インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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第二章 黒き影の襲撃
模擬戦


 

 

 

 渋谷、新宿奪還作戦から、三日の時が経過した。

 

 作戦終了後の慌ただしさも一旦落ち着き、機関も通常運転に戻り始めた頃。作戦で負った傷もすっかり癒え、問題無く動けるようになった双真は、少しばかり鈍った体を動かす為に、剣を片手に第一訓練室に向かっていた。

 しばらくは大きな作戦は無いと連絡を受けている。本来ならばゆっくりと体を休めておくべきなのだろうが、双真はどうにもジッとしている事が出来なかった。

 

 理由は先日の作戦での事だ。

 双真はあの時、茜を相手にして、全く歯が立たなかった。彼女は本気を出していないにも関わらず、こちらは必死に食らい付くのが限界だった。

 あのような不甲斐ない結果を見せてしまった自分が、情けなくて仕方が無かった。だから少しでも力を身に付ける為に、今はひたすら自分を鍛えなくては。そんな焦りの感情が、双真を休息という選択肢から目を背けさせた。

 

 足早に自室から進む事数分、目的地である訓練室に到着。すぐに扉を開けて、中に入る。

 が、そこには既に先客が居た。一心不乱に剣を振るう、一人の少年。

 

「あいつは……紺野(こんの)、だったか?」

 

 脳の中から彼の記憶を引っ張り出した双真は、ふと呟く。

 するとその声に気が付いたのか、少年――紺野修也(しゅうや)は剣を振るう手を止め、振り返った。

 

「お前は……紫之宮双真」

 

 鋭い眼差しで、睨むように双真を見据える。

 

「覚えてたのか」

「そりゃ、有名人だからな。蒼炎の剣士様よ」

 

 どこか棘のある物言いだったが、双真は気にする素振りを見せない。それに修也は軽く舌打ちを発してから、口を開く。

 

「そっちこそ、よく俺の事なんて覚えてたな。まともに絡んだ事ねぇだろ」

「一応、同期だからな。……今じゃ、数少ない」

「……そうかよ。お前も自主訓練か? こないだ作戦があったばかりなのに、よく自主練する気が起きるな。真面目なこった」

「それを言うなら、お前もこないだの作戦に参加してたよな? 新宿の方で」

「……あんなの、参加してたとは言えねぇよ」

 

 短い紺がかった髪をぐしゃっと握り締め、表情を歪ませる。その悔やむような、そしてどこか恐れを含んだ顔に双真は首を傾げる。

 

「何があった?」

「テメェだって知ってるだろ? こないだの作戦、新宿の方には白銀が参加していた。そんであの野郎は、ほぼ一人で新宿にいる敵を殲滅した。俺達他の隊員は、何もしてないも同然だ。あいつは……化け物だ」

「……そうだな」

 

 そう、白銀誠は化け物だ。その強さも、考え方も、価値観も、全てが人間のそれでは無い。

 彼は人の皮を被った、化け物だ。そんな事、双真は……いや、この機関の人間全てが知っている。自分達は彼に都合よく扱われる、駒なのだから。

 

「だけど、俺はこのままじゃいけねぇんだ。もっと強くならないとならねぇ。あの化け物を超えるぐらいにな」

「だからこうして自主練してる訳か? ……どうして、そこまで強くあろうとする?」

「……俺は、自分の手で魔女どもをぶっ殺さないとならねぇんだよ。……復讐の為にな」

「復讐……」

 

 双真は憎しみの籠った彼のその言葉を復唱する。

 

「……何かあったのか?」

「……単純な事だよ。俺の家族が、魔女に殺された。ただそれだけだ」

 

 悲しみを含んだ目を細めながら、修也は静かに語り始めた。

 

「あの大魔女の宣戦布告の前の事だ。その日はちょっと知り合いと寄り道して、帰りが遅くなった。玄関を抜けたら、母さんの説教が飛んで来ると思ったけど、帰ってみたら家の中はシンと静まり返っていて、電気すら点いて無かった。いつもなら夕飯の匂いが漂って来るリビングからは、代わりに鉄みたいな臭いがした。おかしいと思ってリビングに向かうと、そこには家族が全員、四肢をバラバラに切り刻まれた状態で、血だまりの上に転がっていた」

 

 当時の記憶が蘇ったのか、修也の顔から血の気が引いていく。

 

「……どうして、それが魔女の仕業だと?」

「簡単だよ。居たんだよ、そこに家族をやった奴が。姿は暗くてよく見えなかったけど、奴は笑いながら言ってたんだよ」

 

 修也は小刻みに体を震わせながら、その魔女が言ったという言葉を口にした。

 

 ――良いねぇ……最高じゃんよ、魔法とかいうの!

 

「最初は意味が分かんなかったよ。その時は目の前の惨状に放心して、俺に気付かず去った奴を追い掛ける事も、呼び止める事も出来なかった。でも、それからしばらく経った頃に、例の宣戦布告があった。その時確信したよ。あいつに力を与えられた魔女が、俺の家族を殺したんだって。だから俺は決めたんだよ。その魔女に……いや、魔女そのものに復讐してやるんだって!」

 

 行き場の無い怒りをぶつけるように、修也は剣を真下に向かって振り下ろす。切っ先が床に当たり、甲高い音を鳴らす。

 

「だから、モタモタしてる暇無いんだよ。一刻も早く強くなって、復讐を果たさなきゃならねぇんだよ」

「……そうか」

「なんだ? 復讐なんて馬鹿らしいとでも思ったか?」

「いや、そんな事無いさ。……復讐だって、立派な戦う理由だ。俺は止めもしないし、馬鹿にだってしない」

 

 自分だって、人に言える立場じゃ無いからな――その言葉を、双真はなんとなく飲み込んで、声には出さなかった。

 

「そうかよ……チッ、なんでこんな事、テメェに話しちまったんだろうな。余裕が無くなってたのかね」

「悪いな、余計な事聞いて。俺は行くから、自主練を続けててくれ」

 

 別の訓練室へ向かおうとしたその時、「待て!」と、修也が双真を呼び止める。

 

「紫之宮。俺と模擬戦といこうじゃねぇか」

「模擬戦……?」

「一人じゃ退屈だし、力も思うほど付かねぇ。実戦形式の方が、効率良いと思ったんでな」

「……分かった。じゃあ、訓練用の木剣を持って来るから――」

「いらねぇよ。こいつで勝負だ」

 

 と、修也は手にした真剣を突き出す。

 

「偽物じゃ緊張感が出ねぇ。もちろん、魔法もありだ」

「……お前、知らない訳じゃ無いだろう? 魔法を用いた模擬戦には、同じく魔法の使える立会人が三名以上必要だって。でないと訓練で死人が出る危険性がある。万が一の場合、止める奴が必要だ。今は出払ってる奴が多いから、すぐ三人集めるのは難しいと思うが?」

「そんなルール、知ったこっちゃねぇ。死ななきゃ問題ねぇだろ。俺は少しでも力を付けたいんだよ。その為には手段なんか選んでられないんだよ。お前もそうじゃないのか? 『紅蓮の魔女』を殺してやるんだろ?」

 

 修也を暫し見据える双真。

 やがて双真は溜め息をつき、鞘から剣を引き抜いた。

 

「分かった。受けてやるよ、その模擬戦」

「へぇ、正直意外だな。乗って来るとは」

「……俺も、少しでも早く強くなりたいのは事実だ。だから、悪くないと思っただけだ」

「そうかい……なら、さっさと始めようか」

 

 双真は鞘を適当な場所に放り捨て、剣を構える。修也も向かい側に立ち、剣を構える。

 

 互いに様子を見定めるように、相手を静観する。向かい合う切っ先は寸分も揺れ動かずに、敵に狙いを定めている。

 短く、しかし永遠にも思えた静寂の時間を最初に打ち破ったのは――修也だった。

 

「はあぁぁあ!!」

 

 腹の底から気合の入った叫びを迸らせながら、双真に向かって迫り、剣を振り下ろす。それを迎え撃つように、双真も剣を薙ぎ払う。二人の剣が真正面から激突し、鋭い音と衝撃を散らす。数秒の競り合いの後、素早い剣撃合戦へと移行する。

 

「どうした? なんで魔法を使わねぇ? 使えば一気に優勢に立てるだろうによぉ!」

 

 風が吹き荒れるような激しい斬撃の応酬の中、修也が不敵な面構えで煽るような言葉を発する。

 

「そっちこそ、使ってないだろう」

「お前が使うのを待っててやったんだよ。まあ、そっちに使う気が無いなら、こっちから行かせてもらうぜ!」

 

 大きく剣を弾いて、修也は後方に飛び退く。

 次の瞬間、着地と同時に修也の体がぶれるように揺らめき、両隣に全く同じ姿をした彼が出現した。

 

 修也の所持する魔石の魔法は、『分身』と呼ばれ、その名の通り使用者の分身体を作り出す能力だ。そしてその分身体はそれぞれが独立して行動し、幻影などの類では無く、実体を持つ。

 つまり今、双真の前には修也が三人居るという事。三人の彼を同時に相手をしなければならないという事になる。

 

「さて、捌き切れるかな!」

 

 三人の修也が、同時に飛び出す。左右から一人ずつ。残る一人、恐らく本体が正面からそれぞれ迫る。

 双真はそれぞれに視線を走らせ、どうやって、どれから攻めて来るかを予想し、それに対する対策を頭の中で瞬時に組み上げる。

 

 本体が危険を冒すとは考えにくい。だとすれば、最初に分身を囮に仕掛けて来るはず。ならば本体に意識を裂くのは後回し。まずはあの分身体を対処する。

 双真は左右の分身に意識の矛先を向け、身構える。

 

 が、その思考を読んでいたのか、最初に攻めて来たのは正面から向かって来る本体だった。彼は分身より先んじて飛び出し、双真に斬り掛かった。

 

「何ッ……!?」

 

 読みが外れた双真は反応が遅れる。が、どうにかギリギリのところで斬撃を防ぐ。

 しかし、鍔迫り合いで身動きが取れない。そこに、左右から分身が迫る。

 

「さあ、どう対処する!?」

 

 修也はジリジリと剣を押し込みながら挑発めいた言葉を吐く。

 

「こう対処するさ……!」

 

 その問いに、双真は行動で示す。

 鍔に嵌め込まれた魔石が蒼い光を放ち、やがて蒼い炎を迸らせる。その炎は剣を起点に噴き出すように左右に広がり、修也の分身を焼き払う。蒼い炎に飲まれた分身は、跡形も無く姿を消す。

 

「チッ……それ系の魔法は本当に便利だな。だが、俺をやれてねぇぞ?」

「お前をこの炎でやったら、死んじまうからな。巻き込まないようにコントロールしてるんだよ」

「舐められたもんだな……その程度じゃ死なねぇよ! もっと全力で来いよ紫之宮ぁ!」

 

 怒気の籠った叫びと共に、修也の剣を押し込む強さが増す。

 

「あくまで模擬戦だ。無駄な怪我を負わせる必要は無い」

「ハッ、自分の方が実力は上ですって感じの物言いだな。流石、魔女に危険視されるお方は違うねぇ。……本当に舐めんなよ。俺だって、劣ってなんかいねぇんだよ!」

 

 絶叫の直後、双真の背後に新たな修也の分身が現れ出て、そのまま双真に向かって剣を振り下ろす。

 

「……!? しまっ――」

 

 間に合わない。刃が双真の頭部を斬り裂くと思われた寸前、突如修也の分身が姿を消す。

 

「なんっ……!?」

 

 一体どうしてといった風に、修也は目を見開く。

 

「――全く、最近の若者は元気だねぇ。でも、ちょいと元気が過ぎるんじゃないかねぇ」

 

 分身の居た場所からひょうきんながら、渋みのある声が双真達の耳に届く。遅れて双真達の視界に、声の主が映り込む。

 双真より頭一つ分程度大きい体躯を持ち、魔女対策機関の隊服であるジャケットに袖を通さず、肩に羽織った濃い目の容姿の男性。温厚そうではあるが、全てを屈服させてしまうような力強い眼差しに、二人は思わず息を呑む。

 

「……どうしてここに? 陰虎(かげとら)さん」

 

 緊張状態から脱した双真が、男性に問う。

 

「いや何、ちょいと近くを通り掛かったのよ。そしたらドンパチする若者の姿が見えたもんでね」

 

 双真に陰虎と呼ばれた男性は、短い黒髪を掻きながら言う。

 

「お前らだって分かってるだろ、機関のルールは。それを破るのは良くないと思うぜ?」

「それは……」

「それにそっちの小僧」

 

 と、修也を指差す。

 

「今の、完全に殺しに行ってただろう? 俺が止めに入らなかったら、マジで危なかったぜ」

「……すみません。頭に血が昇って、つい」

「……まあ、今回は何事も無かったし、不問って事にしといてやる。今後こういう真似はするなよな?」

「……はい」

 

 修也は剣を引き、鞘に納める。そのまま部屋の外に向かい歩き出す。

 

「興が冷めた」

 

 そう言い残し、修也は訓練室から立ち去った。

 

「ふぅーむ……最近の若者は、よく分からんねぇ。ま、大事にならなくて何よりだ」

「その……すみません、陰虎さん。手を煩わせてしまって」

「良いって事よ。弟子の不始末に対応するのも、師匠の役目ってもんだ」

 

 そう言って、彼はおおらかに笑ってみせた。

 

 彼の名は竜胆(りんどう)陰虎。魔女対策機関の戦闘員の一人で、元は剣術の達人として名を馳せており、その実力を買われて機関にスカウトされたという経歴の持ち主だ。双真が訓練生の時代に、彼に剣の扱いを教えた、言ってしまえば双真の師匠的存在である。

 

「しかし双真。お前は不用意にルールを破る奴じゃ無ぇと思ってたんだがな。もしも俺以外の奴に見つかってたら、どうなってたか分からねぇぞ?」

「そう、ですね……俺も少し、焦ってたのかもしれません」

「ふーん……まあ、今度は気を付けろって事で、終わりにしとこうか」

 

 ポンポンと双真の頭を叩き、陰虎は愉快な笑い声を上げる。

 

「相変わらず適当ですね」

「年取ると、そうなってくもんなんだよ。その方が楽だぞ?」

「まだ三十にもなって無いでしょう、陰虎さん」

「二十後半からはもうオッサンよ。っと、そうだ。一つ聞いときたいんだが」

 

 そこで言葉を切り、陰虎は参ったという風に表情を変える。

 

「ウチの嫁さん知らないか? さっきから探してんだが、見当たらなくてな」

京香(きょうか)さんですか? 知らないですけど……」

「そうかい……連絡も繋がらないし、困ったもんだよ。まあ、見掛けたら俺が探してたって言っといてくれ」

 

 双真は頷く。陰虎は「頼んだぜ」と手を振り、訓練室を後にした。

 

「……俺も出るか」

 

 なんだか、自主練という気分では無くなってしまった双真は、陰虎の後に続いて、訓練室を去った。

 

 

 

 

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