インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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戦う覚悟

 

 

 

 

 

 適合試験当日。

 一華、蜜柑の二人を含めた今回の適合試験参加者は全員揃って、本部地下にある待合室に集められていた。

 

「――次の者、来い」

 

 待合室の扉が開き、外から男性が室内の隊員を呼び掛ける。呼ばれた隊員は緊張した面持ちで立ち上がり、部屋の外へ向かう。

 これで待合室を後にしたのは三人目。そして予定通りなら、次に呼ばれるのは蜜柑の出番だった。

 

 緊張が湧き上がって、胸の辺りに何かがつっかえたような感覚を覚えた蜜柑は、両手を胸元に添えながら深呼吸を繰り返す。

 もうすぐ、魔石との適合試験が始まる。果たして上手く行くのだろか? 自分は魔石と適合に成功して、魔法を扱えるようになるのか? それとも失敗するのか? もしかしたら魔石の力に飲み込まれて、そのまま死んだりしないだろうか?

 考え出したらキリが無いぐらいの不安が脳内を駆け巡り、胸の不快感がさらに増していく。

 

 大丈夫、大丈夫と何度も自己暗示を繰り返す。けど不安は消えない。体は小刻みに震え、汗は止めどなく額に滲む。

 

「蜜柑、大丈夫?」

 

 ふと、隣に座った一華に声を掛けられる。それに蜜柑はハッと瞬きをして、首を回す。

 

「あ、あはは……ちょっと緊張しちゃって……一華ちゃんは平気なの?」

「あたしも……まあ、少し緊張してる。でも、ここまで来たらやるしかないし。覚悟決めないと」

「そっか……強いね、一華ちゃん」

 

 それに比べて、自分は全然駄目だ。ビクビク怯えて、自信が全く湧かない。

 そういえばこの機関に入ったばかりの頃も、こんなだったな――蜜柑はふと、過去の事を思いだした。自分がこの機関に来たばかりの頃の事を。

 

 蜜柑は元々、この機関に入りたくて入った訳では無い。彼女は弓道の才を見出され、機関にスカウトされて入隊した。でも、蜜柑は実のところこの機関には入りたくなかった。

 戦いなんて嫌だ。死んじゃうかもしれない争い事なんて、自分には絶対に無理だ。そんなの怖い。出来ない。だって自分は、とっても弱い人間だから。心も、体も。

 だから最初は入隊を拒否しようとも考えた。けれど気の弱い蜜柑は、自分を僅かばかりだが頼ってくれている相手の頼みを断る事が出来ずに、押し切られるような形で入隊を決めてしまった。両親にも誰にも本心を隠して、彼女は戦いに足を踏み入れてしまった。

 

 不安と恐怖がいっぱいで、本当にやって行けるかが心配でならなかった。でも、入ったからには力にならないと。だから蜜柑は自分を騙して、この場所でやっていく覚悟を決めた。

 でも、どうせすぐに折れてしまうんだろうな。自分の事を誰よりも理解している蜜柑は、そうも思っていた。

 

 けれど、蜜柑は今日この日までこの機関に残り、折れずにやって来れた。それは、間違えなく大切な人々との出会いがあったからだ。

 

 同期で、今では一番の親友になった一華。彼女は落ち込んだり不安になった時はいつも話し相手になってくれて、励ましてくれた。彼女と一緒だから、蜜柑はめげずに頑張れた。

 

 そして教育係として戦う為の知識や技術を教えてくれた双真。彼の教えはとても親切で、自信をなかなか持てずにいた蜜柑にも、真摯に向き合い根気よく相手をしてくれた。お陰で実力も身に付き、少しだけだが自信が付いた。

 そんな双真と一緒に訓練に付き合ってくれて、時間がある時は積極的に相手をしてくれる隼人や黄昏達。彼らとの時間は癒しであり、楽しみでもあった。

 

 その中でも蜜柑にとって最も大切で、一番の支えで、彼女が戦う理由となる相手が――悠である。

 

 蜜柑が彼と出会ったのは、彼女が機関に入って三日目の事だった。

 この頃はまだ一華や双真達とも知り合っておらず、不安でいっぱいいっぱいの時期だった。

 毎日不安に押し潰されそうで、でも他人に心配を掛けたくなかった彼女は、よく一人でひっそりと泣いていた。それで心のリセットをして、どうにか毎日を乗り越えていた。

 

 その日も、蜜柑は一人で涙を流していた。夜の中庭で、椅子に座ってひっそりと声を出さずに涙を流していた。

 そんなところに、彼は現れた。

 

「――君、どうしたの?」

 

 油断していた蜜柑は、その声に思わずすぐに顔を上げてしまった。その顔を涙で濡らしたまま。揺らいだ視界に映ったのは、中性的な顔に心配の色を浮かべた少年――悠だった。

 

「君、泣いているの?」

「ッ! これは、その……」

「……良ければ、話を聞かせてくれるかな? 僕で良ければ、力になるよ」

 

 悠は柔らかな笑顔を浮かべながら、蜜柑の隣に腰を下ろした。

 その優しい笑顔に安心したのか、その温かな声に気が緩んだのか、蜜柑は不思議と彼に心の内を打ち明けていた。他人には迷惑を掛けたくない。だから心の奥底にそっとしまっておこうと決めたはずなのに、蜜柑は全てを彼に話した。心に抱えた不安を、全て。

 悠はその話を、ジッと静かに受け止めてくれた。出会ったばかりの相手なのに、真剣に文句も言わずに、ずっと。

 

「……そっか。辛かったんだね」

 

 蜜柑が全てを話し終えると、悠はそう口にした。決して適当では無く、本当に心の底から出たような言葉だった。

 

「ご、ごめんなさい……出会ったばかりなのに、こんな話をしてしまって……」

「気にしなくて良いよ。話してって言ったのは僕なんだし。こっちこそごめん。辛い事を聞き出しちゃって」

「い、いえ! その……少し、気が楽になりました。ありがとうございます」

「そっか。なら良かった。もし良ければ、今後も話し相手ぐらいにはなってあげるよ。それぐらいしか出来ないけど」

「え、良いんですか……? ど、どうして、会ったばかりの私に、そんな……」

 

 そう問うと悠は少し考えて、そしてどこか悲し気な表情を浮かべながら答えた。

 

「なんだろう……放っておけなかったのかな。君の顔を見たら、さ」

 

 そんな悠の答えと横顔に、蜜柑は目を奪われた。彼も何かを抱えて居るんだと、直感的に感じた。

 

 その日から蜜柑は、悠に心を引かれた。いつも心のどこかに、彼の存在があった。

 辛い時は彼の優しさに甘えたくなり、そして時折彼のあの時の顔を思い出した。そしていつしか、蜜柑の中にこんな思いが出来た。

 

 彼の力になりたい――と。

 

 それが、蜜柑がここまでやって来れた最大の理由だろう。悠にも目的があり、魔女との戦いに挑んでいる。

 なら自分は、そんな彼の力になりたい。だから自分も戦う――愛する彼の為に。

 

 ――そうだ……ここで怖じ気付いてちゃいけない。私は緑川先輩の為に戦うって決めたんだから。

 

「……うん、大丈夫」

「ん? 蜜柑、何か言った?」

「ううん、何でも無いよ。心配掛けてごめんね、一華ちゃん」

「――次。沖菜蜜柑、来い」

 

 部屋の外から、蜜柑を呼ぶ声が聞こえる。もう一度深呼吸をしてから、立ち上がる。

 

「じゃあ、行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 一華と短い言葉を交わしてから、蜜柑は部屋の外に出た。

 そのまま彼女を呼んだ男について行き、蜜柑は地下訓練室へとやって来た。

 

 中に入ると無機質な空間には、何人かの人が居た。

 今回の適合試験の立会人である双真、黄昏、美月の三人。そして開発室室長の英司。そして部屋の中心、英司が立つ隣にはいくつかの武器が置いてある台座が。

 その台座を囲うように立つ立会人三人の視線を浴びながら、蜜柑は中心まで足を進める。

 

「これが……オリジナルの魔石」

 

 台座の上に置かれた武器、蜜柑も愛用する弓に埋め込まれた魔石に視線を落とす。

 不気味で、なのにとても美しく思う輝きを放つそれに目を奪われていると、英司が口を開く。

 

「さて、手っ取り早く済ませたいので早速話を進めるとしよう。準備は?」

「え? あ、はい!」

「よろしい。君がやる事自体は簡単だ。普段、量産型の魔石を使うのと同じように、ここにある魔石を使用してみせろ。もしも適合に成功したのなら、問題無く使用出来るはずだ。ここまではいいな?」

「は、はい」

「君が試す魔石は、こちらがあらかじめ君のプロフィールと照らし合わせ、相性が良さそうなのをリストアップしておいた。が、それでも確実では無い。あくまで予測の範囲だからな。魔石には、持ち主である魔女の意思が宿っている。油断すれば乗っ取られる。それだけは覚えておけ」

 

 ゴクリと、蜜柑は唾を飲む。

 

「全く、そんな脅かすような事言わなくてもいいのにさ。みかーん、気楽に行けよー!」

「大丈夫よ沖菜さん。私達が付いてるわ」

「は、はい……!」

「では、君のタイミングで始めてくれ」

 

 そう言って英司は台座の上に目をやる。蜜柑は深呼吸で気持ちを落ち着けてから、真ん中に置いてある黄色い魔石が埋め込まれた弓を手に取った。

 

 ――大丈夫……私はやれる。心で負けちゃ駄目だ!

 

 グッと力を込めて、意識を魔石に集中させる。

 瞬間、力が全身を駆け巡り――魔石に眠る魔女の感情が、流れ込んできた。

 

 ――怖い……

 

「えっ……?」

 

 ――怖い……誰か助けて……誰か、誰か……!

 

 想像していたのと違う感情に、蜜柑は思わず困惑した。

 てっきり凄まじい憎悪や、怒りといった想像しただけで胸が締め付けられそうな感情が押し寄せてくると思ったのに、この魔石から流れ込んで来るのは恐怖だった。

 どうしてこんな感情が? この意思は、一体何故こんなにも怯えているの? 何を恐れているの?

 

 ――魔石の感情を、受け止める事かな。

 

 ふと、悠が言っていた言葉が頭を過ぎる。

 そうだ、そんな事はどうでもいい。理由なんて考えず、この感情を受け止めろ。それが、今すべき事!

 

「……大丈夫だよ」

 

 魔石に語り掛けるように、蜜柑は静かな声で言った。

 

「怖がらなくて平気だよ、私が側に居るから。だから、もう怖がらなくていいよ。私が、全部受け止めてあげるから」

 

 あの時、悠が自分にそうしてくれたように。蜜柑も温かな感情で、魔石に宿った意思を包み込んだ。

 すると、脳裏に流れ込んでいた恐怖の渦が、嘘のように静まる。残ったのは、全身に走る温かな力の流れのみ。

 

「……沖菜蜜柑、体に異常は?」

「え? あ、えっと……特に……」

「ふむ……どうやら、適合は成功したようだ。おめでとう」

「へ? ……あ、ありがとうございます……」

 

 実感が湧かなかった。これで、適合が成功したのだという気がしなかった。

 でも、確かに魔石の力が流れてくるのを感じた。魔石に宿る魔女が、自分に力を貸してくれている事は、ひしひしと感じた。

 

「おめでとう、沖菜」

 

 双真が安心したような、それでいてどこか悲しそうな複雑な表情を浮かべながら声を掛けてくる。それに蜜柑は慌てて頭を下げる。

 

「あ、ありがとうございます! これで……終わりなんですよね?」

「ええそうね。でも驚いたわ。こんなにもすんなり行くなんてね」

「やったじゃん蜜柑! 大事が無くて何より何より!」

「は、はい。……そっか。これで私も、魔石使い……」

 

 ――これで少しは、緑川先輩の役に立てるかな?

 

「さて、すまないがまだ他にも居る。積もる話は後にしてもらえるかな? 沖菜蜜柑、この後は第一医務室に向かい、メディカルチェックを受けておくように」

「あ、すみません! じゃ、じゃあ、失礼します。また後で」

「ああ、気を付けて」

「後で魔法試しに模擬戦だかんな!」

 

 黄昏の言葉に頷き、蜜柑は地下訓練室を立ち去った。

 

「ふぅ……不安だったけど、どうにかなった……でもこれで、私も戦える……」

 

 やっぱり戦うのは怖い。でも、悠の力になれるなら、いくらでも戦える。戦ってみせる。

 

 例え――叶わない恋の為でも。

 

 

 

 

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