インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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暴走する愛情

 

 放課後――久し振りの授業を乗り越えた双真は、下駄箱には向かわずに、茜のクラスである隣の教室を訪れていた。

 下校ついでに昼休みの事を話し合って、何があったか聞こう。そしてもし自分サイドが悪かったんだとしたら、しっかりと謝ろう――心に決めながら、双真は教室の扉を開いた。

 教室の中には帰り支度をする者、机に群がり友人と駄弁る者、授業が終わった事に気付いていないのか机に突っ伏す者と、多くの生徒がまだ残っていた。

 

「茜の奴、居ないな……」

 

 だが、その中に茜の姿は無かった。

 先に帰ってしまったのだろうかとも考えたが、それは少々考えにくい。朝にアパートの前で待っているように、茜は放課後も双真の事を、教室の外で待っている事が多い。双真のクラスが先に授業を終えた時や、急ぎの用事がある時は例外だが。

 だが今日は彼女のクラスの方が先に授業を終えているのは、隣のクラスだから分かっている。ならば何か急ぎの用事があったのだろうか。

 

 ――とりあえず、下駄箱の方へ行ってみるか。

 

 今ならまだ追い付けるかもしれない。双真は早速一階の下駄箱に向かおうとした――矢先。

 

「あなた、隣のクラスの紫之宮君よね?」

 

 と、教室の中に居た真面目そうなメガネの女生徒に声を掛けられる。双真は前に出そうとしていた右足をピタリと止めて、彼女の方へ向き直った。

 数秒ほどで、彼女がこのクラスの委員長である事を朧気ながらも思い出し、双真は彼女に自分を呼び止めた理由を問う。

 

「何か用ですか?」

「いや、大した用じゃ無いんだけど……あなた、早乙女さん知らない?」

「茜……? 茜がどうかしたんですか?」

「いや、実は彼女、午後の授業から姿が見当たらなくてね」

「え……?」

 

 思ってもいなかった言葉に、双真は思わず言葉を詰まらせる。

 

「見当たらないって……どうして?」

「さあ? ただ彼女、サボるような人じゃ無いし、ちょっと心配でさ。幼馴染の君なら何か知ってるかなって」

「……いや、俺も何も聞いてないです」

「そっか……話はそれだけ。呼び止めてゴメンね」

「…………」

 

 茜が午後の授業に出なかった。今までに一度たりとも無かった事態に、双真は軽く動揺する。

 先ほど彼女が口にしていた通り、茜は授業をサボるような不真面目な生徒では無い。どちらかといえば成績優秀、スポーツも万能な優等生だ。

 そんな彼女が授業をサボるなんて、絶対に有り得ない。もし体調が悪くて早退したというのなら、少なくとも担任の教師には伝えているだろう。ならばクラス委員長という立場の彼女が知らないのは少し考えにくい。

 だとしたら、彼女が誰にも告げずに授業をサボった理由があるはず。無言で授業をサボるほどの何かが、彼女の身にあったとしか考えられない。

 

「……もしかしたら」

 

 もしかしたら、先の昼休みの出来事が関わっているのではないか。そんな考えが、双真の頭に浮かび上がった。だとしたら、原因は自分にあるのではないか、という不安も同時に襲い掛かった。

 

「……探さないと」

 

 そうだとしたら、このまま放っておく訳にはいかない。自分に責任があるというのなら、しっかり話さなければ。

 双真はポケットからスマホを取り出して、茜の携帯に電話を掛けながら、部活や下校の為に歩く生徒達の間をすり抜けながら廊下を走り、一気に階段を下る。

 

『お掛けになった電話番号は、現在電源が切れているか、電波の届かない場所に――』

 

 下駄箱に到着すると同時に、スマホから淡々とした女性の声が流れる。

 

「なんで繋がらないんだよ……!」

 

 少しイラついた声で呟きながら、双真はスマホを乱暴にポケットにねじ込む。靴に履き替え、外に飛び出す――前に、茜の下駄箱を確認する。

 下駄箱には靴では無く、上履きが残っていた。少なくとも校舎内に居ないという事を確認してから、双真は今度こそ外に飛び出す。

 

 ――考えろ……こういう時、茜はどこに居る?

 

 これまでの、幼なじみとして共に過ごしてきた記憶を呼び起こす。

 彼女は落ち込んだり、傷付いた時は、一人になりたがる事が多かった。もし今回も彼女が落ち込んだりしているのなら、一人になれるような、人目に付かない場所に居るかもしれない。

 そこまで予想を立てて、双真は校内の人目の付かなそうな場所を目指して走り出す。

 

 まず双真が訪れたのは、体育館の裏手だ。ここは木々に囲まれていて薄暗くて、あまり人目に付かない。身を隠すとしたら、ここを選ぶのが一番定石だろう。

 だが、残念ながら茜の姿は見当たらなかった。

 

「はぁ……ここじゃなかったか……」

 

 当てが外れた事と、全速力で走り続けた疲れが同時に心身に襲い掛かり、双真は息を荒らしながら腰を折り曲げる。

 ここ以外に人目に付かない場所といえば、校舎裏だろうか? あそこも人目に付きにくい場所だし、可能性はあるかもしれない――呼吸を整えながら、双真は冷静に思考を回す。

 だんだんと呼吸が落ち着き始め、校舎裏へ向かおうと姿勢を正した、その時。双真はある物を見つけた。

 それは地面に転がる、プラスチックの残骸に、泥が混ざっていてよく分からないが、食べ物と思われる何か。そしてその周りを埋め尽くす、大量な蟻の死骸。まるで何度も踏み潰されたような無残なそれを、双真は怪訝な顔をしながら見つめる。

 

「……これ、茜の……?」

 

 しばらくそれの観察を続けていると、双真は散らばるプラスチックの残骸が、茜が普段から使っている弁当箱のそれにどことなく似ている事に気付く。

 しかしどうして、そんな物がここに……しかもこんな粉々な状態であるのか分からず、双真は頭を抱える。

 

「……いや、そんな事考えてる暇は無い」

 

 理由がどうあれ、これは異常な事だ。茜の身に何かがあったとしか思えない。ならば、こんなところで無駄に考え込んでいる暇は無い。

 弁当箱の事について一旦考えるのを止め、次なる目的地に決めた校舎裏を目指して走った。

 

 

 数分も掛からず、双真は校舎裏に辿り着く。しかし、そこにも茜の姿は無かった。

 

「ここにも居ないか……」

 

 冬だというのに額から垂れる汗を拭いながら、双真は辺りを見回す。だがやはり茜の姿は見当たらないし、茜が居た痕跡も残っていない。

 

 もう学校からは出てしまっているのだろうか……双真は次にどこを探すべきか見当を付けながら、今度は彼女の家に電話を掛けてみようと、スマホを取り出す。

 

「あれ……? 紫之宮君?」

 

 が、電話を掛けようとした直前に、女性の声が双真を呼んだ。それに双真は手を止めて、声の方へ向き直る。

 

「君は……」

 

 そこに居たのは、昼休みに双真を昼食に誘った女生徒だった。彼女は不思議そうな顔で双真に近寄りながらも、どこか嬉しそうな弾んだ声を出す。

 

「ど、どうしたの? こんな所で……何か探し物?」

「いや、その……」

 

 茜の姿が午後から見当たらないと聞いたから、探している――その言葉を彼女には伝えづらいと感じ、双真は思わず言葉を詰まらせ、視線を逸らす。

 それから何を話せばいいか分からず、口を噤む。相手の方も、少し気まずそうに視線を逸らしてモジモジと体を動かすだけで、口を開こうとはしない。

 

 居たたまれない空気が流れ、時間だけが刻一刻と過ぎ去っていく中、女生徒が申し訳なさそうに喋り出した。

 

「ご、ごめん、用も無いのに話し掛けて……邪魔しちゃったかな?」

「……いや、そんな事無いよ。……ごめん、その……急いでるんだ、俺」

「あ、うん……呼び止めちゃってごめんなさい……」

「うん……ごめん」

 

 たどたどしい会話に、さらに二人の間の空気がぎこちないものになる。

 流石にこれ以上は罪悪感で心が保たないし、彼女にも悪い。双真は心の中で謝罪しながら、茜の捜索を再開するために、彼女に背を向けた。

 

「じゃあ、これで……」

「……あの、紫之宮君!」

 

 不意に、女生徒が今までの大人しい声とは打って変わった大声を出した。

 

「今日、迷惑掛けちゃったのは分かってるけどさ……もしよかったら、またお昼、一緒に食べてくれる?」

「え……?」

「わ、私、紫之宮君とはもっと仲良くなりたいっていうか、その……お、お願い!」

「…………」

 

 顔を真っ赤にしながら、潤んだ瞳で双真を真っ直ぐと見ながら、彼女は叫んだ。双真はそんな彼女の瞳を見返しながら、黙って立ち尽くした。

 今の言葉から、双真は彼女の好意をひしひしと感じた。だが、それに返す言葉を双真は持ち合わせていなかった。

 いや、答え自体はもう決まっている。イエスかノーかといえば、答えはノーだ。だが、それをどうやって、どんな言葉で彼女に伝えればいいかが、双真には分からなかった。

 

「…………」

 

 彼女の言葉にどんな言葉を返せばいいか答えが見つからずに、双真は黙ったまま俯いた。

 

「――何してるの?」

 

 そんな時、不意に静かで冷ややかな声が、双真の耳に届いた。その声に双真は大きく目を見開いた。

 ゆらゆらと、少し不気味な足取りでこちらに近付く、一つの人影。顔は長い髪で隠れてよく見えない。だが、それは間違えなく、茜だった。

 

「あ、茜……!?」

 

 どうして急に姿を現したのか、それにどこか様子がおかしい事に少し疑問を覚えたが、ひとまず無事だった事に双真はホッと一安心する。

 が、茜が行方不明になっていた事を知らない女生徒は、いまいち状況を飲み込めていないようで、困惑したような表情をしていた。

 

「あ、えっと……悪い、後でちゃんと説明するから」

 

 その様子に気が付き、双真は彼女にそう言う。女生徒は一瞬、複雑そうな顔をしたが、「分かった」と優しい笑顔を作りながら頷く。

 彼女の気遣いに感謝し、同時に申し訳なくも思いながら、双真は茜に声を掛けた。

 

「茜、お前一体どこで何して――」

「あなた」

 

 しかし、茜は双真の言葉を遮るようにそう言いながら、女生徒を指差した。

 

「どうして、双真と一緒に居るの?」

「えっ、どうしてって……」

「どうして、こんな人気が無い所で、二人っ切りで双真と居るの?」

「そ、それは、偶然、会って……」

 

 いきなりな茜の質問に、彼女はうろたえたように目線を泳がせる。その反応を見た瞬間に、茜の様子が変わった。

 

「そっか……あなたもなんだ」

「え……?」

「あなたも……私から、双真を奪うんだ……」

 

 静かだが、怒りが籠もったような微かに震えた声で、茜は囁く。

 

「お、おい……何言ってんだよ、お前……」

 

 明らかに様子がおかしい。いつもの彼女と何かが違う。早くなんとかしなければ、マズい気がする。

 言い知れぬ不安に襲われ、双真が彼女に近寄り、手を伸ばそうとした――その瞬間。

 

「私から双真を奪おうとする奴は、誰だろうと……許さない――!」

 

 静かな怒りの囁きが巨大な怒号へと変わり――彼女の体から、紅く燃え盛る炎が立ち上った。

 

「なっ……!?」

 

 突然の出来事に、双真は大きく目を見開く。茜の体から発生する、まるで彼女の怒号が形となったような炎を、驚きを隠せずに見つめる。

 一体何が起こった? どうして茜の体から炎が燃え上がっている? そもそもどうして人の体から炎なんかが? 茜の身に何が起きたんだ?

 非現実的な光景に、双真の頭は過去にないほどに混乱した。それは少し離れた場所に居た女生徒も同じようで、愕然とした表情で尻餅を付く。

 

「…………」

 

 そんな彼女を、茜は黙ったままジッと見据えた。その瞳は炎と同じように紅く染まっていて、以前までの優しさなど一切感じさせない、冷たく、殺意に満ちたものに変わっていた。

 それを見た瞬間に、双真に嫌な予感が走った。そしてそれは、数秒もせずに現実となった。

 

 茜が地面を蹴り飛ばして、彼女の目の前に瞬時に移動する。その速度は人のそれを遥かに超えていて、目で追う事が出来ないほどだった。そして茜はそのまま怯える女生徒に向かって、手を伸ばす。

 次の瞬間――彼女が纏う紅い炎が火柱のように立ち上り、女生徒の全身を包み込んだ。

 

「イヤァァァァァァァァア!!」

 

 火柱に飲み込まれた女生徒は、人間が出しているとは思えない悲鳴を上げる。双真はその光景に声を失い、力無くその場にへたり込む。

 

「な、なんだ!?」

「火事!?」

「お、おいあそこ見ろよ!」

「な、何あれ!? どういう事!?」

 

 次第に、校舎の方からそんな声が聞こえてくる。どうやら火柱に気付き、パニックを起こしているようだ。

 だが今の双真にはそんなものを気にする余裕は無かった。茜が人を焼き尽くすという光景が、目の前に広がっているのだから。

 

 やがて、業火の如く燃え上がっていた火柱は勢いを弱め、フッと消える。そしてその火柱の中から出てきたのは、見るも無残な姿に変わり果てた、女生徒だった。

 それを一言で言い表すなら、炭。ついさっきまで浮かべていた照れた乙女の顔は存在せず、原型が留まっている事が奇跡とも言える。

 彼女をこんな姿にした張本人である茜は、バタリと倒れたそれを見て――静かに、笑みを浮かべた。

 

「フフフ……アハハハハハ! アーッハッハッハ!!」

 

 高らかに、まるで悪者のような笑い声を上げながら、茜は双真へ顔を向けた。その顔は無邪気に喜ぶ子供のようで、とても狂気に満ちた表情だった。

 

「見てよ双真! 私やったよ! 殺したよ! 双真をだぶらかそうとしたこの女を殺したんだよ!!」

「……な、何言ってんだよお前……何してんだよ……何なんだよそれ!!」

「これ? これはね、双真に近付く害虫共を消し炭にする為の力。双真に近付く奴は全部私が燃やす、殺す。だって、双真は私だけのものなんだから」

「な……」

 

 何を言っているんだ彼女は。

 どうしてそんなにおぞましい言葉を、嬉々として言えるんだ。どうしてそんなに甘ったれた声で話すんだ。どうして、そんな目で俺を見るんだ。

 何もかもが理解できず、頭が壊れそうなほど混乱する。彼女に何が起こったのか、何も分からない。

 

「怖がる事無いよ双真。私はただ、素直になっただけ。自分の気持ちに、自分の愛情に」

「素直に……?」

「私は双真を誰にも渡したくない。だから、もう我慢しない事にしたんだ。双真に近付く奴は、根こそぎ滅ぼす。双真と幸せになるためなら、人類だって、地球だって、宇宙だって! なんだろうと燃やし尽くす。だから私はこの力を手に入れたんだ……双真に近付くものを、消し去る力を」

「な……本当に、何言ってんだよ! 訳が分かんねえよ! どうしちまったんだよ、茜ぇ!」

 

 震えた声で、双真は叫ぶ。

 

「どうもしないよ。これが私。これが私の本心、だよ」

「そ、そんな訳ない……茜は、こんな事……」

「――双真君! 早乙女さん!」

 

 茜の言葉に動揺する双真の下に、聞き覚えのある透き通った声が飛んでくる。瞬間、茜の顔が冷たく変わる。その恐ろしいほどの変化に息を呑みながら、双真は後ろに振り向く。

 

「あ、蒼井……どうして……!」

「廊下から火柱みたいのが見えて、そこに双真君達が居たから、心配になって……これ、どうしたの――」

「蒼井、香乱……」

 

 と、茜は小さく呟き、ゆらりと体を揺らす。それと同時に、再び彼女の体から炎が燃え上がる。

 

「お前だけは……絶対に、絶対に……殺す!」

 

 茜は明確な殺意を、香乱に向ける。

 

「……ッ! 蒼井、逃げろ!」

 

 このままでは香乱も彼女のように殺されてしまう。双真は慌てて彼女に向かい叫んだが、それより早く、茜が動いた。

 纏わり付く炎を右手に集中させ、それを前に突き出す。直後、炎が巨大な球体となり、まるで弾丸のように香乱に向かって飛んだ。

 

「蒼井ぃーーーーーーーー!!」

 

 間に合わない。このまま、彼女も茜の手で殺されてしまうのか。必死に手を伸ばしながらも、諦め掛けた――その時。

 突然、鼓膜を揺さぶる激しい轟音と共に上空から白い雷が落ちて、香乱に迫る炎弾を打ち消した。

 

「…………何が……?」

 

 どうなったのか訳が分からず、双真は呆然と白い雷が落ちて、焦げた地面を見据える。助かった香乱も同じように、へたり込んで同じ場所を見つめる。

 

 何が起きた? 落雷? だが雨も降ってないし、あんなにハッキリと雷が見える訳も無い。

 奇跡でも起きたのだろうか。理解が追い付かずに呆然とするしかない双真の耳に、足音のようなものが流れ込んだ。香乱のものでも、茜のものでも、ましてや自分のものでも無い。

 なら一体誰の……そんな事を混乱した頭で考える双真の前に、一人の人物が姿を現した。

 

 立派な日本刀を携える、銀髪の青年。彼は青く鋭い眼で茜を捉えながら、静かに呟いた。

 

「……見つけたぞ、魔女め」

 

 

 

 

 

 

 

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