インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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絶望へ踏み出す一歩 前編

 

 目を覚ました双真が最初に目にしたのは、真っ白な天井だった。

 全身を柔らかい感触が包み込んでいる。辺りには薬品の匂いが微かに漂っている。恐らく自分はどこかの医務室のベッドの上に横たわっているのだろうと理解した瞬間、双真の脳内に最後に記録された光景がフラッシュバックのように浮かび上がって来る。

 

「蒼井……!」

 

 全てを思い出した双真は、慌てて上体を起こす。体を包んでいた布団が床に落ち、ベッドから大きな軋む音が響く。

 

「あっ、目が覚めたみたい!」

 

 近くから、柔らかい男性の声が聞こえて来る。数秒後、辺りを覆っていたカーテンが開かれ、奥から二人の少年が双真の前に姿を見せる。隼人と悠だった。

 

「よかった無事で……双真君、二日も目を覚まさなかったから、心配してたんだよ」

「えっ、二日も……?」

「ああ。事情は美月さんから大体聞いてるよ。白銀のヤロー、手加減ってのを知らないのかね」

「白銀……そうだ、蒼井は!? 蒼井はどうなったんだ!? なあ!」

 

 悠の肩に掴み掛かりながら、双真は決死の面持ちで叫ぶ。それに、悠と隼人は複雑な表情を浮かべる。二人のその反応に、双真は答えを聞くまでも無く分かってしまった。

 

「……死んだん、だな」

 

 双真の小さな呟きに、二人は目線を逸らし、黙って頷いた。

 

「……なんで。なんで、蒼井が死ななきゃいけないんだよ。あいつ、何も悪い事してねぇじゃねえか……! なんで、なんで……!」

 

 悔しくて、ただひたすらに悔しくて。このやるせない気持ちをどうしたらいいのか分からなくて、双真は感情を外に吐き出すように何度も拳をベッドの上に叩き付けた。けどどれだけ打ち付けても、どれだけ叫んでも、心の中にある怒りは、苦しみは、悲しみは消える事が無かった。

 この感情を、自分はどうすればいい。どうすればこの虚しい感情を忘れられる。誰にぶつければ、綺麗さっぱり消えてくれる。

 

「……白銀、誠」

 

 そうだ、全てあいつの仕業だ。香乱を殺したのはあの男だ。ならこの怒りを、憎悪を、殺意を――あいつにぶつければいい。

 そう思い立った瞬間、双真はベッドから降りて、医務室の外に向かおうと歩き出す。

 

「双真君、どこに……!?」

「決まってるだろ。白銀を、ぶっ殺す」

「お前、何言って……!?」

「あいつだけは、絶対に許せない……この手で、ぶっ殺す!」

「気持ちは分かるが、冷静になれ! 行ったところで――」

 

 隼人が急いで双真の後を追い、彼の肩を掴む。

 

「離せよ!!」

 

 が、双真はそれを乱暴に振り払い、隼人を睨む。

 

「お、お前……」

 

 その目を見た瞬間、隼人は思わず一歩後退った。

 双真の目は、完全に怒りに支配されていた。いや、そんな言葉では説明できないほど、目に見えて変わっていた。彼の瞳は、普段よりもずっとどす黒い色に染まっていた。彼の中の悪意が具現化したかのような、深い闇のように。

 単に彼の気迫がそう錯覚させている、というものでは無く、明らかに現象として起こっている変化だ。だが当の本人は気付いていないのか、それとも気にしていないのか、彼らを無視して医務室の扉に手を伸ばす。

 しかし、双真が手を掛ける前に扉が開かれる。顔を上げると、そこには黄昏が立っていた。

 一体何の用だ――双真がそう問う直前、不意に黄昏は双真の胸倉を掴み、彼の頬を殴った。

 

「がっ……!?」

 

 思いがけない一撃に双真は数メートル後ろに尻餅を突く。

 

「何すんだいきなり!」

「話は聞こえてた。お前馬鹿か? 今、白銀の奴に突っ掛かってもあっさり消されるのがオチだろうが。そんな事も分かんねえのか?」

「そ、れは……分かってるさ! 俺じゃああいつには到底敵わない……でも、だからって何もしない訳には、あいつを黙って許す訳にはいかないだろう!」

「その気持ちは分かるさ。アタシも今すぐあいつをぶち殺したいさ。でも、噛み付いてもこっちが返り討ちに遭うだけ。無駄死にしたら、意味ねぇだろ」

「それでも――」

「それでもじゃねえよ馬鹿が!!」

 

 叫び、黄昏は再び双真の胸倉を掴む。

 

「アタシ達は今こうして生きてんだ! だったら命を粗末にするような事すんじゃねえよ! そんな事したら、死んじまった香乱に失礼だろうが! あいつが生きれなかった分、アタシ達は生きなきゃいけねんだよ! 香乱ならそう思うって、それぐらい分かんだろうテメェなら!」

「黄昏……」

「少なくとも、アタシはそうするつもりだよ。死んじまった……鴇子の分まで生きる! だからこうして……ムカつくけど我慢してんだろうが! テメェもその命大事にしろボケェ!!」

 

 投げ捨てるように双真の胸倉から手を離す。解放された双真は苦い表情を浮かべながら、俯く。瞳から、どす黒い闇は消えていた。

 

「黄昏は強いな、大切な親友が死んじまったのにさ」

「……いつまでもしょぼくれてる訳にはいかねーからな。私は大丈夫。そうじゃないと、鴇子にらしくないって言われちまう」

「そっか……俺は正直、まだ立ち直れそうに無い」

「双真……」

「――お取込み中悪いけど」

 

 ふと、部屋の外から落ち着いた声が聞こえて来る。

 

「お前は……紫黒陽花!」

「白銀総司令官様の側近が、なんの御用ですか?」

「紫之宮双真、至急総司令官室まで来て。拒否権は無い。以上」

 

 それだけを言って、陽花はそそくさと立ち去る。

 

「それって、白銀さんが双真君を呼んでるって事……?」

「あの野郎……よくこの状況でそんな事言えるな。舐めてるとしか思えねぇな」

「……行くよ」

 

 言って、双真は静かに立ち上がる。

 

「お前……!?」

「大丈夫。もう落ち着いた。あいつに噛み付いたりはしないさ」

「……平気なのか?」

「分からない……でも、このままふさぎ込んでいるのは、駄目な気がするんだ」

 

 フラフラとした足取りで、双真は医務室を出る。明らかに衰弱した様子だったが、隼人達はその後ろ姿を見届ける事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

「――生きていたようで、何よりだ」

 

 総司令官室に着いた双真を待っていたのは、感情を一切感じない冷たい言葉だった。もちろん声の主は、この部屋の――いや、最早この機関の主である白銀だった。部屋に一つだけある椅子にもたれ掛かり、何事も無かったかのように平然としている彼を見て、双真の中にある怒りが沸々と込み上げてくる。

 が、それが爆発する寸でで先の黄昏の言葉を思い出し、グッとその気持ちを抑え込んで、一歩前に出る。

 

「……何の用だ? お前に歯向かった俺に、処罰でも下すつもりか?」

「そんな事の為にわざわざ呼び出したりはしない。殺すなら勝手に殺す。お前に、こいつを渡す為だ」

 

 言って、白銀は何かを双真に向かって投げる。双真はそれをどうにかキャッチして、何かを確認する。

 白銀からの贈り物は、魔石だった。しかし双真達が使う無色透明な量産型の魔石と違って、とても優しくて、澄んだ蒼色の魔石。

 

「……これ、なんだよ」

「お前も分かっているだろう? 蒼井香乱の心臓から摘出された魔石だ」

 

 それを聞いた瞬間、再度心の奥底から怒りが沸き上がった。

 罪の無い彼女を勝手に殺して、解剖して、利用する為にこれを摘出した……それを考えただけで、言い表せない怒りが混み上がって来る。

 でも、ここで怒りに身を任せても白銀に返り討ちに遭って、無駄死にするだけ。無理矢理感情を押し殺し、話を続ける。

 

「どうして……これを俺に?」

「お前も少しは聞いているだろう? 魔石には相性があると考えられている。お前は蒼井香乱と最も親しい間柄だった。ならば、その魔石との相性は貴様が一番良いはず。相性が良い相手なら、力を最大限まで発揮できるはず。そうなれば、一番使える手駒になる。だからお前にそれを託す。それだけだ」

「……この力を使って、お前に尽くせと言いたいのか?」

「別に忠誠を誓えなどとは言わん。だが利用はさせてもらう。そして歯向かえば殺す。そうなればその魔石は他の者が使う事になるだろうな」

「…………」

「さあどうする? お前にとっても悪い話では無いだろう。力を得られれば、魔女との戦いでも最前線で戦える。あの炎を扱う魔女とも、対等に渡り合えるかもな。逆にいつまでも力を身に付けなければ、遠く及ばないだろう。お前は指を咥えて見ているだけしか出来ない」

 

 確かにこの力が、魔法の力が使えれば一気に強くなれるだろう。そうすれば、茜に近付ける。

 

「さあ、選べ。俺に歯向かい無駄に死ぬか、力を取り俺の手駒として働くか。それとも、何もせず逃げるか?」

「……俺は生きなきゃ、戦わなきゃいけない。茜の為に、死んでしまった蒼井の為に。だから――」

 

 グッと、魔石を力強く握り締める。

 

「俺はこの力で……蒼井と共に戦うさ。そのためなら、お前の下に付いてやる。でも勘違いするなよ。俺はただ手駒になる気は無いし……お前を絶対許さない」

「……まあいいだろう。その力で、この戦いに貢献するんだな。……さて。早速だが、お前にはある作戦に参加してもらう」

 

 間髪入れず、白銀がそんな事を口にする。

 

「作戦……? 一体何だ?」

「魔女に占拠された支部の奪還だ」

「支部の奪還……? いくらなんでも早すぎないか?」

「敵の体制が整う前に少しでも叩いておきたくてな。ゲームに勝つ為に」

「ゲーム……?」

「そういえば、お前は今し方目を覚ましたばかりだったな。詳しい説明は後で桜庭辺りから聞け。とにかく、お前はその作戦で先陣を切ってもらう。その力、存分に振るえ。話は以上だ、さっさと行け」

 

 一方的に会話を切り上げ、退室を促す。双真は文句を言う気にもなれず、黙って総司令官室を後にした。

 

「……蒼井」

 

 白銀から受け取った香乱の魔石を悲しそうな目で見つめながら、双真はそれを胸に押し当てた。

 正直、これからどうすればいいかなんて分からない。目の前は真っ暗で、絶望しか感じない。香乱にカンナ、鴇子。大切な仲間達も大勢死んだ。そして茜も、今の自分では救える気がしない。

 戦うと決めた。生きると決めた。仲間もこれ以上失いたくない。茜を止めたいし、これ以上誰かを殺させたくない。でも……どうすればいいか、全く分からない。どうにか出来る自信も無い。

 

「俺はどうしたい? 俺は……どうしたらいい?」

 

 

 

 

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