インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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絶望へ踏み出す一歩 後編

 時は双真が目覚める以前。突然の魔女の襲撃に対して、白銀や機関の上層部の人間達が緊急会議を開く中――彼女は、唐突に彼らの前に姿を現した。

 

「――ご機嫌よう諸君。気分はどうかな?」

 

 そんな一言と共に彼女――大魔女は会議室のど真ん中に堂々と、突然姿を現した。

 いきなりの敵襲にどよめく上層部の大人達。一方で白銀の側近として彼の後方に立っていた陽花と薺はいち早く戦闘態勢に入る。

 

「落ち着け」

 

 が、白銀が二人を制止する。そのまま手元に置いてあったペンを手に取り、大魔女に向かって投げる。しかし、ペンは大魔女の体をすり抜け、そのまま奥の壁にぶつかって床に落ちた。

 

「今ここに奴は居ない。立体映像の類だ」

「ご明察。理解が早くて助かるよ」

「御託はいい。用件だけ伝えろ」

 

 白銀はイラついた様子で大魔女を睨む。

 

「では早速。こうして諸君らに接触を試みたのは、ほんの少しの謝罪と説明をしに来たのだ。今後のゲームのルールをな」

「ゲームだと……?」

「まず初めに、予告も無しに突然の襲撃を謝罪しよう。そろそろそちらの戦力補給も十分かと思い攻め入った次第だが、どうやらまだ尚早だったようだな。よもやここまであっさり陥落してしまうとわ」

「謝罪か……焚きつけているようにしか思えんな」

「それは失敬。では早々に次の段階に移ろうか」

 

 大魔女も態度に対し、白銀は小さく舌打ちをする。

 

「諸君らも理解している通り、諸君らは初陣に大敗して二十三区の全ての支部を失ったわけだが……おっと、一つだけは守り切れたのだったな。ともかく、今の諸君らの支部は我々魔女の支配下にあると言っても過言では無い。当然諸君らもこれ以上の侵略を避ける為に、支部を奪還しようと動くだろう。そこで……いっそそれを勝負の基準にしようかと考えてな」

「どういう意味だ……?」

「言っただろう、ゲームだよゲーム。君達が我々から支部を奪い返せるかどうか、な。言ってしまえばそうだな……陣取りゲーム、と言ったところか。ルールは簡単。諸君らは我々が奪い取った二十二の支部を奪還する為に動き、我々はそれを迎え撃つ。もしも諸君らに奪還を許したら、我々は再び攻め入り、諸君らは防衛する。そして最終的に諸君らが全ての支部を奪還すればこのゲームは諸君らの勝利。我々の勝利条件は諸君らを全滅させるか、降伏せさせるか――というのはどうだろうか?」

 

 会議室に居る者達を見回すように動きながら、大魔女は自分の提案を彼らにぶつける。

 

「……ふざけているのか? 何故わざわざそのようなルールを設ける?」

「ルールを決めた方が優劣や勝敗が分かりやすいだろう? それに、この提案は諸君らに一切デメリットは無い。むしろ、メリットだらけだ」

「というと……?」

「もしも諸君らが今、私が提示した勝利条件――二十三区の支部を全て奪還するという条件を達成したら、我々は素直に負けを認め降伏しよう。俗に言う、煮るなり焼くなり好きにしろ、というやつだ」

「……何故、貴様らに一切のメリットが無い、むしろデメリットしかない提案を持ち掛ける」

 

 白銀の問い掛けに、大魔女は笑いながら答えた。

 

「その方が面白いだろう? 明確な目標を持てば、人は微かに希望を抱く。そしてそれを完膚なきまでに砕けば、きっと素晴らしい光景が見れる。遥か遠くにある希望に、手の届かないゴールに絶望する顔……素敵だろう?」

「くだらんな。戯言なら他所で吐け」

「フッ……まあいい。無論、この提案を蹴ってくれても構わん。どうせ互いにやる事は変わらんしな。受け入れたとしても、支部の奪還など無視して、ただただ我々を屠るのも結構。さて……どうする?」

「……いいだろう、その提案に乗ってやる」

「いいのですか?」

 

 疑いの眼差しを大魔女に向けながら、薺が言う。

 

「奴自身も言っていた通り、この提案はこちら側にデメリットが無い。馬鹿げてるほどにな。だが、こちらとしては好都合だ。条件をクリアするだけで、魔女を一掃出来るのだ。魔女を殲滅出来るという結果を得られるのなら、手段などどうでもいい」

「なら、決まりだな。安心しろ、約束は守る。だが制約などは互いに一切無い。自由に、楽しく、殺し合おうではないか。楽しい舞台になる事を、楽しみにしているぞ」

 

 そう言い残して、大魔女は姿を消した。

 

「……チッ」

 

 どよめく会議室の中、白銀の舌打ちが静かに響き渡った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 大魔女の提案を機関が受け入れてから、三日。早速支部の奪還作戦が実行された。

 最初に奪還先として選ばれたのは、本部に程近い場所にある世田谷支部、そして練馬支部の二ヶ所だ。世田谷支部奪還には白銀を中心とした、そして練馬支部には双真を中心としたチームがそれぞれ同時に向かう事になった。

 

 唯一陥落を逃れた杉並支部を起点に、午前十時より各チーム移動を開始。敵に勘付かれぬように細心の注意を払いながら移動する事数時間、支部から数キロ離れた地点に到着。

 

「……こちら紫之宮。作戦地点に到着」

 

 耳に付けた小型の無線機に話し掛ける。遅れる事数秒、通信相手である白銀から返事が返って来る。

 

『これより作戦を開始する。内容は至ってシンプルだ。これより練馬、世田谷同時に攻め込む。支部周辺に居る魔女どもを残さず殺せ。事前の調査によれば、この二つの支部に居るのは数人程度だそうだ。数で押し切れば、そこまで苦戦はしないだろう。……わざわざ生かしたんだ、死んでもいいが一人ぐらいは殺せ』

 

 最後の言葉は、恐らく双真に向けて言ったものだろう。それに双真は内心舌打ちを打ちながら、無線に耳を傾ける。

 

『では――作戦開始だ』

 

 その合図をキッカケに、作戦に参加する全ての隊員が支部奪還に向けて走り出す。もちろん双真も走る。魔女を――殺す為に。

 

 作戦開始から数分。双真は単独で練馬の街を駆け抜けていた。先日の戦闘でまるで廃墟のように荒れ果てた街を走る双真だったが、不意にその足を止める。

 

 正面に、人影が見える。恐らく十代、双真と同い年程度の少女。機関の隊服を着ていない事から、少なくとも魔女狩り師で無い事は確か。だとすれば、彼女の正体は一つ。

 

「……魔女」

 

 ついに現れた敵を目の前にして、双真はすぐさま戦闘態勢に入る。姿勢を落とし、腰に差した剣に手を添える。

 

「へぇ……本当に来たよ。ウチの大将が早々に攻めてくるだろう的な事言ってたけど、マジでこんなに早くに来るとは。ちょっと前にボッコボコにやられたのに、めげないねー」

「…………」

「無視かよ。まあいいや。あんたもアタシも、お喋りする為に来たわけじゃないもんな。お互い――殺す為に来たんだもんなぁ!」

 

 魔女の少女はニヤリと口角を上げると、右手を鉤爪(かぎづめ)のように折り曲げる。

 するとその右腕から、まるで纏わり付くように風が巻き起こる。恐らく、あれが彼女の魔法なのだろう。

 

「あんたがどこの誰だか知らないけど、アタシの前に立ちはだかるんなら――誰だろうと吹っ飛ばす!!」

 

 少女が小さな竜巻を携えた拳で、正面に向かって強烈なパンチを繰り出す。

 瞬間。小さく渦巻いていた風が拳圧に乗って、まるで突風のような勢いで吹き荒れる。嵐のような横殴りの衝撃が、双真の全身に襲い掛かる。

 

「グッ……!」

 

 どうにか踏ん張って、地に足をしっかりと固定して堪える双真。しかし、敵は立て直す暇を与えない。

 

 風が収まったのも束の間、魔女がこちらが怯んでる合間に、一瞬で距離を詰めて双真の顔面目掛けてハイキックを繰り出す。しなる鞭のような勢いで迫るそれを、双真はどうにか右腕を上げて防御。

 が、蹴りの威力はその程度のガードで殺し切れるものでは無く、双真の体躯は大きく吹き飛ばされる。

 そのまま後方にある建物に激突する、寸前。双真は宙で身を翻し、腰から剣を抜き、先端を地面に突き刺して急ブレーキをかける。どうにか激突を免れた双真はすぐさま剣を引き抜き、余裕ん態度でこちらを眺める魔女と向き合う。

 

「へぇ、やるぅ。こないだはこれと似た感じで結構な数の相手殺れたんだけどなぁ。あんた、そこそこやる感じ? ま、どうだろうとその内殺すけど」

「……お前も、嬉々として人を殺そうとするんだな」

「は?」

「どうしてだ……どうして、そんな風に人を殺そうと出来る」

「なんだいきなり。どうしてねぇ……」

 

 魔女は考え込むように眉を寄せる。

 

「ま、アタシがそうしたいからだよ。アタシは誰かがアタシの前に立ち塞がるのが大っ嫌いなんだよ。だからそんな奴らをぶっ飛ばしてやりたいんだよ。アタシの前から消し去りたいんだよ。だからこの力をアタシは気に入ってるんだ。どんな奴でもチリみたいに吹っ飛ばせる」

「そうか……茜も、そんな風に思ってるのかな」

「は? 何一人でブツブツ言ってんだお前。もうお喋りはいいだろ。さっさとアタシの前から消えてくれよ」

「……俺は、こんなところで死ねない。あいつを……止めるまで――!」

 

 叫び、双真は大きく目を見開く。それに呼応するかのように双真の剣の鍔に埋め込まれた魔石――香乱の心臓から取り出された蒼い宝玉が、光を放つ。

 刹那――彼を包み込むように、蒼い炎が立ち上る。

 

「なんっ……!? お前も力使えんのかよ……!」

「あんたに恨みは無いが――立ちはだかるなら、こっちも容赦しない!」

 

 剣を一文字に薙ぐ。すると炎が先刻の魔女の放った攻撃と同じように、突風のような勢いで荒れ狂う。しかしその規模は、先の魔女よりも遥かに大きい。

 

「なんだよこの勢いはよ……!」

 

 気圧されたように一歩後退りながらも、魔女は風を起こしてその一撃に抵抗する。

 だが、力が足りないのか彼女の風は押し負け、魔女は炎に巻き込まれる。

 

「がああぁぁあ!! クッソがぁ!!」

 

 仰け反りながらも、魔女は双真の立つ方を睨む。

 しかし、そこに双真は居なかった。

 

「――ごめんな」

 

 その囁きが彼女の耳に届いた時にはもう――双真の剣は、彼女の体を斬り裂いていた。

 

「ガッ……!? ざ、けんな……」

 

 驚きと怒りが混ざった渇いた声と共に、彼女の口から大量の血が吐き出される。斬り裂かれた部位からは血が滝のように流れ、やがて彼女の体は血だまりの中に沈んだ。

 

「…………」

 

 初めて、人を殺した。なのに、何も感じない。罪悪感も、嫌悪感も、何も感じない。

 これまでの事で、もう心が壊れてしまったのだろうか? そんな事を考えながら、双真は命を落としただの屍と成り果てた名も知らぬ魔女を見下ろす。

 

 さっきまで嬉々として双真と対峙していた彼女の目には、一切の生気を感じない。これが死だと、双真はもう知っている。呆気なく、少し前までの個と言う存在が一瞬にして無になる事。それが死なのだ。死んでしまったら、もう何もない。己の目的を叶える事も、誰かと共に居る事も、何も出来ない。

 

「…………そうか、そうすればいいんだ」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 数十分後――世田谷支部、練馬支部の奪還作戦は無事に成功した。

 

 世田谷支部はほぼ白銀一人の活躍により、支部周辺に居た全ての魔女の殲滅に成功。一切の被害を出さずに幕を閉じた。対して練馬支部の戦果は、負傷者数名。死者はゼロ。三名の魔女の討伐に成功したが、一名は逃亡という結果に終わった。

 

「……まあ、悪くないという事にしておこう。貴様を生かした価値は、少しはあったようだな」

 

 作戦終了後、双真は総司令官室に今回の作戦についての報告に来ていた。

 

「……話はもう終わりでいいか」

「ああ、ご苦労、と言っておこう。優秀な手駒になる事を期待している」

「…………」

 

 無言のまま、双真は踵を返して総司令官室を後にしようとする。

 

「一つ、警告しておく」

 

 だが、それを引き留めるように白銀は声を上げる。

 

「魔女は例外なく敵だ。今回の件は不問に処すが、もし今度魔女を庇うなり、味方をするなりしたら、分かっているな?」

「……ああ」

「早乙女茜と言ったか。あの魔女も当然例外では無い。もしも――」

「それなら、心配無いさ」

 

 気迫の無い声で、双真は白銀の言葉を遮る。

 

「茜の事に関しては、もう決めた。俺は――茜を、殺す」

「……ほう。意外な返答だな。どんな心境の変化だ?」

「……お前に言う必要は、無い」

 

 それだけを言い残し、双真は部屋から立ち去った。

 

「……フン、まあいい。戦力になるのならそれでいい」

 

 

 

 

 ――この前茜に出会って、ハッキリ分かった。今の茜に、俺の言葉は届かない。何をしようと、彼女はもう止まらない。自分の理想を叶える為に、邪魔になる存在を消し続ける。でも、俺はこれ以上彼女に人を殺してほしくない。

 

 ――だから、決めたんだ。無理矢理でも彼女を止める。例え、殺してでも。

 

 ――こんな考えが浮かぶなんて、きっと俺は狂ってしまったのだろう。おかしいと、間違っていると分かっている。でも……もういいんだ。これ以外茜をどうにかする手段が思い浮かばない。これ以外で、茜をどうにか出来る自信が無い。

 

 ――何より……もう、疲れた。これ以上、周りの人が苦しむ姿を、傷付く姿を見たくない。これ以上、愛する彼女が壊れていく姿を見たくない。だから、早く終わらせてしまおう。絶望に続く道でも構わない。俺は早く……

 

 

 ――この物語(現実)から、逃げ出したい。

 

 

 

 

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