インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
双真と春花の勝負に決着が付く、その数刻前。別の場所でも、魔女と魔女狩り師の戦いが始まろうとしていた。
その勝負の舞台に上がる事になる魔女狩り師――紫黒陽花はそうとも知らずに、渋谷の街を駆け抜けていた。
辺りからは、所々戦闘音が聞こえている。中には魔法と魔法のぶつかり合う、凄まじい轟音と衝撃も伝わって来る。
新宿の方に幾らかは誘導出来たとはいえ、やはり魔女はこちらにも居る。油断は出来ない。
そろそろ敵と接触しても良いはず――陽花が警戒をより一層強めた、その時だった。
曲がり角を曲がった瞬間、何かを感じ取った陽花は、急停止して身を屈める。
直後――陽花の頭上を黄色に輝く一筋の光線が、凄まじい速度で通り過ぎる。その光線は陽花の背後にある建物にぶつかると、炸裂したように弾け、壁を抉る。
――敵襲!
今のはただの光線では無い。魔法によるものなのは明らか。自分を狙った、奇襲攻撃。飛んで来た方角は――右から。
陽花はすぐさま反撃に移る。太股に付けたホルダーから得物である
数秒後。苦無を飛ばした先からパリン! と、ガラスが砕けるような音が聞こえて来る。
「あれは……カーブミラー?」
音の正体は、陽花の放った苦無がカーブミラーを割った音だった。
真っ直ぐ攻撃が飛んで来た方に向かって投げたはずなのに、何故苦無は敵では無くカーブミラーを?
微かな疑問を抱いたが、今はそれよりも目の前の敵に集中するのが先決。すぐに疑問を脳の片隅に追いやり、行動を起こす。
もう片方の足に付けたホルダーから新たに苦無を取り出し、構えて辺りを警戒する。
「フフッ……よく躱せましたね。流石、『
先ほど光線が飛んで来た方角から、今度は女性の声が聞こえて来る。
それから程無くして、声の主と思われる者が、先ほど砕いたカーブミラーの先にある曲がり角から姿を現す。
清い純白のワンピースで華奢な体を包んだ、大人しそうな顔立ちの少女。恐らく高校生くらいの年頃と思われる少女は、余裕のある笑みを見せながら、陽花と向き合う。
「完全に不意を突いたと思ったんですけどね。お見事です」
陽花を称賛するような言葉を送りながら、少女はパチパチと拍手をする。
対して陽花は何も反応を返さず無言を貫いたまま――懐から取り出した
少女は驚いたように目を見開きながら、体を傾ける。投擲された鍼は少女の長い白髪を掠めて、壁にぶつかって地面に落ちる。
「随分といきなりですね」
「戦いは不意を突くのが基本。少なくとも、わざわざ敵の目の前に姿を現すのは愚行」
「そうですか……なら以後、気を付けないとですね。ではお喋りはここまでにして――」
少女がゆっくりと右手を上げて、陽花に向かって掌を伸ばす。
「殺し合いと行きましょうか」
刹那――少女の掌から眩い光が発せられ、一筋の光線が放たれる。
まさに光速の勢いで迫る攻撃。普通なら視認する事すら難しいだろう。
だが、魔石の加護で強化された動体視力なら、ギリギリ捉えられる。それに同じく強化された身体能力なら、回避も可能。
即ち陽花とっては、躱すのは容易い攻撃だ。
陽花は迫り来る光線を真横に跳んで回避。そのまま再び鍼を取り出し、少女――もとい、魔女へ投げる。
しかし、その一撃は魔女が再び放った光線に弾かれてしまう。
あの魔法、連射はほぼ溜め無しで撃てるみたい。それに速度もなかなか。でも軌道は直線だし、近距離ならともかく離れていれば避けれる。
あとはこちらの攻撃をどう当てるか。彼女はこちらの事を、『紫眼の暗殺者』と呼んだ。即ち、こちらの情報をあちらは知っている。対して、こちらは彼女の情報を持ってない。まだ隠し玉がある可能性も考えられる。なら、あまり深追いは出来ない。
ここは少しでも相手の情報を引き出しながら、チャンスを見つけて攻めるが吉――陽花がそこまで思考を巡らせたところで、魔女が再び攻めて来る。
三度黄色い光線が、陽花を襲う。しかし軌道はまた直線。陽花は軽々と、それを躱す。
が、今度の攻撃はそれでは終わらなかった。
避けたはずの光線が突如軌道を変え、背後から陽花に迫る。
思わぬ追撃に微かに驚きながら、陽花は緊急回避を取る。どうにか間に合い、光線は陽花を外れ地面を貫く。
どうして急に軌道が変わった? 陽花は視線を背後に回し、すぐにその答えを理解した。
そこにあったのは、曲がり角に立った一本のカーブミラー。先の光はあれに当たり、反射して軌道を変えたのだ。
最初の攻撃もそれを利用したのか――納得しながら、陽花はすぐさまそのカーブミラーを砕き割る。
続けて周囲の確認。辺りに光を反射しそうなものは無いか、視線を走らせる。
「よそ見してる暇はありませんよ!」
しかしその合間にも、敵の攻撃は容赦無く飛んで来る。しかも今度は、先までのただの直線的な光線では無かった。
魔女の掌に、光の球体が浮かび上がる。そこから小さな球体が分裂するように次々と現れ、彼女の周囲に散漫し、その小さな球体一つ一つから光線が放たれた。
新たな敵の攻撃に、陽花は微かに顔を
威力は彼女自身が放つそれに敵わないが、数はその数十倍な上、多角的な攻撃。
まさに光の雨と表すに相応しい怒涛の攻撃には、流石の陽花も対処しきれず、光線が彼女の肌を掠め、微量の鮮血が散る。
このままではこちらが削られて疲弊するだけ。どうにか攻撃に転じたいが、この光の中を掻い潜って攻めるのは難しい。
「今は逃げるしかないか……」
陽花は建物の陰に移動し、魔女から身を隠してその場から走り去る。
「逃がしませんよ!」
だが当然、魔女も逃がしてはくれない。走り出し、無数の光線で陽花を追い詰める。
光の雨を建物や放置された車や瓦礫を利用して避けながら、渋谷の街を駆け抜ける陽花。それを追い掛ける魔女。
命がけの追いかけっこを繰り広げながら、陽花はどうにか状況を好転させる策を考える。
普通に戦闘力を競ったら、多分こちらが上。でもそこに魔法の能力が加われば別。遠距離からの攻撃は弾かれるし、近付くのは難しい。でも近付ければ、不意を付ければ勝てる。
なら、地形を利用して背後から近付く? いや、相手との距離はそう離れていないからそれは難しい。それにここらは大通りが続いていて、見晴らしが良い。
だったら、屋内戦に持ち込む? 障害物が多い場所なら、こっちの方が上手く戦える。きっとそれが一番勝率が高い。
陽花は逃げながら、辺りを見回す。すると右手に、デパートらしき建物が見える。
「あそこ」
あの中を戦いの場に決めた陽花は、光線を掻い潜りながらデパートに向かって走る。
苦無を投げて機能が停止した自動ドアのガラスをぶち破り、転がり込むようにデパートの中に突入する。
電気も消えて、薄暗い建物の中を進む。
が、しばらく移動したところで、ふと足を止める。
「……追い掛けて来ない?」
さっきまで止めどなく襲って来た攻撃が止んでいる。それどころか、彼女自身追って来る気配が無い。
一体どうして? 不思議に思ったが、むしろこれは好機。理由はどうあれ、自由に行動できる時間が出来た。
場所はデパート。広さはそれなりにある。電気は止まって薄暗い。階層は六階まである。食品売り場、洋服屋に家電売り場に雑貨屋、飲食店からフードコートまで大抵の店と商品がそのまま放棄されている。
使える物は何でも使う……それが戦いの鉄則。過程なんてどうでもいい。卑怯に、姑息に、