インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
「宣戦布告……だと?」
「ああそうだ。元々いつか仕掛けようと考えていたのだが、今が良い機会だと思ってな。こうして彼女が暴れた事で、
女性は三角帽子の中から背中を覆い隠すように伸びる、紫色の髪を小さく揺らしながら振り返る。後ろに倒れる茜を見つめ、続いて空を飛ぶ報道用と思われるヘリを見上げる。
「これだけの騒ぎになっているのだ。これ以上のタイミングは無いだろう?」
「……色々と問い詰めたいところだが、一つだけ聞こう。何に対しての宣戦布告だ?」
「そうだな……人類に、と言っておこう」
「人類か……戦争ごっこでも始めるつもりか?」
「ごっこか……それも一興だな。思う存分楽しもうではないか。貴様らと我々の恐怖、怒り、憎しみ、悲しみ――絶望に満ちた楽しい宴を」
そう言うと、女性は右手を高々と空に向かって伸ばし、パチンと指を鳴らした。
「さて――醜く美しい舞台の幕開けだ」
◆◆◆
同時刻――謎の女性の手により、学校から無理矢理連れ去られた双真と香乱の二人は、学校から遠く離れた場所にある街頭に居た。
と言っても、普通に人がごった返す街道を歩いているのでは無く、未だ女性の腕に抱えられたまま、連なるビルの上を飛び跳ねて進むという、非現実的な状況に巻き込まれていた。
美しく伸びた黒髪を靡かせながら、さながら忍者のようにビルからビルへとノンストップで飛ぶ移る女性。そんな女性の腕の中で、次々と怒濤の勢いで変わる景色に少しビビりながら、双真は女性に向かって叫んだ。
「お、おい! 一体どこに向かってるんだよ! 事情ぐらい説明してくれよ!」
吹き荒ぶ風に掻き消されないよう、喉が潰れそうな声量で叫んだそれを聞き取ったのか、女性はビルの屋上に着地すると同時にピタリ止まった。が、二人を下ろそうとはせず、その状態のまま双真へ視線を落とした。
「悪いけど詳しく説明するのは後よ。こうしてる間にも、彼女が追い掛けて来るかもしれない。あなた達の安全を確保するのが最優先よ」
「だからって、なんの説明も無しにハイそうですかって、受け入れられる訳無いだろ! 少しは説明してくれよ! あんたは、あんた達は誰なんだよ! 茜に何が起こったんだよ! これは一体何なんだよ!」
「そ、双真君……気持ちは分かるけど、少し落ち着こう? ね?」
と、双真の反対側で女性に抱えられる香乱が言う。
「…………何だってんだよ……畜生……」
自分の理解を越えた何かが、今自分の周りで起こっている。そしてそれには茜も巻き込まれている。なのに自分は、何もする事が出来ない。それが悔しくて仕方なかった。
ギュッと唇を噛み、拳を握る双真。そんな彼を、女性はどこか申し訳なさそうに目を細めながら見つめる。
「ごめんなさい……後でしっかりと説明するから、今は……」
『こちら、
という女性の大声が突然聞こえ、三人は揃って声が聞こえた方向へ視線を向ける。
声の出所は、近くにあった街頭ビジョン。そこに流れるニュースの女性アナウンサーの声のようだ。画面には、さっきの声が言っていた通り麻場市――双真達が居る街が、双真がさっきまで居た学校が映し出されていた。
どうやら茜があの力を使って暴れ回った事で起こった騒ぎを聞き付け、ヘリコプターで中継を行っているようだ。
当然といえば当然だろう。災害と同レベルと言っても過言では無い騒ぎだ。それをカメラに抑える為に、テレビ局も動くに決まっている。
『こちらでは先ほどから、謎の爆発が多発しており――』
もしかしたら茜の姿が映るのではないか。今、彼女は一体どうしているのか。それを確かめようと、双真が街頭ビジョンへ目を凝らしていると、突然街頭ビジョンに映る映像が乱れ始めた。
壊れてしまったようにノイズを出す画面。しかし、次の瞬間。
『――初めまして、人類諸君』
妖艶な女性の声で放たれたその言葉と共に、全く別の映像が街頭ビジョンに映し出された。
映し出されたのは、一人の女性。三角帽子を目深に被り、黒いロープに身を包んだ紫髪の女性。彼女は画面の向こうに居る通行人達を見回すかのように、鋭い紫眼を左右に動かす。微かな間を空け、女性はゆっくりと艶やかな口を開いた。
『私は――そうだな……魔女、と名乗っておこう』
「魔女……?」
双真はポツリと呟きながら、先刻の事を思い出す。
――見つけたぞ、魔女め。
あの銀髪の少年が、茜に向かって言い放った一言だ。
魔女という、日常では聞き慣れない単語。恐らく、あの女性は茜と何か関係していると、双真は瞬時に察する。
その予想を少しでも確信に近付ける為、双真は事情を知っているであろう黒髪の女性に視線を移す。が、女性は街頭ビジョンでは無く、別方向へ視線を向けていた。
「現れたのね……」
目を細めながら、小さく呟く。
どういう意味か双真が問い掛けようとした、直前。再び街頭ビジョンに映る女性が喋り出した。
『唐突だが、我々は貴様ら……いわゆる人類に宣戦布告する。我らの力を持って、愚行を積み重ねる醜く、汚らわしく、愚かしいくも美しい貴様らに、死という祝福を与えてやる。まあ、いわば戦争だ』
「戦争って……何言ってんだ?」
「悪趣味なイタズラだな……」
「変な格好してるし、ただの妄想癖だろ」
「我らの力とか言ってるしな。厨二病ってやつ?」
と、魔女を名乗る女性の言葉を本気にしてないのか、映像を見る通行人達は彼女を嘲笑う。
普通はそうだろう。こんな現実離れした言葉、誰も真面目に信じようとは思わない。だが、双真達は別だった。今し方、現実離れした光景を見た彼らは、彼女が何をしようとしているのかが、大体想像する事が出来た。
「ねぇ双真君……これって早乙女さん、関係してるよね……?」
「ああ……多分」
彼女が口にした『我らの力』というもの。それは恐らく、茜が使っていたあの炎のような、不思議な力の事だろう。そして恐らく、あの魔女も同じような力が使えるのだろう。さらに『我ら』という事は、他にも同じような力を持つ者が居るとも考えられる。
つまりあの魔女は、冗談であんな事を口にしているのでは無い。きっとあの力を持つ仲間と共にあの力を使い、本当に戦争を巻き起こそうとしている。そして人類を、根絶やしにするつもりだ。
「…………なんなんだよ、訳が分からねぇ……」
そこまで考えついて、双真は頭を抱えた。
考えてはみたが、本当にこんな馬鹿げた事が有り得るのだろうか? ただの自分の考えすぎではないか? いや、むしろそうあってくれ。全て夢で、自分が見ている偽りであってくれ。
混乱しながらも、強く願う双真。しかし魔女は、双真に――いや、全人類に示した。これは、現実であると。
『まあ、いきなり言われて信じられるものでは無いだろうな。なら――実際に見せてやろう』
直後、街頭ビジョンの映像が、再び上空から麻場市を映し出したものへと変わる。
『えっ……何、あれ!? キャアアアアアア!!』
直後、女性アナウンサーの悲鳴と共に、あるものが映った。
それは巨大な影。学校からアナウンサー達が乗るヘリに向かって伸びる、黒い影。それはまるで生きているかのように凄まじい速度で上昇し――次の瞬間、何かを壊すような轟音と共に、画面は黒一色に塗り潰された。
「なん、だよ……あれ……」
衝撃的な映像に双真に香乱、そして通行人達も、言葉を失う。
何が起こったかは詳しく理解出来ない。ただ一つ分かる事は、アナウンサー達が乗るヘリが、あの影に喰われたという事だ。
あれが、魔女が言った見せてやろうという事だろう。あれが、魔女の言う力なのだろう。
『さてと……理解してもらえたかな?』
皆が呆然する中、映像が再び魔女に切り替わる。
『それとも、まだ納得出来ないか? 出来ないならば、他にもしてみせよう。適当に人を一万人ほど殺してみせようか? この国のトップを謎の病死に陥れようか? それとも……隕石の一つや二つ、落としてみせようか?』
まるで遊びの提案を出すような魔女の軽々しい言葉に、通行人達は本気で怯えた反応を見せる。さっきまでの馬鹿にした反応とは違い、魔女の言葉を信じ切っている。
すると魔女はそんな彼らの反応を実際に見ているかのように、不適な笑い声をこぼす。
『安心しろ、軽い冗談だ。ともかく、これで私の話を多少は信用してもらえたようだな。さて……やろうと思えば貴様らを今すぐに根絶やしにする事は容易いのだが……それではつまらんし、盛り上がらん。だから、貴様ら人類に少しばかりの猶予をくれてやる』
映像が一瞬のノイズを走らせ、再び切り替わる。
今度映ったのは、あの銀髪の青年とその仲間達だった。
『
「一方的な虐殺はしないって事ね……調子乗ってるわね」
と、黒髪の女性が小さく呟く。ほぼ同時に、再び映像が魔女に切り替わる。
『さて……宣戦布告はここまでだ。人類諸君、どうか簡単に諦めないでくれ。極限まで抗ってくれ、我らに対して存分に敵意を持ってくれ、勝利という希望を持ってな。……我らは――いや、私はそれを完膚無きまでに砕き割り、深い絶望へと貴様ら叩き落としたいのだからな』
「……人類側の敗北は確定事項って事ね……言ってくれる」
『では……また会おう。愚かで醜く――愛らしい、人類よ』
静かな言葉を最後に、魔女の姿は街頭ビジョンから消えた。
暗くなった液晶画面。困惑する通行人達。それらを呆然と見つめながら、双真は力無く呟いた。
「なんだよこれ……どうなってんだよ……」
「双真君……」
「……おい、あんたは何か知ってんだろ? なら教えてくれよ! 今の何だよ! 魔女って何だよ! 茜は関係してんのか? 今、学校では何が起こってんだ? そもそも一体なんなんだよこれは!? 教えてくれよ! なあ!!」
酷く混乱した双真の言葉に、やはり女性は何も答えない。ただジッと、学校のある方角を見据えている。
その態度に流石に怒りが込み上がった双真は、思いっ切り叫ぼうと腹に力を込める。しかし、その声が発される寸前、突然女性が動き出した。
ビルとビルの隙間から突然飛び降り、そのまま地上に向かい垂直に落下して、誰も居ない路地裏へ着地する。
いきなりの垂直降下に、目を白黒させて言葉を失う双真達。そんな彼らを抱えていた黒髪の女性は、そっと二人を地面に下ろす。
「悪いけど、話は後よ。私は一旦学校の方へ戻るわ」
「は、はぁ……!? あんた何言って……」
「言いたい事があるのは分かる。けど、今は黙って従って。事情を知りたいならね」
女性はスカートのポケットから一枚の紙切れを取り出し、双真へそれを渡す。
「ここに私達が泊まっているホテルの住所が書かれてる。悪いけど、あなた達はそこで待っていてくれるかしら? 用事が済んだら、全て説明するから」
「…………」
「……ごめんなさい。出来る限り、すぐに戻るから」
そう言い残して、女性は双真達の前から姿を消す。
「……ど、どうするの? 双真君……なんだか、とんでもない事になったけど……」
「分からない……でも、今は何も宛が無い……だからこれからの事を決める為に、今は彼女達から話を聞こう」
「う、うん……そうだね。私も、このまま何も知らずにいるのは嫌だし……早乙女さんに何があったのかも、知りたい」
「……ああ、行こう」
このまま帰っても、何も分からない状況に頭を悩ませるだけ。ならここは彼女に従い、全てを聞き出すのが最善だ。
そう考え、双真は香乱と一緒に、女性の渡したメモに書かれたホテルに向かい歩き出した。
◆◆◆
不思議な力を使い女生徒を殺し、香乱をも殺そうとした茜。そんな茜を狙う謎の青年達。そして魔女と名乗った女性による人類への宣戦布告――何も状況を理解出来ないまま、双真は香乱と共に黒髪の女性が指定したホテルを訪れた。
当然、双真達以外の人達もあの魔女の宣戦布告に混乱していた。そんな状況では黒髪の女性に関して従業員などに問う事も出来ず、どうする事も出来ない双真達は、仕方無くロビーで彼女が戻って来るのを待つ事にした。
「さっきの魔女ってなんなんだ?」
「宣戦布告とか言ってたよね……もしかして、戦争でもする気?」
「いや冗談だろ……いくらなんでもあり得ないだろ」
「でも、あのテレビの映像、本物っぽかったぞ?」
「どうなってんだよ……情報とか無いの?」
先刻の出来事に動揺を隠せずに困惑する人々。彼らの声に耳を傾けながら、双真と香乱はロビー奥の長椅子に腰を下ろし、ジッと女性を待った。
「……これから、どうなるんだろうね?」
不安そうな顔で辺りをキョロキョロと見回してから、香乱がふと口にする。双真はなんと答えればいいか言葉が見つからず、俯いたまま言葉を返さない。
「ご、ごめんね。こんな事言われても困るよね。双真君の方が、動揺してるよね。……早乙女さんの事とか」
「…………」
「私……早乙女さんに殺されそうになったんだよね」
恐怖の色を微かに浮かべながら、香乱はギュッと自分の二の腕を掴む。その手は小刻みに震えていた。無理も無い。つい先程まで――いや、恐らく現在進行形で、茜は香乱の命を狙っているのだから。
あれだけの殺意を向けられ、寸前まで死が迫ったのだ。実際あの青年が助けに来なければ、香乱はあの炎に焼き尽くされていただろう。むしろパニックを起こさないのが不思議なぐらいだ。
「凄く、怖かった……早乙女さん、どうしてあんな風になっちゃったんだろう……?」
「……きっと、俺のせいだ」
「双真君……?」
心配そうに、香乱は双真の顔を覗き込む。
「俺が……もっとあいつの気持ちを理解してやれてたら……きっとこんな事にはならなかった」
「どういう……事?」
「あいつ、言ってたんだ……双真は私だけのものだって。双真に近付く奴は、全部殺すって」
「それって……!」
「ハハッ……全く、訳が分からねぇよ……」
力無い笑い声をこぼしながら、双真はさらに深くうなだれる。
「何も分かんねぇ……けど、一つだけ分かる。あいつ、きっと苦しんでたんだ。でも俺は怖くて、自信が無くて何もしようとせず、あいつから距離を離した。でもあいつは、現状に不満だらけで、毎日毎日苦しんで……そして、とうとう暴走しちまったんだ」
「…………」
「俺がもっと寄り添おうと思ってれば、あいつをもっと理解しようと思ってれば、苦しんでる事を理解してこんな事にはならなかったかもしれない……でも、俺は引け目を感じて、恥じらって怖がって……現状維持を選んだ」
もしも、自分が彼女の気持ちに気付いていれば。もしも、自分が怖がらずに彼女に寄り添えていたら。もしも、自分の気持ちを素直に告げていれば……こんな事にはならなかったのではないか?
自分が勝手に茜を高嶺の花だと思い引け目を感じて、自分には不釣り合いだと何もしなかった。それが結果、このような悲劇を生んでしまった。
「俺のせいで、茜は変わってしまったんだ……俺が、俺がウジウジしてたばっかりに……!」
「……ううん、双真君のせいじゃ無いよ」
そっと、香乱が双真の手に、自分の手を添える。
「きっと……悪いのは私だよ。私のせいで……早乙女さんはあんな風になっちゃったんだよ。だって……」
不意に、香乱はそこで言葉を切る。下唇を噛み、暫し沈黙してから言葉を続ける。
「早乙女さんの気持ちは、私も分かってたつもり。それなのに、私は双真君と仲良くなった。……私や双真君はただのお友達のつもりだったけど、早乙女さんはそれが不快だった。だから私を……双真君と仲良くする私を、殺そうとした」
「…………」
「だから、きっと早乙女さんがああなったのは私のせい。早乙女さんの気持ちを理解しながら双真君と仲良くなって、そして……」
再び、香乱はそこで言葉を切る。しかし今度は言葉を続けず、彼女は静かに目を伏せた。
「ともかく、双真君は悪くないよ。全部、私のせい……」
「蒼井…………それでも、俺にだって責任はある。俺がもっと早く動いていれば……こうはならなかったんだから」
「……これから、どうしようか?」
「分からない……けど、何も分からないまま逃げるのは駄目だと思う。だからまずは……事情を彼女達から聞き出す。これからの事は……それから考えよう」
「うん……そうだね。私も、最後まで付き合うよ。早乙女さんをどうにかしたいって気持ちは、私にもあるから」
香乱と双真は、それぞれ頷きを交わす。
「――なら、全て説明してあげないとね」
不意に、ざわつく群集の声に紛れ、聞き覚えのある声が双真達の耳に届く。振り返ると、そこにはあの黒髪の女性に、彼女と共に学校に姿を見せた飄々とした黒髪の青年の二人が立っていた。
「よお、お二人さん。無事で何よりだ」
「ごめんなさい、待たせてしまって。……お望み通り、私達の知っている事を全て話すわ」
「……お願いします」
双真と香乱は立ち上がり、女性達と向き合う。
「へぇ、良い眼してるねぇ。覚悟を決めた男の眼だ」
「……いいわ。それじゃあ話を始めましょうか。ここじゃ話し辛いし、私達の部屋へ移動しましょう」
長い黒髪を靡かせながら方向転換して、歩き出す女性。双真と香乱は目線を交わしてから、彼女の後を追い掛けた。何が起こっているのかを、知る為に。