インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
訓練室を後にした双真は、剣を自室に置いてから、本部内の探索を開始した。
目的は陰虎の頼まれ事の為。特に予定も無かったので、双真は彼の探し人を求めて、本部内を適当にぶらついた。
その探索開始から約十分。無機質な廊下を進む最中、正面に緋色のポニーテールを揺らしながら歩く少女の姿が見えた。
「あれは……
双真は、歩み寄りながら彼女に声を掛ける。
その声に少女――緋衣
「紫之宮……何か用? 言っとくけど、世間話ならお断りだから。そういうの、好きじゃないし」
「分かってるよ。ちゃんと目的があって声を掛けたんだよ」
「そっ。なら、早く要件を言ってくれる?」
突き放すような厳しい口調と共に、不機嫌そうな眼差しで双真を睨む。
京子と双真は、一応同時期にこの機関に入った同期と言える相手だ。だが、彼女はあまり他人との交友を好まず、言ってしまえば人付き合いが悪い。双真にとっても作戦で一言、二言会話をする程度の相手だ。なので、あまり気さくに話し合える間柄では無い。
少し話し辛いし、手っ取り早く要件を済ませようと、双真は本題を早速京子にぶつけた。
「京香さん、どこに居るか分かるか? お前なら知ってると思って、声を掛けた」
そう言うと、京子の眉がピクリと動く。
「姉さんに何か用……?」
暫しの沈黙の後、彼女は腕を組んで警戒するような口調で言った。
そう、陰虎が探している彼の妻京香は、京子の実の姉。だから彼女なら居場所を知っているのではと思い、双真は声を掛けた。
が、そうした結果、彼女の態度は一気に警戒モードへと移行し、まるで刃物で刺すような眼差しで睨まれるという事態になってしまった。
そういえば、京子は姉の事をとても親愛していて、あまり他人が、特に男性が彼女に近寄るのをあまり好まないんだった――その事を今になって思い出した双真は、慌てて弁解の言葉を口にする。
「そう警戒しなくて良いって。実は、陰虎さんが京香さんを探してたんだよ。連絡も繋がらないみたいだから、俺も探すのを手伝っていたっていうか……」
「陰虎さんが……? ……そう。分かった」
納得したのか、京子は警戒を解き、そのまま双真に背を向ける。
「姉さんにはこっちで伝えておく。わざわざどうも」
「伝えておくって……京香さんの居場所、知ってるのか?」
「心当たりはある。連絡も繋がらないってなると、あそこだろうし。じゃ、そういう事だから」
京子は右手を軽く振って、その場から去ろうとする。
「……緋衣、俺も一緒に行っても良いか?」
が、不意に双真がそう口を開く。それに京子は足を止めて、振り返る。
「何? やっぱり姉さんに用があるの?」
「用っていうか、少し話したい事があるっていうか……」
「煮え切らないわね……まあ、勝手にすれば」
「良いのか?」
「私が拒否する権利無いでしょ。気に食わないところはあるけど、あんたは別に変な事考えてる訳じゃ無さそうだしね。ほら、さっさと行くわよ」
言いながら、京子は歩き出す。双真も慌てて、その後を追う。
京子の後に続いてやって来たのは、機関の地下訓練室。魔石との適合試験の際にも使った、普段はあまり使用しない場所だ。
「ここに、京香さんが居るのか?」
「姉さん、よくここに籠ってるから。一人で特訓する時、集中出来て良いんだって。ここは電波悪いし、電話も繋がらないから、可能性は高い」
「なるほど……」
扉を抜けて、中に入る二人。
すると早速、円形状の部屋の中心に、女性が一人立っているのが目に入った。
腰の辺りまで伸びた、京子と同じ緋色の流麗な髪に、モデルのようなスラリとした体型、凛とした顔立ちといった文句無しに美人と現すに相応しい、二十代半ば程度の女性。
彼女の左手には鞘に収まった日本刀、空いた右手がその柄をしっかりと握り締めている。そして女性の周囲には、試し斬りで用いる
すぅー、と女性が目を閉じて大きく深呼吸を一回。腰を下ろして、刀に触れる手に力を込める。
次の瞬間――彼女の右手が素早く刀を引き抜き、無数の軌跡を周囲に描いた。
数秒後、まるで遅れて斬られた事に気が付いたかのように、巻藁が次々と地面にボトボトと音を立てて落ちる。
「…………ふぅー……」
すべての巻藁が斬れ落ちると、女性は息を吐いて、刀を鞘にしまう。
「お見事な居合ですね、京香さん」
それを最後まで見届けると、双真は賛辞の言葉と拍手を送る。その声に、女性は首を回す。
「あら、紫之宮君……に、京子も。なんだ、二人ともいつの間に?」
二人を見つけると、今までの集中しきったものから一転、穏やかで優しい表情を彼女は浮かべた。
彼女こそ陰虎の妻にして京子の実の姉である、竜胆京香。双真達の探していたその人である。
「少し前から。邪魔しちゃ悪いと思って、黙って見てました」
「あらそうなの? 全然気が付かなかったわ。ごめんなさいね」
「いえ。にしても、本当に見事ですね。流石、陰虎さんと同じく、剣術の達人として機関にスカウトされただけありますね」
「褒めても何も出ないわよぉ? ま、私なんてまだまだよ。
どことなく嬉しそうに言いながら、京香は刀を腰に差す。
「で、二人は一体どうしてここに? なんだか二人が一緒に居るのって珍しいわよね? 仲良く特訓でもしに来たの?」
「違う。陰虎さんが姉さんを探してるって聞いたから、それを伝えに来たの。それを私に教えてくれたのがこいつなの。で、姉さんに話があるからって着いて来ただけ」
「あの人が? 何の用かしら……で、紫之宮君の話って?」
「あ、それは……俺の用は後で構わないんで、先に陰虎さんの話を聞いてあげて下さい。俺の用はちょっと、長くなりそうですし」
「そう? じゃあ、そうさせてもらおうかしら。ならまずは……上に上がって電話しないとね」
片付けるからちょっと待っててと、京香は巻藁の回収を始める。
それからしばらく経ってから、三人は地下から移動。電波の届く場所に移動してから、京香は陰虎に電話を掛ける。
「あ、もしもしあなた? ごめんなさいね、ちょっと地下に籠ってて。で、探してたみたいだけど、何か用? ……え? あれ、今日だったっけ? あー、最近忙しかったから、つい頭から抜けちゃってたわ。ああ、ごめんごめん。今すぐ合流するから、先行ってて! ……うん、分かった。じゃーね」
そこで会話が終わったようで、京香はスマホを耳から離す。
「で、陰虎さんの用ってなんだったの?」
「いやー、実は今日、月に一回家族で集まってご飯食べる日だって事、すっかり忘れててさ。あの人呆れてたわ」
「家族、ですか?」
「ええ。私と、旦那と、子供の三人でね」
「ああ、そういえば京香さん達、お子さんが居るんでしたっけ」
「そ。今年で四歳になる、可愛い可愛い愛娘!」
満面の笑みを浮かべながら、京香はスマホの画面を見せる。その待ち受け画面には、彼女の言う娘の写真が映し出されていた。
「へぇ、可愛いですね」
「でしょー? とっても人懐っこい子でねー、会う度にママーって抱き付いて来るのよー。もー、それが可愛くって!」
「はぁ……姉さん、親バカ出てる」
「良いじゃない! 滅多に会えないんだから、親バカさせてほしいわ!」
「滅多に……そっか、娘さんは……」
双真の呟きに、京香は少し物悲しそうに目を細める。
「そ。知っての通り、機関の人間以外は、魔女との戦いに巻き込まれないように、二十三区外の避難区域に住んでる。娘もその一角に逃がしてる。普段は雇った家政婦さんに世話を頼んでるの。もっと会いたいんだけど、こっちも忙しい身だから」
「京香さん……それに陰虎さんも、機関の主戦力ですからね」
「まあね。だから月に一度、暇を作って家族で集まって団らんを満喫してるの。そんな大事な日を忘れちゃうなんて、駄目ねー」
「……姉さん、少しは休んだ方が良いよ。昨日だって、遅くまで任務だったんでしょ?」
と、京子が心配そうに口元を歪める。
「心配してくれてありがとう。でも、これぐらいでへこたれてられないから。私は大丈夫よ」
「……それでも、やっぱり姉さんにはもっと家族の時間を大切にしてほしい」
俯き、京子は拳を震わせながら言葉を続ける。
「姉さんには大切な家庭がある。なのにこんな、いつ死ぬかも分からない戦いに参加して、家族の時間を削ってる。私はそれが嫌なの。姉さんには自分の家庭を大事にしてほしい。戦いから身を引いて、家族の為に時間を使ってほしい。だから、私は戦ってる。姉さんが安心して家族の時間を過ごせるようになる為に、私は魔女と戦う事を決めたの! だから――」
「京子」
熱を増していく京子の言葉を遮り、京香は彼女を優しく抱き締める。
「ありがとう、私の事を考えてくれて。お姉ちゃん嬉しいわ。でもね、それは出来ないの。あなたが私の為に戦ってくれているように、私も家族の為に戦ってるの。大切な家族を守る為に、ね」
「で、でも……」
「そしてその家族には、当然あなたも入ってる。だから、あなただけに無茶させる訳にはいかないの。だからそのセリフは、むしろこっちのセリフ。あなたには、戦ってほしくない」
「……ッ! ……それ、でも……」
京香の抱擁から抜け出し、京子は背を向ける。
「それでも私は、やっぱり姉さんは戦うべきじゃないと思ってる。だから私は、この戦いを終らせる為に戦う。それだけは……譲れないから」
そう力強い言葉を残して、京子は逃げるようにその場から立ち去った。
「……頑固な子ね。誰に似たんだか」
「家族思いな奴なんですね、緋衣は」
「姉としては嬉しいような、心配なような……複雑な気持ちだわ。ごめんなさいね、家族喧嘩みたいなとこ見せちゃって」
「いえ。それより、早く行ってやって下さい。陰虎さんに娘さんも、京香さんの事待ってますよ」
「それもそうね。って、そう言えば紫之宮君、話があったんだっけ?」
その言葉に、双真は首を横に振る。
「いや、急ぎの用事でも無いんで、また今度の機会で良いですよ。今はお子さんの為に、急いであげて下さい」
「そう? 悪いわね。明日にでも時間を作るわ。じゃあ、またね」
「ええ、また」
京香は早足でその場を去る。双真はその姿が見えなくなるまで、彼女を見送る。
「さて……予定が丸っきり無くなったな……」
今から特訓って気分でも無いし……今日はもう休むか。
そう決めた双真は、自室に向かって歩みを進めた。