インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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炎と水の激突 後編

 

 

 

 

 金長(かねなが)春花(はるか)は、何よりも炎を嫌い、憎んでいた。

 その理由はただ一つ。炎が、彼女から全てを奪い去ったからだ。

 

 彼女の家庭環境は、最高と言えるものだった。

 

 料理が上手で、いつも夕飯のリクエストを笑顔で受けてくれる母。

 仕事で忙しくても、合間を見つけて家族団らんの時間を作ってくれる父。

 優しくて、暇さえあればいつも相手をしてくれた姉。

 

 そんな不満などとは縁遠い、とても幸福な中で彼女は暮らし、成長を重ねた。

 きっとこれからも、この幸せの中で自分は人生を過ごしていくのだろう。春花はその未来を一切疑う事なく、想像していた。

 

 けれども、その幸せは突然。なんとも呆気ない事で終わりを迎えてしまった。

 

 それは春花が中学三年の、夏の出来事。彼女が部活の合宿で家を開けている間に、それは起こった。

 

 合宿が終わり、久し振りの母の手料理を楽しみにしながら家路を歩いていた途中に、春花はある異臭を感じ取った。

 何かが焦げたような、あまり心地良くない臭い。それだけでなく、なんだか少しだけ暑い。それに、もう夜だというのに辺りが騒がしい。

 

 何かがおかしい。いつもと違う帰り道に不安を覚えた春花は、急いで家に向かって走った。

 合宿帰りでクタクタの足を一生懸命に動かし、家族の待つ家を目指す。

 

 そして家に続く最後の曲がり角を曲がった時、彼女の視界に映ったのは――真っ赤に燃え盛る、我が家だった。

 

 訳が分からなかった。暫し呆然と立ち尽くした春花は、状況を飲み込むのと同時に駆け出す。

 家の周りに集まり、呑気にスマホで動画を撮る若者や、怖いわねぇ、と他人事のように口にする主婦達を掻き分けて、燃える家の前に立つ。

 

 家族は無事なのか? まだ中に居るなら助けなくちゃ。そう思って、春花は中に飛び込もうとした。

 でも、彼女はそこから一歩も動けなかった。止めどなく燃える炎を前に足が竦んで、この中に飛び込んだら自分も燃えて死んでしまうという恐怖に、春花は何も出来なかった。

 

 彼女に出来たのは、幸せに満ちた自分の楽園が燃え尽きる様を、ただただ見ている事だけだった。

 

 

 

 程無くして、駆け付けた消防隊によって火事は鎮火。しかし家は跡形もなくなり、中からは三人の焼死体が発見された。

 火事の原因は、なんとポイ捨てされた煙草だったという。微かに残った火が段々と燃え移り、やがて家を飲み込む巨大な炎に変わったのだ。

 

 愛する家族が死んだ。私の幸せが壊された。

 誰に壊された? 何に壊された? 決まっている。あの炎だ。あの炎が、私から全てを奪い去った。私の幸せを、愛する家族を殺したんだ!

 

 彼女は深く憎んだ。自分から全てを奪い去った、炎を。

 彼女は深く悲しんだ。もう、自分の愛する家族が居ない事を。

 

 そして彼女は、深く後悔した。あの炎を目の前にして、何も出来なかった自分に。

 

 もしもあの時、自分が炎を恐れずに動けていたら、何か変わっただろうか?

 もしも自分にあの状況をどうにか出来る力があったら、家族を救えただろうか?

 

 炎への憎しみ。無力な自分への後悔。それを抱え、一人で生きて行く彼女に――とある悪魔は、力を与えた。憎むべき炎を、消し去る力を。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「すばしっこい――!」

 

 苛ついた声を発しながら、春花は水の砲弾を右手から発射する。

 巨大な鉛玉のような水の塊は、数メートル先に居る敵に向かって一直線に飛ぶ。

 

 しかし直撃寸前に敵――『蒼炎の剣士』こと、紫之宮双真は大きく飛び退き、水弾を躱す。

 外れた水弾は地面にぶつかり、巨大な水柱を作る。飛沫が雨のように降り注ぐ中、双真は春花から距離を離すように後方に下がりながら、蒼い炎を放つ。

 

 が、その炎は春花からは大きく外れ、何も無い地面に燃え移る。

 

「チッ……またか」

 

 さっきからずっとこの調子だ。相手は向こうから攻めて来ようとはせずに、こちらから逃げるような行動を取るばかり。攻撃したかと思えば、当てる気があるのかと、拍子抜けするほど的外れな一撃のみ。

 まるで考えが読めない。相手は一体何を企んでいる?

 

 またこちらとの距離を取った双真を睨んだ後、春花は地面で揺らめく蒼い炎を見据える。

 とても小さいが、放っておけばやがて大きな火種になりかねない。あれよりもっと小さなもので、春花の家族の命は奪われたのだ。

 

「意味も無く炎を散らして……何がしたいんだ!」

 

 地面の火に向かって水弾を飛ばして消火しながら、春花は叫ぶ。

 

 ――ああいう風に軽々と炎を弄ぶ奴が居るから、私の家族は死んだんだ! ああいう奴を、私は許せない! 絶対に消してやる……殺してやる!

 

 春花の中の双真に対する怒りがさらに増していく。

 一刻も早く彼を消す。それが世の為。炎なんてものは、この世から消し去ってやる。

 

 その怒りが彼女を駆り立てる。いち早く双真を抹殺する為に、春花は動き出す。

 

 両手に逆巻く水の槍を携え、双真に向かって全速力で接近。彼の命という火を消し去る為に、両手を暴れ狂う獣のように一心不乱に振るう。

 

 しかし、怒りのせいで冷静さを失っているのか、その攻撃はあまりにも大振りだった。

 当然、そんな攻撃が双真に命中する事は無く、彼は軽々と春花の攻めを回避する。

 

「――そろそろ頃合いか」

 

 ふと、双真の口からそんな言葉がこぼれる。

 だがそんな事などお構いなしに、春花はさらに攻め続ける。

 

 春花の一方的な攻めが続く中、双真がとうとう動き出す。

 一文字に払われた一閃を屈んで回避すると同時に、双真はくるりと回転を加えて春花の腹に一発蹴りをお見舞いする。

 

「グッ……!」

 

 不意の反撃に思わず春花の体は後方に下がり、攻撃が止む。

 その隙を狙って、双真は右手の剣を地面に突き立てる。

 

 瞬間。彼を囲い込むように、炎の竜巻が巻き起こる。

 

「何のつもりだ……!?」

 

 天に向かって伸びるそれは、確かに強大な炎だった。だが、こちらを襲う様子は無い。

 意図の分からない行動に、春花は微かに困惑する。が、それは一瞬。目の前に巨大な炎があるという事に、彼女の怒りは再び滾った。

 

「私をどれだけ苛つかせれば気が済むんだぁ!!」

 

 絶叫と共に両手を薙ぐと、纏わり付いた水流が巨大な津波を起こし、蒼い竜巻を掻き消す。

 白い煙が爆発するように辺りに広がる。それを手で払いながら、春花は敵の方を睨む。

 

  

 しかし、さっきまで竜巻の中心に居た双真は、そこには居なかった。

 

 ――居ない!? まさか、あの巨大な竜巻を囮にして、逃げたというのか?

 

 このまま逃がしてなるものか。春花は急いで視線を巡らせ、双真を探す。

 すると視界の端に、近くのビルに入り込む双真の姿が映った。

 

 逃がしてなるものか。春花はすぐさま彼を追い掛けて、薄暗いビルの中に入り込む。

 同時に、階段を駆け上がる音が聞こえた。春花も急いで階段を上る――が、途中で炎の壁が道を遮る。

 

「小賢しい真似を……!」

 

 抑え切れない苛つきに歯を噛め締めながら、春花は八つ当たりするように炎の壁に水弾を投げる。

 鎮火して拓けた道を、春花は再度駆け上がる。

 

 ――ビルは五階建て。相手がどこまで逃げたかは分からない。一階ずつ探して回るか? いや、それでは時間が掛かり過ぎる。かといって、もしも下の階に居たら、私が上に居る隙に逃げられてしまう。

 

 悩みながら二階に上がった、その時だった。

 階段を上がった右手にある曲がり角。その陰から微かに、黒い何かが見えた。それを見た瞬間、春花は足を止めた。

 

 あれは……間違えない、奴が着ていたジャケットの裾だ。あそこに隠れて待ち伏せしているのか? だとしたら、あまりにもおざなり過ぎる。

 ならばあれは、確実に罠だろう。不用意に手を出せば危険だ。

 

 冷静に状況を判断し、次に取るべき行動を考えていた、その時だった。

 突然、曲がり角の周囲を蒼い光が照らし――辺りに炎が燃え広がった。

 

 それを見た瞬間、春花は一直線に曲がり角に向かって走り出す。

 

「いい加減にしろぉ! これ以上、貴様の炎に好き勝手させてたまるかぁ!!」

 

 彼女は右手に携えた水流の槍を、曲がり角に突き刺すように突き出した。

 激しく渦巻く水流が、壁を抉って地面まで突き刺さる――が、そこに敵の姿は無く、槍は黒いジャケットだけを貫いていた。

 

 冷静に考えれば、簡単に分かる事だった。いや、ついさっきまで分かっていた。これが自分を釣る為の罠だという事は。

 でも、奴の炎を見た瞬間に、頭が怒りに支配された。冷静な判断力を奪って、勝手に体を動かした。

 

 だからこそ彼女はこうして、双真の仕掛けた子供だましのような罠に、簡単にはまってしまった。それを彼女が理解した時には、もう手遅れだった。

 

 刹那――曲がり角のさらに先に待ち構えていた双真の放った突きが、春花の胸を刺し貫いた。

 

「ガハッ……!?」

 

 渇いた悲痛な吐息と血が、春花の口からこぼれ出る。反撃しようとしたが、上手く体が動かない。力も使えない。

 

「こ、の……卑怯な、真似を……」

「ああ、卑怯だよ。恨んでくれても、憎んでくれても構わない」

「そう、か……じゃあ、憎んでやるさ……私はお前を、絶対に……許さ、な……い……」

 

 その言葉を吐いた直後。彼女の意識は燃え尽きた炎のように、ゆっくりと消え去った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 冷たくなった魔女の体から剣を抜く。ピクリとも動かなくなった彼女を抱えて、そのまま壁に寄り掛からせる。

 双真が放った炎は、彼女の最後の一撃により、跡形もなく鎮火していた。

 

 戦いにおいて、大切なのは冷静な判断が出来るかどうか。判断力を失えば、一気に死に近付く。そして彼女は炎を見ると、怒りに支配されてしまう。

 だからこそ、双真はそれを逆手に取った。

 無意味に炎を散らしていたのも、彼女の苛立ちを掻き立てて、冷静さを失わせる為。だからこんな簡単に見破れる罠にも、簡単に引っ掛かった。

 

「本当、卑怯だな」

 

 他にも取れる手はあったはず。けれど双真はこの方法を選んだ。非道で、卑怯で、彼女を最も苦しめるこの方法を。

 

「でも……卑怯だろうと、俺は生きなきゃならない」

 

 生きて、やらなきゃならない事がある。その為なら、外道にも悪魔にもなろう。

 

 それでいいんだ。だって俺は……世界を救うヒーローでも、正義の味方でも無い。俺はただの――人殺しなのだから。

 

「……行こう」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、双真はビルの外に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

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