インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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自分に出来る事を

 

 

 

 

 

 

 京香と別れた後、双真はまず美月に立会人の件を伝える為に、五階の宿舎区画にある彼女の部屋を目指していた。

 彼女の部屋がどこにあるか知ってはいたが、直接訪れるのは今回が始めてだった双真は、朧気な記憶を頼りに廊下を進む。

 

「確か……ここだったな」

 

 階段から数百メートルほど進んだ先にある扉の前で、双真は足を止める。手を伸ばし、扉を数回叩く。

 ノック音から遅れる事数十秒。「はーい……」と、どことなく眠たげな返事と共に扉が開かれ、奥から目が半開き状態の美月が姿を見せた。

 

「あら、紫之宮君……珍しいわね。何か用?」

 

 ぼやけた声でそう言って、美月は小さなあくびを漏らす。

 身に付けた黒のシャツはシワが寄っていて、髪も強風に煽られたようにボサボサだ。間違え無く、寝起きだろう。

 

「すみません、起こしちゃったみたいで」

「良いのよ別に……こっちこそ、だらしない状態で申し訳無いわね。ここ最近は、休めてなかったから」

「いえそんな。でも、何だか新鮮な気分です。美月さんって常にキリッと、しっかりしてる印象ですから」

「そんな事無いわよ。私って、結構だらしない人間よ」

 

 と、苦笑交じりに美月は鼻を鳴らす。その表情にほんの微かに違和感を感じた双真は、首を傾げる。なんとなく、情けなさを悔いてるような……そんな感じがした。

 

「ん? 美月さん、それなんですか?」

 

 ふと、視線を落としたところで、双真は美月の足に何かが纏わり付いてるのを見つけた。彼の指摘に美月も視線を落とし、足に付いたそれを摘まみ上げる。

 

「それ……機関の隊服、ですよね?」

「みたいね……適当に放っていたのを、引きずって歩いて来ちゃったみたいね」

 

 美月は後方、自室の方に首を回す。それに釣られて双真はつい彼女の部屋の中を覗き見て――思わず、目を丸くした。

 

 彼女の部屋の中は、まるで空き巣に荒らされたかのように物が散乱していた。脱ぎっぱなしの服はもちろん、ベッドから落ちたシーツに、何かの袋などが床を覆い尽くしていた。ゴミ屋敷の一歩手前といった表現が相応しいだろう。

 

「……随分、散らかってますね」

「そうね……私、どうも片付けが苦手でね。いや、片付けというより、家事全般が駄目なのよね。料理も作れないし」

「そうなんですか……意外です。美月さん、何でも出来る感じの女性かと思ってました」

「逆よ。私、割と何も出来ない人間よ。……全部、任せてたから」

「え?」

「ああ、何でも無いわ。で、改めて何の用かしら?」

 

 今し方の発言を取り消すように、間髪入れずに話を先に進める美月。その反応に疑問を抱きながらも、双真は本題に移った。

 

「実は明後日、前回の作戦で手に入れた魔石との適合試験を実施する事になって、その立会人に美月さんが選ばれた事を伝えに」

「適合試験……そう、随分早いのね。ありがとう、了解したわ。その立会人、紫之宮君も?」

「はい。あとは、黄昏が」

「そう。……ねえ、一つ聞きたいのだけれど、良い?」

 

 その言葉に、双真は黙って頷く。

 

「紫之宮君、確か先日の作戦で魔女を一人、倒したのよね? その子の魔石……暴走する可能性はあるかしら? その危険性があるなら、その気でいないとだから。最近は暴走事故も少ないから、無意識に気が緩み始めてるかもしれないし」

「そう、ですね……俺と戦った時の彼女は、もの凄い憎悪を感じました。でもそれは……俺が相手だったからだと思います」

「それは?」

「あの魔女……きっと、炎を憎んでる。機関の調べによるとあの魔女、火事で家族を亡くしているみたいなんです。大切な家族を奪った炎を憎んでる。だから、水を操る力に目覚めたんだと思います」

 

 あの時の彼女の怒りを思い出し、双真は苦い表情を浮かべる。

 

「そしてだからこそ炎を扱う俺に対して、凄まじい怒りを向けていた。あの怒りは、制御出来るものじゃないと思います」

「なるほど……それなら、暴走の危険性は十二分にありえるって事かしら?」

 

 双真は首を横に振る。

 

「分かりません……炎が関係してないなら、あそこまでの憎悪を起こさない気はしますけど」

「そう……とりあえず、警戒は必要かもね。でもそれなら、紫之宮君は万が一暴走した際に魔法を使うのは控えた方が良いかもしれないわね。より暴走を促す事になりかねない」

「そうかもしれませんね……そもそも、俺は今回の適合試験の立会人にはならない方が良いかもしれませんね」

「出来ればそれが良いんだろうけど、今は人手が不足してる。新宿、渋谷の復旧作業の防衛任務に、多くの隊員が交代で出払ってるから。そっちの警備を減らす訳にはいかないわ」

 

 完全に眠気は吹き飛んだようで、美月は神妙な表情を作りながら腕を組む。

 

「まあ、今の段階であれこれ言っても仕方無いわね。何も無い事を祈りつつ、万が一に備えておきましょう」

「そうですね。じゃあ、俺はこれで失礼します。黄昏にもこの事伝えないとなんで」

「ああ、そうなのね。ごめんなさい、思ったより長話になったわね」

「いえ、こちらこそお休み中のところすみません。ゆっくり休んで下さい」

「ええ、そうさせてもらうわ。じゃあ、またね」

 

 会釈を交わし、双真は黄昏を探しに向かった。

 

 

 

 まずは一つ上の階にある黄昏の自室を訪ねてみたが、そこに黄昏は居なかった。

 次に彼女に電話を掛けようとしたが、携帯を持って来ていなかったので断念。取りに戻ろうと考えたが、黄昏もあまり携帯を持ち歩かないタイプだという事を思い出し直前で止める。

 

 完全に足取りを掴めない状況に陥り、双真は頭を悩ませる。 

 とりあえず、彼女が行きそうな場所に目星を立てながら足で探すしかないか。今は昼飯って時間でも無いし、食堂は無いだろう。居るとしたら娯楽室かラウンジだろうか。それとも訓練室で自主練でもしてるのかも。それか、別の隊員の部屋にお邪魔してる可能性もあるな。

 考えを巡らせても思いのほか選択肢が縮まらなかったが、とりあえず行動しようと双真は足を進める。

 

 最初に訪れたのは、同じ階にあるラウンジ。が、そこには黄昏の姿は無かった。

 気を取り直して別の場所を探そうとしたその矢先――

 

「おや、珍しいところで会うものだな」

 

 ふと誰かに声を掛けられ、双真は足を止める。

 振り返ると、そこには眼鏡を掛けた白衣の男性が立っていた。

 

「あなたは……茶竹さん」

「こうして面と向かって話すのは随分と久しいな。調子はどうかね」

 

 眼鏡をクイッと上げながら、開発室室長である茶竹英司は手に持った紙パックのいちごオレを飲む。

 

「まあ、特に……それ」

「これか? 私が甘いものを飲むのは変か?」

「変というか……ちょっと意外なだけです」

「糖分は嫌いではない。むしろ積極的に取り入れる方だ」

「頭の回転を良くする為、ですか?」

「それも少しはあるが、単純に味が好みだ。特別、という訳では無いが」

 

 そう言って、英司は再びいちごオレを喉に流し込む。

 

「……用があるんですか?」

「ん? いや、特には無いさ。戯れ程度に話し掛けただけだ」

「……じゃあ、俺はこれで」

 

 素っ気無く言って、双真は踵を返す。

 

「ああ、そういえば……深空一華と沖菜蜜柑、確か君の教え子だったかな?」

 

 が、英司の口から突然出て来た名前に、双真は再び彼に視線を戻す。

 

「……それが何か?」

「彼女ら、今度の適合試験に参加する事が決まった。一応、報告しておくよ」

「……! あいつらが……早すぎませんか? まだあいつらが機関に入って、半年も経ってません」

「彼女らは優秀な成績を収めていると聞いている。申し分無いだろう。それに、今はそんな悠長な事を言っている場合では無い。魔女との戦いも激化している。こちらの戦力は減る一方で、思うほど増えない。今は少しでも多くの戦力増強を望んでいるんだよ、機関は」

「それでも……」

「甘えた事を言うものじゃないよ」

 

 飲み切ったのか、英司は紙パックを放り投げる。ゴミ箱の奥に吸い込まれるのを見届けてから、彼は話を続ける。

 

「可愛い教え子が戦場に出るかもしれないのが不安なのは分かるが、彼女達は元々その為にここに来たんだ。なら君がする事は、彼女達が戦場で死なない為に最善を尽くす事だ」

「最善を尽くす、ですか」

「ああ。先輩として、魔石の扱い方でもレクチャーしたらどうだ。君は、一番魔石との相性が良い人材なのだから。何か彼女達の為になる事を教えてやると良い」

 

 英司は踵を返し、外に向かって歩き出す。

 

「ああ、もう一つだけ。例の教え子達なら、さっき四階で見掛けたよ。君の同期達と一緒に。きっと適合試験に向けて、訓練でも頼んだのだろう」

「……そうですか。ありがとうございます」

「礼はいらない。ああ、それから」

「まだ何か?」

「今度、君の魔石を詳しく調べさせてもらいたい。あれは珍しいケースのものだからね。まだ未知の部分があるやもしれん」

「……考えときます」

 

 頼むよ、と言い残して英司はラウンジから立ち去る。

 

 分かっていた。彼女達が戦場に出る事は。でも、こんなに早いとは思わなかった。

 自分も、覚悟をしなければいけないのかもしれない。彼女達も、居なくなってしまうかもしれない可能性がある事に。そして、そうならないように守ってみせるという覚悟が。

 

「……俺に出来る事、か」

 

 

 

 それから双真は、英司から受け取った情報の通り、四階にある訓練室を目指した。

 端から順に中を確認して行こうと手始めに、先刻まで双真も使用していた第一訓練室の中に入る。

 

「ん? ああ、紫之宮じゃん。アンタも訓練に来たの?」

 

 すると早々に、黄昏と遭遇。彼女の周囲には隼人、悠、一華、蜜柑の四人も一緒に居て、みんな揃って円を描くように地べたに座り込んでいた。双真はそんな彼女達に歩み寄りながら、口を開く。

 

「お前を探しに来たんだよ、黄昏」

「アタシを? フーン、まあ座れば?」

 

 そう言いながら黄昏は右にズレて、隣の隼人との間にスペースを作る。双真はそこに腰を下ろしながら、話を続ける。

 

「今度実施する事になった魔石との適合試験の立会人に、お前が選ばれた。その事を伝えに来た」

「今度って……一華達(コイツら)が参加するってやつか? そっか、アタシが立会人かー。りょーかい」

「……ところで、お前らは何をしてたんだ?」

 

 双真の質問に、黄昏の代わりに一華が返答する。

 

「その、双真先輩が今言ってた適合試験の前に、自信を付けたいというか……ちょっとでも成功出来る可能性を上げる為に、あたし達が黄昏先輩達に稽古をお願いしたんです。地力が高い方が、確率も上がるんじゃないかなーって」

「で、今は休憩中。結構やる気入ってるよー、二人とも」

「そうか。まあ、自信を付けるのは大事だな。魔石との適合には、何より強い精神が必要だからな。少しでも気後れしたら、飲み込まれる」

 

 双真もかつて、魔石に宿る負の感情に呑まれそうになった。あの時の感覚は、今でも忘れられない。思い出しただけで、気分が滅入る。

 

「あの……一つ、聞いてもよろしいでしょうか……?」

 

 そろそろと、蜜柑が手を上げる。双真は頷き、続きを促す。

 

「えっと……先輩方は既に魔石との適合に成功している訳ですよね? 出来れば、何かアドバイスが欲しいんですけど、良いですか? その、注意する事とか、心掛ける事とか」

「アドバイスか……」

 

 双真達、先輩四人組は互いの顔を見合わせる。最初に口を開いたのは、隼人。

 

「まあ、さっき双真が言ってた通り気後れしない事だな。油断したら、一瞬で飲まれる。魔石に宿る意思……つまり魔女の意思は、大抵が負の感情だからな」

「うん、そうだね。幸い、僕達のはそこまで酷いものでは無かったから、あんまり苦労しなかったけど……やっぱり気持ちはしっかり持ってた方が良い」

「気持ちですか……どんな気持ちで挑めばいいんでしょうか?」

「やっぱ、絶対呑まれない! みたいな強い意志じゃないか? あとは、そうだな……」

「……魔石の感情を、受け止める事かな」

「受け止める?」

 

 悠の言葉を復唱しながら、蜜柑が首を傾げる。

 

「魔女が持つ魔法の力は、その人の一番強い感情が元になってる。だから、なんて言うのかな……それを否定しないで、理解して受け止めてあげる。そしたら、魔石に宿った魔女の意思もこっちに力を貸してくれるんじゃないかな? なんとなく、だけど」

「なるほど……確かに、自分を否定する相手に力を貸すなんて、嫌ですもんね」

「まあ、魔石にそこまで判断する意思があるかは、分からないけどね。でも、そういう心持ちは大事だと思うな」

「心持ち……ありがとうございます、緑川先輩。なんだか、少し分かった気がします」

 

 ペコリと蜜柑は頭を下げる。

 

「参考になったのなら何よりだよ」

「ま、一番は気持ちが大事って事だな! 大丈夫大丈夫、何とかなるって思えば何とかなるって! アタシもそうだった気がするし」

「お前適当だな……ま、あとは相性とかも大事かもな。現に、双真は難なく適合した訳だしな。……って、悪い。思い出させたか?」

「ん? いや、いいさ別に」

「双真先輩の魔石……確か、それって蒼井先輩の、なんですよね」

 

 どことなく、一華は悲し気に目を細める。

 

「ああ。元から知り合いだったし、あいつは憎悪とか無く魔女に目覚めた。だから適合は簡単に上手く行ったよ。……一応、あいつには心を許されてたみたいだしな。だから、俺は良いアドバイスは送れないな。悪い」

「あ、良いんですよ別に! でも、相性か……そればっかりは、運頼みですね」

「そこら辺は向こうで調整してくれるんじゃね? 知らんけど。ま、あんまり気にすんな。不安抱くと、結果に響くぞ」

「そ、そうですね」

「そうそう。じゃ、これ以上難しい事考えないように、体でも動かしましょうかね!」

 

 太ももの辺りを叩きながら、黄昏は勢い良く立ち上がる。

 

「紫之宮、お前も参加してけよ。お前が居た方が、やる気出る奴も居そうだしな」

「な、なんであたしを見るんですか! でも、まあ……双真先輩が参加してくれるなら、嬉しいですけど……」

「て訳だ。どーよ?」

「そうだな……」

 

 ――なら君がする事は、彼女達が戦場で死なない為に最善を尽くす事だ。

 

「……ああ。俺も参加するよ。教育係として、やる事はやるさ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「お、お願いします!」

 

 自分が出来る事なんて限られている。なら、その限られた事に全力を尽くそう。彼女達が、生き残る為に。

 

 

 

 

 

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