インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
医務室を後にした双真は、体を休める為に本部五階から八階にある宿舎区画へと足を進めた。
八階にある自室を目指して殺風景な階段を上っている途中、上の方から話し声が聞こえて来る。
「ん? ああ、双真か」
やがて、双真はその声の主達と遭遇。隼人、悠、黄昏の三人だった。
「丁度よかった。今から飯でも食いに行こうかと思ってたんだ。お前もどうだ?」
隼人の誘いに、双真は一瞬考えるように俯く。
「……悪い。今はそういう気分じゃないから、遠慮しとくよ」
階段の先に進みながら、双真は疲れたような口調で誘いを断り、そのまま上の階へ姿を消す。
そんな彼の後ろ姿を見送りながら、三人は心配そうに表情を曇らせる。
「双真君、大分参ってる様子だったね」
「ああ……聞いた話じゃ、今日は一人、手に掛けたらしいからな。まあ、気が滅入るのも仕方ねぇとは思うけどな」
「……じゃ、アタシ達もさっさと行こうか。腹減ったしよ」
と、階下に向かい始める黄昏。残りの二人も後ろ髪を引かれるような顔で上階を見上げながら、彼女の後に続いた。
一階の食堂に着いた隼人達は、適当に料理を頼み、注文通りのメニューを手に空いている席に着いて遅めの昼食を堪能した。
「双真君、平気かな」
途中ふと、悠がそんな事をポツリと呟く。
その言葉に隼人は口に運びかけたコロッケを置いて、溜め息じみた鼻息を吐く。
「どうだろうな……あいつ、あの日以降ずっとあんな調子だしな。気持ちは分からなくないが……」
「ああ。あのままじゃ、紫之宮の奴、いつかぶっ壊れちまうかもな」
隼人の言葉の続きを継ぐように、黄昏が口を開く。
「カンナに香乱の死。それに例の幼馴染の件……色んな事が続いて、もう訳分かんなくなっちまったんだろうな」
「そうだね……仕方無いと言えばそうなのかもしれないけど、あれじゃあ……」
「……かといって、俺達がどうこう出来る問題でも無いだろ。もどかしいけど、今はそっとしておくしかないんじゃないかな」
「だな。でもまあ、
「確かに、そうかもね。ちょっとは癒しというか、心の支えになってるのかも。僕達もそうだし。そういえば……今日、彼女達見掛けないね」
悠はキョロキョロと、食堂を見渡す。
「そういやそうだな。奪還作戦終わった後は一目散に会いに来るのにな」
どうしたんだろうな、と小首を傾げ、黄昏は醬油ラーメンを豪快に啜った。
◆◆◆
自室に着いた後、双真はしばらくベッドに横たわり、ボーっと天井を見つめていた。
しかし、疲れているはずなのに、いつまで経っても眠気はやって来なかった。意識はいつまでもハッキリとしていて、瞼を閉じても先刻の――自分が命を奪った魔女の姿と声がチラつく。
「……少し、体を動かすか」
ベッドから起き上がり、双真は部屋を出る。そのまま軽く運動でもしようと、訓練用の木剣を片手に四階の訓練区画を目指した。
四階に辿り着いた後は、いつも使っている第一訓練室に真っ直ぐ向かう。
しかし、室内には既に先客が居た。しかも二人もだ。
一人は、双真と同じ訓練用の木剣を構えた、綺麗な空色に染まったポニーテールが特徴的な少女。同じく空色の
「はぁ……はぁ……もう一回お願い!」
少女が木剣を構えたまま、息を切らせた声を上げる。
もう一方の少女は頷きを返し、背中に右手を回す。流麗なオレンジ色の長髪に隠れた矢筒の中から訓練用の矢を取り出し、流れるような動きでその矢を射る。放たれた矢は、一直線に少女に迫る。
「やあぁぁぁぁぁあ!」
飛来する矢を、少女は構えた木剣を振るって叩き落す。
続けて、違う矢が少女に次々と迫る。続け様に飛来する矢を、少女は一心不乱に木剣を振るい弾く。
その様子を入口近くに佇んで見守っていた双真だったが、不意に少女が弾き飛ばした矢の一本が、双真に向かって飛んで来る。
「え? あっ、危ない避けて!」
双真の存在に気が付いたのか、少女が叫ぶ。
しかし、少女の言葉とは裏腹に双真はその場から動こうとはせず――右手に持った木剣を振り払う。迫った矢は剣の軌道に弾かれて方向転換。クルクル回転しながら真上に浮遊し、やがて落ちて双真の左手にスッポリと納まった。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫……って、双真先輩!? いつの間に!?」
謝りながら駆け寄って来た少女は、驚いたように目を丸くする。
遅れてやって来たもう一人の少女も、同じように驚きの反応を見せる。
「紫之宮先輩、今日は支部の奪還作戦じゃ……まさか、もう終わったんですか?」
「今日の作戦は、白銀の奴も参加してたしな。恐ろしいぐらい早く終わったよ。……自主練か?」
「あ、はい……ご、ごめんなさい、あたし、よく周り見てなくて……」
「別にいいさ。でも、今度から気を付けろよ、
双真の厳しさの中に優しさを含んだ言葉に、深空と呼ばれた少女は「はい……」と落ち込んだような声を出す。
彼女は深空
今や魔女狩り師の中でも上位の実力を持つと言っても過言では無い双真は、少し前から一部の新人達の教育係を任されている。一華は、その生徒の一人。
「まあ、さっきの剣捌きはなかなかよかったと思うぞ。大分腕を上げたな」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
パァっと、一華は嬉しそうに喜色を浮かべる。
「それから
双真は一華の隣に立つ少女に矢を渡しながら、賛辞の言葉を送る。
「あ、ありがとうございます!」
矢を受け取り、双真が沖菜と呼んだ少女は慌てて頭を下げる。
彼女は一華の同期であり、同じく双真の指導を受ける訓練生の一人。名は沖菜
蜜柑は一華とは違い、自ら魔女狩り師に志願したのでは無く、類まれなる弓道の才を見出され、機関の人間から勧誘を受けて入隊した経歴の持ち主だ。なので戦闘能力はまだ未熟なものの、潜在能力だけなら新人の中でも一、二を争う、と期待されている人材だ。
「あ、紫之宮先輩が戻って来てるって事は……あの、緑川先輩は無事ですか?」
「もちろん。今は食堂じゃないかな」
「そうですか……よかった……」
ホッと胸を撫で下ろす蜜柑。そんな彼女を一華は呆れ半分、からかい半分の目で見る。
「蜜柑、そういう事真っ先に聞くぅ? まずは目の前に居る双真先輩の無事に安心しなよ。あと、黒羽先輩や黄昏先輩も作戦に出てたんだよ?」
「うっ……い、一華ちゃんだって人の事言えないでしょ! 状況違ったら、絶対似たような事聞くくせに!」
「そ、それは……」
若干頬を赤らめながら、言葉を詰まらせる一華。
呑気な口論を交わす二人に、双真は微かに表情を緩ませる。
努力家な彼女達は熱心で、双真に個人的な指導を乞う事も多い。その為、双真は他の新人よりも彼女達と過ごす時間は長い。訓練以外の時間でも、隼人達を交えて過ごす事が多い。
一生懸命で明るい一華に、大人しくて穏やかな心の持ち主である蜜柑。そんな彼女達に、双真はほんの少しだけ元気を貰っている。
今の絶望的な状況において、彼女達との時間が双真にとっての心の安らぎになっているところがある。彼女達が居なかったら、きっと自分はもっと深い闇に落ちていただろう。彼女達という光があったから、自分はまだ自分を見失わずに済んでいる。
彼女達に、少しは感謝しないとな。そして出来れば、今度こそ失わずにいたい。この時間を――
「――どうしたの? 先輩」
そんな事を思っていると、不意に一華がこちらに言葉を振る。
「いや、別に。それにしても、二人だけで自主練して、どうしたんだ? 見た感じだと、大分長い間やってたみたいだが」
部屋を見渡せば、ある程度の数の矢が散らばっている。それに二人もかなりの汗をかいている。
「……ちょっとでも、力を付けたくて。……早く、実戦に出れるように」
「……どうしてだ?」
「ここ最近、魔女との戦いも激しくなってるし、あたしも早く先輩やみんなの力になりたくて。だってあたし……その為に、ここに来たんだもん」
ギュッと、一華は木剣を強く握る。
彼女は魔女との戦いに参加する為にここに来たのだ。そう思うのは、当然といえば当然なのかもしれない。でも……
「俺としては……このままお前らが戦場に出ない方が、いいんだけどな」
「え……?」
「戦場に出れば、当然危険に晒される。命だって、呆気無く無くなる。なら……このまま訓練生のまま全てが終わるのを待った方が安全だ」
「……先輩、何かあったの?」
一華の問い掛けに、双真は黙って視線を逸らす。
それに何かを察したのか、一華は微かに目を細める。
「また、魔女を殺したの……?」
「こんな辛い思い、お前らは知らない方がいい」
「……なら、尚更あたしは戦うよ! そんな辛い思いを、これ以上先輩が背負わない為にも、あたしも戦ってこの戦いを終らせる為に、先輩を苦しみから解放する為に頑張る! あたしの力なんてちっぽけかもしれないけど、あたしはそうしたい! 例え先輩でも、邪魔させないから!」
叫ぶように言いながら、一華は力強い眼差しで双真を見つめる。
「だから先輩、これからもあたしに色々教えて下さい! あたしが魔女との戦いで死なないように、戦えるように!」
「私もお願いします! 私も、貫きたい意思がある。その為に、戦える力を身に付けたいんです!」
「お前ら……分かったよ。そこまで言うなら」
「ありがとうございます! じゃあ、早速稽古、お願い出来ますか?」
「ああ、やるか」
彼女達が戦場に出るのは、恐らく避けられない。ならばせめて彼女達が生き残れるよう、尽力するのが自分の役目だ。今度こそ、大切な仲間を失わない為に。
双真は訓練室の中央に向かって歩みを進め、一華達も嬉しそうにその後に続いた。