インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
こちらに向かって疾走する茜の右手に、炎が灯る。
猛々しく、荒れ狂うように燃え滾る炎を携える茜が殺気を含んだ目で睨むのは――双真の持つ剣。
――完全に魔石に狙いを定めているみたいだな。
この魔石は香乱が残した大切な力。絶対に破壊させる訳にはいかない。
双真は剣を構え、『蒼炎』の力を用いて、炎で剣を包み込む。
茜の魔法、『紅炎』が発する炎には、ある特徴がある。
その特徴は、触れたものを完全に死滅させるというものだ。
無機物はどんなものでも消し炭に、人は細胞の一つ一つを殺し、再起不能にしてしまう。触れるものを皆殺す、まさに破壊の炎。
だが、そんな炎に対して成す術が無いという訳でも無い。
ほんの一瞬だけなら触れても問題は無い。そして双真の扱う『蒼炎』のように、半永久的に発生を繰り返すものなら、彼女の力の影響を受けない。
だから『蒼炎』の炎で剣を覆っている限り、どれだけ茜の炎に触れても問題無いという事だ。
だが恐らく、今の彼女は炎の力をある程度抑えて、死滅の効果を消しているはずだ。
何故なら彼女は、双真を殺すつもりは無いのだから。そんな危険な力、セーブしているだろう。
だが怒りで冷静さを若干欠いている彼女がどう出るかは分からない。
決して油断は出来ない――双真は意識を集中させながら、迫る茜を見据える。
「待っててね双真……今すぐそんな石ころぶっ壊してあげるからぁ!!」
絶叫と共に、茜は大きく飛び上がり、落下しながら炎を灯した鉄拳を突き出す。
拳の伸びる先は、双真の剣に埋め込まれた魔石。
「させるか――!」
当然、双真も黙ってやらせはしない。グルリと回転を加えた斬撃を空中から迫る茜に向かって放つ。
蒼い軌跡を描いた一撃が、禍々しく揺らめく紅い炎と激突する。
凄まじい衝撃波が、辺りに響き広がる。地面がひび割れ、空気が震撼する。
「お、らあぁ!!」
気合の籠った叫びを腹の底から響かせ、双真は剣を薙ぎ払って茜を吹き飛ばす。
宙を舞った茜は、そのまま身を翻して着地する。
「駄目だよ双真ぁ……抵抗しちゃったら、無駄に双真を傷付けちゃう。早くその
「……言っただろ。壊させねぇって」
静かな眼光で茜を睨みながら、双真は飛び出す。茜に向かって、剣を振り下ろす。
が、茜はそれを軽々と回避。だが気にせず、双真は続けて攻める。
しかし、不意に双真の攻撃が止まる。
一瞬何が起こったのか、双真自身も理解が遅れた。
気付いたのは数秒後。炎を纏った茜の右手が、双真の剣を掴んでいるのが目に入ったのと同時だった。
――手で止めたのか!?
「捕まえた……今すぐ、解放してあげる」
茜が空いた左手を、ゆっくりと上げる。
マズい。このままでは魔石を壊される――どうにか脱出せねばと、双真は考えるよりも先に体を動かした。
地を軽く蹴って体を浮かし、そのまま茜の腹部にドロップキックのように蹴りをお見舞いする。
相手にとっても不意の一撃だったのか、茜は剣を手放し、後方に滑るように吹き飛ぶ。
「お腹は駄目だよ双真ぁ……双真との赤ちゃん、産めなくなっちゃうよ?」
と、薄ら笑いを浮かべながら呟く。ダメージは無さそうだ。
彼女の言葉には耳を貸さず、双真は即座に攻撃を再開する。
剣を上段に構え、全力で振り下ろす。斬撃に乗って、炎が波のように茜に迫る。
「邪魔……!」
その炎に対する怒りをぶちまけながら、茜は同じように炎を展開。
紅と蒼。二つの波がぶつかり合い、消滅する。
――力は互角……違うな、悔しいがあっちの方が上だ。……いや、それ以前の問題か。
全力であるこちらに対して、恐らく茜は本気では無い。本気を出せば、こちらを殺してしまう危険性があるから。
つまり双真は手を抜かれている。それでも、自分の力は彼女より劣っている。
圧倒的な実力差を感じ、双真は悔しそうに下唇を噛む。
だがそれが現実だ。ならそれを受け止めて、この状況を切り抜けないとならない。
正攻法で攻めても駄目だ。何か不意をつくような一手が必要だ。
考えろ。茜の不意をつく方法を。一回切りでもいい、確実なチャンスを作れる方法を――
「あれ? 来ないの? じゃあ、こっちから行っちゃうよ!」
策が思い付くより先に、茜が動く。
右手を払い、炎を発生させる。炎は形を変え、まるで剣のように右手に宿る。
「まずはその剣から壊して、それからその石を壊す。双真、怪我しないように気を付けてね!」
嬉々とした声で言いながら、茜は走り出す。
――考えてる暇は無いか! 今はどうにか凌いで、チャンスを窺う!
茜の攻撃に備える双真。
数秒後――茜の紅蓮の刃と双真の蒼き剣が交わる。
鍔迫り合いから、辺りを縦横無尽に駆け回りながらの連撃の応酬に発展。
二つの剣舞が放つ衝突音と火花が、紅と蒼の色鮮やかな炎が描き出す軌跡が、荒廃した街を彩る。
「凄いね双真。こんなに強くなってるなんて、なんだか嬉しいよ私。必死で戦う双真の姿、私結構好きだな」
荒れ狂う剣撃の中、茜は余裕な笑みを浮かべながらそんな戯言を口にする。
「でも、双真と戦うのは嫌だな私。私、出来る限り双真を傷付けたくないもん。だから……そろそろ終わらせるね」
直後に放たれた一撃が、双真の剣を大きく弾く。耐えず繰り広げられた攻防が止む。
「しまっ――」
間髪入れずに、茜の追撃が双真を襲う。
流れるような動作で繰り出された回し蹴りが、双真の体躯を大きく吹き飛ばす。
「グハッ……!」
地面に倒れ、双真は腹部を襲う痛みに息を荒らす。
「ごめんね、痛いよね? 大丈夫、すぐに私が癒してあげるよ。だから今はゆっくり、眠ってて?」
「はぁ……はぁ……そう簡単に、行くか……」
どうにか立ち上がり、剣を構えて炎を滾らせる。
「まだ抵抗するんだね……あ、そっか。そんな力があるから、双真は戦おうとするんだ。……やっぱり、早くそれ、壊さないと」
一人で勝手に納得したように呟きながら、茜は再び双真の持つ剣を睨む。
その時ふと、双真の脳内にある考えが思い浮かぶ。
「…………これなら、行けるかもしれない」
この案なら、確実に茜の不意をつける。だが、チャンスは一瞬で一回のみ。
「……やるしかない」
この方法で、確実に仕留める。
双真は自分の思い付きを信じて、行動を開始する。
「……行くぞ――!」
双真が取った行動は、正面突撃。真っ向から、茜に向かって接近する。
そして、茜まで残り数メートルというところまで近付いた瞬間――双真は、手に持った剣を頭上に放り投げた。
「え!?」
茜は驚いたように宙に舞った剣を見上げる。
が、驚いたのは一瞬。獲物が無防備になったのを、彼女は逃さない。剣に向かって、右手を伸ばす。
――今だ!
その瞬間を狙って、双真は茜の懐に潜り込む。
刹那。双真の拳に――蒼い炎が、燃え上がる。
「ッ!? 石だけを……!?」
そう。双真が放り投げたのは、魔石を外した剣のみ。
魔石は、双真の右手に握り締められていた。
これが双真の策。魔石を狙う茜は、絶対に魔石が埋め込まれた剣を視線で追い、壊そうとするはずだと。だからそれを囮にしたのだ。
そして策は成功し、茜の懐は今、完全にがら空きだ。
「これで終わりだぁ!!」
双真の渾身の炎の鉄拳が、茜の体を捉える。
――寸前。突如真横から飛来した何かが、双真を襲った。
「なんっ……!?」
まるで、食べ物を狙って滑空してきたとんびのような勢いだった。その謎の存在に双真の一撃は妨害されて茜に届かず、彼はそのまま大きく吹き飛ばされた。
「ガハッ……! 一体、何が……」
地面に倒れた双真は、慌てて上体を持ち上げて、それを視界に捉える。
双真を襲った襲撃者の正体は、一人の少女だった。
黒いセーラー服に身を包み、同じく真っ黒なツインテールを揺らし――漆黒の翼を背中に生やした、小柄な少女。
「あいつは……『
茜と同じ、二つ名持ちの魔女。それが双真を襲った者の正体だった。
「どうしてここに居るんだ……」
「どうして、ですか」
双真の呟きが耳に届いたのか、黒漆の魔女が少し幼めで、冷ややかな声を上げる。
「そりゃわたしは彼女と一緒に、ここを任された訳ですし。当然居ますよ。あなた達も情報ぐらい掴んでいるのでは?」
「……新宿は捨てたって事か」
「ああ、やっぱりあっちは誘導って事ですか? そんな事だろうと思いましたよ。だからわたし達は、こっちに残らせてもらいました。『
「……そうかい」
最悪だ。二つ名持ちが二人共こちらに居座るとは。考えられる中でも最悪の状況だ。
彼女も茜同様、魔女の中でも上位に位置する危険分子。このまま戦っても、双真に勝機は無いに等しい。
「でもまあ、もたもたしてたらあっちが陥落して、あの化け物達も来ちゃいますし。さっさとこちらを終わらせて――」
「あなた」
黒漆の言葉を遮るように、茜が声を発する。
直後。彼女の炎が、仲間であるはずの黒漆を襲った。
「ちょっ……!? いきなり何するんですか!」
寸でのところでそれを躱しながら、黒漆は茜に向かって叫ぶ。
「あなた、何双真に手を出してるの? 双真を傷付けて……タダじゃ済まないわよ?」
「そう来ますか……一応、わたしあなたの命の恩人ですよ?」
「関係無い。双真を傷付ける奴は、誰であろうと殺す」
「今さっきまで彼と戦ってた人が言うセリフですか……悪いけど、あなたと遊んでる暇なんてありませんから。それに、あなたは彼の相手をしないとでしょ」
と、黒漆は双真に目を向ける。
「……今度手を出したら、殺す」
「はいはい……ホンット、面倒な人ですね」
黒漆の悪態を無視して、茜は双真と向き合う。
「さあ双真。続きをしよう?」
「…………」
「……あなた、今度は――」
「分かってますよ。じゃあ、わたしは他の奴らと遊んで来ますよ。あなたも、もたもたしないで下さいね」
茜に背を向け、黒漆が足を一歩前に踏み出した――その時だった。
突如として飛来した一本の短剣が、彼女の足元に突き刺さる。彼女は驚いたように目を丸くして、足を止める。
「――だったら、俺と遊んでくれよ」
直後、誰かの声が届く。
振り返ると、そこには右手で短剣を弄ぶ、黒髪の少年が一人。
「隼人……!」
「よう双真。……あいつとは俺がやる。だからお前も、自分の目的を果たしな」
そう言いながら、隼人は黒漆の魔女を見据える。
対する彼女も、隼人を見ていた。その目は、どこか不機嫌そうで、怒気を帯びていた。
「……気を付けろよ」
「そっちもな」
短い言葉を交わしながら、双真は茜と。隼人は黒漆の魔女と向かい合った。
相手ももう一方の相手など眼中に無いと言わんばかりに、彼らと一対一の状況で向かい合う。
「……よう久し振りだな、
「わたしには話す事なんて、一つも無いけどね」
「そう言うなよ。こっちには、話したい事が山ほどあるんだよ。嫌だって言っても、聞いてもらうぜ」
「……何が目的? 何しに来たの?」
「へっ、決まってるだろ」
クルリと短剣を回し、柄を逆手でがっしりと掴んで相手に付き向けながら、隼人は真っ直ぐ彼女を見据えた。
「お前を止めに、お前を救いに来たんだよ――兄貴としてな」
「……今更兄貴面しないでくれる?」
そう言って黒漆の魔女――黒羽恵利花は、己の兄を静かに睨んだ。