インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~ 作:藤龍
ホテル一階のロビーから、八階にある女性達が借りている部屋へ移動した双真達。
室内に入るや否や、黒髪の女性はベッドの上に腰を下ろし、青年は窓の外に広がる、夕暮れに包まれた景色をカーテンで覆い隠してから壁にもたれ掛かり、双真と香乱はソファーに二人並んで腰掛ける。
どことなく緊張する空気が室内に流れる中、女性は小さく息を吐いてから、双真達へ視線を送りながら口を切った。
「さて……話を始める前に、自己紹介しておかないとね。私は
肩に掛かった黒髪を軽く払いながら、美月と名乗った女性は黒のストッキングに隠されたモデルのようにスラリと伸びた美脚を組む。
他にも引き締まったウエストに、服の上からでも分かる綺麗な形をしたバスト。そして大人びた雰囲気を醸し出す、凛とした風貌。今まで気にする余裕すら無かったが、つい目を奪われてしまうほどの美人だ。
「お、なんだなんだ? 桜庭ちゃんに見惚れでもしたか?」
と、からかうように青年が双真を見ながらニタニタと口角を上げる。
「……今はそんな気になる余裕無いですよ」
「まあ、それもそうだな。あ、俺は
「はぁ……銀城君、冗談はほどほどにね」
「ヤダなぁ、ユーモアだよユーモア。ちょっとは緊張ほぐしてやらねばね」
少し長めなスポーツ刈りの黒髪をワシャワシャと掻きながら、気楽な笑い声を豪快に口を開きながら出す。
身長は中学三年生の平均値とほぼ同じの双真よりも一、二回りは大きく、体型もガッシリしている。少しばかり迫力のある見た目だが、ここまでの言葉を聞く限り、少なくとも悪人では無さそうだ。むしろ兄貴肌というか、どことなく信頼出来る雰囲気を感じる。
とりあえず、そこまで警戒する必要は無さそうだと、双真はほんの少し気を楽にして、自分の名を告げる。
「紫之宮双真です」
「あ、蒼井香乱です」
「蒼井ちゃんに、紫之宮君ね。まず最初に、あなた達に謝罪しておくわ。事情も説明せず、巻き込んでしまってごめんなさいね」
と、美月は組んでいた足を正し、両手を丁寧に膝の上に乗せ、深々と頭を下げる。
まさかここまでの謝罪が来るとは思っていなかった双真は、一瞬動揺しながらも、彼女に声を掛ける。
「それに関しては、もういいですよ。……その代わり、今度は全部聞かせてもらいます。今、何が起こっているのかを」
「ええ……もうこうなった以上、誰も知らない振りをする訳にもいかないでしょうしね……私達が知っている事は、隠さず話すわ」
美月はゆっくりと顔を上げ、乱れた前髪を直しながら、双真と香乱を見据える。
「とはいえ、実は俺達も理解出来てない事が多いんだけどねぇ。そこらは大目に見てくれよ?」
「そうなんですか?」
「残念ながらね……でも知っている事は隠さず話すわ。二人とも、まずは何を聞きたいかしら?」
「茜……彼女に一体何があったんですか?」
美月の質問に、双真は一秒も合間を明けず、その問いをぶつけた。
他にも気になる事は多々ある。だが双真にとっての一番は、茜に関する事だ。彼女の身に何があったのか? それを確認するのが、何よりも優先するべき事だ。
「……その茜という子は、学校に居たあの子でいいのよね?」
美月の確認に、双真はすぐさま頷きを返す。美月は何かを考えるように顎に手を添え、一瞬の間を空けてから再び双真に問い掛ける。
「その茜さんと、あなたはどういった関係で?」
「……幼馴染です。彼女は、本当は凄く優しい奴なんです。なのに、あんな風に別人みたいになって……訳の分からない力使って……知りたいんです、あいつに何があったのかを!」
「双真君……」
だんだんと熱が籠もり始めた双真の言葉に、香乱が何故かほんの少し悲しそうに目を細める。しかし、それには誰も気付く事は無く、美月は話を続けた。
「なら、まずは彼女の身に起きた事。それを私達が知る限り教えてあげるわ。……今から話す事は正直、非現実的な内容よ。最初は理解出来ないと思うし、受け入れられないと思う。でも、これは全て事実だから」
「そんなの、今更です。こんな非現実的な事に巻き込まれてるんですから」
「……それもそうね。じゃあ、まずは彼女の使っていたあの力について。――あの力は、魔法よ」
「……ま、魔法……?」
美月がハッキリと口にした単語に、双真と香乱は揃って目を白黒させる。
「そ、それって、あれですか? ゲームとか、アニメに出るような……?」
「そういう捉え方で十分よ。まあ魔法は私達が勝手にそう呼んでいるだけなのだけれど、ともかく、あれはフィクションの世界にしか存在しないような超常的なものという事よ」
確かに、あれは魔法という言葉以外では説明出来ないようなものだった。実際にその超常現象を間近で見たのだから疑う余地は無いが、それでも驚きは隠せなかった。本当にそんなフィクションの存在があるという事に。
「で、でも、どうして茜の奴がなんでその魔法をを使えるんですか! あいつは別に普通の女の子で……どっかの物語みたいに不思議な力に目覚めたって事ですか!?」
「うーん、目覚めたっていうよりかは、
「与えられた……?」
「銀城君の言う通りよ。彼女は自らあの力に目覚めた訳じゃ無い。与えられたのよ――あの魔女と名乗る女に」
魔女と名乗る女――その名を聞いた瞬間に頭に浮かび上がったのは、先刻人類に宣戦布告をした、三角帽子の女性の顔だった。
やはり彼女が茜の変化に関わっていたのかと理解した瞬間、双真は下唇を強く噛んだ。
奴が茜をあんな風に変えてしまった張本人、この様な事態を巻き起こした黒幕。奴が居なければこうならなかったかもしれない――それを考えると、自然と怒りが混み上がった。
「双真君……平気?」
「……ああ、大丈夫だ。つまり……その魔女が、茜にあの炎を操る力……魔法を与えたんですか?」
「ええ。正確には力自体を与えたのでは無く、
「それって……?」
「まあ、全然分かんねーよな。俺も最初はチンプンカンプンだったから、安心しろ」
と、困惑する双真達に、守が気さくに声を掛ける。
「確かに……理解するのは難しいわよね。実際、私達もこれに関してはあまり情報が無いの。仕組みの全容を理解している訳じゃ無いから、推測の部分が多いの」
「実際に聞いたウチらのリーダーも、曖昧な部分が多いしなー」
「リーダー?」
「……その話は別の機会に。今は、茜さんがどうして力に目覚めたか説明するわ。いい?」
正直理解が追い付かない。だが、無理にでも理解しなければならないと、双真は香乱に視線を送ってから、頷く。
「まずさっきも言った通り、あの魔女が茜さんに与えたのは力の種――まあ、魔力と言い表すのが相応しいでしょうね。それを、茜さんに与えた。そしてその魔力が茜さんの
「感情に呼応……?」
「魔女が与える魔力、それによって目覚める魔法は、与えられた当人の感情に左右されるの。当人が一番強く抱く欲望や、願いにね」
「欲望や、願い……」
その時、双真の脳裏にある言葉が蘇った。先刻茜が口にした、ある言葉を。
――これはね、双真に近付く害虫共を消し炭にする為の力。
――私はただ、自分に素直になっただけ。自分の気持ちに、自分の愛情に。
――私は双真を誰にも渡したくない。だから、もう我慢しない事にしたんだ。双真に近付く奴は、根こそぎ滅ぼす。
――これが私の本心、だよ。
「…………まさか……」
「……思い当たる節があるようね」
「あいつ……言ってたんです。俺に近付く奴を、消すとか……」
「やっぱりね……それが発現のキッカケみたいだな」
守の呟きに、美月は無言で頷く。どうやらある程度、茜が魔法の力に目覚めた原因に気付いていたようだ。
「人は誰しも、心の奥底に抱えた欲望、願いがあるわ。そして中には、当然良くないものもある。憎い奴を殺したい――とかね。そういう負の感情は一際強いわ。それに魔女が与えた魔力が呼応して、その欲望を叶える力として、魔法が目覚めるの。中には例外もあるだろうけどね」
「それじゃあ、茜があの力に目覚めた原因って……」
茜の力の根源となる感情――それは、双真に近付く奴らを消したいという強い負の感情。だからこそ、茜はあのような力に目覚めたのだ。全てを燃やし尽くす、炎を操る魔法に。
「普段はそういった欲望は、理性ってもので抑えられている。でも、それを叶えてしまう強大な力に目覚めてしまったら、もうそれは抑えられない。その力を使って、己の欲を叶える為に好き勝手に動くわ。……新たな魔女として」
「そんな……」
「それじゃあ、早乙女さんが私を殺そうとしたのって……」
「……あなたも、彼女にとっては消したい存在なんでしょうね。彼に近付く、害虫として」
「早乙女さん……そんな事思ってたんだ……」
香乱は悲しげに俯き、自分の体を抱える。双真も信じられないと言わんばかりに、頭を抱える。
普段の茜は双真の知る限り優しくて、そんな暴力的な事とは縁遠い人間だった。そんな彼女が双真を独占したいという欲望のままに動き、香乱を殺そうとまでした。いや、実際にもう一人殺している。双真に好意を寄せ、自分から双真を奪おうとする者の命を、嬉々として、目覚めた力で消し去った。
「あれが……茜の本心だっていうのかよ……」
「いいや、あれは本心なんかじゃねぇよ。そりゃ確かに心の奥底にあった感情かもしれんが、普段はしっかりと我慢出来てたんだ。それを魔女が無理矢理力を与えたせいで、暴走しちまっただけだよ」
「……そうだとしても、そういう感情が、欲望があったのは事実だ……もしそんな感情が無ければ、俺がもっと茜の気持ちを理解してやれてたら……!」
「……まあ、今更後悔しても遅いさ。人は誰しも人に隠した何かを持ってるんだ。それに気付けないのは、罪なんかじゃねぇよ」
と、守はどこか悔やむように歯を噛み締める。美月も少し物悲しそうに目元を垂らす。
「……ともかく、後悔はしてもいいが自分を責めるな。前向いて歩けよ、青少年」
「そうだよ、双真君。まだ早乙女さんをどうにか出来るかもしれない。今は話を聞いて、これからの事を考えよう?」
「……そうだな」
悔やんでいても仕方が無い。今は現状を理解して、今後の指針を決める時。双真はいったん後悔するのを止め、美月に視線を向ける。
「すみません……続き、お願いします」
「ええ……といっても、彼女に起きた事に関して言える事は、これぐらいね。ごめんなさい」
「そうですか……ありがとうございます」
「あの……それじゃあ、今度は私、質問していいですか?」
そっと手を挙げる香乱。それに美月は「構わないわ」と頷く。
「えっと……その、魔法っていうのがあの魔女が与えたものだっていうのは分かりました。でも……その魔法みたいな力、あの時私達を助けてくれた銀髪の人も使ってましたよね? あの人も……茜さんと同じなんですか?」
「ま、当然そこも気になるよな」
「確かに彼……私らのリーダーが使ってるあの雷も、魔法の一種よ。でも、あれは彼自身の力では無いの」
「自分の力じゃ無いって……どういう事ですか?」
香乱の質問に、美月はスカートのポケットに右手を突っ込み、ある物を取り出して双真達に見せる。
「それは……石?」
美月の掌に乗せられていたのは、桜色に輝く宝玉のような物だった。大きさは指で摘めるほど小さく、見ているだけで吸い込まれてしまいそうなほど美しく澄んでいた。
女の子としては綺麗な物に目が無いのか、香乱は立ち上がって美月の正面に立ち、宝玉を覗き込む。目を子供のようにキラキラと輝かせ、宝玉に手を伸ばそうとする。が、寸前で美月がその手を遮る。
「触れない方がいいわ」
「あ、ご、ごめんなさい……」
美月の真剣な声色と表情に、香乱は少し怯えたように下がり、双真の隣へ戻る。
「桜庭ちゃーん、ちょっとキツいんじゃない?」
「……ごめんなさい。でも、これには安易に触れない方が身のためよ」
「……それは一体?」
「私達は『
トンッ、と美月は自分の左胸に親指を突き立てる。
「これはあの魔女に魔力を与えられた者の――生み出された新たな魔女の心臓に埋め込まれているの」
「埋め込まれているって……どういう事ですか?」
「言葉のままよ。まるで心臓の一部のように、中に埋め込まれているの」
「じゃあ、それは……魔女の心臓から実際に取り出した物って事ですか?」
恐る恐る、双真は質問を投げ掛ける。数秒ほど間を空けてから、美月は無言で頷く。
「そんな……! それじゃあそれって……誰か、魔女になった人を……!」
香乱は口元を両手で覆い、大きく目を見開く。
魔女の心臓に埋め込まれている魔石を所持している――それは即ち、彼女達はかつて魔女を、元は普通の人間だった誰かを殺したという事だ。
美月達が、かつて人を殺めたという事実に、双真と香乱は言葉を失う。
「……言いたい事がある?」
「……いえ、今は、いいです……」
そこから先を聞き出す勇気が持てず、双真は首を横に振った。
「なら、話を戻すわね。さっきも言った通り、これは魔法の源。そして詳しい原理や理由は分からないけど、これを使えば、私達のような普通の人間にも魔法が使えるようになるの」
「魔法が……?」
「ええ。念じるだけで、その魔石を持っていた魔女が使っていた魔法が使えるの。身体能力も向上するし、言ってしまえば擬似的な魔女になれるの」
「……それじゃあ、もしかして美月さん達は?」
「お察しの通り。私達はこの力を使って、魔女と戦ってる。あの三角帽子の魔女によって暴走する魔女達を、全国を旅しながら退治してきたの。……約一年間ね」
「一年……!? そんな前から、魔女って居たんですか……!?」
「私達の知る限りではね。暴走といっても、殆どが自分の欲を叶える為に、暗躍するように行動してた。だから今回の彼女のように派手に暴れたのは、初のケースでね」
「それじゃあ……今回学校に現れたのは……?」
彼女達は、魔女を退治する旅を続けている。そうなれば彼女達が現れた理由は一つだ。
魔女になり暴走する茜を殺す為――だから彼女達は、あの場に姿を見せた。
「想像通りよ。私達は偶然居合わせて、彼女を止める為……殺す為に、あそこへ向かった」
「…………」
「安心……と言っていいのか分からないけど、彼女はまだ死んで無いわ。あの三角帽子の魔女に連れられて消えたらしいから」
「あの魔女に……!?」
「きっと、彼女も手駒にするんでしょうね。例の人類との戦争の」
「……美月さん達は、これからどうするんですか?」
双真の質問に、美月と守は視線を交わしてから、代表して美月が返答する。
「詳しい事は何も。ただ、私達の最終目的はあの三角帽子の魔女を倒して、全てを終わらせる事。だから私達は……彼女の言う戦争に乗るわ」
「だろうな。俺達の仲間達も、今、国のお偉いさんと話を付けにいってる。上手く事が運べば、魔女達と戦う組織みたいのが出来るかもね。国側も、あんなの放置する訳にはいかないだろうしな。幸い、俺達の事はあの魔女さんの計らいで全国の皆様に知られてるようだし、なんとかなるだろ」
「そんな……なんだか、とんでも無い事になってるね……」
「ああ……」
「……とりあえず、現状私達が話せる事はこれで全てよ。すぐに理解、納得しろっていうのは難しいだろうし、今はゆっくり頭を整理して頂戴。きっと、あなた達も無関係ではいられないから」
立ち上がり、美月は軽くスカートの裾を正してから、双真と香乱に視線を向ける。
「さて……一応ここ以外にもう一つ借りている部屋があるんだけれど……蒼井ちゃん、私とそっちで休む?」
「私は……出来れば、双真君とここに居たいです。知り合いが居た方が、心強いですし……」
「そう……紫之宮君もそれでいい?」
「……俺も、それでいいです」
「分かった。それじゃあ、何かあったら来るわ。……色々思う事はあるだろうけど、ゆっくり休んでね」
うっすらと、優しい微笑みを浮かべて、美月は出口に向かって歩き出す。
「んっ、待てよ……もしかして俺と桜庭ちゃんは相部屋か? おお、役得役得ー!」
「銀城君、ユーモアは時に場を凍らせるわよ」
「おお、目が怖いって……冗談冗談。それじゃあお二人さん、ゆっくり考えろよー」
明るい口調でその言葉を残し、美月と守は部屋を出て行った。
二人残った双真と香乱は、しばらく無言のままソファーに座り込んだ。そして数分後、今はとにかく体を休めようと、二人は一旦別々のベッドに潜り、眠りについた。