インサニティ・ウィッチ~ヤンデレ魔女と魔女狩り師~   作:藤龍

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決意

 あれは、小学生になってしばらく経った頃だった。両親が結婚記念日の日に二人だけで出掛けた先で事故に遭い、二人一緒に亡くなってしまった。

 

 当時幼かった俺はその事を上手く理解出来なかった。でもだんだんと、もう二人に会う事が出来ない。母さんの美味しいご飯を食べる事が出来ない。父さんと一緒に休日に公園で遊ぶことが出来ない――その事を理解していき、俺は一人ぼっちになってしまった事実に絶望を感じた。

 

 毎日のように泣いて、悲しくて悲しくて仕方が無かった。そこに親戚の家に引き取られ、遠くに引っ越さなければならない。仲の良い友達と離れ離れにならなければならない事が、さらに俺の悲しみを強くした。

 どうしてこんな事に。全てに絶望していた俺を救ってくれたのが――茜だった。

 

「泣かないで、そーま。わたしがいっしょにいてあげる」

 

 泣いて(うずくま)る俺の頭を撫でながら、茜は優しく声を掛けてくれた。

 

「……むりだよ。だって、もうすぐおれ、ここからいなくなるんだ」

「そっか……じゃあさ、わたしのおうちにおいでよ! パパとママにおねがいしてあげる! そしたら、いっしょにいられるでしょ?」

「えっ……」

「わたしがずっとずーっと! いっしょにいてあげる! そーまが泣いてるとこ、見たくないから!」

 

 そう言って、彼女は満面の笑みを見せてくれた。

 その言葉に、その笑顔に、俺は救われた。彼女の優しさが、温もりが、とても嬉しかった。

 その日から俺は――彼女の事が、好きになったんだ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「……夢か」 

 

 懐かしい過去の記憶に、双真は悲しそうに目を細めた。

 あの日の茜は、もう戻って来ないのだろうか。優しくて、自分が愛した彼女は。

 

 ゆっくりと布団を剥ぎ、目をこすりながら起き上がると、既に起床して、隣のベッドの上に座っていた香乱から目覚めの挨拶が飛んできた。

 

「おはよう、双真君。と言っても、もうお昼過ぎだけどね」

「ああ……おはよう。……寝れたか?」

「うん……正直、あんまり。色々あり過ぎて、考えてたら寝付けなくて……双真君は、ヤケにグッスリ寝てたね?」

「自分でも不思議だよ……色々考える事があるはずなのに、嫌なぐらい眠れた……」

 

 寝起きなせいか、重苦しい右腕を動かし、掌をジッと見下ろす。

 

「疲れてるってのもあるだろうけど……きっと、考えたくない、逃げたいって気持ちもあったんだろうな」

「逃げたい……?」

「茜がああなった原因、美月さんから聞いたろ? ……やっぱり茜がああなったのは俺が原因だ。俺がしっかりとアイツの気持ちを理解してやれてたら、こうはならなかった……そう考えると、凄く辛いんだ」

 

 ベッドの上で膝を折り曲げ、そこに顔を埋める。

 

「悔やんでも仕方無いって分かってるけど……やっぱり考えちまうんだよ。後悔、しちまうんだよ……」

「双真君……」

「……悪い、こんな事聞かせてさ……困るよな?」

「……ううん、そんな事無い」

 

 小さく呟き、首を横に振る。ベッドから立ち上がり、双真の目の前にしゃがみ込んで、彼の手に自分の手を添える。

 

「苦しい事でも、辛い事でも、悩みでも、弱音でも、愚痴でも、言いたい事があったら……心に溜め込んでる事があるなら、全部私にぶつけていいよ。私はそれを受け止める。共有して、一緒に考えてあげる」

「蒼井……」

「こんな事言ったらまた早乙女さんに怖い顔で睨まれちゃうかもしれないけど……私は、双真君の味方だよ。全部が終わるまで、私が隣で支えてあげる。力になれるか分からないけど……出来る事は、何でもするから! だから……頼ってほしいな」

 

 ギュッと手を握り、眼前まで持ち上げ、双真の事を見つめる。

 暖かい温もりを右手に感じながら、双真も香乱の瞳を見つめる。それに香乱は微かに頬を赤く染めながら、ニッコリと微笑む。優しさというものが全面に現れたその笑顔に、双真は重荷が下りたようにほくそ笑む。

 

「ありがとな……少し気が楽になったよ。蒼井には悪いけど……辛い事があったら、相談するよ。正直、一人じゃシンドそうだから」

「うん、ドンと来いだよ! これから先にあるのは想像も出来ない事ばかりだろうけど……私は全力で双真君の力になるよ! だから一緒に……早乙女さんを助けようね!」

「……ああ」

 

 これからどうなるか、どうすればいいかなんて事は、まだ分からない。ただ今は、茜の為に出来る事をするだけだ。彼女の――愛する者の為に動くだけだ。

 

 双真が新たに決意を固めた、その時だった。ぐうぅぅぅ、という緊張感の無い鈍い音が室内に響いた。突然鳴ったその音に双真がキョトンとしていると、香乱が急に顔を真っ赤に染め上げ、自分のお腹を押さえた。

 今の音が香乱の腹の虫が鳴いた音だという事に数秒遅れて気が付いた双真は、口に手を添えながらクスリと笑い声をこぼした。

 

「そういえば、昨日から何も食ってなかったな。こんな状況でも、腹は減るよな」

「ううっ……ごめんね、緊張感無くて」

「しょうがないよ。それにしても、どうしようか……近くにコンビニはあったけど、金も無いしな」

 

 それに先日の騒ぎもある。まだ街の人達が混乱していて買い物すらろくに出来ない、という可能性も無くは無い。

 街の様子を確認しようと、双真はカーテンを開けて窓から外を覗き込む。が、双真達が居るのは八階という高い位置なので、人々の様子まではよく確認出来ない。

 

 外に出て直接見てこようかと思った矢先、突然、部屋の扉が開く。

 

「お、起きてたか。おはようお二人さん」

 

 部屋に入ってきたのは守。右手に何かが入ったビニール袋を持って、こちらへ歩み寄る。

 

「銀城さん……ここ、オートロックじゃあ?」

「ああ、鍵は昨日うっかり渡すの忘れてて持ったままだったからさ、勝手に入らせてもらいました。悪いね」

「そうですか……美月さんは?」

「桜庭ちゃんなら、俺達の仲間の様子を見に行ったよ。あと小一時間したら帰ってくるでしょ。それより、これ」

 

 ビニール袋を顔の真横まで持ち上げ、ブラブラと揺らす。

 

「腹空いてるだろう? 大変な時だけど、昼飯にしようや。おにぎりで物足りないだろうけど、勘弁な」

「ああ、ありがとうございます。丁度飯にしたいと思ってたんです」

「それはグッドタイミング。具は何がお望みだい? 色々あるぜ?」

「それじゃあ……おかかで」

「俺は……鮭で」

「ほいよ」

 

 守は二人の注文した品を取り出し、それをそれぞれ受け渡し、自分の分を手に取りながら適当な場所に腰を下ろす。

 双真は受け取ったおにぎりのビニールを破り、一口食べてから、守へ質問を投げ掛けた。

 

「街の状況……どうなってますか?」

「うーん……俺も実際には見てないから詳しい事は言えんな。ただ、間違え無く混乱はしてるだろうな。テレビもあの魔女さんのニュースばっかだ」

「そうですよね……これから、どうなるんでしょう?」

「さあな? 昨日も言ったと思うが、俺達の仲間が色々話を付けてるところだ。その結果次第ってところだな。まあ、どうなろうと俺達はあの魔女さんと戦うつもりだけどな」

「……その戦いには、茜も……魔女の仲間として参加するんですか?」

 

 茜はあの魔女を名乗った女性によって、あの力を身に付けたのだ。だとしたら、あの魔女に部下や手下といった形で力を貸す可能性は十分に有り得る。現に、魔女が宣戦布告した時はそのような口振りだった。

 

 もしも茜が魔女達と人類の戦争に参加するというのなら、双真も関係無いとは言えない。どうにかして、茜を救い出す為に動かなくてはならない。

 

「もしそうなったら……守さん達は、茜を……殺したりしますか?」

「……まあ、もしもその茜ちゃんが敵対するのなら……そうなるだろうね。元々、俺達が彼女の前に現れたのは、彼女を抹殺する為だしね」

「……そうですか」

「……あの、一つ聞いてもいいですか?」

 

 か細い声と一緒に、香乱がゆっくりと手を挙げる。

 

「そもそも、どうして銀城さん達は、魔女を倒すなんて事をしてるんですか? 確かに、昨日の早乙女さんを見たら、魔女になった人を放置するのは危ないって分かりますけど……何か、理由があるんですよね? 魔女を倒す」

「……色々ね。ま、それは俺の言うべき事じゃ無いかな。俺はこの魔女退治の旅に参加したのは結構最近だし。そこら辺は、ウチのリーダーさんに聞いてくれ」

「リーダー……あの、銀髪の人ですか?」

「そ、あれがウチのリーダー。まあ、多分君らには何も話さないだろうけど。俺だって詳しく知らないし」

「そうなんですか?」

「……まあ、理由は色々あるんだよ。桜庭ちゃんにも、他の仲間にも……俺にもな」  

 

 ギュッと右手を握り、守は遠くを見るような目を地面に向ける。

 ずっとお気楽な調子だった守が、不意に出した神妙な空気に、双真は思わずこれ以上質問するのを躊躇い、そっと視線を外した。

 その様子を察したのか、守は豪快におにぎりを平らげ、笑みを浮かべる。

 

「ともかく、今はウチの仲間達を待とうぜ。それからゆっくり、これからの事を話し合おうや」

「……はい」

 

 これからどうなってしまうのだろうか――この先の事に漠然とした不安を抱きながらも、今は美月達が戻って来るのを待つしかないと、双真は黙々と食事を続けた。

 昼食を終えた後も、彼らは余計な会話を交わす事は無かった。気まずい静寂の空間で、ひたすら美月達を待った。

 

 

 約一時間後――部屋の扉がノックされる音が、部屋に響いた。

 

「お、ようやく来たようだ」

 

 ソファーに座り、腕を組んで目を瞑っていた守が立ち上がり、扉の方へ向かう。そしてすぐに美月と、あの時学校で見掛けた銀髪の青年と金髪の少女、さらに初めて見るツインテールの少女を連れて戻って来る。

 

 ようやく戻って来た待ち人達を前に、双真は少し緊張した面持ちで彼らを見つめながら、彼に話し掛ける。 

 

「紫之宮双真です。あの時は、助けてもらって――」

「無駄な会話は不要だ。さっさと本題に入るぞ」

 

 双真は感謝の言葉を伝えようとしたが、青年はそれを遮る。

 

「ハハハッ、相変わらずクールだねぇ。自己紹介ぐらいはしたら?」

「……白銀(しろがね)(まこと)。それ以外に言う事は無い」

 

 壁に背を預けながら、名前だけを簡潔に告げる。

 好意的な感情を一切――いや、それどころか双真達に全くもって関心が無いと言わんばかりな冷淡な声。年は恐らく美月や守と同年代だろうが、異様なほど達観した空気を纏っている。

 

 そして何より、酷く冷たく、恐怖すら感じさせる青い眼。本当に同じ人間なのかと疑いたくなるほどの威圧感。美月や守とは正反対の、誰も寄せ付けないような雰囲気に、双真は思わずゴクリと唾を飲む。

 

「はい、それじゃあ残りの二人もさ、ちゃちゃっと自己紹介しちゃいなよ!」

 

 双真の緊張を察したのか、守が場を和ませるように明るい声で、残る二人の少女を促す。

 

「……金元(かねもと)(なずな)だ」

 

 最初に名乗ったのは、金髪ショートカットの少女だった。彼女も白銀ほど冷たくは無いが、やはり双真達には無関心といった様子だ。元々なのかどうか分からないが、目つきもどこか厳しい。

 見た目からは白銀達より少し幼い、恐らく双真、香乱と同い年と思われる。だが、彼女もどこか年齢にそぐわない空気を纏っている。

 

 薺も名前以外の情報を開示するつもりは無いようで、翡翠色の瞳を隣に立つ少女に向ける。

 

紫黒(しこく)陽花(ひばな)。……終わり」

 

 彼女もまた名前だけ伝え、名前と同じ紫黒色に染まったツインテールを揺らしながら、そっぽを向く。他の二人と違い冷たい空気は無いが、やはり双真達には無関心のようだ。声からは覇気を感じず、表情もとても大人しい。さらに身長も、中学三年生にしては小柄な方である香乱よりもさらに小さい。恐らく、双真達よりも年下だろう。

 

 こんな若い子供まで、魔女との戦いとやらに関わっているのかと驚きを感じながら、双真達も自己紹介を簡潔に済ませた。

 

「それで、どんな感じに話は纏まったんだ? 俺や彼らに説明してくれや」

 

 全員の自己紹介が終わると、守が白銀にそう要求する。

 

「……簡潔に報告するなら、魔女に対抗する為の機関を設立する事が決まった」

「マジか!? 本当にやっちゃうとはね……よく上手く行ったな?」

「あの魔女の宣戦布告の時、俺達の姿も映し出されたようだしな。簡単に俺達の力に食い付いたさ。細かい事はこれから決めるようだが、実質的な権限は俺にある。これから理想的な組織を作る予定だ」

「権限って……何したんだ?」

「脅迫の手段などいくらでもある」

「あー、なるほどね……相変わらず恐ろしいねぇ」

 

 と、守は苦笑いを浮かべる。それに反応を一切返さず、白銀は話を続ける。

 

「ともかく、これからは機関の設立と同時に、魔女に対抗する唯一の手段である魔石を解析、研究して奴らへ対抗する手段を増やす予定だ。普通の重火器はろくに通用せんだろうし、流石に俺達五人だけでは魔女の軍勢には対処しきれんだろうからな」

「魔石を研究? どうやって?」

「機関設立もつい先ほど決まった事だ。その辺りの細かい話は、この後再び会議する予定だ。今度はお前と桜庭にも来てもらうぞ」

「なるほどね……ま、とにかく機関設立が決定したってぐらいの進展ね」

「ああ。だが、あまりのんびりもしていられん。少なくとも半年以内には、魔女と戦える態勢を整えておきたい。奴がいつ動き始めるか分からんからな」

 

 そこまで話すと、白銀は壁から背を離し、扉に向かって歩き始める。

 

「のんびりしている時間は無い。すぐに機関に関する会議だ。出るぞ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「……なんだ?」

 

 ギロリと、呼び止めた双真を睨む白銀。その眼差しに気圧されながらも、双真は声を張り上げる。

 

「俺に……俺に、何か出来る事は無いですか!?」

「無いな。大人しく家に帰れ。貴様がこの件に無関係で無いとしても、別に関わる必要は無い」

「でも……このまま見て見ぬ振りは出来ない! 茜の為に……何かしたいんだ! このまま放っておくなんて出来ない!」

「……なら、今は大人しく待っているんだな。それが今の貴様がすべき事だ」

 

 双真の方に向き直りながら、白銀は話を続ける。

 

「機関の人員には軍隊や医療機関、様々な場所から人員をある程度拝借するつもりだ。だが、それだけでは魔女と戦うには恐らく足りない。なので一般市民からの志願の受け入れ、または勧誘する予定だ。成人、未成年に限らずな」

「それじゃあ……」

「もし貴様があの魔女に接触したいのなら、志願兵として機関に入り、魔女との戦争に参加するんだな」

「魔女との戦争に……!?」

「それに関して俺は一切関与する気は無い。その気が無いならそれで良し、志願するのなら手駒が増えて俺としては好都合だ」

 

 白銀は再び双真に背を向け、扉に向かい歩き出す。

 

「どうするかは貴様の自由だ。あの魔女を見捨て、無関係な顔で魔女との戦いを傍観するか、戦いに身を投じるか――後は自分で決めろ」

「…………」

「もっとも、貴様がどうしようが、俺は全ての魔女を殺す。貴様の言う茜とやらも、例外では無い」

「……!? 待っ――」

「話は以上だ。さっさと帰れ」

 

 突き放すような言葉を残し、白銀は部屋から立ち去った。薺と陽花も双真に見向きもせず、部屋を後にする。

 

「あー……まあ、なんだ。言い方はあれだったけど、白銀の言う通りだ。こっから先は、お前さんが決める事だ」

「そうね……でも、魔女との戦いはきっととても辛く、苦しいものになるわ。茜さんも、必ずあなたが望む形で救えるとは限らない。……それだけは、覚悟しておいて」

「……じゃあ、俺達は行くわ。もう安全だろうから、家に帰ってゆっくり休みな」

「連絡先は伝えておくわ。何かあったら、いつでも連絡してね」

 

 近くのテーブルに置いてあったメモ帳に自分の連絡先を書き、それを双真と香乱に渡す。

 そのまま二人も外に出て、部屋には双真と香乱だけが残った。

 

「双真君……これから、どうするの?」

「……決まってる。このまま茜を無視してのうのうと生きるなんて出来るか! 今までは自信が無くてずっと色んな事から逃げてきたけど、もうそんな訳にはいかない! あいつの為なら……戦争でもなんでも参加してやる!」

 

 自分に何か出来るか分からない。でも、何もしないなんて出来ない。だから自分も魔女と戦う。茜に何があったかをもっと詳しく知る為に、止める為に、救い出す為に――!

 

「そっか……だったら、私も力になるよ! 言ったでしょ? 全部終わるまで、隣で支えてあげるって」

「蒼井……」

「もちろん、戦えるとか思ってないよ……でも、さっき白銀って人、医療機関とか言ってた。だから、戦い以外でもその機関に入れる理由はあるはず。だから、私は私なりに頑張るよ! 早乙女さんの、双真君の為に!」

「……ああ、やろう!」

 

 ――待ってろ茜……必ず、お前を止めてみせる!

 

 

 こうして双真、香乱の両名は茜を救い出す為に、魔女との戦争に参加する事を決意した。

 しかしそれは、絶望の未来への一歩だった。彼らの思いを打ち壊す現実が訪れる事を――彼らは、まだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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