インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
隼人と恵利花の二人が戦闘を繰り広げているその同刻。双真と茜、二人の戦闘も継続していた。
しかし、戦況は未だ双真の劣勢というあまり芳しくないものだった。
再度茜の隙を見つけようとするが、なかなか攻め入る事が出来ない。やはり、あのチャンスで仕留められなかったのは大きな痛手だった。
どうにか彼女の攻撃を捌けてはいるが、それもやがて限界が来る。
自分が問題無く動ける間に、何としてでも起死回生の機会を見つけなくては。双真は茜との攻防を続けながら、再びチャンスが巡って来るのを待った。
しかし、現実は非常だ。そのチャンスは一向にやって来ず、ただただ体力が奪われていくだけで、双真はどんどんピンチに追い詰められていく。
「双真、動きが鈍くなってるよ? そろそろ疲れてきたのかな? だったらゆっくり休まないと。抵抗するのは止めて、私と一緒に行こう?」
攻防の最中、不意に茜が心配そうな声色で、囁くようにそんな言葉を吐く。
彼女はこちらと違って、まだまだ余裕がある様子。圧倒的な実力差を感じ、双真は悔しそうに歯を嚙み締める。
だが、ここでめげる訳には、負ける訳にはいかない。双真は体の底から力を無理矢理引っ張り出し、渾身の反撃をお見舞いする。
「お断り……だ!」
炎を纏った双真の全力のスイングに、茜は大きく後方へ吹き飛ばされる。
が、ダメージは皆無らしく、何事もなかったかのように着地し、双真をジッと見据える。
「どうしてそんなに抵抗するの? 双真は、私と一緒に来るのが嫌なの?」
「今のお前を受け入れる訳にはいかない。だから抗う。それだけだ」
「……そっか。ならやっぱり仕方無いよね」
茜は寂しそうに呟き――刹那の瞬間に、彼女の姿が双真の目前まで移動した。
「なっ……!?」
「とっても苦しいけど、やっぱり傷付けてでも、無理矢理連れてくしかないよねぇ!」
震えるような絶叫を迸らせながら、茜は双真の腹部に強烈な鉄拳を放つ。
紅蓮に燃え盛る鉄拳が双真の鳩尾を捉え、数十メートル後方のビルまで彼を吹き飛ばす。
「ガハッ……!? ゲホッ、ゲホッ……!」
鈍い痛みが全身に重く襲い掛かる。消えかかりそうな意識をどうにか繋ぎながら、双真は茜を視界に捉える。
「ごめんね双真。痛いよね? 苦しいよね? 早く終わらせて双真を癒してあげるから。だから――今は眠っててね?」
ゆっくり歩み寄る茜の右手に、再び紅い炎が灯る。
マズい――危機を感じ取った双真の体が、激痛を無視して動く。瞬時に立ち上がり、真横に跳ぶ。
直後。茜の放った炎弾がビルの壁を打ち砕く。
殺さない為に、威力は最小限に抑えているだろう。だが、こちらの意識を飛ばすには、再起不能にするには十分な威力だ。
絶対に今の状態で食らってはならない。双真は懸命に足を動かし、辺りを駆け回る。それを追い掛けるように炎弾が次々と迫る。
茜による一方的な攻めが続く中、双真達から少し離れた地点にあるビルが一つ崩れ落ちる。
何事だと、慌てて視線を走らせる。そこには二つの人影。
一つは傷だらけで、満身創痍の隼人。もう一つは、そんな彼を見下ろす恵利花だ。どうやら、あちらも大分苦戦しているようだ
「隼人……!」
「よそ見なんかしちゃ駄目だよ!」
間近から聞こえた叫び声に、首を回す。いつの間にか、茜の姿が目の前にあった。
「私だけを見てよ、双真ぁ!」
炎で出来た刃が眼前に迫る。
直撃寸前、どうにか剣を割り込ませて防ぐ――が、勢いに押し負けて弾き飛ばされる。
「グッ……!」
どうにか宙で身を翻し、着地に成功。
その直後。同じように相手に吹き飛ばされた隼人が、滑るように双真の真後ろに着く。
「よお、大分苦戦してるみたいじゃねえか、双真」
「はぁ……はぁ……それはそっちもだろ」
「まあな……正直もう限界が近い」
そう言う隼人の肩は、忙しなく上下運動を繰り返している。息も大分荒れて、体もズタボロだ。
「でも、だからって簡単に引き下がる訳にはいかねぇよな……お互い」
「……ああ、そうだな」
今、目の前に目当ての相手が居るのだ。隼人の言う通り、ここで易々と引き下がるという選択肢は無い。
それ以前に、相手が見逃してくれる訳も無い。だから今、双真達には戦うという選択肢しか無い。
だが、このまま戦っていては確実に勝ち目は無い。無理なのは二人とも、重々承知している。
何か、何か状況が変われば――そんな祈りを思い浮かべた、その瞬間だった。
遠方で、巨大な轟音が響いた。
その場の全員が、一斉に音の方角へ視線を走らせる。
視界に映ったのは、一筋の残光。
『――渋谷区内で行動中の隊員に告ぐ』
直後、耳に付けた無線から白銀の声が流れる。
彼は新宿の方の作戦に参加しているはず。その彼から自分達に連絡が来たという事は……そういう事だろう。
双真が予想を立てた数秒後、白銀の言葉の続きが無線に届いた。
『新宿区の奪還に成功。今し方、向こうで作戦に参加していた隊員達も渋谷区への突入を開始した。こちら側の生存者は逃亡などという愚行に移らず、戦闘行動を続行しろ。死んでも構わんが足止めぐらいはしろ。魔女を、一人残らず殲滅するぞ』
そう、増援がやって来たのだ。これで、戦況は大きくひっくり返った。
「チッ……思ったよりも早く陥落したようですね、
向こうもそれには気付いているようで、恵利花が面倒だと言わんばかりに表情を崩す。
状況が不利になった事で彼女達が取る行動は、恐らく逃亡一択。そうなれば、双真達は助かる。
が、だからといってこのまま彼女達を見逃すのは、双真も隼人も望まぬところ。一刻も早く彼女達を止めたい。その一心で、双真と隼人は素直に味方の大量増援を喜べずにいた。
それに増援の中には、白銀も居る。魔女を生かすつもりの無い彼は、恵利花の事も間違い無く殺す。それは、隼人にとっては避けたい事態でもある。
どうするべきか。自分の目的を優先するか、安全を第一に敵を見逃すか。双真、それに隼人が考えを巡らす中、敵の方がいち早く動いた。
恵利花が翼を羽ばたかせ、双真達の真上を通過して茜の近くまで移動する。
「早乙女さん、撤退しますよ。癪ですが、『白銀の狩人』を含めた増援を相手にするのは無謀です。ここは捨てて、逃げましょう」
「……あなた一人で逃げれば」
「はぁ?」
「私は双真を連れて帰るまで、ここから離れない。逃げたいなら勝手に逃げればいい」
「あなた……状況分かってるんですか? 残ったところで、殺されますよ? 『白銀の狩人』は化け物です。それに他の増援も相手にとか、勝ち目無いですよ」
「そんなの知らない。邪魔するなら誰であろうと殺すだけだから」
「あなた――」
恵利花が何かを口にしようとした寸前、巨大な炎の渦が彼女に襲い掛かった。
「ちょっ……!?」
恵利花はギリギリのところでそれを躱し、攻撃を放った茜を睨む。
「どういうつもりですか……?」
「言ったよね? 手を出したら殺すって」
静かに言いながら、茜は殺意の籠った真っ赤な眼で恵利花を睨み付ける。
「私は双真を連れて帰る。それを邪魔するんなら――誰だろうと消す!」
再び、茜が恵利花に向かって炎を飛ばす。
「この分からず屋が……!」
悪態をつきながら、恵利花は次々と襲い掛かる茜の攻撃を飛行して躱す。
突如、味方同士で始まった交戦に、双真と隼人は呆然とその光景を傍観する。
数秒後、我に返ったのか隼人が短剣を構える。
「『紅蓮』を止めないと……! 悪ぃ双真、やるぞ!」
「……!? 待て隼人! 今、茜に手を出すのはきけ――」
飛び出そうとする隼人を止めようと、双真が彼の肩に手を伸ばした――その時だった。
突然、宙を飛び交っていた恵利花の動きが、ピタリと止まる。
「ッ!? これは……ワイヤー!?」
と、恵利花が驚いたように声をこぼす。
そう、恵利花が不意に動きを止めたのは、ビルとビルの間に、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされたワイヤーに引っ掛かったからだった。
「一体いつ、何故こんな物が……!」
思わぬ事態に動揺したのか、恵利花は慌ててワイヤーから抜け出そうとする。
しかし、そんな彼女に攻撃が迫る。ただし地上の茜からでは無く――頭上から。
影が恵利花を覆う。顔を上げると、そこには人影。
「『紫眼』……!?」
影の正体は陽花。突如姿を現した彼女は苦無を構えて、宙に捕らわれた恵利花目掛けて垂直に落下する。そして――
「――終わり」
静かな一言と共に、毒の刃が振り下ろされた。