インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
隼人は昔から物覚えが良かった。
教わった事をすぐに飲み込み、あっという間に自分の物にしてしまった。勉強もスポーツも、彼にとっては造作もない事。あらゆる分野で彼は優秀な成績を残した。
そんな彼を親や教師、周囲の大人達は神童だと持てはやし、隼人もその称賛を嬉しく思い、誇りを感じていた。
友人にも恵まれ、両親も自分に期待を抱き、事あるごとに褒めてくれる。彼の人生は何一つ不自由の無い、幸福なものだったと言えるだろう。
対して彼の妹、恵利花の人生は、とても幸福だとは言えなかった。
優秀な兄に比べて、彼女にはなんの秀でた才能も無かった。
成績は良くて中の上。運動は平均以下。友人もごく僅かだった。
決して悪い訳では無い。むしろ優秀な方だと言える。
だが、彼女の側には隼人が居た。何もかも優秀で、秀でている彼の妹として、彼女は常に比較され続けてきた。
――あなたも、お兄ちゃんのように頑張りなさい。
――お兄ちゃんなら、もっと出来たはずよ。
周囲から言われるのは、いつもこんな言葉ばっかりだった。
自分も頑張っているのに。精一杯やっているのに、両親や周囲の人からは高すぎる理想を求められるばかり。
算数のテストで百点を取った。でも兄は全教科で百点を取ったから褒められない。
スポーツの大会で三位に入賞した。でも兄は優勝したから褒められない。
お兄ちゃんならもっとやれた。お兄ちゃんのようになりなさい。お兄ちゃんのように、お兄ちゃんのように、お兄ちゃんのように――
呪いのように繰り返される言葉。望まない言葉に、彼女は毎日のように苦しめられた。
決められたレールの上を進むだけ。兄を目標にしろという親からのプレッシャーに、押し潰されそうになった。
まるで鳥かごに捕らわれているかのように、彼女の人生は不自由で窮屈だった。
こんな状況から解放されたい。もっと自由に、わたしはわたしの意思で進みたい――彼女はそう祈り、願い続けた。
◆◆◆
「――わたしはずっと苦しみ続けてきた。お母さんもお父さんも、お兄ちゃんのようにお兄ちゃんのようにって言うばっかり。わたしはあんたじゃない!」
そう叫んで、恵利花は目の前に立つ隼人を指差す。
「わたしは自由なんだ! わたしの道はわたしが決める! だからわたしはこの力で、自由に羽ばたくの! 誰にも縛られずに、邪魔されずに、自分の道を行く!!」
彼女の感情に呼応するかのように、背中に生えた漆黒の翼が激しく羽ばたく。同時に、体が宙に浮き始める。
恵利花の魔法、『
宙に浮く恵利花を見上げながら、隼人は悔やむように拳を握り締める。
「お前がそうなったのは、俺のせいだよな……」
「ふぅん、自覚はあるんだ。だったら、わたしの事はもう放っておいてくれる?」
「いや、それは出来ない。今のお前がしている事を、魔女として戦っている事を看過する事は出来ない! 俺に責任があるっていうなら、俺は死ぬ気でお前を止めてみせる! それが、兄貴としての役目だ!」
「だからさぁ……今更兄貴面しないでよ!!」
怒号を散らすと同時に、恵利花は背中の翼を大きく羽ばたかせる。すると無数の小さな羽根が、雨のように隼人に降り注ぐ。
「くっ……!」
隼人はそれをいくつか短剣で弾き、残りを飛び退いて躱す。
「わたしはあんたが憎い。お母さん達も、学校の先生も、みんなあんたを見ていた! 才能のあるあんただけを見て、凡人なわたしは見てもくれなかった! 誰もわたしに期待しないで、わたしが望んだ言葉を与えてはくれなかった! そしてそれは、あんたもそう!」
「…………」
「あの時のあんたは、自分が持てはやされる事に満足して、わたしなんか眼中に無かった! それなのに兄貴としてわたしを救う? 冗談じゃないっての!!」
「……確かに、お前の言う通りだ。あの時の俺は思い上がってたんだと思う。そのせいで、お前が苦しんでいる事に気付いてやれなかった……でも、だからこそ――!」
短剣を構え、隼人は高らかに叫ぶ。
「今度こそ、俺はお前を救う! それが俺の償いだ!」
「償いね……結局は自己満足でしょ?」
「そうかもしれないな。だけど――」
「もういい」
恵利花が隼人の言葉を遮るように囁く。
「これ以上話しても無駄。あんたの口から出る戯言なんて、もう聞きたくない」
「……恵利花、それでも話を聞いてもらうぞ。俺はお前を、救いに来たんだからな」
「あっそ。わたしは――殺す気満々だけどね!!」
恵利花はこれ以上の会話を拒否すると言わんばかりに、攻撃を開始した。
再び翼を羽ばたかせ、隼人に向かって羽根の雨を降らせる。
「仕方無いか……!」
隼人も覚悟を決め、戦闘態勢に入る。
再び両手に持った短剣を振るい、羽根を弾き落とす。
その間、恵利花が左翼を前方に突き出し、隼人に向かって滑空する。
鋼鉄と同等、いや、それ以上に高度を持つ鋭利な黒翼が彼の喉元を捉える――寸前、忽然と隼人が姿を消す。
刹那。隼人はいつの間にか恵利花の背後に姿を現し、右手に握った短剣を振り下ろす。
が、その一撃は恵利花の右翼に受け止められる。甲高い音が響く。
「峰打ち……やる気あるの?」
「ねぇよそんなもん……! 俺は、お前と話をしたいだけだ!」
「こっちは無いって……言ってるでしょ!」
隼人を振り払うように、恵利花の翼が大きく翻る。
流れるように隼人と向き合い、恵利花は両の翼を前に突き出す。すると翼が枝分かれするように分裂、伸張して隼人に襲い掛かる。
無数の槍のように迫る攻撃に対し、隼人は素早くバックステップを行う。
すると彼の体は一瞬で数十メートル先に移動し、目標を逃した恵利花の攻撃は何も無い地面に突き刺さる。
「チッ、すばしっこい……!」
「それが俺の使う魔法の取り柄なんでね」
そう言いながら、隼人は短剣を持ち直す。その刀身の付け根部分には、空色の魔石が埋められている。
彼の扱う魔法に与えられた名称は、『
使用者当人の移動速度や攻撃速度はもちろん、投擲した物や発砲した銃弾の速度なども加速させる事も可能な能力。
魔石の加護に加えた、更なる身体能力の上昇。連続使用が体に負担を掛けるというデメリットがあるが、シンプルながら強力な力と言えるだろう。
だが、それでも相手の力はそれを凌駕するほどに強大。それに隼人は恵利花を相手に本気を出せない。
つまり、その力があったとしても決しても隼人の有利とは言えない。むしろ、状況は劣勢に近い。
「……恵利花」
「話し掛けないで」
会話をする気は、彼女には無い。
どうしたものかと、隼人は焦ったように口元を歪める。
一方で、恵利花は次の行動に移る。
背中に生えた右翼を手で引き千切り、まるで刃のような形を成したそれを構える。直後、背中の翼は元通りになる。
「わたし達は今、戦ってるの。そこに生温い会話なんていらない。そうでしょう?」
「いや、意地でも俺は言葉を伝えるのを止めない。お前が分かってくれるまでな」
「……そんな言葉は、いらないのよ。いいからさっさと――わたしの前から消えろ!!」
恵利花が地を蹴り、地を這うように飛んで隼人に迫る。
「絶対に諦めない……」
――絶対に、あいつを止めてみせる。この戦いの中で、必ず糸口を見つけてやる!
妹を止める。妹を救う。ただそれだけを考えて、隼人は彼女を迎え撃った。