インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
「お前ら……どういうつもりだぁ!」
辺りに立ち上る土煙を炎で掻き消しながら、茜は叫んだ。
彼女の目の前に居るのは、三人の男女。そんな彼らの仲間と思われる女性が双真と香乱を連れ去った方角を睨み、再び目の前の三人に視線を戻す。
「何なのよあなた達……私の邪魔をするなぁ! 私は早く双真を追い掛けなきゃいけないのよ! そしてあの女を……殺さなきゃいけないのよ!!」
「……貴様がやるべき事は、奴を追い掛ける事では無い」
再び刀に雷を纏わせ、青年は茜に向けて切っ先を突き付ける。
「ここで死ぬのがお前がやるべき事だ、魔女め」
「……チッ」
苛立ちを最大限まで露わにした舌打ちをしながら、茜は三人を睨む。
まあいい、こいつらをさっさと殺してから、双真を追い掛ければいい。そして双真を連れ去った奴も燃やして、最後に蒼井香乱を完膚無きまでに抹消する。そうすれば、双真は私だけの物になるんだ……幸せに、二人っ切りになれるんだ。
この先に待っているはずの双真との幸せな日々を想像し、茜はニタリと口元に笑みを浮かべる。
それはとても歪で、狂った考えだろう。だが、今の茜にとってはそれが求めるもの。最大の幸福なのだ。
だから今、茜の思考にあるのはただ一つ。自分の幸せを妨げる邪魔者を――抹殺するという、殺意のみ。
「さっさと……消えろぉ!!」
ひび割れた絶叫と共に、茜は右手を前に突き出す。掌から炎が砲撃となって発射され、敵に向かって襲い掛かる。
紅蓮に燃え盛る砲撃はそのまま彼らを消し飛ばす――と思いきや、突然彼らを避けるように左右に分かれた。炎はそのまま左右に広がる校舎と壁を撃ち抜き、爆発を起こす。
思わぬ結果に驚きながら、茜は何かしたであろう敵を睨み付ける。
彼らはいつの間にか陣形を変えていて、黒髪の青年が一番前に立ち、右手を前に伸ばしていた。
「ふぃー、アッツイねぇ……溶けちまいそうだよ」
詳しい理由は分からないが、どうやらあの男が茜の攻撃を防いだらしい。
彼も特別な力を持っているのだろうか――敵の未知の能力に、茜は少しばかり警戒を強める。
正直に言えば、茜自身もこの力を深くは理解してはいなかった。分かっている事は、あの魔女のような格好をした女が、自分にこの力を渡した事。
彼女は思いに呼応して、等と色々言っていたが、正直そんな事は茜にとってはどうでもいい事だった。
この力があれば、双真に近付く害虫共を駆逐出来る。これがあれば、私は思いのままに出来る。双真を独り占めする事が出来るんだ。それだけで、彼女は十分だった。双真を手に出来ればそれでいい。双真に近付く輩を消せればいい。何も分からなくても、例え壮大な何かに巻き込まれているとしても、双真と幸せになれるならそれでいい。
双真の為だけに――それが、彼女の行動原理の全て。だから、状況なんて、理由なんて知った事ではない。ただ双真との幸せの為に動く。それを邪魔する奴は、消し去る。ただ、それだけ。
「双真と私の邪魔をするなら……消すだけ!」
だから今は目の前の三人を焼き尽くして灰にする事だけを考えればいい――茜は全身に炎を纏わせ、彼らへ向かい走り出した。
「突っ込んできた……無鉄砲ですね」
「油断するな。覚醒したばかりのようだが、力は相当なものだ」
「そりゃまた……相当思いが強いんでしょうな」
対する青年達も、戦いには慣れているといった風に構え、茜を迎え撃った。
最初に仕掛けたのは、金髪の少女だった。彼女は腰に身に着けた黒いホルダーから、刃渡り数十センチ程度のサバイバルナイフを取り出し、それを茜に向けて
しかし、ナイフが茜の真横を通り過ぎた瞬間に、突然軌道を変えた。まるで生きているかのように刃先が茜に向かい、再度投げられたように加速した。
「……ッ!?」
まさかの追撃に、茜は目を見開く。軌道を変えたナイフはそのまま茜のわき腹を狙って迫る。
が、ギザギザの刃が肉を抉る寸前に、茜は炎でナイフを防いだ。炎の壁に遮られたナイフは一瞬にして火だるまに姿を変え、数秒もせずに燃え尽きる。
サバイバルナイフの姿形が完全に無くなったのを見届けてから、茜はナイフを投げた張本人である、金髪の少女へ視線を向ける。
――糸とかそういうので操ったような動きじゃ無かった……あれは彼女の力?
彼女も自分や他の二人のように、特別な力を持っているのか。だとしたら、それはどんな能力だ。茜は数秒ほど思考を回したが、上空から聞こえた音に、その思考は妨げられた。
その音は、バチバチと電気が弾けるような音。そして音と共に頭上から降り注ぐ、白い光。それが何なのか理解した茜は、素早く地面を蹴り飛ばし、大きく後退する。
直後、先刻まで茜が立っていた場所に、白き雷が落ちた。凄まじいスパークを散らし、地面を砕き割る。もしあのままあそこに突っ立っていたら、確実に無事では済まなかっただろう。
「ほう、よく避けたものだ」
雷が落ちた場所を見据えていると、正面から冷淡な声が飛んでくる。
声の正体は銀髪の青年。微かに雷を纏った刀をぶら下げながら、少しずつ茜との距離を縮める。
茜は威嚇の意味を込めて炎を出すが、青年は怯える様子を微塵も見せない。そして数歩ほど歩みを進めたところで足を止め、刀を突き付けながら言葉を吐く。
「だが、もう終わりだ。さっさと死ね」
「はぁ? ふざけた事言わないで。あんたらなんか、すぐに――」
「いや、もう終わりだ」
余裕ぶって……今すぐ燃やし尽くしてやる――全く表情の変わらない彼の顔を、苦痛で歪めてやると、最大級の攻撃を仕掛けようとした、その時。
チクリと、突然首筋に痛みが走った。
「ッ……!?」
それはとても小さく、微かな痛みだった。しかし確かに、何かに刺されたような感覚が走った。茜はその痛みの正体を確かめる為に、視線を首筋へ向ける。
視界に映ったのは、首筋に真っ直ぐ刺さった極細の針。そしてそれを握った、一人の少女。
――いつの間に……!?
全く気配を感じなかった。さっきまで背後はおろか、周囲には彼ら以外誰も居なかったはず。なのに確かに、自分の背後に少女は居て、静かな殺意を含んだ
流石に驚きを隠せずに、一瞬だが茜の動きが完全に止まる。しかし、すぐさま少女を遠ざけようと、全身から炎を発生させる。すると少女は身軽に跳躍して、
恐らく茜より二つ、三つは年下と思われる小柄な少女を睨み付けながら、首筋に刺さった針を乱暴に抜き、握り潰しながら燃やす。
針を刺された事自体によるダメージは、ほぼ無いに等しい。だが、それでも傷を与えられたという怒りは別。茜は静かに細めた眼で、彼女への明確な
彼女も彼らの仲間に違いない。ならば燃やし尽くしてやる。双真以外が、私の体に触れるなんて許さない。私に傷を与えた罪は重いと、知らしめてやる。
「よくも……」
と、有りっ丈の怒りを籠めて叫ぼうとした、瞬間――茜はグラリと態勢を崩し、膝を突いた。
「なんっ……!?」
まるで筋力が全て無くなったかのように全身から力が抜け、息も苦しくなる。
一体自分の体に何が起こったのだと、胸を押さえながら考える。いや、原因はもう分かっている。間違えなく、あの針だ。
茜は鉛のように重くなった体を必死に動かしながら、自分に針を刺した張本人である少女へ視線を向けた。すると少女は茜が何をした、と問い掛ける前に、懐から新たな針を取り出しながら、それに答えた。
「即効性の毒。体内に入り込んだら全身に苦痛が襲い掛かって、数分もせずに、死ぬ」
少女はロボットのように静かで、淡々とした口調で、説明を口にする。
「……そういう事だ。これで終わりだな、魔女」
小柄な少女の周りに、銀髪の青年らが集まる。彼らは苦痛に顔を歪める茜を見下ろしながら、彼女の死を待つように口を噤む。
――死ぬ……? こんな所で? こんな奴らに? 私は殺される? ……ふざけるな。
こんな所で、死ぬ訳にはいかない。自分にはまだするべき事がある。双真と一緒に、双真に近付く奴らを滅するんだ。
だから、こんな所でくたばる訳にはいかない。こいつらを消して、全てを消して、双真と二人になるまでは――
「死んで……たまるかぁ!」
目を見開き、強い意志を放出させるように、炎を立ち上らせる。
するとどうした事か、今まで全身を駆け巡っていた苦しみが、炎に焼き尽くされたかのように無くなった。
何が起こったのか、茜自身にも理解出来なかった。だが、これで思う存分動けるようになった。茜はニタリと口元に不適な笑みを浮かべながら、ゆらりと立ち上がった。
「何……?」
それに、青年らも驚いたように目を丸くする。
「おいおい、どうして動けてんだ?」
「これって……毒が消えた……いや、消した?」
「……なるほど。それが奴の魔法の能力……といったところか」
銀髪の青年は何かを察したのか、小さく呟く。
「それは……?」
「説明は後だ。来るぞ」
青年は日本刀を構える。それに続いて、他の三人も身構える。
「殺す……骨すら残さず、燃やし尽くす!」
「消し炭になるのは貴様だ」
言葉を交わし、茜と青年は同時に力を発した。紅蓮の炎、白銀の雷が唸りを上げ、辺りの空気を揺らす。
このまま二つの力が激突する――間際、突然上空から巨大な轟音が彼らの下へ降り注いだ。
「あれは……報道のヘリ?」
「あーらら、見つかっちゃった。ま、この時間帯にこんだけ派手にやれば当然か」
「チッ……面倒だな」
青年達は戦闘態勢を解き、学校の真上を飛ぶ報道用と思われるヘリコプターを見上げる。しかし、茜は一瞬視線を送っただけで、戦闘態勢を維持する。
「向こうはやる気満々みたいだねぇ……どうする、
白銀と呼ばれた銀髪の青年は、数秒ほど沈黙した後、再び雷を迸らせる。
「向こうがその気なら、迎え撃つしかない。行くぞ、
「仰せのままに」
「了解」
「まあ、逃げられそうに無いしねぇ。とんだお茶の間デビューだねぇ」
青年らも再び戦闘態勢を取り、茜と対峙する。
数秒の静寂の後、茜の炎の一撃と共に、戦いの火蓋が切って落とされる――
「――ヤレヤレ……とんだじゃじゃ馬に力を与えてしまったようだな」
かに思われたが、それは突然響いた妖艶な声により遮られた。
そして直後、茜と彼らの間の何も無い空間に、
黒ずくめのローブに、怪しく艶めく紫がかった長髪に、目深に被った三角帽子――そう、あの時茜の前に現れた、謎の女性だ。
「まさか力を与えてすぐに、それもこんなど派手に暴れるとは……少々想定外だったな。……まあ、これはこれで面白い」
「あなた……何しに来たの! 邪魔しに来たのなら、あなたも消す!」
「力を与えてやったというのに、随分な言いようだな」
面白いと言わんばかりにほくそ笑み、女性は茜に向かって右手を伸ばす。
「だが、少々暴れすぎだな。――少し眠れ」
「何を――」
と、茜は女性に向かい怒号を飛ばそうとするが、大きく開いた口から言葉が放たれる直前、彼女は突然グラッと姿勢を崩し、そのまま地面に倒れ込んだ。
「……何をした?」
「少し眠らせただけだ。これ以上暴れられるのは、少々面倒だし、困る」
そう言いながら、女性は青年らへ目を向ける。
「さて置き……久しいな。直接顔を合わせるのは」
「……今までろくに姿を見せなかったお前が、何しに出てきた?」
青年は刀を突き付け、今までよりも遥かに強い殺意を向ける。それに女性は再び不適な笑みを作り、答えた。
「宣戦布告――だ」