インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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稽古

 

 

 

 

 

「ああ、紫之宮君ここに居たのね」

 

 翌日。双真が食堂で昼食を食べていると、どこからかやって来た京香が声を掛けてきた。

 その声に双真は口に運び掛けた生姜焼きを一旦皿の上に戻し、彼女に目線を移した。

 

「京香さん、もう戻ってたんですね」

「今さっきね。ああ、食事の邪魔してごめんなさい。続きをどーぞ」

 

 そう言いながら京香は双真の正面に座り、彼の食事が終わるのを待つように頬杖をつく。

 

「……あんまりジッと見られてると、食べづらいです」

「ああ、ごめんごめん。美味しそうだったからつい。今日って生姜焼き定食の日だったんだー。私も食べたかったなー」

「……いりますか?」

「流石に年下の食事を奪い取るような真似は出来ないわよ。そこまで大人げなく無いわ」

 

 言いながらも、京香の視線はチラチラと生姜焼きに向いている。

 流石にこの状況で自らの口に生姜焼きを運ぶ勇気が持てなかった双真は、箸を置いて彼女に適当な話題を振った。

 

「そういえば、昨日はどうでしたか? 家族の時間、満喫出来ましたか?」

「お陰様で。旦那と娘と私、三人でゆっくり出来たわ。もう元気百倍よ」

「それは何よりです。ところで、そんな家族団らんの時から帰って来て早々、俺の所に来た理由は何ですか?」

「ああ、そうだったそうだった。本題はそれよ」

 

 京香は思い出したように言いながら、頬杖を解いて姿勢を正す。

 

「紫之宮君、昨日は私に話が合って来たんでしょう? 時間が出来たから、改めて聞きに来たのよ」

「覚えてたんですか?」

「あら、失礼しちゃう。昨日交わした約束ぐらい覚えてるわよ。それで? 私に話って、何かしら?」

 

 京香が少し前のめり気味に双真を見据える。双真はその目を見返しながら、数秒ほど頭の中で言葉を選んでから発言した。

 

「実は……時間がある時で良いので、俺に稽古をつけてほしいんです」

 

 その言葉に、京香は驚いたように目を丸くする。

 

「稽古……それはまた、どうして私に? 旦那の稽古じゃ物足りなくなったとか?」

「いや、そういう事では無くて……」

「じゃあどうして? 旦那の教え方は決して悪くない……むしろ、私なんかより全然優秀な指導者だと思うわ。そして紫之宮君も、その教えを良く吸収してる」

「それはその通りかもしれませんけど……それだけじゃ足りないんです。俺はもっと強くならないといけないんです。だから、出来れば多くの人の技術を盗んで、自分の糧にしたい。だから……」

「だから私に稽古を頼んだと」

 

 双真の言葉を継ぐように、京香は呟く。

 

「はい。京香さんと陰虎さんの剣は似てるけど、違うところもある。だから京香さんから稽古を受ける意味も、あると思って」

「なるほどねぇ……急にそんな事を思い立ったのは、先日の作戦が原因かしら?」

「……俺は、あの時自分の無力さを痛感しました。今のままじゃ駄目だって。だから、お願いします!」

 

 声を張り、頭を下げる双真。彼のその姿を見つめながら、京香は腕を組む。

 

「…………分かった。稽古、つけてあげるわ」

「良いんですか?」

「ええ。断る理由も無いしね。後輩の育成も、大事な仕事だから」

 

 微笑み、京香は席を立つ。

 

「それじゃあこの後、早速やりましょうか。大丈夫?」

「あ、はい! ありがとうございます」

「構わないわよ。じゃあお昼を食べ終わったら、訓練用の木剣を持って第一訓練室に来てね。待ってるから」

 

 軽く手を振り、京香はその場を立ち去る。

 

 自分も早く準備をしなくてはと、双真は急いで生姜焼き定食を平らげ、食堂を後にした。

 

 

 それから数十分後。双真は言われた通りに、第一訓練室を訪れた。

 中に入ると、そこにはすでに京香が居り、訓練用の木剣で素振りをしていた。とても綺麗でぶれの無い太刀筋に、双真はつい見惚れてしまい、その場に立ち尽くす。

 

「ん? ああ、来てたのね。声掛けてくれれば良かったのに」

 

 双真に気付いた京香は素振りを中断して、彼の方に歩み寄る。

 

「す、すみません。つい見入っちゃって」

「あら、嬉しい事言ってくれるわね。でも、この後の稽古ではそうならないように。さて……紫之宮君、早速だけど始めて良いかしら?」

「あ、はい。いつでも」

「よろしい。それじゃあ……最初は、軽く手合わせと行きましょう。今のあなたがどれだけやれるか、見せてもらうわよ」

「……分かりました」

 

 双真は緊張した面持ちで返事をする。

 

「じゃあ、構えて」

 

 満足したように微笑み、京香は剣を構える。

 剣道のように、両手で持った木剣を前方に向けて構える。切っ先は寸分たりとも揺るがず、一片の隙も無い立ち姿。向かい合っただけで伝わって来る、圧倒的な威圧感。これが、強者というものなのかと、双真は思わず息を呑む。

 

「そちらからどうぞ」

「……行きます」

 

 双真は剣を下段に構え、一気に走り出す。一方京香は動く気配を見せずに、ジッと双真を待ち構える。

 恐らくどこからどう打っても、初撃は確実に防がれる。ならば……次に繋げる一撃を仕掛ける――接近の合間に瞬時に判断した双真は、早速行動に移る。

 

 双真の選んだ一手は、真下からの斬り上げ。勢いに乗せたこの一撃なら、防がれても躱されても相手の体勢を崩せる可能性が高い。少しでも隙が出来れば、好機があると判断しての選択だ。

 残り数メートルというところまで迫ったところで、双真は一気に敵の懐に潜り込むように加速。そのまま剣を真上に目掛けて斬り上げる。

 

 

 ――が、彼の剣は数十センチほど上昇したところ、まだ勢いが乗らない段階で、いつの間にか伸びていた京香の剣に受け止められてしまった。

 

「なっ……!?」

 

 当然、途中で止められたその攻撃は威力不足。京香は微動だにせず、双真を見下ろしている。

 完全に出鼻を挫かれた双真は、慌てて飛び退く。京香は追撃しようとせず、また剣を構え直す。

 

「今度こそ……!」

 

 改めて、双真は攻撃を仕掛ける。

 しかし、次の攻撃も、その次の攻撃も、繰り出した出始めのタイミングで妨害され、双真の攻撃は不完全の状態のまま防がれ続けてしまう。

 

「クソ……!」

「それじゃあ駄目よ。太刀筋が正直すぎる。もっと相手を翻弄するように意識して。そしてもっと素早く、鋭く」

 

 アドバイスを送りながら、京香は双真の攻撃を的確に潰し続ける。

 

「やってるつもりですよ!」

「じゃあまだまだね。なら、お手本を見せてあげるわ――!」

 

 双真の攻撃を大きく弾き、少し下がる。

 刹那――京香が攻撃に転ずる。彼女の右手から放たれた一閃が、双真に迫る。

 

 ――太刀筋が見えない!

 

 懸命に防ごうと木剣を動かすが、京香の一撃は双真の防御をすり抜け、彼の脇腹を捉えた。

 

「ッ……!」

 

 鈍痛が走り、双真は顔をしかめてその場に膝を突く。

 

「これぐらい出来ないと、『紅蓮の魔女』に勝つだなんて、夢物語よ」

「はぁ……はぁ……意外とスパルタなんですね、京香さん……」

「稽古を申し出たの、後悔した?」

「いえ……むしろ、良かったって思いますよ」

「よろしい。じゃあ、まだまだ行くわよ!」

 

 はい! と、大声で返しながら、双真は再び剣を振るった。

 

 

 それから約一時間、二人の手合わせは続いた。結局、双真は一撃も京香に浴びせる事は出来なかった。

 

「まあ、まずまずってところかしら。大分良いじゃない」

「はぁ……はぁ……でも、全然京香さんには敵わなかったです……」

「まだ年下に負ける訳にはいかないわ。私にだって、大人としての意地があるの」

「だからって、少しは加減してくれても……」

「加減なんかしてたら、良い稽古は出来ないわ」

 

 京香が地べたに座る双真に手を伸ばす。

 

「それでどう? 私の技、奪えそう?」

 

 その手を取りながら、双真は答える。

 

「正直、難しいです……今思うと、陰虎さんは大分レベルを下げて指導してくれてたんですね」

「まあ、本気のあの人の技は、普通の人が真似出来るものじゃないから。私だって無理よ」

「そんなにですか……」

「でも、紫之宮君なら近いレベルまで辿り着けるはずよ。それに実戦では、あなたには魔法がある。そっちの方面は管轄外だから何とも言えないけど、きっとまだまだ伸びるわ、紫之宮君は」

「そう、でしょうか……」

「一つ、アドバイスを送ってあげる」

 

 京香がピッと、人差し指を立たせる。

 

「強くなりたいなら、自分に自信を持ちなさい。意外と効くのよ、自己暗示。その逆もしかり。自信が無いと、上手く行かなくなるわ。だから自信持ちなさい。強くなる為に、目的を果たす為に」

「……はい。ありがとうございます、京香さん」

「よろしい。さて……この後はどうする? まだもう少し付き合えるけど、まだやる?」

 

 双真がその問い掛けに返事をしようとした、寸前。

 

「――おお、見つけた見つけた」

 

 訓練室の扉が開き、誰かが入って来る。

 

「あら、あなた」

 

 来訪者は陰虎だった。彼は双真達を不思議そうに見回す。

 

「おお、二人が一緒とは珍しいな。こんな若いのと逢い引きとは、泣いちゃうぜ」

「そんなんじゃ無いわよ。で、何か用?」

「ああ、今回用があるのは双真の方になんだわ」

「俺ですか?」

 

 頷き、陰虎は話を続ける。

 

「実はだな、前回の作戦で手に入った魔石との適合試験を、明後日に行う事になってな。その立会人としてお前が選ばれたんで、知らせに来た」

「立会人、ですか」

 

 魔石との適合試験には、魔石持ち同士の模擬戦同様、万が一の事態を想定して魔石を所持している立会人が三人以上付く事となっている。メンバーは適合試験の度に変わり、双真も幾度か経験がある。

 

「ああ。今回はお前と桜庭のお嬢ちゃん。あとは黄昏のお嬢ちゃんだ」

「そうですか……前回の作戦っていうと」

「新宿、渋谷支部奪還作戦だな。結構な数の魔石が取れたらしいからな」

「そう、ですね……」

 

 その中には、もちろん双真が殺した魔女から摘出した魔石も含まれているだろう。そう考えると、少し気持ちが沈んだ。

 

「それで悪いんだが、残りの二人にこの事を伝えてくれねぇか? 実はまだ別の仕事があってな……すぐに移動しなきゃなんだわ」

「あら、そうなの? あなた、今日はゆっくり出来るんじゃなかったの?」

「そうだったんだが、急な仕事が入ってな。全く、昨日取り戻した疲れが一気に戻って来た気分だよ。つー事で、よろしく頼むわ」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる陰虎に、双真は分かりましたと、二つ返事を返す。それを受けて、陰虎は礼を言いながら訓練室を後にした。

 

「京香さん、そういう事なので……」

「ええ。今日の稽古はここまでね。また時間が空いたら付き合ってあげるからね」

「ありがとうございます。じゃあ、ここで」

 

 適当に挨拶を交わして、双真も訓練室を立ち去った。

 

 

 

 

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