インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
品川支部奪還作戦の翌日。本部三階にある会議室に、多くの戦闘員が集結していた。
魔女狩り師として戦場に出る戦闘員は基本、四~六人のチームに分けられている。普段のパトロールや防衛任務は、同じチームのメンバーと行うのが基本だ。そして今、この会議室に集められているのはそのチームで、班長を務める者達。
その中には、第七班の班長を務める双真の姿もあった。彼は人が五十人近く入っても余裕がありそうな、そこそこ広い部屋の壁に背中を預け、自分達をこの会議室に集めた張本人――魔女狩り師の総司令官である白銀を見据えていた。
「――全員、揃ったようだな」
白銀が静かに口を開く。なんて事のない一言からも、威圧感が感じられる。部屋に一気に緊張した空気が流れる。
「明日、再び支部の奪還作戦を行う。渋谷、そして新宿の二都市同時にだ」
簡潔に放った白銀の言葉に、皆が騒めく。
「昨日、品川支部を奪還したばかりなのに、ですか? しかも二箇所同時に……」
「だからこそだ。今、こちらが保持している都市は十区。ここで二区同時に奪還出来れば、こちら側が占領する区域が多くなる。そうなれば多少なりとも、こちらに勢いが付く。ならばこのタイミングを逃す手は無い。……何か反論がある者は居るか?」
白銀は隊員達を見回すように、視線を右往左往させる。
当然、口を開く者はいない。反論=死なのは明白なのだから。
「では、作戦概要を伝える。金元」
白銀の斜め後ろに立つ、側近である薺は彼の言葉を引き継ぐように、説明を開始する。
「作戦開始は明日の正午。ここに居るチームを二つに分け、渋谷、新宿の二都市に同時アタックを仕掛ける。が、あくまで本命は渋谷の奪還。新宿の方は陽動だ」
「陽動……?」
「知っての通り、新宿と渋谷は隣接している。そこでまず、先行して新宿区のチームが進軍を開始。それで渋谷に居る魔女を少しでもおびき寄せる。そうして渋谷に居る魔女が手薄になったタイミングを見計らい、一気に落とす」
「おびき寄せるか……そんなに上手く行くのか? それに万が一成功しても、こちらが耐えられるか――」
「問題無い。新宿には、俺が出る」
と、白銀が隊員の言葉を遮るように発言する。
「どれだけ来ようが、俺が居れば敗走する事は無い。仮におびき寄せる事に失敗したとしても、そのまま新宿を落として渋谷の部隊と合流すればいい」
絶対的な自信に満ちた白銀の言葉。それに異議を申し立てる者は、誰も居なかった。
何故なら、彼の言う通りだから。彼が居れば、負ける事などありえない。彼には、それだけの力があると、皆理解してるからだ。
「……なら、お前一人でやればいいのに」
ポツリと、双真はそんな事を呟いた。周囲が、何を言っているんだといった風に騒めく。
「ほお……何故そう思う?」
「お前一人でも、魔女を圧倒出来るんだろう? なら、陽動とかそんな面倒な事はせずに、お前一人で乗り込めばいいじゃないか」
「貴様……!」
薺が双真を睨みながら、自分の懐に手を伸ばし、小型のナイフを取り出す。
が、それを止めるように白銀は右手を上げる。
「面白い事を言う。だが、そんな無謀な賭けには出るのは愚策だ。使える策は使うのが戦いの基本だ。それに、今回は俺でも少々骨が折れそうだしな。事前の調査によると、現在渋谷、新宿の周辺には『
「……!?」
白銀の吐いた情報に、双真は目を見開く。
機関が特に危険だと判断した魔女には、その魔女を形容するような二つ名が付けられる。
今し方白銀が口にした『紅蓮の魔女』と『黒漆の魔女』もその一部。そして『紅蓮の魔女』の二つ名を与えられたのは――他でも無い、早乙女茜である。
「流石に二つ名持ちを同時に相手にしては、支部奪還までに時間が掛かり過ぎる。だからこその、今回の作戦だ。二つ名持ちを一方、もしくは両方おびき寄せる。一人なら、俺一人でも十分に殺れる。二人でも、時間を稼ぐくらいは容易い。……他に何か言いたい事はあるか?」
「……いや」
「ならいい。細かい概容は追々連絡する。各自、同じ班のメンバーと情報の共有をしておくように。解散だ」
白銀はこれ以上は質問は受け付けないと言わんばかりに、会議室を後にする。
「茜が……それに、『黒漆の魔女』って、確か……」
◆◆◆
翌日――渋谷区周辺。
『――各員に報告』
双真が視線の先に見える渋谷の街を見据えていると、耳に付けた無線から気迫の薄い淡々とした声が流れてくる。今回の作戦で、渋谷区奪還を担当する隊員達の総まとめを任された、陽花の声だ。
『少し前、新宿区への襲撃を開始。偵察部隊の報告によると、渋谷に居た敵の一部が新宿に向かった模様。今から十分後、こちらも作戦行動を開始する。各員いつでも動けるように。以上』
陽花の簡潔な説明が終わり、双真は深呼吸を挟んでから周囲に視線を巡らせる。周りには双真と同じ第七班のメンバーである黄昏、悠、隼人の三人と他の班の隊員数人。
「お前達、準備はいいか?」
「もちろん。いつでも来いって感じ」
「僕も問題無いよ」
班長の問いに黄昏と悠はすぐさま答える。が、隼人だけはどこか神妙な面持ちで俯いたまま、口を開こうとしない。
「……隼人、大丈夫か?」
「ん? ああ……悪い、大丈夫だ。いつでもやれるさ。やんなきゃ、ならねぇ」
思い詰めたような目をしながら、隼人はグッと拳を握る。
「あんまり気ぃ張りすぎんなよ? ま、仕方ねぇとは思うけどさ」
「うん。確か居るんだよね? 『黒漆の魔女』が」
「昨日は確認出来たらしいが、今は確認出来てない。ただ、可能性は高い。……隼人、本当に大丈夫か?」
「そう何度も確認しなくていいさ。それより、お前こそ大丈夫か? 俺と同じで、お前の方も来てんだろ? 例の奴」
隼人の言葉に、双真は返答せずに視線を落とす。
今回の作戦、もしかしたら茜と遭遇するかもしれない。もしもそうなら、何よりも茜の事を優先したいという気持ちは、確かに双真の中にはある。
「――言っておくけど、勝手な行動は認めない」
ふと、陽花の声が双真達の耳に流れ込む。しかし今度は無線からで無く、直に生の声が。振り返ると、そこには紫黒色のツインテールを揺らした少女の姿。
「紫黒……どうしてここに?」
「今回の作戦、あなた達に注意って言われてるから」
「そうかい。で、わざわざ警告しに来たと?」
「紫之宮双真、黒羽隼人。あなた達二人の事情は把握している。あなた達が『紅蓮』、『黒漆』と接点があり、目的がある事も。でもだからといって、独断行動は許容出来ない。勝手な行動は、場を乱す。今回の目的は、あくまで渋谷区の奪還。分かった?」
感情の読めない紫眼が、双真と隼人を射貫く。二人は何も言わずにその眼を見返す。
やがて、隼人がうっすらと口元に笑みを作りながら発言する。
「いつもと違ってよく喋るもんだ。安心しなよ。そこら辺は
「ああ。自分から味方を危険に晒すような事はしない。大人しく作戦を履行するさ」
「ならいい」
「――ただ。もしもその時になったら、どうなるか分かんないけどな。人間、自分の思い通りに行かないもんだからな」
陽花から目線を外しながら、隼人はそう言い放った。
「……そろそろ時間。事前の説明通り、あなた達魔石持ちは出来る限り分かれて行動して、渋谷内の戦力を散らして」
これ以上は話すだけ無駄と判断したのか、陽花はそれだけ言い残し、踵を返して双真達の前から姿を消す。
そんな彼女の背中を見送ってから、双真は渋谷の街に向き直る。
それから数分後。再び無線から陽花の声が流れる。
『時間。全員、行動開始』
短い作戦開始の合図に、隊員達が一斉に動き出す。双真達もそれに続いて、渋谷の街に向かって走り出す。
「俺達は全員別行動だ。無茶はせず、生きる事を最優先に!」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ!」
「双真君も隼人君も、無理しないでね!」
「分かってるさ。俺だって死ぬ訳にはいかねぇんだ。あいつの為に!」
「よし――全員、散開!」
双真の号令に合わせ、四人は散り散りになって、各々渋谷へと突入した。
渋谷に突入してから数分。双真は一人、荒廃した街中を駆け抜けていた。
ひび割れた地面に、半壊したビル。かつては大勢の人で溢れかえっていた街の現状に、双真は苦い表情を浮かべる。
半年前。双真はここで茜と対峙して、何も出来ずにただ逃げ去った。ここがこんなにも荒れ果てた地になったのも、時々渇いた血痕が地面に広がっているのも、少なからず茜の仕業でもある。自分が彼女を止められなかったから、こんな事になってしまった。
でも今度こそ、自分は茜を止めてみせる。彼女にこれ以上、街を壊させない。人を殺させない。だからこの手で、彼女を殺してみせる。
改めて決意を固めた双真は、グッと足に力を込めて加速する――その、次の瞬間だった。
「……ッ!?」
ふと、何かを感じ取った双真は急ブレーキを掛け、後方へ飛び退く。
直後、双真の数メートル先に大玉のような水の塊が、隕石の如き勢いで落下した。爆発したように弾けた水が、地面を一瞬で抉る。
――敵襲!
双真はすぐさま身構え、腰に差した鞘から剣を引き抜く。水の塊が飛んで来た方向、眼前に見えるビルを見上げながら剣を振りかぶる。
瞬間、剣の鍔に嵌め込まれた魔石が蒼い光を放ち、蒼い炎を立ち上らせる。双真はそのまま炎を纏った剣を振り払う。斬撃に乗って炎がビルに向かって飛ぶ。
が、炎がビルを襲う寸前。三階の辺りから、今度はまるで砲撃のような勢いで水が放射され、双真の炎を掻き消す。
「チッ……!」
炎を打ち消し迫ったそれを、双真はバックステップで回避。追撃を警戒して炎を灯した剣を構える。
しかし追撃はやって来ず、代わりにビルから一人の少女が飛び降り、双真の目の前に姿を見せた。
出て来たのは、双真と同い年ぐらいの黒髪の少女。白いセーラー服を身に纏った彼女は、双真を憎悪に近い色を含んだ目で見据える。
恐らく先ほどの攻撃は彼女が出した魔法。つまり彼女は魔女で、敵。双真は警戒心を高め、少女と向き合う。
「その蒼い炎……なるほどお前が噂の『
と、少女は双真の剣に灯った炎を見据えながら呟く。
機関が危険度の高い魔女に二つ名を付けているように、魔女側も要注意人物にその者を形容するような名を付けている。
蒼炎の剣士は、魔女達が双真に付けた二つ名。彼の蒼い炎を操る魔法――魔女対策機関によって付けれれた名称、『
だからこそ、双真の魔法や戦闘に関する情報は既に魔女側にほとんど知られていると言っていい。対して今、双真の目の前に現れた少女に関して双真は何も情報を持っていない。
さらに、先ほどの水を用いたものが彼女の魔法だとするなら、炎を扱うこちらとは普通に考えれば相性が悪いと言っていいだろう。
つまり、状況はあまり良くは無い。双真はより一層警戒を強め、敵と向き合う。
「その炎……見ているだけで、胸がムカムカする――!」
ふと、敵の魔女が怒りの形相を浮かべながら、両手を真横に広げる。
直後――その両手から群青色の水が発生し、渦潮のように逆巻く。
――来る!
「貴様自身に恨みは無い。だがその力……許し難い! 今すぐこの世から消え去れぇ!!」