インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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魔女の誘惑

「何っ……なのよあの女!」

 

 体育館の裏手――木陰に囲まれた薄暗い空間に、憤怒に満ちた女性の叫び声と、何かが壁にぶつかるような音が響いた。

 衝突音の正体は、プラスチックの弁当箱が体育館の壁にぶつかり、砕け散った音。その弁当箱を投げつけたのは、叫び声の主である茜だ。

 

 彼女は激しい運動をした後のように呼吸を乱しながら、地面に落ちた弁当箱の中身を見つめる。早起きをして、双真と一緒に食べようと作った物だ。

 だが、その弁当は双真と一緒に食べる事は出来ずに、地面を這う蟻の餌となってしまった。

 双真の為に作った弁当に群がる蟻。茜はそれを暫しジッと眺めていたが、不意に怒りの形相を浮かべ、それを踏み潰した。

 

「どいつもこいつも……双真に近付いて……色目使って……ムカつく……ムカつく!!」

 

 ひび割れた怒号を上げながら、茜は何度も何度も踏みつける。弁当の中身は全て地面に溶け込み、大量の蟻の死骸が辺りを埋め尽くす。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 群がっていた全ての蟻が動かなくなると、茜はフラフラと足を動かし、まるで糸が切れたように体育館の壁へ寄り掛かった。

 彼女がここまで怒りを露わにする理由。それは先ほど見た、二つの光景。

 一つは双真を昼食に誘おうと教室を訪れた時に見た、他の女子が双真を昼食に誘う光景。もう一つは、彼が昼食に誘われる光景を見て、思わず逃げ出してしまった先で見掛けた、双真と香乱が肩を並べて歩く光景だ。その中でも茜は、香乱の方に激しい怒りを感じていた。

 

 双真はきっと自分を探しに来てくれたのだろう。なのに、あの女が双真をたぶらかして自分から双真を遠ざけた――そう思うと、香乱に対する怒りが止め処なく混み上がってきた。

 

「あの女……三年間一緒のクラスだからって、調子に乗って……!」

 

 元々茜は、香乱の事を酷く嫌っていた。双真と仲良くする彼女を、自分から双真を奪おうとする彼女を。

 中学から知り合った癖に、双真とまるで旧知の仲みたいに気安く接して、楽しそうに双真と話して、双真の隣を歩いて、双真の近くにいる彼女を、茜は殺したいほどに憎んでいた。

 

「あんな奴に双真は渡さない……私の方が、双真の近くに居るのに相応しいんだから……!」

 

 親指の爪を砕き割るかのように強く噛みながら、茜は嫉妬に満ちた呟きを口にする。

 

 茜と双真は、昔からずっと一緒に居た。そんな彼の事を、茜は実の家族以上に深く愛している。彼の近くに居るだけで幸せで、誰よりも彼の側に居たい――それが、茜のただ一つの願い。だが、茜は最近その幸せに崩壊が近付いている気がすると、不安に襲われていた。

 理由は一つ。中学に上がって以降、双真の周りに女性が集まり始めたのだ。

 同じ学校の女子に好意を持たれる事が増え、彼に好かれようと近付く者が増えた。そのせいか、最近は自分と双真の距離が離れている気がする。昔はずっと一緒に居るのが当たり前だったのに、今は登下校しか一緒に居る時間がないというのも珍しくない。その事に、茜は大きな不安と悲しみを感じていた。

 

「あいつらが……私から双真を奪うんだ……あいつらのせいで、双真が私から離れていくんだ……!」

 

 それもこれも全て、双真に近付く女のせいだ。彼女らのせいで、私の幸福が壊れていく。

 私の幸せを……私の双真を奪われてたまるものか。誰にも双真は渡さない。そう、あの蒼井香乱にも。双真と一緒に居られるのなら、二人だけの世界でもいい。最悪の場合……双真に近付く奴を殺してでも――

 

「……ッ!」

 

 そこまで考えた瞬間に、茜はハッと我に返り、拳を背後の壁に叩きつけた。

 

「何考えてんのよ、私……」

 

 何をしてでも双真を我が物にしたい気持ちはある。だが、そんな事をしてはいけないという理性もある。だから茜はその気持ちを抑え込んで、忘れようとした。

 

「――何故、抑え込もうとする?」

 

 その時、突然茜の下に聞き慣れぬ女性の声が届いた。

 

「……!? 誰!?」

 

 バッと立ち上がり、茜は辺りを見回す。だが、辺りに人影は一切無い。

 気のせいだろうか? 気に病みすぎて幻聴でも聞こえたのか?

 

「貴様は愛する者を独り占めしたいのだろう? なら、何故そうしない?」

 

 だが、再び同じ声が茜の耳を通り抜ける。まるで心を操られてしまいそうな、妖艶な声。

 

「誰なのよこれ……いい加減出てきて!」

 

 その声に言い知れぬ恐怖を感じ取った茜は、声を震わせながら叫ぶ。

 次の瞬間――突然周囲の木々が激しく揺らく。何か危険が迫っているかのように揺れる葉音を聞きながら、茜は辺りを見回す。

 すると、今まで誰も居なかった自分の正面に人影のようなものを捉え、茜は慌てて視線を向けた。

 その人影を完全に捉えた瞬間、茜は目を大きく見開き――小さく呟いた。

 

「……魔女?」

 

 突如茜の前に現れた人物は、とても奇怪な格好をしていた。

 全身黒ずくめのローブに、目深に被った三角帽子。そう、茜が口にしたように、まるで魔女のような格好をした女性だった。

 見た目からして、恐らく女性は二十代と思われる。だがこの学園の教師とは、とても思えない。なら、彼女は何者なのか?

 

「あ、あんた誰よ! さっきの声、あんたなの!?」

 

 茜はそれを確かめる為、緊張した面持ちで彼女を睨みながら、若干震えた声で問い掛ける。

 だが、女性は返答しようとはせず、思わず屈服してしまいそうなほど鋭く、力強い紫色の眼で茜を黙って見据えるのみ。

 

「な、なんなのよ……なんとか言いなさいよ!」

「……今は、私の事などどうでもいいだろう」

 

 と、先に茜の耳に流れ込んだ妖艶な声が、彼女の口から出る。その声の謎の威圧感に、茜はゴクリと唾を飲み込む。

 

「今は、貴様の話をしようではないか」

「私の……話?」

「そうだ。私には分かる。貴様の奥深くに眠り、抑え込まれた感情が」

 

 スッと、女性は右腕を上げ、茜の事を指差す。

 

「な、何言ってるのよ……?」

「……愛する者を独占したい」

「……!?」

「誰も近寄らせたくない。自分だけのものにしたい。近付く者は誰であろうと許さない……愛しい者に対する深い愛情。そしてそれに近付く者に対する嫉妬、憎悪、殺意――禍々しく歪んだ感情が、お前の心の奥底に見える」

「か、勝手な事言わないでよ!」

 

 そう言うが、茜の顔は明らかに動揺した表情に変わっている。何故なら、彼女が口にした事は全て図星だ。双真を深く愛している事も、彼に近付く者を深く憎んでいる事も。

 

 どうして彼女はそれが分かる? 茜は動揺を隠せず、額から汗を垂らす。しかし、女性は遠慮もせずに、どことなく嬉々とした笑みを微かに浮かべながら、言葉を続けた。

 

「そして、僅かな恐怖も感じるな。不安なのだな、愛する者が他の者に奪われてしまわないかと」

「そ、それは……」

「だから貴様は、自分から愛する者を奪おうとする輩を根絶やしにしたいと思っている。自らの手を汚してでも、愛する者を我がものにしたい――と」

 

 それも図星だ。双真に近付く者――香乱達を、茜は排除したいと。誰にも邪魔されない、双真と二人切りの世界を望んでいる。

 しかし、それは茜自身が必死に抑え込んでいる感情。それは決して表に出してはいけないと、彼女も理解している。だから理性で必死に抑え込んで、我慢している。

 

「――抑え込む必要など無いではないか」

「は……?」

「愛する者が奪われてしまうのが不安なのだろう? ならば、その不安を己の手で消し去ればいい。そうすれば不安は消え去る」

「それは……」

「不安の対象を――愛する者に近付く者を殺せばいい」

 

 殺す――茜が必要に抑え込んでいたものを、女性はあっさりと口にした。それに茜は鋭い目で女性を睨み、大声で叫んだ。

 

「ふっ……ざけないでよ! さっきから私の事を知ってる風に勝手に話を進めて! あなた一体なんなの!? 一体何が目的なのよ!」

「目的か? そうだな……貴様に力を貸してやる事、と言えばいいかな」

「……は?」

 

 彼女が何を言っているのか分からず、茜は思わずそう声をこぼした。

 

「私は貴様に力を与えてやると言っているんだ。己の願いを叶える力を、な」

「何を言ってるのよ……意味分かんないんだけど……」

「人の強い意志は大きな力になる。だがそれだけでは願いを、欲を叶えるには少々乏しい。だから私がそれを叶えられるだけの力を与えてやるのさ。魔力という種を与えてな」

「魔力……?」

「そうだ。その種は貴様の欲に呼応し、貴様の願いを叶える力として芽吹く。貴様の場合は、愛する者に近付く者を根絶やしにする力を得られるだろう。まさに、魔法のような力をな」

 

 魔力に、魔法。現実離れした内容の話に、全くついて行く事が出来ずに、茜は放心状態で女性を見つめた。

 が、女性がこちらに向かい一歩近付いたのをキッカケに、茜は我に返り、叫びを上げた。

 

「な、何を魔法とか、馬鹿げた事言ってるのよ! 冗談は程々にして!」

「冗談も何も、これは事実だ。貴様が願えば、それを叶える強大な力を得られるだろう。己の欲のままに行動出来る」

「ふざけないで! 大体、もしそんな力を手に入れても、私は欲のままに行動するなんて……」

「嘘だな」

 

 その一言と共に、女性はまるで瞬間移動したかのように茜の目の前に立ち、指先で彼女の胸元にそっと触れた。

 

「どれだけ抑え込もうと、貴様の心の奥底には欲望がある。力さえ身に付けてしまえば、もうそれを抑え込む事は出来ない」

「そ、そんな……」

「それにいいのか? 貴様がくすぶっている間に、愛する者は貴様の下を離れるかもしれんぞ?」

「……!?」

「それに……貴様は耐えられるのか?」

「そ、それは……」

 

 ――そんなの、嫌だ。

 もしも双真が自分の下を離れ、他の女性と付き合ったりしたとしたら、きっと自分は耐えられないだろう。

 もし本当にそうなってしまったとすれば、その相手の女性を恨み、妬み、憎み、殺してしまうかもしれない。いや生きているのが辛くて、自ら命を絶ってしまうかもしれない。

 

「もしその未来が来たらどうだ? 貴様は後悔するだろう。理性というもので自分の欲を抑え込んで、自ら動かなかった事に。そんな後悔、貴様はしたいか?」

「…………嫌だ」

「そうだろう。ならば、そうなる前にその未来を壊せ。自らの手で。その力を私は貴様に授けよう」

 

 すると、突然茜の胸元に触れた女性の指先が、淡く光り出す。

 

「さあ願え、渇望せよ。さすれば貴様の望む力が得られるだろう。そして理性という(たが)を外し、己の欲のままに動くがいい」

 

 私の願い……私は――

 

 

 

 

 

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