとカンナを殺したんだ。なのにあいつは……あいつは、笑ってた。人を殺したのに、邪魔者が消えたって嬉々として笑ってた。その顔にはもう、昔のあいつの面影なんて残ってなかった。俺はあいつをどうにか戻してやろうって、救ってやろうって、ずっと今日まで頑張ってきた。けど、今日のあいつを見て分かった。俺の声は、もう届かない。あいつを元に、優しかった茜に戻すのは……もう無理だ」

 

 力の無い笑い声をこぼしながら、双真は額に両手の甲を押し当てた。

 

「あいつは自分のやりたい事を、邪魔者を消すっていう目的の為に人を殺し続ける。でも、俺はこれ以上あいつに人殺しなんてさせたくない。あいつの手がこれ以上汚れるのが嫌なんだ。だからどうしても俺はあいつを止めたい。でも、どうすればいいのか分からないんだ……」

 

 今にも泣きだしそうな声を絞り出す。そんな双真を香乱は心配そうに、そしてどこか心苦しそうな目で見つめる。

 

「双真君は、そんなに早乙女さんの事が大切なんだね」

「……ああ。俺はあの時、一人になった俺に手を差し伸べてくれたような、優しかった茜が好きなんだ。だから今の茜は……見てられない。元に戻ってほしいんだ、どうしても。俺の好きな早乙女茜に」

「…………そっか。そうだよね、うん……」

 

 苦しそうにキュッと胸を掴みながら、香乱は悲しそうに目を細め、ほくそ笑む。

 

「なら、今から一緒に一から考えようよ、早乙女さんの目を覚まさせる方法」

「え……」

「まだ諦めるのは早いよ。きっと早乙女さんを元に戻す、止める方法はあるはず。それを考えるのはとっても苦しいかもしれない、辛いかもしれないけど、頑張って考え続けようよ」

 

 香乱は双真の手をそっと握り締め、優しく笑い掛ける。

 

「私、前に言ったよね? 苦しい事でも、辛い事でも、悩みでも、弱音でも、愚痴でも、言いたい事があったら……心に溜め込んでる事があるなら、全部私にぶつけていいよ。私はそれを受け止める。共有して、一緒に考えてあげるって。私は双真君の味方だって。全部が終わるまで、私が隣で支えてあげるって。あの時の思いは、今も何一つとして変わっていないよ。私も頑張って考えるし、辛かったら双真君を支えてあげるし、心を癒してあげる、守ってあげる。出来る事は少ないかもしれないし、頼りないかもしれないけど、一緒に頑張ろ?」 

「蒼井……どうして、そこまで?」

 

 その問いに、香乱は一瞬躊躇ったように口を閉ざす。しかしすぐさま、何かを隠すように口元に笑みを作りながら答えた。

 

「双真君と同じだよ。私も……好きな人が苦しんでる姿を、見たくないから」

「……! 蒼井……」

「だからさ、もう一度最初から頑張ろう。早乙女さんを救う為に、さ。その為に、今はゆっくり休んで。そしてまた、一緒に考えよう。ね?」

「……ああ、ありがとう。それから……ごめん」

「…………うん」

 

 香乱の口から静かに流れ出たその声は、どこか嬉しそうで、とても悲しそうだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 数時間後。香乱は一人、医務室を後にして本部の一角、建物の中心に位置する中庭に来ていた。

 

 正方形に()り貫かれ、頭上の天窓から太陽の光――今日は生憎の曇り空なので微かな光が注がれる空間で、天を見上げながら佇む香乱。やがて人工芝が生い茂る地面をゆっくり踏み鳴らしながら移動し、中央の長椅子にもたれ掛かる。

 

 そのまましばらくボーっと空を見上げ続ける。しかし不意に悲し気な笑みを浮かべると、小さく呟く。

 

「あーあ……振られちゃったか」

 

 覇気の無い笑い声を付け足し、香乱はさらに体を仰向ける。瞳に溜まった涙が零れ落ちないように。

 

「まあ、分かってた、事なんだけどね」

 

 自分の思いが届かない事なんて、最初から分かっていた。だって双真が好きなのは茜。だから自分が思いを告げたところで、その恋が叶うはずなんてなかった。

 

 それでも……それでも、香乱は好きになってしまった、愛してしまった。紫之宮双真という人を。

 

 香乱が双真と仲良くなったのは、意外と遅く中学二年生になってからだった。互いに一年の頃の友人達と違うクラスになってしまい、そんな中偶然同じクラスになった事がキッカケで会話をしたのが交友関係を築く始まりだった。

 

 何故か不思議と気が合い、異性なのに話しやすいという事もあり二人はすぐに意気投合。次第に会話をする事が増えた。正直最初の頃はただの仲の良いクラスメイトというだけで、特別な事は何も無かった。三年生になってもクラスが同じになり、交友関係は続いたが、やはりすぐに関係性が変わる事は無かった。

 

 でもある時ふと、香乱は双真に特別な感情を抱くようになった。本当に、唐突で自分でもビックリするぐらい急に、香乱は恋に落ちた。キッカケが何なのか、ハッキリとは分からない。でも好きな理由は、なんとなく分かっていた。

 

 いつもは気さくに、普通に接してくる双真だったが、時折とても悲しく、辛そうな目を見せた。それが何を思っていたのかは分からない。でもその目を見て、香乱は酷く胸を締め付けられる思いを覚えた。そして、こう思った。

 

 彼を支えてあげたい。守ってあげたい――と。

 

 元々お節介な性格であった香乱は、そんな目をする双真をどうしても放っておく事が出来なかった。どうにかして彼の背負う何かから守ってあげたい、支えてあげたい、力になりたい――そんな気持ちがいつしか恋心に変わった……のだと思う。

 

 でもそれは叶わない恋。彼が茜を好きな事は、当時も朧気ながら分かってはいた。そしてきっと彼があんな悲しく、辛そうな目をしているのも、茜が関係しているという事も、なんとなく分かっていた。

 

 それでも、香乱は彼を好きでい続けた。支えてあげたいと、力になりたいと思い続けた。叶わなくていい。彼が苦しみから解放されるために、側で支える――それが、自分の愛情だから。

 

「だから……これで、いいんだよね」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、香乱は流れそうな涙を拭って立ち上がる。

 

「――そんなに強がらなくていいのだぞ?」

 

 その時、妖艶な声が香乱の耳に流れ込んだ。

 

「……!? この声って……」

「己の欲のままに行動すればいい。貴様とて、それを望むだろう?」

 

 驚く香乱の下に、再び声が届く。

 そして次の瞬間、何も無い空間から突然、彼女は姿を現した。

 

「あなたは……」

 

 突如として香乱の目の前に姿を現したのは、紛れも無くあの魔女だった。一年前に人類に対して宣戦布告をし、茜や多くの者に魔法の力を与えた、機関が大魔女と呼ぶ全ての元凶となった魔女。

 

 何故彼女がこんなところに居るのか、そもそもどうやって現れたのか、一体何をしにやって来たのか、どうして自分の前に現れたのか――無数の疑問が脳内を駆け巡る。

 周囲に人の気配は無い。助けを呼ぼうにも、中庭の出口は大魔女の背後にある。つまり今、香乱は敵の親玉と二人切りの状況下に居る。それを理解した瞬間、恐怖が全身を支配した。

 膝が震える。視界も思うように定まらない。汗が止めどなく溢れ出る。何をしている訳でも無いのに、圧倒的な存在感を放つ大魔女に思わず意識が遠くなる。

 

 しかし、ここで気圧されてはならない。直感的にそう感じた香乱は、震える喉にグッと力を込めて、精一杯の声を大魔女にぶつけた。

 

「あ、あなた、どうしてここに……?」

 

 自分でも笑えるぐらいにオドオドした、気弱な声。大魔女はそれに嘲笑めいた笑みを浮かべながら、その問いに答えた。

 

「何、初陣で大敗を味わった貴様達がどのような顔をしているのか、ちと様子を見に来ただけだ。その途中、面白いものを見かけたのでな」

 

 言いながら、大魔女は香乱を舐めるような目付きで香乱を見る。その視線に悪寒を感じた香乱は一歩後退る。

 

 が、そんな彼女を追い詰めるように大魔女は一気に距離を詰める。まるで時間が飛んだようだった。一瞬で目と鼻の先まで詰め寄り、大魔女は心の奥を見透かすような眼で、香乱の恐怖に震える瞳を見据えた。

 

「フフッ……良い眼だ。やはり恐怖に溺れた人の眼というのはいつ見ても甘美なものだ」

「な、なんなの、一体……! なんのつもりなの……!?」

「なんのつもりか。お前には、なんとなく分かっているのではないか?」

 

 トンと、大魔女は香乱の胸元に人差し指を押し当てる。

 

「貴様の中に、私好みの歪んだ欲望を見た。だから、少々力添えをしてやろうかと思ってな」

「それって……私を、魔女にしようって事……?」

「まあ、簡単に言えばそうだな」

「そ、そんなの絶対に嫌! そもそも、私にはそんな欲望なんて――」

「そんな事は有り得ない」

 

 香乱の言葉を遮り、大魔女はさらに言葉を続ける。

 

「どんな人間も心の奥底に醜く、どす黒い欲望を抱えている。醜さの無い人間など、最早人間では無い。そんな欲望こそが、人を人たらしめているものだ。なのに人の大半は理性というものでそれを抑え込んでいる。本当の自分を隠している。だから私は、解放してあげているのだ。理性という枷から。そして欲を叶える力を授けているのだ。己の欲を満たす為、自由に暴れられる力をな」

「そ……そんな事をして、あなたは何がしたいの……? こんな戦争の真似事して、一体何を!」

 

 香乱のその問いに、大魔女は不敵な笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。

 

「貴様自身も理解しているだろう? 己の願い、欲望を。それを叶えたいと、そう思うだろう?」

「そんな事、無い……!」

「強情な奴だな。まあ良い。あまりのんびりとしてもいられないだろうし、手早く済ませようか」

 

 直後、胸元に押し付けられた大魔女の指先が淡く光り出す。

 

「……!? 嫌、止めて!!」

 

 慌てて離れようとするが、まるで体が凍り付いたように動かない。

 

「さあ願え、渇望せよ。さすれば貴様の望む力が得られるだろう」

「嫌、嫌……私は……!」

 

 ――私は魔女に……双真君達の敵に、なりたくない!

 

 

「――蒼井から離れろぉぉーーーーーーーーー!!」

 

 突如響いた絶叫。直後、香乱は大魔女の頭上から急速に迫る何かを捉えた。大魔女もそれに気付いたのか――いや、恐らくずっと前から気付いていたのだろう。何食わぬ顔でそれをかわし、そのまま流れるような動きで香乱との距離を離した。

 

「フフッ……随分と殺気の籠った斬撃だ。良いではないか、少年」

 

 楽し気な笑みを浮かべながら大魔女は香乱を庇うように彼女の正面に立った襲撃者――紫之宮双真を見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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