インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
――捕らえた。
自分の仕掛けた罠――戦闘中に密かに張り巡らせたワイヤーに獲物が掛かった瞬間、陽花は身を潜めていたビルの屋上からすかさず飛び降りた。
宙に投げた身は重力の流れに従って下方に落下。捕らえた獲物、黒漆の魔女に接近していく。
「『紫眼』……!?」
こちらの存在に気が付いたのか、ワイヤーに捕らえられた敵がこちらを向く。
だが、もう手遅れ。今からでは逃げられない。後は、トドメの一撃を与えるのみ。
陽花は苦無をホルダーから取り出し、構える。当然『毒素付与』の力で、刃には即効性の猛毒が巡っている。これで掠り傷程度でも与える事が出来れば、それで敵は死ぬ。
「――終わり」
確実に狙いを定め、陽花は苦無を振り下ろした。
しかし、その一撃は恵利花に届かなかった。理由は、妨害されたからだ。――突如として目の前に割って入って来た、謎の少女によって。
――誰? どこから現れた?
突然出現した謎の妨害者に、陽花は驚いたように微かに目を見開く。確実に届くはずだった攻撃が、謎の少女の持つ銃に遮られているのを理解したのは、その数秒後だった。
数刻前まで恵利花と陽花の間には誰も居なかった。でも今確かに、目の前に新たな人物が居る。まるで、最初からそこに居たかのように。
何が起こったのか、流石の陽花もすぐに理解する事が出来なかった。小さな混乱が、彼女の行動を停止させる。
しかし、それも一瞬。何がどうであれ、攻撃を防がれ、
なら、もう一度殺しに掛かるだけ。まずは目の前の彼女を排除して、その次に黒漆を殺す。
そこまで瞬時に思考を再回転させた陽花は、すぐさま空いた手で別の苦無を取り出し、目の前の彼女に狙いを定める。
だがそれよりも早く、謎の少女が一手先に動く。もう片方の手に持っていた銃を、陽花の眼前に突き付ける。
瞬間に、陽花は神経を回避に全集中させる。
引き金が引かれる直前に、素早く体を真横に傾けて、射線から外れる。
次の瞬間に、銃声が鳴り響く――が、何故か銃弾が発射されない。
――空砲? それとも何かトラブル?
そう想定した陽花だが、ふと、彼女の中の何かが警告した。
このままだと危険、と。
何が危険なのか自分でも分からない。でも、自分の中の第六感がそれを告げている。
ならばそれを信じるまでだと、陽花はすかさず上体を反らした。
刹那――彼女の鼻先を、一発の銃弾が通り過ぎた。
あのまま動かなければ、この銃弾が陽花の頭を撃ち抜いていただろう。
――危なかった……でも今ので、大体分かったかもしれない。彼女の魔法がどんなものか。
反撃に移ろうとした陽花だが、宙に浮いている状況で、現在の体勢から優位に立つのは難しいと判断。
やむなく、彼女はそのまま地上に向かって落下。着地して、改めて態勢を整える。
その間に謎の少女も同じように地上に降りる。緑色に染まったおさげ髪がふわりと揺れる。
少し遅れて、ワイヤーから抜け出した恵利花が少女の傍らに降り立つ。
「助かりました。礼を言います」
「いいえ。それにしても、今の攻撃を回避するとは……流石、『紫眼の暗殺者』と呼ばれるだけのお人ですね」
静かな声色を鳴らしながら、少女は
大人しそうな見た目だが、その眼差しからは底知れぬ何かを感じる。恐らく、かなりの実力者だろう。
チラリと、陽花は離れた場所に立つ双真と隼人に目を向ける。
二人とも見るからに疲弊している。恐らく体力は限界が近いだろう。対して、向こうは例の新手に、ほぼ無傷の二つ名持ちが二人。
――援軍が来るまで相手を抑えられるか、ちょっと微妙……無理したら返り討ちかな。
それでも、自分達の役目は相手を逃がさない事。そうすれば、白銀が彼女達を殺してくれる。
なら、無理でも無茶でもやるだけ。陽花は苦無を構える。
「向こうはやる気みたいですが、どうします?」
「付き合う義理はありません。撤退一択です。その為には……」
恵利花が如何にも面倒そうに、視線を動かす。その先には、茜。
「彼女を何とかしないといけませんね。
「ええ、分かりました」
碇と呼ばれた少女は二つ返事で頷き、茜に向き合う。
すると茜は威嚇するように彼女を睨み、炎を滾らせる。
「何? あなたも邪魔するの? 殺すわよ?」
「愛する者に対する執念……その気持ちには同感します。ですが……今は大人しくしてもらいます」
ふと、彼女の姿が消えた。
と思いきや、彼女はいつの間にか茜の背後に移動していた。
「さて、退場です」
そのまま彼女は茜の肩に触れ――直後に、茜は一瞬でその場から消え去った。
「なっ……!? お前、茜をどうしたんだ!?」
突然の出来事に動転したのか、双真が荒げた声を上げる。
「ご心配無く。ただ別の場所に移動してもらっただけです」
「……やっぱり、瞬間移動の魔法」
陽花の呟きに、少女は「ご名答」と頷く。
「瞬間移動……という事は、さっきの攻撃も……」
「放った銃弾を瞬間移動させて、別方向から襲わせたってところか……えげつないな」
「そういう事です。ですから、不用意に動かない方が身の為です。ワタシは、どこからでもアナタ達の命を狙える」
そう言って、銃を構える。
「……なら、どうしてそうしない? あたし達を殺すの、簡単でしょう?」
「こちら側にも色々と事情があるのですよ」
「その魔法には何か制限がある……とか?」
「ノーコメントで」
「碇さん。無駄話はその程度で。時間稼ぎに付き合うだけですよ」
と、恵利花が二人のやり取りを遮る。
「そうですね。では、ワタシが飛ばしますか?」
「お願いします。普通に飛び去ると、落雷に当たりそうなので」
「了解」
言いながら、恵利花の肩に手を置く。
「恵利花!」
「……今度は絶対あんたを仕留めるから」
恵利花は殺気の籠った眼で隼人を睨む。
直後、敵の瞬間移動の力により、恵利花達はその場から消え去った。
「……恵利花」
グッと拳を握り締める隼人。そんな彼に掛ける言葉が見つからないのか、双真は黙って彼を正視する。
「……こちら紫黒」
そんな二人を横目に、陽花は無線を使い白銀に連絡を取る。
「『紅蓮の魔女』、『黒漆の魔女』、他一名の逃亡を許してしまいました。申し訳ありません。……はい……はい……了解です」
通信を終えると、陽花は双真達に声を掛ける。
「残存する敵が居ないか、索敵を開始する。あなた達は勝手な行動を取らないように、あたしについて来て」
「……分かった。隼人、行こう」
「……ああ」
後ろ髪を引かれるような表情を浮かべながら、二人は陽花の後に続いた。
その後、残存する敵の存在も確認されず、作戦は無事終了。
多少の犠牲を出しはしたが、渋谷、及び新宿奪還作戦は、一応は成功という結果で幕を下ろした。
◆◆◆
作戦終了後。無事に魔女対策機関本部に戻って来た双真は、怪我の治療の為に第四医務室を訪れていた。
「……はい、一応これで終わり。最低でも一日は絶対安静……といったところかな」
手早く治療を済ませた彼の担当医、藍菜はそう言うとデスクの上にあったかりんとうを口にする。
「にしても、検査ならともかく、こういう治療は第一医務室とか、もっと大きい場所でしてもらえ。わざわざ私を働かせるな」
「重傷者が多いから、俺みたいな軽症者に使わせるスペースは無いんですよ。それに、そこまで大した治療じゃなかったでしょう」
「まあね。魔石持ちは、怪我の治りも早いからね。加護様々だ。……ところで、今回の作戦とやらはどうだった?」
摘まみ取ったかりんとうを指先でクルクルと弄びながら、藍菜は双真に問う。
「……成功ですよ、一応」
「の割には、表情が暗いな。また、魔女を手に掛けたのか?」
「それもあります、けど……」
「……例の幼馴染か」
藍菜の一言に、双真は静かに頷いた。
「今日の作戦、茜と対峙しました……けど、俺は手も足も出なかった。何も出来なかったんです」
「そうか。それは残念だったな」
「こんなんで目的を果たす事が出来るのかって……少し自信が無くなってきました。俺、どうすればいいんでしょうか?」
「そんな事、私に対して言われても困る。私はあくまでお前の担当医だ。相談役では無い」
「そうですよね……すみません。ちょっと、ネガティブになってました」
「……まあ、私から言える事があるとすれば――」
藍菜はデスクの引き出しから何かを取り出し、それを双真に投げ渡す。
渡されたのは、藍菜が今食べているのと同じかりんとうの入った袋だった。
「とにかく今は休め。休息は体にとっても、心にとっても良い栄養補給になる。ついでに甘いものでも食えば、もっと元気が出る。だからそうしておけ。深く考えるのはそれからだ。疲れた状態じゃ、良い考えも浮かばない」
「藍菜さん……すみません、気を使わせたみたいで。そうします」
「礼はいいから早く戻れ。私が休めんだろう」
「はい。じゃあ、失礼します」
頭を下げ、双真は医務室を後にした。
「……ヤレヤレ。蒼井には教えるだけでなく、教わっておくべきだったかな。人の慰め方とか……いや、私には無理か」
嘲笑をこぼし、藍菜はかりんとうを噛み砕いた。
藍菜から受け取ったかりんとうの袋を片手に廊下を進んでいると、階段近くの休憩スペースに、見覚えのある姿があった。隼人だ。
声を掛けようとした双真より先に、彼の方が口を開く。
「よお、治療は終わったのか?」
「まあな。そっちは平気か?」
「まだ節々痛むが、どうにか。立ち話もなんだし、座れよ」
そう言って、隼人は自分の隣の席を顎で指す。
「……大丈夫か?」
座りながら、双真は隼人にそう問う。
その質問の意図を察したのか、隼人は神妙な表情で答える。
「あー……正直、凹んでるかな。俺の言葉、ちっとも恵利花に届かなかったからな。……今更兄貴面しないで、か」
天井を仰ぎ見ながら、隼人はそう呟く。
「全くもってその通りだよなぁ……もっと早く、兄貴としてあいつの事を見てやれてたら、こんな事にはならなかったんだからな。……俺の言葉は、もう届かないのかねぇ……」
「…………」
「今なら、お前の気持ちが少しは分かるかもしれない。きっと魔女になってしまった人には、言葉なんて届かない。だったらいっそ……ってさ」
「隼人……」
「でも、それでも俺は諦められない。諦める訳にはいかない。どれだけ拒絶されようと、自己満足と言われても、俺は必ずあいつを止める、救う。あいつは俺の大切な家族だから。絶対、言葉を届けてみせる」
「……きっと、それが良いよ。きっと、それが正しい」
そう、それが正しい道。殺してでも止めるなんて、間違ってる。
でも自分は、そんな考えしか浮かばなかった。絶対に言葉は届かない。そうやって簡単に諦めて、逃げてしまった。自分でも不思議なくらい、あっさりと。
だから彼の強さが、羨ましい――そんな事を思いながら、双真は隼人の横顔を正視した。
「うっし! ネガティブタイムは終わりだ! また明日から頑張らねぇとな!」
「……ああ、そうだな」
「ところで、お前の持ってるそれ、なんだ?」
隼人は双真の持つ袋を指差す。
「藍菜さんに貰った。甘いもの食って、とにかく休めって」
「へぇ、あの人がねぇ……」
「……食うか?」
「お、いいね。じゃあ遠慮なく」
双真は袋を開け、かりんとうを二つ取って、一つを隼人に渡す。
そのまま二人は、かりんとうを同時に口に運ぶ。
「……凄い甘いな」
「ああ。それに凄い硬い」
「でも……なんか、余計な事考えなくて済みそうだな。食べるのに集中する」
「……そうかもな」
それからしばらく、硬い菓子を嚙み砕く音が、廊下に響いていた。