インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
嫌な予感がしたから辺りを見回っていたが、まさかこんな事になるなんてな。
そんな事を思いながら、双真は香乱と突然の来訪者、大魔女の間に立ち塞がり、殺気籠った目で敵を見据える。
「蒼井、無事か?」
目の前の居る
一瞬だけ、双真は香乱の方に目をやる。とりあえず、怪我をしたり、変わった様子は無い。これならひとまず安心して良さそうだと安堵したのも束の間、こちらを見据えながら黙って佇んでいた大魔女が不意に口を開いた。
「残念だが、少々手遅れだったな」
その声に双真は慌てて視線を正面に戻す。未だ動こうとはせず、こちらを不敵な笑みを浮かべながら静観する大魔女に剣の切っ先を向けながら、問う。
「どういう意味だ? まさか、蒼井に何かしたのか?」
「何かをしているのを見たから、貴様は割り込んで来たのだろう? まあ、貴様も大方の予想が付いてるだろう?」
「……蒼井に、魔女の力を与えたのか?」
「ご名答。貴様が割り込んだせいで不完全ではあるがな。だが、種はもう植え付けた。後は、彼女次第、だな」
双真の背後に居る香乱を指差す。それに香乱はハッと目を見開き、自分の胸を押さえる。
「私、魔女になっちゃうの……?」
「そう恐れる事は無い。貴様はただ、自分の欲望に対して正直になれば良いだけなんだ。そうすればそれを叶える力が手に入る。自分を妨げる障害を消す事も、憧れに近付く事も、欲するものを我が手にするのも――全てが叶うんだ。だから深く考えずに、ただ願えばいいんだ」
「わ、たし……」
「ふざけるな!」
不意に、双真が怒号を上げる。
「さっきから聞いてれば……お前、一体何が目的なんだよ! こんな事をして、一体何がしたいんだよお前は! どうしてお前は人に魔法の力なんて与える! どうして彼女達を暴走させるように仕向ける! どうして……どうしてあいつをあんな風にした!!」
「双真、君……」
「ほお、随分と濁った眼だ。殺気に憎悪、憤怒……なかなかに良い眼をしている。しかし、そこまで恨まれるような事をした覚えは無いがな?」
「ッ……! 惚けるなぁ!!」
大魔女の態度に怒りを抑えられなくなった双真は、大魔女目掛けて走り出し、頭上から剣を全速力で振り下ろす。
が、刃は大魔女の肉を捉える寸前、見えない壁に激突したかのように弾かれる。微かに体勢を崩したが、すぐさま立て直して再度剣を振るう。今度は弾かれる事は無かった。しかし、大魔女は双真の渾身の薙ぎ払いを、まるで落ちてきた木の葉を掴み取るように、指先だけで受け止めた。
「なんっ……!?」
「勢いは良いが、圧倒的に実力が足りんな」
「くっ……! お前が茜を……お前のせいで茜は……!」
「茜……ああ、思い出したぞ。貴様、あのじゃじゃ馬の思い人か。なるほどなるほど」
合点がいったと言いたげな含み笑いを浮かべる。
そのまま双真を観察するように見つめる。全てを凍て付かせるような威圧感のある眼差しに、双真は思わず息を呑む。
相手の気に飲み込まれてはならないと、双真は大魔女を力強く睨み返す。それが、双真に出来る精一杯だった。
出来る事なら、今すぐにでも彼女を殺してやりたい。だが、そんな事は自分には出来ないという事は、嫌でも理解出来た。実力差があり過ぎる。自分では彼女には敵わない。相手がその気になれば、自分はすぐに死ぬ。ここで自分が取るべき行動は、今すぐ香乱を連れて逃げる事だ。
でも、ここで大魔女を見過ごすなんて、したくない。彼女をどうにかすれば、茜を元に戻すことが出来るかもしれないのだから。何より……茜をあんな風に変えてしまった彼女を、見す見す見逃すなんて、気が収まらない。
「フフッ、それほどまでに私が憎いか?」
「当たり前だろう……! お前が居なければ、こんな事にはならなかったんだ!」
「そうか……これは、いい役者が見つかったかもしれんな」
ニタリ、と笑みを作ると大魔女が双真の瞳を覗き込むように顔を近付ける。
「私が憎いのだろう? ならば限界まで憎んでみろ。怒りを抑え込まずぶつけてみろ。心の奥底に溜まる憎悪を掻き出してみろ。殺意の刃を研ぎ澄まして、憎む相手に突き付けてみろ。お前の中にあるどす黒く濁った悪意を、私に見せつけてみろ!」
「何を、言って……」
大魔女の言葉の意味が分からず、双真は同様の色を見せる。
だが、不思議と彼女の言葉が耳を通り抜ける度に、心の中にある何かが、沸々と湧き上がってくる。始めはそれが何なのかよく分からなかった。けど、それは段々と大きさを増して、彼の心を染め上げていった。
これは、悪意だ。殺意、憎悪、憤怒――彼女の言うどす黒い感情が、彼女に対して抱く濁った何かが止めどなく溢れ出てくる。
憎い、彼女が憎い。彼女の存在を消したくて堪らない。殺したい。殺したい。殺さなくては。殺してみせる。殺すんだ、殺すんだ、殺すんだ……殺す、殺す、殺す――!
大魔女に対する感情が悪意一色に染まる。不思議と、力も溢れ出てくるようだ。もう、他の事など知った事では無い。彼女を殺す。茜をあんな風にしてしまった彼女を。俺の人生を無茶苦茶にした彼女を、この手で――
「――止めて!!」
ふと、誰かの叫びが鼓膜を揺さぶる。その声に闇に染まっていた心に一筋の光が差したように、双真の意識は我に返る。慌てて振り返ると、放心していた香乱がこちらに向かってゆっくり、歩みを進めていた。
「双真君に……双真君に手を出さないで!!」
叫び、香乱は大魔女を睨み付ける。
次の瞬間――彼女の感情の爆発が具現化したかのように、蒼い炎が香乱の体から立ち上った。
「蒼井……!?」
「双真君は……私が守る!!」
揺らめく炎を纏わせた右手を力強く突き出すと、炎が一直線に大魔女に向かって襲い掛かる。大魔女は双真を突き飛ばしながらその場から飛び退き、それを回避する。それを見てから、香乱はすぐさま双真の下に駆け寄り、彼を守るように両腕を広げて立つ。
「蒼井、お前……」
「大丈夫だよ、双真君。私が、私が守るから!」
「……くだらん」
さっきまでと打って変わって、機嫌の悪そうな声を大魔女が口にする。
「力に目覚めたようだが、期待外れも甚だしい。確かにその力からは、憧れや対抗心といった負の感情も見受けられるが……一番は守護の思いと来た。ああ、くだらん。実にくだらん。私はそんなものを見たいのでは無い。貴様に可能性を感じた私が馬鹿だったようだ」
「……あなたが何を言っているのかは分からない。でも、私はあなたの思い通りにならない。確かに醜い感情は私にもある。けど、私の一番は双真君の力になる事、双真君を守る事だから!」
「……もういい。くだらん茶番だ、吐き気がする」
大魔女が香乱に向けて、左手を突き向ける。香乱は警戒するように身構える。
が、不意に大魔女は左手を動かし、自分の後頭部まで上げる。直後、ハサミのように動かされた彼女の中指と人差し指が、背後から飛来した何かを掴み取った。
「どうやら、ようやくおもてなしの時間のようだな」
大魔女は少し楽し気に頬を吊り上げながら掴み取ったそれ――小型のナイフを地面に投げ捨て、ゆっくり振り返った。
「ようこそ私達の根城へ。土産として、貴様の首でも置いていってもらおうか、大魔女が」
そう言いながら新たな来訪者、金元薺は先ほど飛来したナイフと同じものを大魔女に突き付けた。その周りには美月に加え、数十人もの隊員が集まっていた。彼女達は大魔女を囲い込むように展開し、各々武器を構える。
「ふむ……あの銀髪の彼は居ないようだな」
「よく言うわ。留守を狙って来たくせに」
「まあな。私と彼が相まみえるのは時期尚早だからな。彼と直接出会うのは、舞台のクライマックスこそが相応しい」
「そうか。なら安心しろ。もう間も無くあの方は到着する。それまでに貴様の首を狩り、クライマックスとやらを作り出してやる」
「それは困った。では、ここらで退散するとしよう。少々不本意な結果ではあったが、やれる事はやったしな」
そう言いながら、大魔女は双真の方へ目をやる。
「双真、と言ったか。貴様がこの舞台を盛り上げる存在となる事を、期待しているぞ」
「何を……」
言っていると、双真が口にする寸前、大魔女は右手を天に掲げて指を鳴らす。直後、大魔女の体が黒い何かに包まれる。
「桜庭!!」
薺が叫ぶ。ほぼ同時に、美月が大魔女に急接近。右手に携えた日本刀を薙ぎ払い、同時に飛び出した薺もナイフを払う。
が、次の瞬間には黒い何かと共に大魔女の姿は消え、二人の斬撃はそのまま何も無い空を斬り裂いた。
「チッ……! 桜庭、奴は!」
「……周囲に姿は見当たらない。逃げられたわね」
「瞬間移動というやつか。面倒この上ないな。念の為に周囲を警戒しておけ!」
イラついた様子を見せながらも、薺は周囲の隊員に指示を飛ばす。何人かの隊員がそれに従い、中庭を後にする。
「終わ……ったの……?」
気が抜けたのか、香乱がへなへなとへたり込む。
「蒼井、大丈夫か?」
「う、うん……双真君も、怪我無い……?」
「ああ。でも……」
見た目にも性格にも、なんら変化は見えない。だが、香乱は魔法の力を使った。彼女は確実に、魔女になってしまった。
これから一体、香乱がどうなるのか、そんな言い知れぬ不安を抱きながら、双真は少し離れた場所に立つ薺と美月に目をやる。
「さて、と……あとは後始末だな」
薺はそう呟きながら手にしたナイフをクルリと一回転させて持ち替え――香乱に向けて躊躇い無く投げた。
「えっ……」
咄嗟の事に、香乱は驚きの声をこぼすだけで動けなかった。だが、ナイフは彼女を待たずに眼前まで迫る。
しかし鋭利な切っ先が彼女の眼球を貫く、ほんの手前。鋭い金属音を響かせながら、ナイフが宙を舞った。ナイフを遮ったのは、双真の剣。彼は香乱を庇う様に割って入り、薺を睨み付けた。
「……どういうつもりだ、金元」
それに薺は表情を一切変えず、冷たい眼で睨み返しながら答える。
「言っただろう、後始末だ」
「それがどういう事だって聞いてるんだよ!」
「そいつが魔女に目覚めた事は、こちらも既に確認済みだ。だから始末する。それだけだ」
「始末って……なんでだよ!」
「貴様も分かっているだろう? 私達の目的は魔女の殲滅だ。ならば、その女も例外ではない」
言いながら、薺は香乱を指差す。
「例外じゃないって……蒼井は今、魔女の力に目覚めたばかりだ! 大魔女に従ってる訳でも無いし、他の魔女みたいに暴れたりもしてない! 敵対するつもりだって無いんだ! だったら殺す意味も無いだろう!」
「そんなもの、大魔女がその気になればいつでも従わせる事が出来るだろう。なら敵対する前に殺す」
「で、でも、今は味方だ! むしろ、大魔女と戦う為に力を貸してくれるかもしれない!」
「それなら、そいつを殺して魔石を取り出せばいい事だ。むしろ訓練を積んだ者に渡した方が、戦力増強の効果がある」
「ぐっ……! だからって納得出来るか!」
「……もういい」
薺は隊服の懐から、大量のナイフを取り出し、宙に向かって放り投げる。すると、ナイフはまるで生きているかのように動き出し、双真と香乱の頭上に、彼らを囲い込むように円を作り出す。
「魔女は誰であろうと殺す。それがあの方、誠様の目的だ。もしも貴様がそいつを庇うというのなら……まとめて始末だ」
脅迫めいた言葉を吐きながら、薺は二人を睨む。しかし双真は屈する事無く、香乱を守るように抱き寄せた。
それを反抗の意思と見なしたのか、薺は何も言わずに前に出した右手を真下に落とす。瞬間、ナイフが一斉に双真達に降り掛かる。
この数を一気に処理する事は無理だ。でも、香乱だけは守り切ってみせると、双真は盾になるように彼女を抱える。
「駄目……双真君は、絶対死なせない!!」
しかし、ナイフの雨が双真達を襲う寸前、香乱は右手を掲げて炎を放つ。それは竜巻のように天に昇り、降り注ぐナイフを次々と弾く。次第に炎は大きさを増していき、周囲の薺達を巻き込む。
「グッ……!」
香乱がそう制御しているのか、薺達はダメージを負った様子は無い。だが、炎の圧で思うように動けないようだ。
これはチャンスだ。双真はそのまま香乱を抱えたまま、全速力で中庭の外に向かって走り出した。
それから薺達が自由に動けるようになったのは、炎が収まってから数十秒経ってからだった。
怪我はほとんど無かったものの、圧と熱により大分体力を消耗したらしく、周囲の隊員は皆疲れ切った様子を見せている。
「どいつもこいつも、逃げ足の速い……桜庭、奴らはどこに逃げた!」
地面に転がるナイフを拾いながら、薺は美月に向かってイラついた声を飛ばす。それに美月は一瞬、躊躇うように瞼を下ろす。が、すぐに目を開き、数秒の間を空けて答える。
「建物の外……市街地跡の方面に向かってるわ」
「……本当だな?」
その確認に、美月は何も答えない。
「チッ……各員に連絡! 逃走した二名を今すぐ捕らえろ! 抵抗する場合は紫之宮ごと始末して構わん! 絶対に魔女は逃がすな!」
指示を送りながら、薺は中庭を後にする。その背中を見送りながら、美月はギュッと下唇を噛んだ。
「ほんっと、嫌になる……」
◆◆◆
中庭から逃げ出した双真と香乱の二人は、本部二階にある第四医務室に身を潜めていた。
肩で息をしながら、双真は入口の扉に背中を預けて床に座り込む。香乱も彼の隣に、身を寄せるように腰を下ろす。
体が微かに震えていた。仕方が無い。今さっき、彼女は殺されかけたのだ。そして今も、彼女を始末する為に多くの隊員が彼女を追っているはず。きっと彼女は不安でいっぱいなはずだ。
「大丈夫だ、ここは人通りも少ない。しばらく身を隠して、これからの事を考えよう」
安心させるように彼女の肩に手を乗せながら、優しく声を掛けてやる。だが、香乱の表情は暗いまま。どこか思いつめたような目で、何も無い場所を見据えている。
「……ねぇ、双真君」
ふと、香乱が口を開いた。
「私を……金元さんに差し出して」
「……何言ってんだお前」
そんな事をすれば、香乱は間違えなく殺される。つまり今の香乱の発言は、私を見殺しにしてという意味だ。
「そうすれば、少なくとも双真君は殺されずに済む。私のせいで、双真君が死ぬなんて嫌。だからお願い。私を差し出して」
「ふざけんな。そんな事出来る訳無いだろ! こっちだって、お前が死ぬの嫌なんだよ! まだ方法があるはずだ! だから――」
「お願い!」
今まで聞いた事の無い香乱の叫びに、双真は思わず言葉を詰まらせる。
「私のせいで双真君に迷惑掛けるの、嫌なの……だからお願い、私に双真君の命を救わせてよ。私は、双真君に生きててほしいの。だって双真君には、まだやるべき事があるでしょう?」
「蒼井……」
「大丈夫。死ぬのは怖いけど、双真君の為になるなら喜んで命を差し出すよ。双真君の力になれるなら、私は嬉しいよ」
ギュッと胸を押さえながら、香乱は嬉しそうに笑顔を作った。
一筋の、涙を流しながら。
「……いい加減にしろよ」
「えっ……」
「いっつもそうだ……俺の為って、俺の力になりたいって、俺を助けたいって……いっつも俺の事ばっかり優先して……こんな時ぐらい自分の事を考えろよ! 俺を助けるためじゃなく、自分が助かる為に!」
肩を掴み、双真は香乱の驚く瞳をジッと見据えた。
「もちろん俺の事を考えてくれるのは嬉しい。けどな、こんな時にまで俺の事を考えなくていいんだよ! このままじゃお前死ぬんだぞ!? そんな時にまで他人優先してんじゃねえよ! 今の俺が言えた事じゃ無いかもしれない……けど、自分がどうしたいか、本当の気持ちを言えよ! 他人の為じゃなくて、自分の為の考えを!」
「自分の、為……」
「言ってみろよ! お前はどうしたいんだ? 自分の事だけを考えて、自分の一番望む事を!」
「わ、たしは……」
震える口を必死に動かしながら、香乱は言葉を絞り出した。沢山の涙を流し、ぐちゃぐちゃに顔を歪めながら、一生懸命自分の気持ちを叫んだ。
「生きたい……生きたいよ! こんなところで死ぬなんて嫌だよ! まだやりたい事いっぱいある! 双真君やみんなと平和になった世界でいっぱい遊んだり、お話したりしたい! それに……私はやっぱり、双真君が好き! 諦められない! もっと一緒に居たい! そしていつか……好きって言ってもらいたい! だから、だから……こんなところで死ぬなんて、嫌だよぉ!!」
子供のように泣きじゃくりながら、香乱は双真の胸に顔を埋める。それを双真は、受け止めるようにそっと彼女の肩を抱いた。
「それでいいんだ……生きよう、必ず」
「うん……うん! 生きる……双真君と一緒に、生きる!」
香乱の力強い言葉に、双真は頷く。
必ず、彼女と一緒に生き残る。絶対に、彼女を死なせてたまるか。何があっても、守ってみせる。
「……蒼井、一緒にここを出るぞ」
「ぐすっ……それって……?」
「正直に言えば、もうここに蒼井の居場所は無い。説得するのも、きっと無理だ。なら、もう逃げるしか、機関を抜けるしか無い。もちろん、険しい道になるのは間違えない」
「……でも、それしか無いんだよね?」
香乱の問い掛けに、双真は無言で頷く。
「……なら、そうしよう。生きるって決めたんだもん。どんな道でも、私は進む」
そう言いながら、香乱はゆっくりと立ち上がる。
「いいのか?」
「うん。大丈夫、今の私は魔女。追手が来ても、きっと退けられるはず。それに……双真君が一緒なら、私はどこでも大丈夫だから」
安らかな笑顔を作りながら、香乱はそっと双真に手を差し伸べる。
「だから、一緒に来てくれる? すぐには無理かもしれないけど、落ち着けば魔女の事、早乙女さんの事も考えられるようになるはず。そしたら私は力を貸すから、一緒に全部終わらせてみせよう。早乙女さんの事も、魔女との戦いも、全部」
「ああ……そうだな。行こう」
双真は真っ直ぐ彼女の目を見ながら、手を伸ばす。
行く先が見えない道だ。けど、必ず最高の未来を掴んで見せる。彼女と、一緒に。
――だがその未来への道は、唐突に途絶えた。
「…………え?」
何が起こったのか、一瞬分からなかった。だが次第に脳は、状況を飲み込んでいく。
香乱の差し出す手が止まっている事を。彼女の顔から笑みが消え、瞳孔が開いている事を。彼女の胸から大量の血が流れ出て、一刀の刃が突き刺さっている事を。
「蒼井!」
香乱が刺された――その状況を理解した瞬間、双真は叫んで彼女に両手を伸ばした。双真の背後から伸びた刃は勢いよく香乱の胸から引き抜かれ、彼女の体が力無く倒れる。
「蒼井! しっかりしろよ、蒼井!!」
慌てて彼女の体を抱え、必死に声を掛ける。しかし香乱は返事をせず、流れ出る鮮血が血だまりを作り、彼女の白衣を赤く染め上げる。
「くそ、くそっ……!」
ここは医務室だ。何か薬は無いか? 応急処置出来る道具は? まずはベッドに寝かせるべきか? それとも技術を持った人を呼ぶべきか?
混乱して、考えるだけで動くことが出来ない双真の耳に、大きな音が流れ込む。ドスンという、大きな物が落ちる音。背後から聞こえたその音の正体を確かめるべく、双真はゆっくり振り返る。
見えたのは、切り裂かれたように破損した医務室の扉。その奥には、血に染まった日本刀を携えた――銀髪の男が立っていた。
「白銀、誠……!」
何故ここに居るのか――そんな疑問を抱いたのはほんの数秒。彼が持つ日本刀を見た瞬間、双真は白銀に言葉をぶつけていた。
「なんで……なんで、蒼井を刺した。なんで!!」
「……魔女は誰であろうと排除する。それはお前も知ってるだろう」
「ふざけんなよ……蒼井は! 彼女は生きようって、この戦いを終わらせようって……! 自分の望む未来に向かって、頑張って歩き出そうとしてたんだぞ!!」
「……だからどうした」
なんの感情の揺らぎも感じられない、冷淡な言葉が静かに響いた。
「そいつは魔女だ。魔女は存在自体が罪。なら、慈悲など無用だ」
……何を言ってるんだこいつは。
そんな理由で、彼女の命を奪い取るのか。そんな理由で、さも当然のように彼女を殺そうとしたのか。そんな理由で……彼女の未来は、閉ざされるのか。
その瞬間、双真の心はある一色に染まった。怒りという――どす黒い殺意に。
「白銀ぇぇぇーーーーーーーーー!!」
腰に差した剣を引き抜き、白銀の心臓目掛けて薙ぐ。
が、その一撃は白銀の払った刀にあっさりと弾かれ――カウンターの蹴りが、双真の鳩尾を捉えた。
「がっ……!?」
まるで巨大な鉄球が襲い掛かったような衝撃が走り、双真の体躯は軽々と吹き飛び、近くのベッドに思い切り打ち付けられる。
「安心しろ、手加減はした。魔石の加護もあるだろうし、死にはしないだろう」
白銀は相も変らぬ冷たい言葉を吐く。双真は何か言い返してやろうとしたが、意識がだんだん薄まる。
「今回は見逃してやる。もしかしたら、貴様は役立つかもしれんからな」
「し、ろがね……!」
「死にたくなければ立派な駒になるんだな――紫之宮」
その白銀の言葉が脳に届いた直後、双真の意識は途切れた。